サラの屋敷に到着した次の日の朝。
あたしは顔にへばりついたロアに揺すられて目を覚ました。
「りゃっりゃっりゃ」
相変わらずロアのお腹はポンポンで、柔らかくて温かい。
「……ロア、今おきる」
あたしはロアを優しく撫でながら、顔から引き剥がして、胸の前で抱っこする。
「……ロア、お腹すいちゃったか?」
「りゃりゃっりゃ」
どうやらお腹がすいているわけではないらしい。
ロアはパタパタ飛んで、あたしの足下の方へと飛んで行く。
そこには、寝始めたときには、あたしの左隣にいたダーウがいた。
そして、ダーウのことを、キャロとコルコが見守っていた。
ちなみにスイはまだ寝ている。
「ダーウ? ダーウがどした?」
「ぴぃ〜」
「え! 全身が痛いのか? た、大変だ! すぐに治癒魔——」
『待つのである!』
治癒魔法を使おうとしたあたしの顔にクロがへばりつく。
まるでロアのようだ。
「クロじゃま」
『邪魔してるのだ! その、すぐに治癒魔法を使おうとするくせをやめるのだ!』
「だって、ダーウが痛いって言ってる。非常時だし?」
『まず、よく観察するのだ!』
クロに言われて、あたしはダーウのことを見る。
「ここがいたいか? ここは? 他にはどんな症状がある?」
「ぴぃ〜ぴぃ〜、くしゅん」
手足が痛いし、関節も痛いし、頭も痛いし、熱もあるという。
「じゅ、重病だ、くしゃみまで、……治癒——」
『だから落ち着くのだ!』
「クロ、じゃま」
『だから、よく見るのだ! ダーウのそれはただの筋肉痛なのだ!』
「え? そんなはずは……そもそも昨日は筋肉痛じゃなかったし……。だな?」
「…………ぴぃ」
『次の日に痛くなることは、筋肉痛なら良くあることなのだ』
「し、しらなかった」
あたしは筋肉痛になったことがない。
それに、前世の聖女の頃にも筋肉痛を治せと言われたこともない。
だから、筋肉痛に関しては知識がほとんど無いのだ。
「……ダーウ! 無理させてすまぬ!」
あたしはダーウを抱きしめた。
筋肉痛になったと言うことは、無理をしたということに違いない。
「わふぅ。くしゅん」
全身が痛いというのに、ダーウはゆっくりと尻尾を揺らす。
「むむ? 筋肉痛でくしゃみはでないな? それに頭も痛いって」
「ぴぃ〜くしゅん」
『筋肉痛になるぐらい走り続けて疲れたから、風邪をひいたのだ』
「なんと、筋肉痛に風邪まで……ち、治癒魔——」
『だから、落ち着くのだ! 昨日の話しをもう忘れたのだ?』
「はっ! そういえばそうだった」
悪化もしていない程度の風邪まで治したら、病気に対する抵抗力がなくなるという話しだった。
『ダーウはしばらくゆっくりするしかないのだ』
「ぴぃ〜ぴぃ〜」
哀れっぽくダーウが鳴くと、あたしまで悲しくなる。
せめて、つらさが和らぐよう、あたしはダーウのことを優しく撫でた。
「りゃむ〜」
ロアもダーウのことを優しく撫でている。
「…………もしかして、クロは気づいてたか?」
だから、風邪と筋肉痛に治癒魔法は使うなって話したのかもしれない。
『そうなるかもしれないと思っただけなのだ』
「そっかー、クロはすごいなぁ」
あたしは、ダーウの保護者として、もっとしっかりしないといけないと思った。
「ダーウ、朝ご飯は食べられる? いや、お粥とかにした方がいいな?」
「わふ!」
ダーウは「いや肉がいい」と力強く言う。
「でも消化によくないし?」
「ぴぃぴぃ〜ぴぃ〜」
「そ、そんなに肉がいいの?」
「ぁぅ!」
あたしの口から肉という言葉を聞いたからか、ダーウはもうよだれを垂らしていた。
「ふわぁぁぁぁぁぁ。おはようである。む? ダーウ、どうしたのであるか?」
スイが起きてきたので、あたしはダーウが筋肉痛で風邪をひいたと説明した。
「むむ〜風邪。風邪ってどんな感じである? スイは竜だから、風邪とかひかないのである」
「竜は風邪ひかないのかぁ。いいな?」「りゃむ〜」
「もちろん、筋肉痛にもならないのである」
「ほほー、すごい」「りゃ〜」
スイはダーウを撫でながら「筋肉痛ってどんな気持ちであるか?」とか聞いていた。
「ぴぃぴぃ〜ぴぃ〜」
ダーウは哀れな声を出しているが、撫でられるのが嬉しいのか尻尾が揺れていた。
あたしはダーウのことをスイにまかせて、寝間着から普段着に着替えた。
サラのお屋敷についたら、自分のことは自分ですると決めたからだ。
それから、再びみんなでダーウを撫でていると、侍女がやってくる。
それは大公家からあたしと一緒に来てくれた侍女だった。
「ルリアお嬢様。水竜公閣下。朝食の準備が出来ましたよ。あら、もうお着替えはお済みですか」
「うむ。ルリアは自分で着替えられるからな?」
「それでは、食堂にまいりましょうか」
「それがそうもいかなくて……ダーウが風邪をひいちゃったからな?」
あたしがそういうと、侍女はとても驚いた。
「え? ダーウが? ダーウ、具合が悪いの?」
「ぴぃ〜」
「食堂に来られるかしら?」
「ダーウは三日間ずっとはしったせいで、筋肉痛にもなってるからな」
「なるほど。それでは食事をこちらに運んだ方が良さそうですね」
「たのむな? あたしの分もこっちに持ってきてほしい。あ、ダーウは肉が食べたいんだって」
「あ、スイもここで食べるのである! ダーウがかわいそうゆえな!」
「わかりました」
しばらくして、食事が運ばれてきた。
ダーウのためには山盛りのお肉、あたし達にはパンに肉や卵を挟んだものだ。
「おお、これだと、食べやすいな」
「気を遣ってくれたのであるな! うまい」
スイはパンをむしゃむしゃ食べる。
「ダーウ、食べられるか?」
「ぴぃ〜」
「たべられないかー。食べさせてあげるな?」
あたしはお座りするダーウに、肉を細かく切って食べさせた。
「ダーウ。喉渇いてるであろ? 水を、いや少しぬるめのお湯を飲むのである」
「わふ〜」
あたしに肉を食べさせてもらい、スイにお湯を飲ませてもらい、ダーウはご機嫌だった。
「ルリアも食べると良いのである。お湯もあるのである!」
「ありがと。うまい!」
そんなあたしに、スイがサンドイッチを食べさせてくれた。
スイの出してくれたお湯もとてもおいしかった。
あたし達は、ゆっくりと時間をかけて朝ご飯を食べたのだった。