「こちらです」
どうやら、すぐ近くのホテルのスタッフの方らしく、河原から階段を上がってすぐのホテルへ案内してくれた。
スタッフの女性は、隣で悪臭を放つ私を気にすることなく話しかけてくる。
「叫び声が聞こえて、何事かと思って川の方を見たら、あなたが橋から飛び降りてて、本当に驚きましたよ」
聞けば、彼女は店の前を清掃していたらしい。
「あぁ……はは……」なんか、すみません。
「走って見に行ったら、川に飛び込んだので、さらに驚きましたけど」
「あぁ……はは……ははは……」本当に、すみません。
なんともリアクションに困ったので、とりあえず笑っておいた。
スタッフの女性は、そんな私を見て、口元に手を当ててにこやかに微笑んでいた。
「ふふ……人命救助したんですから、もっと胸を張ってくださいよ。すごいことですよ」
「あ……はい、あざす」噛んでしまった。
従業員用の入口から汚れた靴を脱ぎ、足を拭いてホテルへ入る。
彼女は、事務所内にいた支配人らしき人に駆け寄り、事情を説明しているようだった。
あらかじめ連絡していたのか、スムーズに話が進んでいる。
支配人がこちらへ近づいてきて、「お手柄でしたね。ゆっくりしていってください」と笑顔で迎えてくれた。
スタッフの方に案内され、従業員用のエレベーターで最上階にある大浴場へと向かう。
「汚れた服は洗濯と乾燥をします。脱いだ衣類はこのかごに入れて、入口の内側に置いておいてください」
洗濯まで!? 本当にありがとうございます。今度、必ず宿泊しに来ます。
「乾燥が終わるまでは、こちらを使ってください」
バスローブだと……初体験だ。
タオルと、ビニール袋に入ったバスローブを渡され、脱衣所へ入る。
広々とした脱衣所で、汚れた衣類を脱ぐ。
バスローブが入っていたビニール袋に衣類を詰め、指定されたかごに置く。
大浴場に入ると、やはり利用客の姿はなかった。
まずは洗い場へ向かい、こびりついた汚れを落とす。
特に髪に、かなり屁泥が絡んでいたのか、なかなか落ちない。
はぁ……ハゲませんように……。
全身を念入りに洗ったあと、湯船へ向かう。
かけ湯をしてから湯船に浸かると、全身の力が抜けていくのがわかる。
「あぁ……あかんわこれ……」たまらん。
湯船に面した窓から外を見ると、鴨川が望めた。
三条大橋には、まだ多くの人通りがあるようだった。
川の中では、相変わらず警察が調査を続けているのが見える。
再び肩までゆっくりと湯船に浸かり、ぼんやりとした頭で、さきほど鴨川で起きた一連の出来事を思い出す。