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第3話 ミルク素材集め


「おい、ライチ!起きろ!」


 耳元で聞こえるバルゴの声に、ライチは目をしぱしぱさせながら起き上がった。

 まだ空は薄暗く、あたりはしんと静まり返っている。


「混む前に行くぞ。水浴び、したいって言ったろ?」

 そう言うバルゴの笑顔は、朝からやたら元気だった。


 マーヤがシーラを布で包みながら準備を整え、ティモとエルノはまだ半分寝ぼけながら、それでもなんとか歩いている。


 家から出て、小道を進む。朝靄の残る草の匂い、鳥の声、冷たいけれど心地いい風。

 家々の屋根を背にして進むと、五分ほどで木々の間が開け、小さな川辺にたどり着いた。さらに上流には水車も見える。


「ここが、うちの村の水浴び場。大物の洗濯もここの少し下流でするから、昼は村の連中でいっぱいになるんだ」

 バルゴが荷物を岩の上に置く。


 さっそくティモとエルノが服を脱ぎ、バシャバシャと水に飛び込んでいく。バルゴも続いていった。

 まだ朝は涼しく、水は冷たいはずなのに、三人ともまったく気にする様子はなく、笑い声を響かせながら遊び始めた。


「元気だなあ……」


 ライチも上着とシャツとズボンを脱ぎ、下着1枚になる。思わずチラリとマーヤさんを見た。マーヤさんはまずは川辺でシーラちゃんを拭き上げるようだ。……下着は、川の中でこっそり脱いで洗わせてもらうことにしよう……。


 川の水に手と足を浸けてみる。ひんやりしている。これに入るとなると、気分は小学校のプールの『地獄のシャワー』だ。しかし、こっちもいい大人だ。気合を入れる。


 頭の先まで水に浸かると、一気に眠気が飛んでいった。


(冷たい!けど、気持ちいい!)


 全身のザラつきが流れていくだけで、気持ち良すぎて、川の神様に手を合わせたくなる。


 バルゴさんたちが体を洗い始めた。草を煮出した汁に、灰を溶かした洗浄液が桶に入っていて、どうやらこれで全身をこするらしい。


「落ちてるんだか落ちてないんだか……頭皮とか……絶対汚れが残ってるなこれ……」


 あー……泡立ちのいいシャンプーでガシガシ洗いたい。ぼんやり考えつつ手を動かしながら、自然とティモとエルノに視線が向く。本人たちは汚れが落ちていないことなど気にもせず、水を掛け合ってはしゃいでいた。


(お湯と泡があればもっとちゃんと洗ってあげられるなぁ)


 そう思うと、昨日の魔法使い気分が蘇って、ちょっとワクワクしてくる。


(いつか、クラフトしてあげたいな……)


 作りたいものリストを更新しつつ、手渡された布で髪と身体の水分を拭く。うーん、吸わない。タオルも欲しい。そう思いながら、何度も絞りつつ拭き上げた。


(濡れた下着、股間も下着自体も洗ったけど、さてどう脱ごうか……)

 そんなことを考えていると、バルゴがシャツとズボン二枚を持って戻ってきた。


「はいよ。ライチにゃあでかいだろうけどな」

「助かります。ありがとう」


 ライチは長めのシャツに袖を通して股間を隠しながら濡れた下着を脱ぎ、ズボンを履いた。少し短い方が一応下着の扱いのようだ。


 着替えの際に視界の端で焦点を合わせないようにチラリと確認すると、マーヤはバルゴにシーラを任せて、自分も水浴びに向かっている。ぼんやり目でも肌着のようなワンピースもどきは着たままのようだが、もちろん自分は背中を向けた。



---



 川から戻る頃には、朝の日差しがしっかり降り注ぐようになっていた。空気はすっかりあたたかくなり、歩いていると冷えた身体がぽかぽかとしてきた。


「さて、飯の支度だな」

 バルゴが言いながら戸を開ける。


 バルゴが火打石を鳴らし、マーヤの指示でライチが鍋に、麦と小さく刻まれた根菜を放り込む。朝食が遅れるからと、昨日、マーヤが刻んでおいてくれたらしい。


 ティモとエルノは慣れた様子で食器を並べ、貯蔵庫から木の実を運んでくる。パンも籠に並べられ、朝食の支度はにぎやかに進んでいった。


「エルノ、皿はあと一枚。ティモ、干し肉も頼むよ」

 マーヤがシーラに授乳しながら、軽く全体に指示を飛ばす。

 家族の連携は見事だった。ライチも自然とその流れに乗る。


「火、もうちょい強めた方がいいかもな。……うん、スープの香り、優しいな」


 麦と根菜のスープが湯気を立て、干し肉、木の実、そしてパンも並んで、ようやく食卓が整った。


「いただきます!」


 空腹時間が長かったせいか、思わず口をついて日本式の挨拶が出てくる。誰も気にしていない様子だったが、少し照れながら、ライチはスープに手を伸ばす。


 味は素朴だった。出汁はなく塩気も控えめで、現代日本人の味覚には物足りなさもある。

 けれど、空腹の体にはそのあたたかさが何よりのごちそうだった。


「……うまい!」


 スープに浸したパンの最後のひと欠片を口に入れると、ライチは立ち上がった。

 昨日、母親たちから預かった布と糸で作った布オムツ二十枚。今日はさっそく十家庭に二枚ずつ届ける予定だ。


(水汲みの順番待ちで時間ができたら……配れるかもしれないな)


