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三条大橋 四



「本当に助かりました。ご協力いただき感謝します」

「……いえいえ」

「のちほど簡単に調書を取らせていただきたいので、申し訳ありませんが、しばらくお待ちいただけますか?」

「はぁ……」


 些細なトラブルこそあったものの、男性を川岸まで引き上げることができた。

男性は救急車で、最寄りの救急病院へと搬送されている。

私はというと、ぐったりと地面にへたり込み、大きく息を吐いていた。

人命を無事に救えたという安堵感からか、完全に気が抜けてしまっていた。


 改めて自分の酷い状態を確認する。

「うわぁ……ドロッドロやな……くっさ……」

頭の先から足の先まで、屁泥しでいにまみれていた。まぁ、当然の結果である。


 自分の姿を見て、ため息が出る。

全身泥まみれで、とにかく臭い。これはやばい。

――これ、飲みに行けるんか?


 そんな中、一連の出来事を見ていた観光客の女性二人が近づいてきた。

近くのコンビニで買ってきてくれたのだろう。二リットル入りのペットボトルを数本、私に差し出してくれる。

「これで、ちょっとでも泥流せる? 使ってね」

「あっ、すいません。ありがとうございます。康平」


 お礼を述べながら、康平が代金を支払おうとするが、女性たちは笑顔でそれを断った。

ありがたく思いつつ、頭から水をかぶって屁泥を洗い流していく。だが、やはり限界はある。


「柿ピー、流石にまだ臭うで」

「ですよね……シャワー浴びたいわ……」


 せめて近くに水道の蛇口でもあれば……。

警察は現場検証をしていた。ただの入水事故にしては、ずいぶん厳重に調べているように見える。


 どうやら屁泥の採集などもしているようだった。

そんなもの採ってどうするのかと思ったが――

鬼の屍泥は呪術師の間では、結構な高値で取引されるらしい。


 だが、警察が採取する理由はわからない。

もしかすると、何か有害なガスでも発生していて、その原因を調査しているのだろうか。


「あのぉ、すみません」


 突然背後から声をかけられ、私と康平は振り返る。

そこには、二十代くらいの制服姿の女性が立っていた。


「はい?」


 その女性は、笑顔のまま悪臭を放つ私のそばまで歩み寄り、しゃがみ込んで視線を合わせると、信じられない提案をしてきた。

「よければ、うちの大浴場を使いますか? すぐそこのホテルなんですが」

え? ホテル? 大浴場? 一瞬、頭がフリーズした。営業中ですよね?


「え!? マジですか? いいんですか? 本当にくさいですよ!? 他のお客さんいますよね?」

あまりの臭さに、自分でもアピールせざるを得ない。確認は大事だ。


 女性スタッフは懐からスマホを取り出し、画面をしばらく見つめたあと、笑顔で答えた。


「もちろん、他のお客様にご迷惑はかけないでくださいね! 今日はご予約がすべて女性のお客様なので、多分、顔を合わせることもないと思いますよ」

マジかよ……


「本当にいいんですか?」

「ええ、どうぞどうぞ」


 女性はにっこりと笑ってそう言った。

こんな身なりで、これからどうしようかと途方に暮れていたところだったので、まさに救世主だった。

警察と康平には申し訳ないが、少し待ってもらって、大浴場へ向かうことにした。


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