-関東方面鬼霊対策室-
蓮葉の呪具【千里眼】によって、天網の画面には、凄惨な早池峰の現状が映し出されている。
大量の鬼や大鬼が、山頂へ向け行軍を続けている。共に喰らい合いながら。
千里眼から送られる映像の中で、ある映像が目に留まった。
獄鬼同士が、早池峰頂上付近で争い合っている状況だった。
「蓮葉さん、千里眼をしばらくここで固定してください」
「わかりました」
画面には、獄鬼同士が周りの鬼を蹴散らしながら、共に喰らいあっている映像が映し出されている。
久しぶりに獄鬼見たけど、やっぱり見た目おっかないなぁ。身長は五メートルってとこか?
周りの木々をなぎ倒しながら、お互いに組み合い齧り付いている。
「これが渡りですか? 鬼同士が殺し合っている?」燐が蓮葉へ尋ねる。
「そうですね。渡りは
蓮葉の説明では、集結し続ける鬼は最終的に一体の鬼になろうとするのが通例とのことだった。
強い鬼が、弱い鬼を喰らい続け、強固な鬼に進化しようとする。その最終地点が早池峰山頂らしい。
「もしかして……、これって蠱毒に近いものですか?」燐が顔を青くして、蓮葉に尋ねる。
「呪術としての蠱毒とは根本の目的が違いますが、近いものと考えていいと思います。強いものが残り食らって進化する」
「…………」燐が黙って私へ振り返る。
私は、頭に濡れタオルを掛けながら椅子に座り項垂れていた。
その後ろでは、千草がオロオロと私の周りをウロウロしている。
月季と小黒は、援軍として数十分前に現場に向かっている。
先程、三度目の天網探索を行い、根こそぎ霊相を持っていかれてしまっていた。
体に力が入らず、背もたれに体をまかすのが精一杯だった。
千草さんの天玉を使用するか悩んだが、使用するには早すぎると判断し、倒れそうになるのを必死でこらえる。
「静夜様、無茶し過ぎなんですっ!」燐が、怒って声を荒げる。千草がさらにオロオロしはじめる。
それを手で制止して、岩手の睡蓮に状況を確認する。
「睡蓮、状況の報告を」
-岩手 早池峰-
「はい。現在、早池峰中腹で全部隊待機完了しています。いつでも動ける状態です」
このまま様子を見ても、状況は悪化する一方と判断した静夜様が、殲滅を決定した。
「わかりました。隊列を崩さず、殲滅を進めてください。関東方面対策室の援軍も向かっています。絶対に無理はしないように。危険と感じたら、すぐに撤退してください」
「承知しました」では、行きます。と私は全部隊に通信で指示を出す。
丙が、第一(午一)から第四(午四)の部隊を率いて先行する。
その後ろから私が、残りの後方支援(未一~未四)の部隊を率いる。
「丙、絶対に一人では突っ込まないように、一気に陣形が崩れてしまいますから」
「承知っ!!」丙の威勢のよい返事が、通信機を通じて耳に響く。
峰を登り始めて、一時間ほど歩くと、鬼を率いる大鬼が十数体現れる。
複数の大鬼が、鬼を掴み喰らいながら山頂へ向けて移動を続けている。
鬼が鬼を喰らうのはめずらしくはないですが、いつ見ても、見ていて気持ちいいものではありませんね。
「こちら午一、対策室からの報告通り、前方に大鬼の集団を確認」午一の部隊長が、全体通信で報告する。
「わかりました。この一帯の鬼の動きを止めます、先行部隊は術の行使後、一掃してください」
「はっ!」「承知っ!」
懐から鉄の簪を取り出し、地面に突き刺す。
一帯が紫の光に包まれ、大鬼を含む鬼の集団が、術式の陣に包まれる。
それにより鬼達が、ぐらりと思考を停止したように、急に動かなくなる。
「今ですっ!!」先行部隊が、戦闘行動を開始する。
呪具【
酒夢は、範囲内にいる鬼の行動を、一時的に一切制限することができる。
だが、獄鬼以上の高位の鬼には、あまり通用しないという難点もある。
前線を見やると、丙が二刀の短刀を腰の後ろから取り出し、集団に突進する。