 試供品を入れた袋を肩にかけ、バケツを手に取る。

「今日も三人で水汲みだね」

 ティモがバケツを掲げて笑う。


「そうだな。よろしく頼むよ、水汲みチーム」

 ライチも笑って返す。


 木漏れ日の差す小道へ、三人の影が並んで伸びていく。



---



 村の中央にある水場は、朝のうちからにぎわっていた。

 石積みの井戸と、その隣に設けられた洗い場には、桶や布を抱えた人の姿がいくつも見える。

 昨日の今日で顔は覚えきれていないけれど、赤子を抱えていたり、背負っていたりする人はすぐに目に入る。


「ライチー、並ぶよー!」

 エルノがバケツを抱えながら、列の最後尾にぴょんと立つ。

 ライチは手をひらひらと振って応えた。


「ありがとー!すぐ戻る、任せた!」


 試供品の袋をしっかり持ち直して、水場を歩く。

 母親たちは洗い物をしながら、おしゃべりを楽しんでいる様子だった。布の袋を持っている人も多く、今渡しても荷物を入れる余裕もありそうだ。


「昨日、布を預けてくださった方ですよね?布オムツ、できあがりました。こちら、二枚です」


「おっ、ほんとだ!ありがとー!」


 一人に手渡すと、すぐそばで話していた別の母親が振り向いた。


「うちもお願いしてたやつだ!今、持ってんの?」


「はい、持ってきてます。ただ、荷物が多そうですし、お家までお届けしましょうか?」


「んー、平気平気。袋、まだ空いてるし。今もらっとく」

 そう言って受け取ってくれる。

 ライチは、配布のたびに使い方を説明した。


「お子さんの特性や、飲んだ水分量にもよりますが、つけたままで複数回の尿や、便を受け止められるものです。特に便は放置するとかぶれやすいので、できるだけ早く替えてあげてくださいね。

 洗うときは、まずは水洗いで汚れを落としてください。そうすると水を吸ってパンパンに膨らむので、お湯を入れたバケツにしばらくつけておきます。生地が萎むので、そのあと干して、乾いたらまたお使いください」


「へー、それだけで何回もやってた掃除が減るのかい。面白いね」


 あっという間に袋の中から五家庭分が出ていった。

 母親たちは驚くほどすんなり受け取ってくれて、世間話の輪の中に、育児アイテムの話題が自然と溶け込んでいく。夜だけまずは使ってみようかな、とか、上の子にも使わせよう、とか。


(残りはあと半分……)


 ライチは袋の中を軽く確認してから、水場の列へと目をやった。

 ティモとエルノがバケツを前後に揺らしながら、にこにことこちらを見ている。そろそろ戻ったほうがよさそうだ。




 バケツに入れてきた水を家の水瓶に入れて、二、三往復め。ティモたちと列に並んでいる合間に、ライチは村をちょこちょこと回った。

 昨日、布と糸を預かりに訪れた家は、近くの人に「赤ちゃんがいる家」を聞いたり、赤子を抱いた母親たちが戸口に立っていたり、洗濯物を干していたりするので、すぐに分かった。狭い村なのでありがたい。


「布オムツ、完成しました。こちら、二枚ずつお渡ししています」

「うわ〜、早いね!ほんとに作ってくれたんだ!」

「ありがとうございます。使い方はーー」

「なるほどね、ありがと。……なにかお礼、持っていくよ」

「いえいえ、これはお試しの品なので、お気になさらず。でも、もし使ってみて良かったら、今後販売する予定なので……ぜひお買い上げいただけたら嬉しいです」


 母親たちとの会話は短いものだったが、どれも印象に残った。

 手渡すたびに、この布オムツが、確かに誰かの育児に関わっている実感があった。


 配布を終え、井戸へ戻る。そのすぐ横の、洗い場では、母親たちの会話が続いていた。


「夜泣きがひどくてさあ。昨日なんか、ほとんど寝てなくて」

「お乳、足りてないんじゃない?うちも前そうだった」

「夜でも気にせずうちの戸を叩きなよ。私のお乳、あげに行くからさ」


 優しさのにじむ言葉。でも、その奥には、疲れと葛藤が滲んでいる。


 列が進み、もうすぐ順番というところで、別の母親が赤子を抱えながらつぶやいた。


「うちはさ、母乳と粥でなんとかやってるけど、しょっちゅう熱出してて……。肉も野菜も試したけど、飲み込むのが苦手みたいで、べーって出しちゃうんだよね。赤ちゃんでも飲みこみやすい、栄養のある食べもんがあればなあ……」


(赤ちゃんでも……)


 そのとき、その会話が聞こえていたようで、エルノがぽつりとつぶやいた。


「シーラの前にも、妹がいたんだよ」


「え?」

 ライチが言葉を噛みしめる前に反射的に声を上げると、ティモが続ける。


「うちであんまりご飯食べれなかったんだって。だから、お空にお腹いっぱい食べに行ったんだってさ」


 それは、あまりにも優しくて、あまりにも残酷な言葉だった。


 ライチはゆっくりと視線を落とし、二人の顔を見つめた。

 笑っているわけでも、泣いているわけでもない。ただ、そのまま聞いたことを口にしているだけ。でも、二人とも突然の別れに思うところはあったのだろう。


 その瞬間、胸の奥から湧き上がるものがあった。


(……なにか、作れないか?

