あたしとスイがダーウを洗い終わると、侍女が客室へと案内してくれた。
「ダーウは三日、ずっと走ってたからな? 早く休んだ方が良いな?」
「え? 三日間走り続けたのですか? 凄いですね」
「わふ〜」
侍女に褒められて、ダーウは誇らしげだ。
そのもふもふの毛皮を侍女に押しつけに行く。
「撫でてほしいんだって」
「よろしいのですか?」
「うん。よかったら撫でてあげてな?」
「ありがとうございます。うわ〜ふわふわです」
侍女に撫でられて、ダーウは嬉しそうに尻尾を揺らしていた。
あたしと一緒に客室に向かったのは、ダーウの他にキャロとコルコ、ルクス、それにスイだ。
もちろん、あたしは、かっこいい棒を含めた荷物もしっかり持って行く。
他の人には見えていないが、クロもちゃんとついてきている。
サラと姉はマリオンと一緒にどこかに行った。
サラは当主として、姉は父の名代として、使用人に挨拶する必要があるらしい。
「ルリアお嬢様、こちらになります」
「ありがと!」
屋敷の中は非常に質素だった。だが、作りはしっかりしていて安っぽくはない。
侍女が案内してくれた部屋は、大公家でのあたしの部屋にそっくりだった。
「おおー。初めてきたところなのに、あんしんかんがある」
「ご用がありましたらお呼びくださいね」
「うん。ありがとー」
侍女が去ると、あたしは寝台に腰掛ける。
「ダーウ、こっちこい」
「わふ〜」
ダーウは嬉しそうに尻尾を揺らして、あたしの膝の上に顎を乗せた。
「ダーウはつかれたな? もう寝る? 寝たほうがいいな?」
「わわふ〜」
ダーウは、夜ご飯がまだだという。
「そういえば、そだな。食欲あるみたいでよかった」
あたしはダーウの全身をくまなく撫でる。
激しい運動の後など、ご飯をたべられなくなったりすることもあるのだ。
お腹がすいているならば、それに越したことはない。
「むむ? 筋肉がはっている」
『そりゃ、あれだけ走ったら、張るのが普通なのだ』
クロがダーウを撫でながら言う。
侍女がいなくなったので、クロは話すことにしたようだ。
「そっかー。きんにくつうとか、だいじょうぶ?」
「ばう」
「そっか、大丈夫か。ダーウはつよいこだな? いたくない?」
「わふわう〜」
ダーウはそんなことよりお腹がすいたという。
「とりあえず、夜ご飯まで昼寝しよな?」
そういってあたしが寝台に横になると、みんな横になる。
「ダーウも綺麗になってよかったな?」
「ぁぁぅ〜」
「ルリアも、スイみたいにきれいにできたらいいいのだけどな?」
『当然、ダメなのだ。緊急時以外、魔法の使用は絶対禁止なのだ』
クロに厳しく言われてしまった。
「わかってるけどな?」
『本当に、わかってるのだ? 筋肉痛とか風邪とかは緊急時にならないのだ』
「ふむ?」
クロが急に筋肉痛と風邪について語り始めた。
きっと、馬車のなかでほとんど話せなかったから、話をしたいにちがいない。
『もちろん、風邪をこじらせて、死にかけたら緊急時なのだ。でも、通常の風邪は——』
ダーウがマッサージされる横で、クロが真剣に語っている。
『重病はともかく、風邪程度で治癒魔法を使うと体の抵抗力が落ちて——』
「ほー」
『そもそも、治癒魔法というのは強力すぎる薬のようなもので——』
「へー」
『ルリア様! 聞いてるのだ?』
「き、聞いてる」
一応聞いていた。だが、幸せそうなダーウの顔を見つめるので忙しかったのだ。
つまり、基本的には魔法を使わない方がいいらしい。
魔法に頼り過ぎた場合、逆に病気になりやすくなる場合も考えられるとクロは言う。
『気持ちよさそうなダーウの顔を見つめているようにしかみえなかったのだ』
「そ、そんなことないが?」
クロは鋭い。
「つまり、あれでしょ? 治癒魔法はきんきゅうのとき以外禁止。だな?」
『そうなのである』
「でもなぁ。そんなに治癒魔法ばかり使うやつとかおるのであるか? 金かかるのであろ?」
あたし達と一緒に寝台に横になり、ダーウをなで回しながらスイが言う。
一般的に治癒魔法の使い手は教会に所属していることが多い。
そして、教会に治癒魔法を頼むと金がかかるのだ。
『昔、毎日治癒魔法をかけて、長生きしようとした王様がいたのだ』
「へー、そんな奴がのう」
『そやつは、治癒魔法の回復が間に合わなくなって、風邪であっさり死んだのだ』
クロが言うには、どんどん体自体の持つ病気に抵抗する力が落ちていったらしい。
そして、毎日治癒魔法を長い時間かけないと、風邪をひくようになったという。
最終的には、いくら治癒魔法をかけても、病状は悪化し続けあっさり死んだらしい。
「そんなことがあったのか……。ルリアも気をつけないとな?」
結局、侍女が呼びに来るまで、あたし達は昼寝せずに寝台の上でゴロゴロしていた。
夕食は、マリオンを含めた皆で一緒に食堂で食べた。
お風呂に入ろうと思ったのだが、大公家のものより小さくためダーウが入れないらしい。
「ならば、スイがきれいにしてあげるのである!」
「ありがと! たすかる!」
「ばうばう〜」「きゅるる」「ここ」「りゃむ〜」
「スイちゃん、ありがと! スイちゃんの魔法、きもちいいね」
あたし達はスイに魔法できれいにしてもらうと自室へと戻った。
みんな疲れていたので早めに就寝することにしたのだ。
サラは今日だけは、あたしとではなくマリオンと寝ることにしたようだ。
あたしはダーウ、キャロ、コルコ、ロアとスイと一緒に眠る。
あたしが寝台で横になると、右隣にスイが、左隣にダーウが横になる。
「ダーウ、ゆっくり寝るといい、疲れたな?」
「ぁぁぁぁぁふ」
大きくあくびをすると、ダーウは目をつぶる。
そして、十秒後には、静かに寝息を立て始めた。
「やっぱり疲れていたのであるなー」
「そだな。キャロとコルコもよく眠るといい」
「きゅ」「ここ」
「ロアもよく寝……もう寝てるな?」
ロアは赤ちゃんなので、すぐに寝ちゃっても仕方の無いことだった。
あたしも疲れていたからか、すぐに眠りに落ちたのだった。