それぞれに、得物を構えた隊員達ががそれに続く。
「後方部隊は、先行部隊の支援を」
指示を受けた支援部隊が、凹凸の激しい山の斜面に、障壁で足場を生成する。
それにより、登山道から外れた山の斜面を登りやすくする。
ものの数分後には、十数体いた大鬼と鬼の集団の殲滅に成功し、隊列を整え再び進行する。
「丙さん、強いですね。大鬼を余裕を持ってあっさり滅してますね。さすが桐生家の虎」
天網の画面を見ているのか、四輝院さんの感心したような声が、通信機を通じて聞こえてくる。
「桐生家は、東北屈指の武闘派ですからね。これくらいは余裕でしょう。相手動いてないですし」
蓮葉が、当然のように答える。蓮葉……なぜあなたがそんなに自慢げなのですか……
「鬼戸室長、このままのルートを三百メートル進むと大鬼が二十二体程屯しています。注意してください」
蓮葉から千里眼の能力で、この先のルートの調査結果が伝えられる。
「わかりました。丙、聞こえましたか?」丙に確認する。
「承知っ!」丙が先行部隊を率いて、次の鬼の集団の索敵範囲外で待機する。
「再度、動きを止めます」簪を取り出し、地面に突き刺す。
「では、行きますよ!」丙が号令を出し、進行を開始する。
丙が特攻し、動けない大鬼を次々斬り伏せてゆく。そして、周りの鬼を先行部隊が駆逐してゆく。
殲滅が完了し、大鬼の上位にあたる獄鬼が集結ようとしている頂上を目指す。
「丙、体に問題はありませんか?」無線を通じて、丙の体調を案ずる。
「問題ありません。無傷ですよ。相手動けないですからね」丙が余裕をもって返答する。
それから、鬼を殲滅しながら三十分程峰を登った所で。
対策室の報告通り、一体の獄鬼と十数体の大鬼の集団に遭遇する。
獄鬼は、身の丈五メートル程の巨大な鬼だ。周りの鬼を食らいながら山頂を目指しているようだった。
こちらの存在には気づいていないようで、食事を続けている。
「いよいよ獄鬼か……ふふふ、室長お願いしますっ!」丙が頬を紅潮させながら戦闘態勢に入る。
「いきなり突っ込まないように、初めは力量を見てください」全体通信で警戒するよう伝える。
簪を地面に突き刺す。そこから半径二百メートル範囲の鬼と大鬼の動きが止まる。
(獄鬼は!?)
獄鬼を確認する。動きこそ遅くなったが、ふらつきながらも行動は可能なようだった。
こちらの存在に気づき、こちらに向かって走ってくる。ものすごい地響きが起こる。
「やはり、獄鬼の行動を抑えるのは無理ですか。丙、獄鬼を優先で滅しなさいっ! 先行部隊は、部隊長の指示に従い、一部隊で大鬼へ当たりなさい! 後方は防御障壁の支援を!」
丙が、腰を落とし大鬼を避けるようにジグザグに移動し、高速で獄鬼へ向かってゆく。
獄鬼が丙に向けて、青竜刀のような形状の二メートルはある巨大な刀を振り落とす。それを躱し背後に回る。
私は、呪符を一枚取り出し、獄鬼へ送る。
札が獄鬼の腹の中心に張り付き、術式が発動する。
強力な重力柱が発生し、酒夢を食らい弱体化している獄鬼が、重力に耐えることができずに片膝を付く。
「丙、首を落としなさいっ!」重力柱を解除する。
獄鬼の足元にまで近づいていた丙が、にやりと笑み全力で跳ぶ。
「ひゃっは! 獄鬼だぁっ! 頂きます!」
地面から三メートルの高さの鬼の首裏に一瞬で張り付き、一刀を右から首へ差し込む。
そして、さらにもう一刀を構える。
「ふふぅ」
もう一刀を、首の反対側から差し込む。差し込まれた刀同士が反応し、術が発動する。
両側から差し込まれた短刀から冷気が発生し、獄鬼の首が一瞬で凍りつく。
即座に短刀を引き抜き、獄鬼から離れる。
丙が二振りの短刀を腰の後ろに固定している鞘に納める。
それと同時に、獄鬼の首が粉々に弾け跳んだ。
「ごちそうさまでしたっ!!」