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発足式 一


「蝉の殻、するりと抜ける、秋の初風……か」


 京都御苑の外れにある林の中を歩く。

己の存在を刻むかの様に、木に縋り佇む蝉の抜け殻を見つけてボソリと呟く。


 以前に、ネット上で出会った、晩夏の俳句のひとつだ。

夏の終わりを想起させる、とてもいい句だと思う。


 私の後ろには、燐と蓮葉が並んで続く。皆、組織の正装に身を包んでいる。

軍服を彷彿とさせる黒地に金の刺繍をあしらった制服だ。腰には刀を帯刀している。


 今日は、新生鬼霊対策室の発足式が、京都御所の地下シェルター内のホールにおいて行われる予定である。


◇◆◇◆


-昨日-


 四日前、運動公園で咲耶にボロボロにされた燐と蓮葉だったが。

二人の要望で、昨日まで早朝訓練は続いていた。


 この三日間で、驚くほどスムーズに連携を取れるようになったと思う。

咲耶へ攻撃を当てることは、未だに叶わない状況ではあるものの、確実に成長を見る事ができた。


「燐、私へ攻撃が通用しないと理解しているなら、もっと工夫して蓮葉と協力し、虚を突きなさい」

「はいっ!」


 咲耶が燐へ、自分を伏せる為のアドバイスを送る。

燐が、蓮葉に目で合図を送る。蓮葉は札を上空に送った。


「蓮葉、札を送る時は、もっと相手の死角へ入りなさい」


 咲耶が、蓮葉へ苦言を呈する。

「あと、相手を分析するのはいいですが、棒立ちはやめなさい」

「はい……」


 咲耶は、基本燐の相手をしている為、蓮葉への攻撃は少ない。

それ故、蓮葉の足が止まってしまっていた。


「申し訳ありません」

そう言いながらも、頭上から紫炎の槍を打ち込む。


 咲耶は右手を頭上へかざし、扇子を開く。

大きく前へ振り下ろし、暴風が発生する。


 紫炎の槍が吹き飛び、燐も風に吹き飛ばされてしまう。

すぐに二人が態勢を整え再び対峙する。


「今日は、これくらいにしましょう。明日は、式典があるのでしょう? 明日へ備えなさい」


 咲耶が、訓練の終了を命じた。

「はい、ありがとうございました」

「ありがとうございました」

二人が、深く頭を下げる。


はくこうから見てどう思う?、結構変わったんちゃう?」

あぐらを組んで、芝生に座っている私の隣で、同じく座っている龍姉妹。


「そうですね。初めて、咲耶姫様と対峙した時と比べれば、幾分動けるようにはなったかと」

白が、抑揚のない声で私の問に答える。


「んー? でも、やっぱり燐ちゃん? の霊相がもったいないかなぁ。戦闘訓練より、霊相の底上げの訓練したほうがよくないかな?」

紅が、普段呆けているように見えるのに、的確な意見を述べてくる。


「せやな」紅は、天然キャラのくせに、戦闘に関することだけは真面目である。

「静夜」

「ん? お疲れさん。どないしたん?」


 近くで、胡座をかいて座っていた私に、咲耶が声を掛ける。

しばらく黙って、少し躊躇するような素振りを見せたが、ちらりと私を見やり尋ねてくる。


「昨日、テレビを見ていて気になったのですが、牛丼って美味しいのですか?」

「はい? 牛丼? なんで牛丼? そういえば咲耶、最近リビングでテレビよう見てるもんなぁ」


 三日前、二人の前に姿を表した咲耶。

あれ以来、私が家にいる間は、リビングに入り浸るようになった。


 蓮葉の、差し入れの酒や茶を楽しみながら、テレビを見るのが日課になっていた。

実家に居た時は、私の部屋にはテレビが無かったので、珍しいのだろうか。

PCに地デジチューナーは付いているが、ニュースぐらいしか見ていなかった。


「そうです。鶏卵が上に乗っているやつです。美味しいのですか?」

咲耶が、頬を若干紅潮させながら聞いてくる。


 あ、生卵のせがいいのか。でもそれって戒律とかその辺大丈夫なんか?

