あたしとサラ、そしてダーウは食堂へと向かうことにする。
サラは部屋を出る前に、寝台に寝かせた木の棒の人形に布団をかけ直していた。
ダーウを連れていくのは、ご飯を運ぶのが大変だからだ。
体が大きいダーウは、当然食べるご飯も大量なのだ。
廊下の窓から外を見ると、雨が一層激しくなっていた。
「あめ……。ヤギたちと鳥たち、だいじょうぶかな?」
サラが心配そうに雨雲を見つめる。
「きっとだいじょうぶだよ。毛とか羽がみずをはじくし」
「うん。そうだね」
食堂に到着すると、すでに母と侍女が待っていた。
母の正面に、サラと並んで座って「いただきます」をする。
「きょうは、くろわっさんだ!」
「くろわっさん?」
「みかづきみたいなかたちのパン! おいしいよ」
クロワッサンと、目玉焼きやウインナーなどがある。
いつもの朝食より品数も少ないし、作るのに手間がかからないメニューだ。
今の湖畔の別邸に料理人はいないし、配膳する侍女も一人だけなのだから当然である。
「うまいうまい! な、サラちゃん」
「おいしい! サラ、くろわっさんすき!」
お腹が空いていたので、とても美味しく感じる。
真夜中にロアを助け出したり、早朝にキッチンに忍び込んだりしたからだ。
「うまいうまい」
「ルリア」
ふと気づくと母がじっとあたしを見つめていた。
そのときはじめて気づいたのだが、母は朝ご飯を一口も食べていない。
「ん? かあさま。どうしたの?」
「キャロとコルコはどうしたのかしら?」
「キャロとコルコはおひるねだ」
「ご飯も食べずに?」
キャロもコルコも、いつもご飯を楽しみにしているから、不思議に思ったのだろう。
「うむ。だからあとでルリアが、キャロとコルコのご飯をはこぶ」
母はあたしをじっと見つめている。何か疑われているのだろうか。
いや、違う。
昨日の夕ご飯の時、ご飯を床に落とさないようにした方がいいと言われた。
落ちたご飯を食べてくれるキャロとコルコがいないから、母も気になるに違いない。
「……あまり、ゆかにご飯を、おとさないようにしないとな?」
あたしがそういうと、母も食事を始めた。
やはり、あたしがちゃんと食べられるか気になっていたようだ。
何も疑われていないのならば、早速竜の可愛さをアピールする作戦に入りたい。
「かあさまって、どんなどうぶつがすき?」
「どうしたの急に?」
「ん、なんとなく」
かあさまに竜を飼いたいと思わせることができれば、作戦成功だ。
「そうねえ。犬も猫も好きよ。サラは?」
「サラもいぬもねこもすき。あ、プレーリードッグとにわとりもすき」
「そうね、キャロとコルコも可愛いわね」
「うん。えへ、えへへ」
サラは嬉しそうに笑う。あたしはそんなサラの口についたジャムをナプキンで拭いた。
「……それでルリアは、ダーウたち以外でどんな生き物が好きなの?」
「ダーウたち、いがいでかー」
「そう。フクロウや鷹みたいな鳥小屋のみんなと昨日のヤギたちも除いて」
「うーん、むずかしいけど」
「…………とても大きな虫かしら?」
じっと母はあたしの目を見つめている。
「むしは、とくべつにすきではないなー」
「そう。…………じゃあ蛇かしら?」
「へびも、とくべつすきというわけじゃないなー」
あたしがそう言うと、母は、どこかほっとしたように見えた。
理由はわからないが、母がほっとしている今が竜の可愛さをアピールするチャンスだ。
「ダーウたち以外だと、ルリアはどらごんがすき」
「え? ドラゴン?」
母はなぜかぎょっとした。
「な、サラちゃんもドラゴンすきだよね?」
「うん。サラもドラゴンすき。えへ、かわいい」
「ドラゴンはなー。こうはねがパタパタしてかわいいし、しっぽもかわいい」
「…………」
竜の可愛さをアピールしているのに、母は無言でじっとあたしを見ている。
「……まさか」
母は食べ終わってもいないのに突然立ち上がると、食堂の外に向けて歩き出す。
「奥方様?」
「ルリアの部屋に行くわ。まさかとは思うけど、竜をかくまっていないわよね?」
「えっ?」「ぃっ!」「わふっ」
あたしとサラ、そしてダーウが驚きの声が重なった。
サラとダーウの尻尾がびくりとした。
「か、かあさま、とと、とつぜんいったいなにを」
驚きのあまり舌が回らない。
「食事はそのままで。まだ片づけなくていいわ」
侍女にそういうと、母は早歩きであたしの部屋に向けて歩き出す。
あたしとサラ、ダーウは母の後を追いかけた。
「かあさま? ごはんたべよ?」
「ルリア。キッチンに入ったわね?」
「え? ええっと」
「食料の受け渡しは屋外で行われているから大事はなかったけど」
どうやら本邸の使用人は、別邸の前まで食糧や物資を運ぶと、別邸には入らず帰るらしい。
物資を別邸に入れるのは、一緒に隔離されている従者たちだ。
「ルリア。立ち入り禁止の場所には入ったらダメって言ったわよね?」
「ごめんなさい」
謝るしかない。
今回は大丈夫だったが、本邸の使用人が中に入っていたら一緒に隔離されるところだった。
もし、本邸の使用人が気づかずに帰っていたら、それこそ大惨事だ。
もしかしたら、あたしがやらかすことも考えて、念のために屋内に入らなかったのかもしれない。
「とても許されないことをしたわ。あとで罰を覚悟しなさい」
「あい」
「あ、あの、ルリアちゃんがわるいんじゃなくて、サラがわるいの」「わわう!」
サラとダーウがかばってくれる。
ダーウは早歩きの母の前で仰向けになって、一瞬踏まれそうになりながら、お腹を見せる。
母は、ダーウの手前で足を止め、あたしを見る。
「そうなの? ルリア」
「ちがう。サラちゃんもダーウもわるくない。ルリアがわるい」
「サラとダーウは手伝っただけよね?」
母を足止めしたこともばれていたようだ。
母はダーウを避けて歩き始める。
「ち、ちがう。サラがおなかがすいて……」「わふわふ!」
「生卵とパンとウインナーとナッツ類を、サラが食べたのかしら?」
「えっ?」「ぃっ?」「わふぅ!?」
キッチンからとってきた食糧の種類まで把握されていた。
「食料は全て数まで管理されているのよ。知らなかった?」
「……し、しらなかった」
「パンとウインナー、ナッツ類ならまだしも、生卵四つはルリアもサラも食べないわよね」
「えっと……」
ダーウなら食べると言いかけたが、罪を擦り付けることになるのでやめた。
いくらロアを隠すためでも、それはよくない。
「肉食系の大きな虫の魔物か、蛇かと思ったのだけど」
確かにそれらは生卵を食べるだろう。
「まさか竜だったとはね……」
「…………」
あたしの部屋の前の扉が見えた。
扉から上半身だけ出していたクロが慌てて、部屋の中へと引っ込んだ。
『かあさまがきたのだ! 急いで隠れるのだ!』
部屋の中から、クロとキャロとコルコが慌てる音が聞こえた。
あたしは耳が鋭くなる特技があるので聞こえるが、母には聞こえていないだろう。
「ルリア。約束したわよね? なにかを拾ってきたら必ず報告するって」
「……ごめんなさい」
部屋の前につくと、母はすぐに扉を開けた。