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137 非常事態

 コンラートの服は泥だらけで、顔には小さな擦り傷が入っている。

 登りにくい柵を一生懸命登って、地面に飛び降りた。

 あたしは急いで走って窓を開けて、手を伸ばしながら、小声で尋ねる。

「コンラートどした?」

「ち、父上が」

 あたしもコンラートも手が短いので届かない。

「ん。掴むといいのである」

 スイがコンラートの手を掴んで引き上げた。

「はぁはぁはぁ」

 コンラートの息は荒い。ずっと走ってきたに違いない。

「怪我してるな? スイちゃん、水出してあげて」

 水にも毒が入っている可能性があるので、スイに出して貰う。

「ん。飲むがいい」

「ありがと、ございます……ごくごく」

 コンラートは宙に浮く水球に直接口をつけてみずを飲んだ。

「コンラート、どこに敵がいるかわからないから小声でな?」

 コンラートが水を飲んでいる間に、あたしは怪我を治した。

『ルリア様。そんなかすり傷は治さなくていいのだ! 魔法は控えるって約束なのだ!』

 小言をいうクロに、無言で「ごめんね」と伝えるために頭を下げる。

「すごい。水を飲んだら、痛くなくなった」

「スイちゃんは偉大な竜だからな〜」

 そういって誤魔化しておく。

「で、コンラート、なにがあった? おうたいしが謀反でもおこしたか?」

「父上はそんなことしない」

 王に叛旗を翻すなら王太子が最有力候補だと思っていたので違ったようで良かった。

「それで何があったのである?」

「えっと、王太子宮で午前の勉強をしていたら、急に騒がしくなって……」

 王太子宮とは、王太子の住まう宮殿のことだ。

 あたしはクロが作ってくれた光の模型を見る。

「コンラート。王太子宮ってのは、どのあたり?」

「えっと、ここから五百メトルぐらいはなれていて、ちょうど王の宮殿との間にあるかんじ」

「ふむ? これかな?」

 あたしは光の模型の王太子宮と思われる建物を指さした。

「ルリア? これってなに?」

 光の模型を見ることができないコンラートが首をかしげる。

「なんでもない。つづけて?」

「えっと、建物が兵士に囲まれていて」

「ほうほう?」

「兵士たちは勅命で拘束するから開門しろっていってたけど、父上は信じなくて」

「ほほう?」

「非常時用の隠し通路を通って、ここに走れって」

 王太子宮だけでなく、宮殿には非常用の隠し通路が用意されているものだ。

「ここって、この離れ? なんで?」

「助けを呼べって。離れにルリアたちが来るはずだからって……」

 それで、コンラートは走ってきたのだ。

「そうか。ルリアをたよって……」

 こんなときだというのに、少し感動してしまった。

 そこまで王太子に信頼されていたとは。

「え? 違うよ? 水竜公が……」

「うむ。たよられたのなら、しかたないな……」

 コンラートがごちゃごちゃいっているが気にしない。

 王太子からの信頼を裏切るわけにはいかない。

「それで、コンラート。王太子は逃げなかったのであるか?」

「うん、父上まで逃げたら、敵も隠し通路を探すだろうって」

 幼いコンラートがいないだけなら、敵も本腰を入れて探さないだろうという判断だ。

「それは、正解かもしれないな?」

 本腰を入れて探していたら、ここももっと騒がしいはずだ。

「王太子は無事なのであるか?」

「父上は無事に決まってる!」

「コンラート、静かにな」

「あっごめん」

 コンラートも王太子が無事か、不安でなのだろう。

「あの、水竜公、父上を助けてくださいませぬか?」

「ん。ルリアどうするのである?」

「もう少しまつ」

「なんで? すごい魔法を使える水竜公なら、敵をやっつけられるんでしょ?」

 コンラートはすがるようにスイを見つめる。

「もちろんそうである。王宮ごとふきとばすぐらい、スイにはたやすいのであるが……」

「コンラート、敵がどこにいるか、王太子とじいちゃんがどこにいるか。今調べているところだ」

「調べるって、どうやって?」

 精霊を使っているとは言えないので、あたしは少し考えた。

「………………えっと、水竜公が魔法で?」

「すごい。水竜公はやっぱりすごい!」

「えへへ〜すごいのであるな。だから、スイにまかせておくといいのである」

 スイがそういって、コンラートは落ち着いたようだった。


 数分待って、精霊たちが戻ってくる。

『るりあるりあ! あっ』『しらんひといる!』『はなしちゃだめなんだよ!』

『よいのだ。今日は特別なのだ』

『いいの?』『わかった!』『はなすね!』

 コンラートを見て、精霊たちは一瞬躊躇ったが、クロに言われて報告を始める。

『えっとね。じいちゃんはここにいた!』

『おうたいしはこっち!』

 精霊たちはクロの光の模型を使って、説明してくれる。

 どうやら、王は王の宮殿の奥の方に、王太子は王太子宮にいるらしい。

「王は王宮で、王太子は王太子宮にいるのであるか。移動してないのであるな」

「すごい、魔法で調べたんだね!」

「そうなのである」

『王太子宮はこんなふうになってて〜』

『王太子がいるのは、このあたりで〜、敵の配置が』

 精霊たちは光の模型を直接いじって、内部構造を詳しく作り上げていく。

 敵の配置から考えて、王太子は幽閉されているようだ。

 前世のあたしも、父母を殺された直後、処遇が決まるまで、しばらく幽閉されていた。

「王太子が幽閉されてるってことは……」

 王を弑逆した後、幽閉した王太子を形式的に即位させるつもりかもしれない。

 反乱の首謀者は、王太子には自由を与えず、当然権力も与えない。

 それでも、形式的に王の正当後継者である王太子が即位していれば、貴族達を抑えられる。

 もちろん、抵抗し兵を挙げる貴族もいるだろうが、少なくなるはずだろう。

 建前を整えるのは非常に有効なのだ。

 前世で父王が殺された後もそうだった。

 一年ほど、あたしの幼い兄が王となり、謀反人の叔父は摂政となった。

 叔父を謀反人だといって、抵抗した貴族もいたが、多数派にはならなかった。

 抵抗した貴族の粛正が終わった一年後に兄は突然死んだ。

 病死と言うことになっていたが、毒を盛られたのは間違いないだろう。

「こんかいも……そうなるかもな?」

「ルリア、なにが?」

「なんでもない」

 とりあえず、王から助けるのが良いだろう。

 王さえ死ななければ、謀反は失敗だ。

「じいちゃんの周りはどんなかんじ?」

 あたしはスイに尋ねるふりをして精霊たちに尋ねる。

『えっとね。じいちゃんは宰相とここにいて、敵にかこまれてた!』

「王と宰相は敵に捕まっているのであるな?」

『あとじゅじゅつしがいた!』

「呪術師もいたのであるな?」

『うん、なんか呪者を呼び出してた! こわかった!』

「そっか、じゃあ、じいちゃんから助けよっか」

 そういうと、王太子宮に偵察に行ってくれた精霊が慌てたようにいう。

『ルリアまって! 王太子宮にもじゅじゅつしがいたよ!』

「なんだと?」

『こわくて、王太子宮にもあまり近づけなかったんだけど……』

『王太子は呪われたっぽい。すごく苦しんでた』

「……可哀想なのである。ルリア」

 呪われて苦しんでいたスイが真剣な表情で呟いた。

「そだな。わかった。王太子からたすけよ」

 あたしがそういうと、皆が頷いた。

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