「ふぅ……疲れた……」
統括鬼霊対策室の三人は、対策室へ廊下を歩いていた。
各対策室のメンバーは、ここから最寄りの陸上自衛隊桂駐屯地から専用機で、各対策室へ帰路についている。
「静夜様、素晴らしいご挨拶でしたっ!!」
燐が、頬を紅潮させながら、先程のスピーチを褒めてくれている。
いやいや、素人が頭捻った程度の文章で、そんな称賛せんといて。逆にきついわ、恥ずかしい。
「はぁ、もう二度とやりたくないわ……」深い溜め息をつく。燐は「?」と首を傾げている。
「そういえば、巽蓮華君? 派手ではあったけど、好印象な感じでしたけど。何か、気に入らないと事とかあるんですか?」
確かに、若干ホストっぽい感じではあったけど、悪い感じはしなかった。
「ああいうキラキラしたの、あまり好きじゃなくて……」燐が、仏頂面をしながら答える。
キラキラ? 華やかな男性が、苦手なんやろか?
まぁ、人間好みはあるからなぁ。清潔感のある、さわやかな人とかが好みなんかな?
「では、どういった男性が好みなのですか?」蓮葉が尋ねる。おう、ナイスタイミング。
燐は、少し悩んでから「そうですね。お父様の様な人ですね」と答えた。
あー、お父さんっ子なんか。子どもの頃は、お父様のお嫁さんになる!! とか言っちゃったタイプ?
「それは、性格や身なりがですか? それとも、まさか年齢的にですか?」
燐は、再度考えて首を捻り答える。「んー? まぁ両方ですね」え? おじさん好きなの?
「「…………」」
私と蓮葉は、沈黙する。まあ、好みは自由やしな。
対策室へ入り、自分のデスクの椅子に座り、ようやく一息をつく事ができる。
蓮葉がすぐに、お茶を入れてくれた。ありがたい。
それから数時間、今日中に処理しなければならない事務仕事を済ませる。
確認作業がメインだが、何分数が多いため、無心で仕事を進める。
そして作業を完了させ、鬼を生成している集団について調べてみる事にした。
「二人は、昨日天鳳の爺さんの話を聞いてどう思った?」
二人に、この現象の見解を聞いてみる。
「信じられない行為としか言えません。即滅殺するべきだと思います」
燐が、真剣な面持ちで物騒な事を言いだした。相手恐らく生身の人間。
私達は、鬼障に対応するための組織。生身の人間相手にどう対応するべきなのか。
蓮葉を見ると、なにやら考え込んでいる様子だった。何か心当たりでもあるんやろか?
鬼戸家は、元々呪術を生業にしていた一族だ。情報があっても不思議じゃない。
「蓮葉さん?」私が声を掛ける。
「申し訳ありません。まだ確証ではないのですが、少し思い当たるところがございます」
「それは、どういったものですか?」私が、再び尋ねる。
蓮葉は、思い出すように話す。
「私達の一族の歴史の中に、鬼を政敵にに送り込むといった、呪術が存在したと書に記載があります」
うむ。呪術の中には、鬼を送り込む類のものがあったのは、私も聞いたことがある。蓮葉が続ける。
「その上位呪詛として。鬼を合わせて、人為的に大鬼を生み出す術があったと、一族の書物で見たことがあります」
「!?」
それが事実だとしたら、やはり呪詛師が絡んでいる可能性が高くなる。
呪詛師とは、呪術師の上位にあたる、呪いに特化した人物をさす。
やはり、呪術教団などの宗教団体が関与しているのだろうか?
「その書物と言うのは、私達でも見ることはできますか?」
少しでも情報を集める為にも、その書物に目を通しておく必要があると判断した。
「鬼戸家の集落である、鬼火村にお越し頂ければ、閲覧は可能です」
鬼火村。確か、鬼戸神衣の本拠地である、岩手県の外れの山奥にある集落の名前だ。
一度ネットで調べて見たことがあるが、数件の民宿なども存在しており、ちょっとした観光地になっている。
「わかりました。来週、東京へ出向く際に、その足で鬼火村まで行きましょう」
今は、何より情報が欲しい。
関東と九州沖縄の対策室へ、今回の状況を共有するかは、それから判断することにした。
蓮葉が、通信士に指示し、睡蓮へ連絡を取ろうとしている。
通信が繋がり、蓮葉が母親である睡蓮へ確認する。
「鬼戸室長、確認したいことがあります。よろしいでしょうか?」
「蓮葉補佐? どうしました?」
「我が一族の、過去の書物についてなのですが……」
蓮葉が、先程の話の内容を、睡蓮へ伝える。
睡蓮は、少し黙ったあとに、蓮葉に尋ねる。
「蓮葉補佐、内容はわかりました。それより、今そちらに静夜様は?」
睡蓮が、私の所在を確認している。何かあったのだろうか?
「おられますが、何かありましたか? 内容確認の為、一度個人通信に切り替えます」
急遽、スピーカーとマイクでの通信から、ヘッドセットでの個人通信に切り替わる。
二人が、しばらく話しているうちに、蓮葉の顔がみるみる青ざめてゆく。
「全体通信に、切り替えてくださいっ!」蓮葉の指示で、再度スピーカーで皆に会話が共有される。
「静夜様、急で申し訳ありませんが、ご報告よろしいでしょうか?」
睡蓮の真剣な声が、耳に入る。
「お願いします、何がありましたか?」
「先程、機内で岩手県上空を通過した際、大量の異様な霊相を感じました」
「異様とは?」
「高度が高かった為、詳細はわかりませんでしたが、十数体の大鬼は確認致しました」
専用機の高度がどれぐらいなのか不明だが、それでも大鬼が十数体確認できるのは明らかに異常だ。
「青森駐屯地へ帰還次第、調査を始めたいのですが、よろしいでしょうか?」
「わかりました。お願いします。ただ、まだ手は出さないでください」
まだ、原因がわからない状況で、手を出すのは危険すぎる。
「承知しました」睡蓮が、素直に応じる。
「通信はこのままで。青森駐屯地到着は?」
「あと三十分程です」
「わかりました。各部隊の部隊長への指示は、お願いします」
「了解しました」