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三条大橋 五


「こちらです」


 どうやら、すぐ近くのホテルのスタッフの方らしく、河原から階段を上がってすぐのホテルへ案内してくれた。

スタッフの女性は、隣で悪臭を放つ私を気にすることなく話しかけてくる。


「叫び声が聞こえて、何事かと思って川の方を見たら、あなたが橋から飛び降りてて、本当に驚きましたよ」

聞けば、彼女は店の前を清掃していたらしい。


「あぁ……はは……」なんか、すみません。


「走って見に行ったら、川に飛び込んだので、さらに驚きましたけど」


「あぁ……はは……ははは……」本当に、すみません。


 なんともリアクションに困ったので、とりあえず笑っておいた。

スタッフの女性は、そんな私を見て、口元に手を当ててにこやかに微笑んでいた。


「ふふ……人命救助したんですから、もっと胸を張ってくださいよ。すごいことですよ」


「あ……はい、あざす」噛んでしまった。


 従業員用の入口から汚れた靴を脱ぎ、足を拭いてホテルへ入る。

彼女は、事務所内にいた支配人らしき人に駆け寄り、事情を説明しているようだった。

あらかじめ連絡していたのか、スムーズに話が進んでいる。


 支配人がこちらへ近づいてきて、「お手柄でしたね。ゆっくりしていってください」と笑顔で迎えてくれた。

スタッフの方に案内され、従業員用のエレベーターで最上階にある大浴場へと向かう。


「汚れた服は洗濯と乾燥をします。脱いだ衣類はこのかごに入れて、入口の内側に置いておいてください」


 洗濯まで!? 本当にありがとうございます。今度、必ず宿泊しに来ます。


「乾燥が終わるまでは、こちらを使ってください」


 バスローブだと……初体験だ。

タオルと、ビニール袋に入ったバスローブを渡され、脱衣所へ入る。


 広々とした脱衣所で、汚れた衣類を脱ぐ。

バスローブが入っていたビニール袋に衣類を詰め、指定されたかごに置く。

大浴場に入ると、やはり利用客の姿はなかった。

まずは洗い場へ向かい、こびりついた汚れを落とす。


 特に髪に、かなり屁泥が絡んでいたのか、なかなか落ちない。

はぁ……ハゲませんように……。


 全身を念入りに洗ったあと、湯船へ向かう。

かけ湯をしてから湯船に浸かると、全身の力が抜けていくのがわかる。


「あぁ……あかんわこれ……」たまらん。


 湯船に面した窓から外を見ると、鴨川が望めた。

三条大橋には、まだ多くの人通りがあるようだった。

川の中では、相変わらず警察が調査を続けているのが見える。


 再び肩までゆっくりと湯船に浸かり、ぼんやりとした頭で、さきほど鴨川で起きた一連の出来事を思い出す。


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