「待て待て、前に出るな」
「そうよ。前に出なくても、話はできるでしょ?」
「壁は我らに任せてくだされ」
慌てて、ジルベルト、サーニャとヘクトルが、ミナトとタロの前に出た。
続いて、アニエスとマルセルもミナトとタロの前に出る。
「相談なく危ないことをしないって約束しましたね?」
アニエスに睨まれて、
「はい」「あぅ」
ミナトとタロは反省した。
氷竜王を助ける為に、ミナトとタロはみんなに相談せずにテントを抜け出した。
そして、全てが終わった後、アニエス達にこっぴどく叱られたのだ。
「そうなのです。前は僕たちに任せるですよ」「にゃー」
「コリンとコトラは後ろを守ってください」
コリンとコトラまで前に出ようとしたので、アニエスは止めた。
「わかったです」「んにゃー」
「ありがとう。コリン、コトラ。ミナトは私達の後ろから、会話を試みてください」
「わかった!」「わふ」
ミナトはジルベルトとヘクトルの間から、魔猪達に向かって呼びかけた。
「魔猪さん、お話し合いしよう!」
「…………ブルルル」
魔猪は鼻息を荒らげ、前足の蹄で地面を掻く。
それは、まるで突進して吹き飛ばしてやると脅しているように見えた。
「……ミナト、やっぱり無理なんじゃないか?」
ジルベルトは既に剣を抜いているが、その切っ先はまだ魔猪には向けていない。
「威嚇しているわよ? 先制で仕留めたほうがいいんじゃない?」
サーニャは矢を弓の弦につがえてはいるが、ひいてはいなかった。
ジルベルトもサーニャも、いつでも戦える様にしつつ極力刺激しないようにしているのだ。
「だいじょうぶ。魔猪さんは話し合いする気あるよ」
「なぜ、そう思う?」
「だって、襲ってこないし」
そういうと、ミナトは再び呼びかけた。
「魔猪さん、狸さんとネズミさんも聞いて。コボルトさんたちがね、ここに住みたいんだ」
「…………ブボボボボ」
「んーっと」
「ミナト、魔猪はなんて?」
魔猪が返事したように見えたので、ジルベルトが尋ねる。
「えっとね。ここは我らの土地だって」
「チュッチュッチュ!」
魔猪に続いて魔鼠が叫んだ。
「我ら先祖代々の土地をうばおうというのか! って」
「先祖代々って、ちょっと、休耕していただけじゃないか」
「えっとね、元々、神殿っていうか、人族の土地だったんだけど、お休みしてただけなんだよ?」
ミナトがジルベルトの言葉を、魔鼠に通訳する。
「チュッチュッチュ!」
「ネズミはなんと?」
コリンの近くにいる村長が尋ねてくる。
「魔鼠さんが、おじいちゃんのおじいちゃんのずっと前から、ここは我らの土地だって」
「……そんな、めちゃくちゃな」
「いや、そうでもないぞ。ジルベルト。考えても見ろ」
マルセルは杖を構えながら、静かに語る。
「野生のネズミの寿命は短い。魔鼠であってもだ。およそ代替わりは一年と言ったところか」
一年で代替わりするならば、十五年で十五代も入れ替わる。
「人族で十五代なら、三、四百年相当だ」
「なるほど。……それは先祖代々の土地っていいますね」
マルセルの言葉を聞いて、アニエスが真剣な表情でつぶやいた。
人族だって、三百年前の土地の持ち主を名乗る者から、立ち退けと言われたらもめるだろう。
それが本当に三百年前の持ち主であっても、もめるはずだ。
「まあ、魔鼠なら数十年生きる個体はいるけどね」
サーニャは「だから厄介なのだけど」とつぶやいた。
年を経て、力が強くなり、知識を身につけた魔鼠は本当に恐ろしい存在なのだと言う。
「小さいのに、強いから厄介なのよ」
小さいから見つけにくい。気配を消されると、ただのネズミと見分けがつきにくい。
それなのに、人族の駆け出しの戦士を簡単に倒せるほど強いのだ。
「魔鼠が配下のネズミを率いて、街を滅ぼした例もあるほどよ」
街の食料を、一晩で食い尽くしたという伝承は、各地に残っている。
「そっかー。困ったね」
「ぐるるるる!」
「魔猪さん。魔狸さん。魔鼠さん。無理矢理は追い出さないから、話し合おう」
「……ぐるる」
「わかった、僕だけ行くね。あ、でも相談するから少し待ってて」
ミナトはそういうと、アニエス達に言う。
「魔猪さんが、人族は信用できないけど、僕一人とだけなら話し合いしてもいいって」
「いや、危ないだろ。だめだ」
当然、ジルベルトは反対する。アニエス達もジルベルトと同意見だった。
「大丈夫だよ。魔猪さん達は、悪い子じゃないと思う」
「いやいや。危ない」
「わふ~」
「タロもいくの? タロは大丈夫かな? 魔猪さん、タロも一緒でいい?」
ミナトが尋ねると、
「………………ぶる」
「……きゅ」「ちゅ」
魔猪達は相談して、ミナトに返答する。
「ぐるるる」
「わかった、ありがと。タロだけならいいって」
魔猪達が信用できないのは、あくまでも人族なのだ。
だから、タロはとても強いが、ミナトと一緒に話し合いに参加することを許された。
「タロも一緒だからいいでしょ?」「うわふわふ」
「わかりました。危ないと思ったらすぐ逃げるのですよ?」
「わかった!」
「タロ様、ミナトをよろしくお願いしますね」
「ばうばう」
そして、ミナトは魔猪達との交渉を許された。
「じゃあ、みんな。行ってくる」
「わふわふ」
「僕も従者としてついて行きたいですけど……」
「んにゃ~」
コリンとコトラは残念そうだ。
「ピッピとフルフルも待っててね。みんなをお願い」
「ぴぃ~」「ぴぎ」
ピッピは「フクロウは任せろ」といい、フルフルはぷるぷるした。
「ミナト。タロ様。全てをお任せいたします。けしてご無理はなさいませんよう」
コボルト達は深々と頭を下げる。
「うん。わかった」「わふう」
「我らのために。ありがとうございます」
「みんなは建物と畑を使えたらいいんだよね?」
「はい」
「わかった! まかせて!」「わふぅ~」
そして、ミナトとタロは魔猪達に、ゆっくりと近づいていった。
「……ブルルル」
魔猪は緊張した様子で、鼻を鳴らし、
「きゅ」「ちゅ」
たぬきとネズミは魔猪の後ろで、震えていた。