眼前の大型モニター。そこに映し出されたのは、百を超える鬼の生息の現状だった。
映し出された結果には赤い点以外に、青い大きな点も三箇所確認できる。
「これはこれは」
功徳が髭を撫でながら、ほほほと笑っている。
「すごい……」蓮葉が唖然として呟く。
「こんなの、初めて見ました……」燐が驚愕の表情を浮かべる。
蓮葉と燐が、画面を見て固まってしまう。
「……静夜様」睡蓮さん、様付けやめてください。
「さすがですね、大鬼までいますよ」月季がにこやかに微笑む。
「まぁ……こうなるわな」天鳳の爺さんは、予想通りいった感じのようだった。
改めて、モニターを見る。赤い点が、中部地方から沖縄に掛けて、無数に点灯していた。
そんな中で、一番目立ったのが、島根県の出雲だった。
天鳳の爺さんの時は、五箇所だった。
だが、今は十八箇所近くの赤い点と一件の大きな青い点が密集し点灯していた。
「ハク」
己の中に呼びかける。己の命と同等の意味を持つ式を。
「はい」少女から静かに返事が返ってくる。己の中で、問う。
「少し遠いけど、あれ喰えるか?」
出雲の点の集まった箇所の中でも、特に赤青合わせて九件と多い場所を見やる。
「問題ありません」ふむふむ
白く儚い透き通った声で、肯定の答えが返ってくる。
「ん、じゃあ頼むわ。無理すんなよ?」
「はい」
「ハク、喰らえ」
その場にいた静夜を除く全員の体に、悪寒と同時に激しい痺れが走る。
「え?」「!?」
同時に、静夜の体から白龍が昇天する。
「龍?」「何あれ……」
蓮葉と燐が、呆然と頭上を見上げていた。
白龍はすぐに天井をすり抜けて姿を消して、その姿が見えなくなる。
その時だった。モニターに映っていた出雲の赤い点が、「ピッ、ピッ」っと効果音と共に消えて行く。
「え? 鬼が消えてる?」蓮葉が異変に気づく。
「どういう事?」燐も、気づいた様だった。
画面上の、青い点を含む九つの点が次々と消えて行く。
点が消える度に、静夜の左腕にハクが喰らった鬼が、痛みと共に内包される。
右手は、未だに天網に添えたままだ。
その時、焦りの混じった声を上げたのは、天鳳の爺さんだった。
「静夜殿っ!! あんた喰ったな!?」
まぁ、その通りなので否定はしない。結構な事態だったし。
大鬼はさすがに放置は良くないと思ったのだ。まだ2体いるようだが場所は把握した。
「大丈夫ですよ。この程度なら。ハクもそう言ってる」
「しかしっ!! 実物を確認もしていないのに、手を出すのはあまりに危険すぎるぞっ!!」
左腕に急激な激痛を感じる、恐らくハクが大鬼を喰らったのだろう。
顔をしかめながら答える。
「かもですね。ですが、私は偽善者なので」
そう言っている間に、密集していた鬼をハクが喰らい回収する。
「離れてください。食事の時間なので」
「はい?」
燐が、理解ができないといった顔で、こちらを見ている。
皆が距離を取った事を確認した後に、呼びかける。
「ハク」
「はい」
静夜の隣に、純白の着物に身を包み、白髪を腰の辺りまで伸ばした蒼い瞳の少女が姿を現す。
「「!?」」
急に目の前に少女が現れ、天鳳の爺さんを除く皆が困惑する。
「これは?」蓮葉が元上司である月季を見る。
「式ですね。栄神の当主は、複数の式を使役していると聞きます。私も栄神の式を見たのは初めてです」
「コウ」
「はいっ!!」
続いて、真っ赤な髪を腰まで伸ばし、漆黒の着物に身を包む真紅の瞳の少女が、ハクの隣に現れる。
「二人共、行けるか?」
「はい」「いけるよっ!!」
ハクとコウが私の左腕へ歩み寄る。
「ハク、包め」
ハクが、私の左腕へ手を添えると、白い羽衣が現れた。
左腕に内包された鬼達を、白い半透明の羽衣が優しく包む。
「コウ、締めろ」
柔らかく左腕を纏っていた羽衣が、コウが生成した真紅の帯紐によって絡みつくように締められる。
皆が見守る中、食事の準備は続く。
「これは、何をしているんですか?」
燐が、天鳳室長に尋ねる。
「食事や」
「食事?」
意味が理解できず、聞き返してしまう。
「昨日の話でもあったが、栄神の家系の当主は鬼を喰らう」
「食べるってどういう事なんですか?」
燐は理解が追いつかず、再度確認する。
「栄神の儀礼って話や。鬼を己に取り込み喰らって糧にする」
「糧……それは、鬼の力を取り込むってことですか?」
「いや、そこまで便利なもんでもないらしい。まあ、あとは本人から直接聞いたらいいわ」
燐は、再度新たな上司となる者を見つめる。
左腕を、真横へ真っ直ぐ伸ばした状態から動かない。
「静夜様、そろそろ」ハクが、食事の準備ができた事を伝えてくる。
「そうやな、いこか」右手で眼鏡を外し、懐に入れる。
伸ばしていた左腕を真上へ掲げ、ゆっくりと胸元へ戻し印を結び、そして唄う。
「鬼喰滅殲」
栄神の血によって、鬼が喰らい尽くされ、左腕に走っていた痛みが消え去る。
「ふぅ……」一段落ついて、気が緩んだのか大きく息を吐く。
「二人共、ご苦労様。毎度急で悪いなぁ」
「私達は静夜様の刃となり、衣となる為にお仕えしております」
「それは、これからも変わることはありません。コウも私と相違ございません」
「うんっ!!」ギュっ!!
コウが、嬉しそうに私の腕に縋り付く。
こう見てると可愛いんだけど、これでも紅龍なんだよな。
「……あの時間で、ここから島根にいた鬼達を九体も屠ったんですか? しかも大鬼まで……信じられない」
燐が、愕然とした表情で三人を眺める。
「まぁ、屠ったいうより、喰ったんやろうけどな」
天鳳室長が、ため息交じりに答える。
「あまりに、あまりに力が桁違いすぎますよ……しかも、龍を使役するだなんて」
蓮葉が呆然とした表情で呟く。
「そうですね。これが栄神の力ですか、さすがというか、とんでもないですね」
堂上月季が、蓮葉の言葉に同意し、感嘆の声を上げる。
「予想以上の英傑のようで、これからが楽しみじゃな」
功徳が髭を撫でながら笑っていた。
「……静夜様」睡蓮さん……だから様いらないです。
ハクとコウの頭を撫でながら、改めて礼を伝える。
「お疲れ様、戻ってええで、今度好物の水月堂のどら焼き買っとくわ」
「ありがとうございます」
「やったー!!」
コウが私から離れ、ハクの隣に戻る。
二人の姿が、霞の如く消失し、その場から気配が消える。
一息ついてから皆の方向へ向き直る。
「さて、帰りましょうか」