「美味しいと思うよ。安いし。でも咲耶って菜食じゃなかった?」


 まぁ、時代云々の話じゃないか。しかし、平安時代より前の時代って何食べてたんやろ

今まで肉を食べたいなんて言うこと無かったのに。一体どんな番組を見たんや。


「そんなの関係ありません」

咲耶が、若干気まずそうに視線を逸らす。関係ありそうですが。


「さいですか。ええよ。でも、そんな服装で店内には入りづらいし、テイクアウトやったらええで」

「テイクアウト?」咲耶は、首をかしげながら、疑問の表情を浮かべる。


 咲耶の服装は、以前と同じ朱色の神衣に、山吹色の羽織を羽織っている。

京都では、さほど珍しくも感じないかもしれないが、牛丼チェーン店内は別である。


「店内で注文して、店で食べずに家へ持ち帰って食べることや」

二人には、先に帰ってもらい、私は近くの牛丼屋で人数分の牛丼をテイクアウトしてから帰ることにした。


 その旨を伝えると、私が買いに行きますと二人が申し出る。

だが、咲耶が言い出したことなので、それはお断りした。


「わかりました。それで構いません」

咲耶は、納得したようで高揚した顔で「ではまた後ほど」と告げて姿を消した。


「二人はどうする?」と声を掛ける。

燐と蓮葉も実は食べたいらしく、燐に至っては大盛りのリクエストだ。

体を動かしているし、腹が減るのだろう。


「白と紅は、どうする?」

「私達は、結構です」


 白が答える。隣で紅はえっ? とした顔をしているが、黙ってぐっと堪えている。

「そうか、なんか甘味でも買ってくるわ」紅の顔が、ぱぁっと輝く。


 帰り道の途中で二人と別れ、シェアハウスの最寄りの牛丼店で、四人前の牛丼とサラダと生卵を購入する。

あとコンビニで、いつも協力してもらっている白と紅へ、エクレアを買って帰る。


 なるべく揺らさないように、気を遣いながらシェアハウスへ戻る。

リビングへ入り、ダイニングへ移る。


「おかえりなさい」二人が立ち上がり迎えてくれる。

ダイニングテーブルに買ってきた牛丼の入った袋を置いた。


 待ってましたと、咲耶が姿を現す。

二人が、牛丼とサイドメニューを袋から取り出し、テーブルへ並べる。

どうやら、インスタントの味噌汁も用意してくれているようだ。これはありがたい。


「それじゃ、いただきますか」皆が席につく。いただきますと手を合わせ、朝食を始める。


 隣に座っている咲耶の卵を、ケースから取り出し、牛丼の上に落としてやる。

白身をセパレートするか一瞬迷ったが、めんどくさかった。


「おお……ふふ……」と、咲耶は嬉しそうに微笑んでいる。

「食べ方は自由やけど、最初は卵崩さずに食べてもうまいで」


「ほう……」まずは、黄身を崩さずに口へと運ぶ。

皆も各々のペースで食事を始める。


「これは美味ですねっ! すごい味が濃い! 白米にすごい合いますっ!」

基本、咲耶や式である白や紅は、空腹を感じる事はない。

甘味や酒には興味があるようで、たまにせがまれる事はあるが……まさか牛丼とは。


「じゃあ黄身潰して食べてみ。あと多分食べにくくなるからこれ使い」スプーンを渡す。

サクヤは、スプーンを受け取り、黄身を潰して牛肉と少し絡めて食べ始める。


 女性が、丼を傾けてがっつくのもどうかと思って、念の為に人数分用意しておいたのだ。

咲耶は、一口頬張ると、目を見開きしゃべらなくなる。

それからは、ただ黙々と、牛丼を食べている。相当にうまいんやろうな。


 さて、自分も頂こうと、前の二人を見やると、スプーンを使わず堂々と、丼を傾けてがっついていた。

「…………」

まあ、食いっぷりのいい女性も、見ていて気持ちいいものやな。


 朝食を終え、蓮葉が入れてくれたお茶を飲みながら、テレビの朝のニュースに耳を傾ける、

ソファでは、白と紅が美味しそうにエクレアを食べている。それを、咲耶が隣で眺めていた。


「紅、一口ください」微笑みながら、物欲しそうに眺めている。

「嫌です」紅が、咲耶からエクレアを隠し拒絶する。


「……一口だけでいいですから」笑みを崩さず、ジリジリ距離を詰める。

「いやぁぁぁ!」紅がソファの反対側に座る白の隣へ逃げる。


「咲耶姫様、私の少しどうぞ」白が、咲耶へ割った片方を渡す。

「あら、白は本当にいい子ですね」嬉しそうに、受け取り頬張る。


 紅はうう……と恨めしげに咲耶を睨んでいた。

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