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155 風邪をひいたダーウ

 サラの屋敷に到着した次の日の朝。

 あたしは顔にへばりついたロアに揺すられて目を覚ました。


「りゃっりゃっりゃ」


 相変わらずロアのお腹はポンポンで、柔らかくて温かい。


「……ロア、今おきる」


 あたしはロアを優しく撫でながら、顔から引き剥がして、胸の前で抱っこする。


「……ロア、お腹すいちゃったか?」

「りゃりゃっりゃ」


 どうやらお腹がすいているわけではないらしい。

 ロアはパタパタ飛んで、あたしの足下の方へと飛んで行く。


 そこには、寝始めたときには、あたしの左隣にいたダーウがいた。

 そして、ダーウのことを、キャロとコルコが見守っていた。


 ちなみにスイはまだ寝ている。


「ダーウ? ダーウがどした?」

「ぴぃ〜」

「え! 全身が痛いのか? た、大変だ! すぐに治癒魔——」

『待つのである!』


 治癒魔法を使おうとしたあたしの顔にクロがへばりつく。

 まるでロアのようだ。


「クロじゃま」

『邪魔してるのだ! その、すぐに治癒魔法を使おうとするくせをやめるのだ!』

「だって、ダーウが痛いって言ってる。非常時だし?」

『まず、よく観察するのだ!』


 クロに言われて、あたしはダーウのことを見る。


「ここがいたいか? ここは? 他にはどんな症状がある?」

「ぴぃ〜ぴぃ〜、くしゅん」


 手足が痛いし、関節も痛いし、頭も痛いし、熱もあるという。


「じゅ、重病だ、くしゃみまで、……治癒——」

『だから落ち着くのだ!』

「クロ、じゃま」

『だから、よく見るのだ! ダーウのそれはただの筋肉痛なのだ!』

「え? そんなはずは……そもそも昨日は筋肉痛じゃなかったし……。だな?」

「…………ぴぃ」

『次の日に痛くなることは、筋肉痛なら良くあることなのだ』

「し、しらなかった」


 あたしは筋肉痛になったことがない。

 それに、前世の聖女の頃にも筋肉痛を治せと言われたこともない。


 だから、筋肉痛に関しては知識がほとんど無いのだ。


「……ダーウ! 無理させてすまぬ!」


 あたしはダーウを抱きしめた。

 筋肉痛になったと言うことは、無理をしたということに違いない。


「わふぅ。くしゅん」

 全身が痛いというのに、ダーウはゆっくりと尻尾を揺らす。


「むむ? 筋肉痛でくしゃみはでないな? それに頭も痛いって」

「ぴぃ〜くしゅん」

『筋肉痛になるぐらい走り続けて疲れたから、風邪をひいたのだ』

「なんと、筋肉痛に風邪まで……ち、治癒魔——」

『だから、落ち着くのだ! 昨日の話しをもう忘れたのだ?』

「はっ! そういえばそうだった」


 悪化もしていない程度の風邪まで治したら、病気に対する抵抗力がなくなるという話しだった。


『ダーウはしばらくゆっくりするしかないのだ』

「ぴぃ〜ぴぃ〜」


 哀れっぽくダーウが鳴くと、あたしまで悲しくなる。

 せめて、つらさが和らぐよう、あたしはダーウのことを優しく撫でた。


「りゃむ〜」

 ロアもダーウのことを優しく撫でている。


「…………もしかして、クロは気づいてたか?」


 だから、風邪と筋肉痛に治癒魔法は使うなって話したのかもしれない。


『そうなるかもしれないと思っただけなのだ』

「そっかー、クロはすごいなぁ」


 あたしは、ダーウの保護者として、もっとしっかりしないといけないと思った。


「ダーウ、朝ご飯は食べられる? いや、お粥とかにした方がいいな?」

「わふ!」


 ダーウは「いや肉がいい」と力強く言う。


「でも消化によくないし?」

「ぴぃぴぃ〜ぴぃ〜」

「そ、そんなに肉がいいの?」

「ぁぅ!」


 あたしの口から肉という言葉を聞いたからか、ダーウはもうよだれを垂らしていた。


「ふわぁぁぁぁぁぁ。おはようである。む? ダーウ、どうしたのであるか?」


 スイが起きてきたので、あたしはダーウが筋肉痛で風邪をひいたと説明した。


「むむ〜風邪。風邪ってどんな感じである? スイは竜だから、風邪とかひかないのである」

「竜は風邪ひかないのかぁ。いいな?」「りゃむ〜」

「もちろん、筋肉痛にもならないのである」

「ほほー、すごい」「りゃ〜」


 スイはダーウを撫でながら「筋肉痛ってどんな気持ちであるか?」とか聞いていた。


「ぴぃぴぃ〜ぴぃ〜」


 ダーウは哀れな声を出しているが、撫でられるのが嬉しいのか尻尾が揺れていた。


 あたしはダーウのことをスイにまかせて、寝間着から普段着に着替えた。

 サラのお屋敷についたら、自分のことは自分ですると決めたからだ。


 それから、再びみんなでダーウを撫でていると、侍女がやってくる。


 それは大公家からあたしと一緒に来てくれた侍女だった。


「ルリアお嬢様。水竜公閣下。朝食の準備が出来ましたよ。あら、もうお着替えはお済みですか」

「うむ。ルリアは自分で着替えられるからな?」

「それでは、食堂にまいりましょうか」

「それがそうもいかなくて……ダーウが風邪をひいちゃったからな?」


 あたしがそういうと、侍女はとても驚いた。


「え? ダーウが? ダーウ、具合が悪いの?」

「ぴぃ〜」

「食堂に来られるかしら?」

「ダーウは三日間ずっとはしったせいで、筋肉痛にもなってるからな」

「なるほど。それでは食事をこちらに運んだ方が良さそうですね」

「たのむな? あたしの分もこっちに持ってきてほしい。あ、ダーウは肉が食べたいんだって」

「あ、スイもここで食べるのである! ダーウがかわいそうゆえな!」

「わかりました」


 しばらくして、食事が運ばれてきた。

 ダーウのためには山盛りのお肉、あたし達にはパンに肉や卵を挟んだものだ。


「おお、これだと、食べやすいな」

「気を遣ってくれたのであるな! うまい」


 スイはパンをむしゃむしゃ食べる。


「ダーウ、食べられるか?」

「ぴぃ〜」

「たべられないかー。食べさせてあげるな?」


 あたしはお座りするダーウに、肉を細かく切って食べさせた。


「ダーウ。喉渇いてるであろ? 水を、いや少しぬるめのお湯を飲むのである」

「わふ〜」


 あたしに肉を食べさせてもらい、スイにお湯を飲ませてもらい、ダーウはご機嫌だった。



「ルリアも食べると良いのである。お湯もあるのである!」

「ありがと。うまい!」


 そんなあたしに、スイがサンドイッチを食べさせてくれた。

 スイの出してくれたお湯もとてもおいしかった。


 あたし達は、ゆっくりと時間をかけて朝ご飯を食べたのだった。

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