「統括室長、こちらへ」
関東方面鬼霊対策室の迎えの車へ、各自乗り込む。
車が発進し、自衛隊駐屯地をあとにする。
小黒さんが、助手席から現在の最新の状況を報告する。
「現在、月季室長は栞殿と、天網の最終チェックを行っています。睡蓮室長率いる東北方面の部隊は、青森駐屯地へ到着後に部隊の編成を完了。現在は、異様な霊相が感じられたとされる地点へ向かっています。到着はあと一時間ほどかと存じます」
私は、隣に座っている蓮葉に指示する。
「わかりました、蓮葉さん、私が天網を使用したら、早急に状況把握を行います。そこからは、あなたが制作した千里眼が必要になります。前もって準備はしておいてください」
「承知しております」蓮葉が、抱える風呂敷に包まれた木箱に手を添えて頷く。
「あくまで、電線が近くを走っていてくれればの話にはなってしまいますが……」
「そうですね、期待しましょう」
二台の車が、とあるビルの地下へ入る。
そこには、大規模な地下駐車場が広がっている。
車は、そこで停車することはなく、更に地下へと降りてゆく。
地下五階まで降りると、大型のシャッターのゲートが目の前に現れる。
「これが、関東方面鬼霊対策室の入り口ですか?」小黒さんに確認する。
「はい、あくまで複数ある入り口の内の一つにはなりますが、一番メインのゲートと言えます」
しばらくすると、ゲートが開き車が再び走り始める。
ゲートをくぐり、数百メートルほどトンネルを走る。
しばらくすると、京都のシェルターと同じような、ロータリー型のO字の場所に行き着く。
「到着致しました。降りましょう」小黒がそういうと。皆が車を降りる。
こちらへと、小黒が皆を連れ歩き始める。
周りと見渡すと、物流センターのような大型の倉庫がいくつも確認できる。
こちらもシェルターになっているとは聞いていたが、規模が圧倒的に大きく感じる。
それも、この施設が新宿御苑の地下にあるというのだから笑えない。
小黒が、エレベーターの呼び出しボタンを押す。扉が開き、皆がそれに乗り込む。
小黒が、地下三階のボタンを押すと、エレベーターが動き出す。
すぐに目的の階層へ到着し、エレベーターの扉が開く。目の前には、絨毯敷のフロアが広がっている。
雰囲気は京都とあまり変わらへんけど、えらい高そうな絨毯やな。京都はカーベットって感じやったけど。
しばらく歩くと、一室の前で立ち止まり、小黒が扉を開く。
室内へ入ると、統括鬼霊対策室と同じような間取りの部屋のようだった。
「静夜殿、お待ちしていました」部屋の正面にある天網の画面から、月季がこちらへ振り向き、歩いてくる。
「まさかこんなに早く静夜殿がお越しになるとは……。ご足労、心より感謝いたします」月季が頭を下げる。
「そんなとんでもないです、東京へ行くと言い出したのは私ですから、それより状況は?」
状況を確認すると、既に天網の設定は完了しているそうだ。
天網の画面上には、東北地方を中心とした衛星画像が映し出されている。
そこには、岩手県のある地点を中心に、赤と青の点が密集しているように見える。
「私も、検証を兼ねて何度か探索してみたのですが、今まででの天網探索で、一番霊相の消費が激しいです。これは、岩手県付近で、異常が発生しているは間違いないと思います」
少し顔色が悪い月季の言葉を聞き、再度画面を確認する。
画面上の岩手県の北部に、緑の三角の点が複数あることに気づき、月季に「あれは?」と尋ねる。
「睡蓮室長と補佐、そして部隊長のGPS信号だそうです。もうすぐ密集地域に近づきますね」
「わかりました。では早速始めましょう。蓮葉さんは千里眼の準備を」
蓮葉が、天網の眼の前においた風呂敷をほどき、木箱の蓋を上げる。中には紫色の液体が入った水晶玉が入っている。
水晶玉の下には現代的な機器のような黒い土台が水晶玉を支えていた。
それを箱から取り出し、空いている机のスペースに設置する。
天網の端末から、一本のケーブルを取り出し、水晶玉の土台の下部についているポートに接続する。
「蓮葉さん、出番ですね」
蓮葉を見やる。彼女が統括室長補佐に任命された最大の理由がこれである。
「はい、ただ電線から数百メートルという条件がありますが……」
「そうですね」
彼女の制作した千里眼は、電線を利用して、目的の地点の状況を把握する事ができる。
本人が見ている映像を、天網のモニターに転送する事も可能になっている。
ただ、あくまで観測に過ぎず、見ることに徹した呪術具【千里眼】の能力である。
探索できる範囲は、本人の位置から三百キロ程度が限界らしい。おそらく今回ギリギリやな。
燐が、天網を操作し、探索可能な状態で、画面を岩手県へ合わせて待機する。
研究所の柊栞から、最終的な設定が完了したとの連絡が入る。
「睡蓮さん、状況を」
「現在、駐屯地を出立し問題の地点へ向かっているところです」
「わかりました。今から天網を使います。安全地点で待機を」
「承知しました」
椅子から立ち上がり、天網に手を添える。
「え? うそやろ?」
一瞬にして、五割方の霊相を持っていかれて、いきなりの事に膝から崩れそうになる。
反応する鬼の強さや、数によって持っていかれる霊相の量も変わる。
「静夜様!」燐が駆け寄ろうとするが、手で抑える。
月季が、霊相の消費が激しい言うてたけど、予想以上やな。
「大丈夫です。これ以上は持って行かれないみたいです。データの共有を」
「はいっ!」
少々ふらつきながら、近くの椅子に座る。モニターを見上げて顔を顰める。
そこには、岩手県花巻市の早池峰に集結する異常とも言える光景だった。
無数の、鬼の赤と大鬼の青の点で、画面が染まっていた。
数を計算すると、早池峰及び周辺を含めて、鬼が九十二体、大鬼が十八体確認できた。
さらに、周辺外に早池峰に向かおうとしている集団も複数確認できた。
こんなの現象見たことがない。土地特有のものなのか?
