次の日、朝ご飯を食べると、ミナト達は農地のある廃村へと向かって出発した。
至高神の神殿はノースエンドの北の端に建っている。
そしてコボルト達が借りた土地は、北門から出て徒歩で三十分ほど歩いた辺りにあった。
距離にして、およそ二キロぐらいだ。
「北門に行きますよー、ついてきてください」
アニエスの先導で、二十名を超すコボルト達とミナト達は歩いて行く。
早朝だというのに、住民達に注目される。
やはりコトラは、人目を意識して、尻尾を高くかかげ、姿勢良く歩いて行った。
北門から出ると、ミナト達はゆっくりと廃村に向かって進んでいく。
三十分ほど歩いたとき、村長が遠くに見える柵を指さして言う。
「あれが廃村を囲む柵になります」
柵は金属製だが、さびており、ボロボロだった。
「あれかー」「わふわふ~」
「あれだけボロボロだと、魔獣も入り放題でしょうね」
サーニャは腕のいい狩人なので、魔獣について詳しいのだ。
「扉はあちらにあります。ついてきてくだされ」
「わかった!」「わふわふ!」
村長に案内してもらって、ミナト達は廃村の入り口にあたる扉へと向かった。
「これが入り口なんだね」
ミナトは扉をつかんで揺すってみる。
「壊れてないね? しっかりしている」「りゃむりゃむ」
「わふ~」
ルクスはミナトの真似をして、扉をつかんで尻尾を揺らす。
タロはくんくんと匂いを嗅いでいた。
扉は金属の柵状になっており、外側に向かって開くタイプの両開きだ。
さびてはいるが、壊れた部分もなく、しっかりしている。
「ボロボロなのは柵だけ……とはいえ、柵にも壊れているところは、見当たらないが」
ジルベルトがそういうと、サーニャは柵をつかんで揺らしながら言う。
「これだけ痛んでいたら、魔猪が牙でコツンとすれば簡単に壊れちゃうわよ」
「それもそうか」
村長は鍵を差し込んで、扉を開く。
「おお、鍵穴もさび付いていないし、扉の開閉もしっかりしているみたいですな」
「はい。ヘクトルさん、そうなのです。それで、安心していたのですが……」
「中には魔獣が沢山いたと、いうことですな?」
「はい」
「まあ、いってみよー!」「わふわふ~」
ジルベルトが先頭となって、廃村の中心へと向かって歩く。
十五年前には、しっかりした道があったのだろうが、今は雑草が生い茂っていた。
村長達が数日前に通ったらしい跡が、辛うじてわかる程度だ。
「さすがに草が凄いですね。道がわかりません。十五年も放置すればこうなりますか」
「マルセルは頭がいいのに、知らないのね。雑草は一年でこのぐらいになるわよ?」
「おお、そうなのですか? サーニャは詳しいですね」
マルセルは素直に驚いている。
「前に来たときは、どのあたりで魔獣に会ったの?」「わうわう?」
「はい。もう少し進むと、家が固まって建っている場所があるのですが……」
建物の前に、魔獣が立っていたのだという。その周囲には魔鼠と魔狸までいたらしい。
「巨大な魔猪に『ぶるるる』と鳴いて威嚇されまして……」
同行していた冒険者達が「あれは無理だ」と言ったので、村長達は逃げ帰ったのだ。
「ちなみにその冒険者のランクは?」
ジルベルトが尋ねると、村長は思い出しながら答える。
「えっと、……確かDランクの方が四名です」
Dは一人前と見なされる冒険者のランクだ。
「Dランクなら、それが正解だ。巨大な魔猪に突撃されなくて幸運だったな」
「ジルベルトの言う通りね。もし魔猪の突撃を食らっていたら、全員死んでいたかもしれないわ」
サーニャは弓にそっと矢をつがえながら言う。
「Eランクなら、自分の力を過信して、突っ込んで全滅していたかもしれませんな」
ヘクトルがそう言うと、ミナトとタロが首をかしげた。
「じゃあ、Cランクのパーティだったら?」「わふ~?」
Cランクは皆が頼りにするベテラン冒険者だ。
「Cランクなら、巨大魔猪でも倒せるかもしれませんが……撤退するでしょうな」
「倒せるのに?」「わぅわぅ?」
「怪我人、もしかしたら死者が出るかもしれないでしょ?」
サーニャは、コボルトさん達がいるのに、そんな危険なことはしないだろうという。
「その判断ができなければ、Dランクより上にいけないからな」
「そうなのですね。僕も頑張るです」
ジルベルトの言葉を聞いて、Eランク冒険者でもあるコリンはそうつぶやいた。
そんなコリンを見て村長は微笑むと、空を見上げる。
「逃げ帰る途中、上空を見ると、
「それは恐ろしいですな。魔梟ともなると、人ぐらいさらいますからな」
ヘクトルが真剣な表情で言う。
「そうね。魔梟は飛ぶのに魔力を使うのよ。だから相当重いものでも運べるの」
「へーすごい。サーニャは詳しいね」「わふわふ」
「えへへ。コボルトさん達は比較的小さめだから、簡単にさらわれちゃうかも」
「僕もさらわれそう!」
「わ! わふわふ!」
タロは「大変だ」と鳴いて、空を見上げて、キョロキョロする。
「タロ、大丈夫だよ。僕は魔法をつかえるから、さらわれても大丈夫!」
「ばうばう」
入り口から二分ほど歩いて、草の合間から建物の屋根が見えてくる。
「あ、魔猪いた!」
「ブルッルルル」
建物が固まっている場所の近くに巨大な魔猪が立っていた。
一般的な魔猪より大きく、体高は約一・二メートル、体長は三メートル近くある。
魔猪はミナト達を睨み付けてうなっていた。
「これは、思っていたよりでかいな? Cランクのパーティでも倒せるかわからんぞ」
ジルベルトは剣の柄に手を乗せた。
「魔狸と魔鼠もいる!」
魔狸と魔鼠は魔猪の後ろで、警戒した様子で、ミナト達を見つめている。
魔狸も通常の魔狸より大きく、体高三十センチ、体長八十センチぐらいだ。
魔鼠の体長は三十センチ以上あった。
「フクロウは~、あ、いた」
先ほどまでいなかった魔梟も、遥か上空を旋回しはじめていた。
「魔梟ってでかいねー」「ばうー」
「ぴぴ?」
「ん、大丈夫。追い払わなくていいよ。話し合いだからね」
「ぴぃ~」
ピッピは「必要ならいつでも言って」と張り切っている。
「うん。そのときはお願いね。……みんな! おはよう!」「わうあう~」
ミナトは元気に挨拶しながら、タロと一緒にゆっくりと魔猪達に向かって近づいていった。