ミナトは畑に入って小麦に触れながら、魔猪達に尋ねる。
「おお、実もちゃんとつまってる。雑草も生えてないし。どんな手入れしたの?」
「ぶぼぼ~」「きゅきゅ」「ちゅ~」
「そうなんだ、すごい」
魔猪は魔梟と一緒に害獣を追い払ったと自慢げだ。
野生の鹿や雀などの鳥達が近づかないようにしたらしい。
魔狸と魔鼠は、作物につく虫を食べたという。
「雑草は?」
「ぶぼぼ」
「え?
雑草は魔山羊が食べているらしい。
「みんなで協力して、守ってたんだねぇ。すごいねぇ」
「わふ~」
「ミナト、どういうことだ?」
ジルベルトが尋ねてくる。
ジルベルト達は、ミナトから離れた場所にいるので、ミナトの声があまり聞こえていないのだ。
「えっとね――」
大きな声で説明しようとしたとき、
「グルルッル!」
後方から大きな咆哮と草木が倒れる音と「ドドド」という大きな足音がした。
「ブボボボボ!」
ミナト達と話していた魔猪が「止まれ!」と叫ぶも、音は止まらない。
ジルベルト達が素早く構える。
コリンもコボルトの剣を抜き、コトラも身構えた。
「グルルルッルル!」
「ブボボッボ!」
ミナトにはそいつが「人族は信用できない! 吹き飛ばしてやる」と叫んでいるのがわかった。
魔猪は「話し合いの邪魔をするな!」と叫んでいる
藪の中を走るそいつは「人族などにたぶらかされおって!」と怒っているようだ。
どうやら、魔猪達も一枚岩ではないらしい。
「グルルルル!」
次の瞬間、藪の中から大きな魔猪が現われる。
ミナト達と話していた魔猪よりは一回り小さいが、それでも体高は一メートルを超えている。
充分巨大な魔猪といっていいだろう。
その魔猪は、コボルト達めがけて突進するが、
「はぁぁぁ」「ぬんん」
「風の精霊よ、マルセル・ブジーが助力を願う、
ジルベルトが剣で牙を思い切り叩き、ヘクトルが盾で突進をそらす。
同時に、マルセルが横から暴風をぶつけた。
その魔猪は、コボルト達の脇を駆け抜ける形で、通り過ぎた。
だが、すぐに立ち止まって、コボルト達に向き直り、前足で地面を掻いた。
「グルルル」
その魔猪は「次で決めてやる!」と威嚇していた。
「マルセル拘束! なるべく無傷で」
「無茶言うな!」
「サーニャ、足を狙え!」
「難しいことを!」
サーニャは弓を引き絞る。
「「グルルルルル」」
「「「キキキィ!」」」
「ホッホゥ!」
だが、周囲から一斉に魔物達の威嚇する声が聞こえた。
「少なくとも魔猪三頭、魔鼠十匹! 上から魔梟一羽!」
優れた狩人であるサーニャが、鳴き声から魔物達の種類と数を推定した。
「厄介な! 手加減している余裕はないぞ!」
「知ってる。風の精霊よ。マルセル――」
ジルベルト達が本格的に戦闘の準備を始めたのをみて、
「グルルルルル!」
最初に突進してきた魔猪が「一斉にかかれ!」と号令しながら、再び突進を開始する。
同時に、藪の中から、新たに二頭の魔猪が現われて、突進してくる。
「ちぃぃぃ! まずいぞ!」
ジルベルトが、コボルト達を守るために、必死に対応しようとするも、
「「「キキキキキィ!」」」
藪の中から、一斉に十匹の魔鼠が飛びかかった。
さすがに全てを防ぐのは難しい。魔鼠はけして弱くない魔物なのだ。
一匹だけならともかく、十匹に同時に襲われたら、ジルベルト達も苦戦する。
今はその上、巨大な魔猪三頭も対応しなくてはならないのだ。
「ホォォォ!」
「さらに上!」
サーニャが叫ぶ。
タイミングを合わせて、上空にいた魔梟が矢のような速度で急降下を開始する。
どう考えても、手加減して穏便に済ませるのは不可能だ。
ジルベルト達は、傷つく覚悟と、皆を守るために魔物を殺す覚悟を決めた。
だが、そのときミナトが叫んだ。
『みんな、とまって!』
すると、全員が文字通り止まった。
突進を開始していた魔猪は、足が止まって、前につんのめって転倒する。
今まさに飛びかかろうとしていた魔鼠達も転倒し地面を転がる。
そして、急降下していた魔梟はコントロールを失い地面めがけて突っ込んでいく。
「ばう」
魔梟の下に素早くタロが入り込んで、そのもふもふな体で受け止めた。
魔梟はタロの背中でバウンドし、地面に落ちかけたところを、フルフルがさらに受け止める。
「う、動けない」
魔物達だけでなく、ジルベルト達も固まっていた。
『みんな。落ちついて』
そう言うと、ジルベルトも魔物達も動けるようになった。
だが、誰も戦いを続けようとはしなかった。
ミナトの声には、絶対的に逆らえない威厳があったのだ。
それはルクスと契約したことで手に入れた【古代竜の威】のスキルの効果だった。
【古代竜の威】が発動すると、ミナトの言葉は古代竜の言葉と同様の効果を持つ。
言葉には魔力が含まれ、耳を傾けざるを得なくなるだけでなく、逆らいがたくなるのだ。
『みんな。話し合いしよう』
加えてミナトには氷竜王グラキアスと契約して手に入れた【竜の咆哮】のスキルがある。
【竜の咆哮】を浴びた者は、恐怖を覚え、動けなくなる。
【古代竜の威】と【竜の咆哮】の効果が重複し、絶大なる効果を発揮していた。
『魔猪さんも、魔鼠さんも、魔梟さんもこっち来て。話し合おう』
「……ぶぼ」「きゅ」「ほ、ほう」
戸惑いながら、魔猪達はゆっくりとミナトの近くに寄ってくる。
「ありがと。僕達は、みんなを力尽くで追い出すつもりはないから、安心してね?」
「ぶぼ」
突進してきた魔猪達も大人しく、ミナトの指示に従っていた。