「やっぱり……。わ……渡りが起きてます……」蓮葉が、若干怯えた表情で呟く。
渡り? 鳥が季節によって移動する渡りの事だろうか?
「母様っ!」蓮葉が、何時にはなく声を上げる。
通信機の向こうから、大きな息を吐く音が聞こえる。
「蓮葉、落ち着きなさい。静夜様の御前で、取り乱す事は許しません。静夜様ご無礼をお許しください」
睡蓮が、娘である蓮葉を叱咤する。
「それは構いません。それより渡りについて、教えてもらえますか?」
「渡りとは、早池峰で十数年に一度起こる鬼の集合現象です」
「集合現象?」
睡蓮曰く、平安時代より十数年に一度、早池峰の峰の頂上を目指し。
周辺の鬼が集まり、強靭な鬼が生成されるとのことだった。
前回の九年前は、獄鬼が三体生成され、守護をしていた鬼戸家の祓い屋の半数が、重症を負ったそうだ。
「九年前? 間隔狭くないですか?」
「そうですね。そこが腑に落ちません」
「それと、鬼の量が異常です。これほどの数が集合してしまうと、獄鬼どころか夜叉を複数生成しかねません」
夜叉を複数とか、本当に勘弁してほしい。
「対応できそうですか?」睡蓮に簡潔に尋ねる。
「現状のままであれば、全部隊投入で対処は可能だと思います」
わかりましたと返答し、背もたれに身をまかす。
「蓮葉さん、中心地の映像は出せそうですか?」私が、蓮葉へ確認する。
はい、と蓮葉が一番鬼が集合している付近の映像を映し出す。
そこには、複数の大鬼が、鬼を喰らっている場面が映し出される。
「大鬼が鬼を食らっている?」なんなんやこれ。「ひいっ!」画面を見た通信士から悲鳴が起きる。
大鬼が、鬼を食い散らしている。だが、鬼は逃げることなく大鬼へ集まってゆく。
鬼が操られている? この鬼も生成されたものか? 謎の集団の影が脳内に纏わりついてくる。
このままでは、先程の探索より状況が悪くなるのは必須だ。成長のペースがあまりに早すぎる。
「もう一度、天網を使います」私が立ち上がり、再度天網へ手を添える。
「静夜様! 危険です! 控えてください!」燐が焦り声を上げる。
その時には、峰へ向かっていた鬼の集団も合流し、鬼が八十六体、大鬼が二十六体になっていた。
「!?」皆が凍りつく。意識を失いそうになるのをこらえて座り込む。
このペースで増えると、部隊が到着するときには、倍以上になっていると考えられる。
「睡蓮、このまま部隊を投入するのは危険と判断しました。麓で付近の鬼を駆除しながら待機してください」
「……承知しました」
-早池峰麓-
「鬼は発見次第駆逐してください。人払いは済んでいます」部隊へ指示を出す。
「はっ!」部隊員が、それぞれ動き出す。
「この鬼塗れの山を登るとなると、かなり骨が折れそうですね」
丙が、脂汗を浮かべながらも、顔を紅潮させて呟く。
「そうですね。しかし、現状で獄鬼が五体、大鬼が三十体確認されています」
我々が麓へ到着後に、再度静夜様が天網での探索を掛けた結果、獄鬼が五体も生まれていた。
「ん~この感じ、夜叉生まれちゃいそうですね」丙が、頭をかきむしりながら呟く。
「そうですね」睡蓮は落ち着きながらも、唇を噛む。
「丙、発足初日から正念場ですよ」