 飲み込むのが苦手な子でも、簡単に飲み込める、栄養のある物。

 赤ちゃんでも飲めるやつ。俺なら、作れるかもしれない)


 バケツに水を汲みながら考える。


「なあ。このあといつも森に行くって言ってたよな。……俺も、ついて行っていいか?」


「えっ、ライチも来るの?」

「うん!いいよいいよ!」


 喜ぶ二人の声を聞きながら、最後の一杯を井戸から引き上げた。



---



 水を家まで届けたあと、三人は森へと足を踏み入れた。

 木漏れ日の中、エルノが先頭で跳ねるように歩き、ティモがそのあとに続く。


 ライチは二人の後ろ、必死にあたりを見回しながら歩いていた。


 (赤ちゃんの栄養食……サーチ……きてくれ……)


 この実は美味しい、や、こっちの道はぬかるんでて危ない、などの話を聞きながら、欲しいものへ反応があることを祈って遠くまで目を凝らす。

 サーチは目で見たものにしか反応しないようだから、とにかく何でもかんでも視界に入れていくしかない。



(なかなか見つからないよな……でも、なんとかしてあげたい)


 シーラの顔がよぎる。

 会えなかった、シーラのお姉ちゃん。

 村の赤子たち。子供たち。親たち。子を失った親たち。

 引きずられるように、愛する家族の顔も浮かんでーー


 そのときだった。


 ふいに、胸の奥が熱くなるような感覚とともに、足元に淡い光が広がった。



《強力な父性エネルギーを確認》

《パパサーチのレベルが上がりました》

《探索範囲が拡大されました》



 胸の奥から広がるような温もりとともに、足元に淡い光が走る。

 細く、しかし確かな三本の道が、森の奥へと伸びていく。


 ライチは一瞬だけその光を見つめ、深呼吸をした。


(父性なんかで命が助かるなら、いくらでも湧き出させるってんだ。レベルアップ、ありがたい!)


 ティモとエルノが小枝を拾ったり、木の実をつまみ食いしたりしてるのを見て、ライチは声をかけた。


「なあ、ちょっとだけ、こっちの方に行ってみたいんだ。……どうしても、欲しいものがある気がするんだよ」

「こっちって、森の奥の方?」

 エルノが首をかしげる。


「うん。でも、多分すぐそこで、ちゃんと戻ってこられる距離だと思う。危ないところには行かないし、二人が一緒なら心強い」


 そう言うと、ティモが小さくうなずいた。


「じゃあ、案内する。知ってる道あるよ」


「ほんと?助かる」


 ライチは光の道に沿うように歩き出す。

 二人の子どもがその横を、軽やかに、でも慎重に歩いていく。


 鳥のさえずり、葉を踏む音、遠くから聞こえる水音。

 森の空気はひんやりとしていたけれど、どこか心地よかった。


(絶対に見つける……子どもたちのために。親たちのために)



---



 光の道をなぞるように歩く。三人は草をかき分け、小道を踏みしめて進んだ。

 森の奥は少しひんやりとしていたが、陽の光が上から差し込み、ところどころが柔らかく明るかった。


「このへん、たまに鳥の巣あるよ」

 ティモがそんな話をして、木々の葉の間に目をこらす。


 ライチも歩調をゆるめ、辺りに気を配りながら光の上を歩いた。

 すると、ひときわ濃く発光する草むらが視界に入った。


「あれ……」


 導かれるように近づいて、葉をかき分ける。

 その先にあったのは、背丈が低めの草。その枝先に、ぷっくりと丸い、直径三センチくらいの白みがかった実が、鈴なりになっていた。


 それを見た瞬間、情報が流れ込んでくる。



《パパサーチ:鑑定結果》


《ユキダマソウ》

 乳のような甘い香りの白い実を鈴なりにつける。冬以外は常に自衛のために実をつけている。実の栄養素は豊富であるが、皮の中は強アルカリ性で、未加工では食用できない。


[新規項目追加]:ミルク・粉ミルク《ユキダマソウ仕様》


【クラフト方法】

 ユキダマソウの実を強酸性の液で皮のまま一時間ほど加熱し、中和処理する。皮を剥いて種を除くと、中身が食用できるようになる。

※中身がトロリとするまですり潰して、ぬるま湯で溶くと、母乳代わりのミルクとして乳児に飲ませることができる。

※中身を乾燥させて砕くことで、長期保存ができるようになる。湯に溶け込むため粉ミルクとして使用できる。


【基本仕様】

 赤ちゃんの成長に必要な栄養は全部揃っている魔法のような栄養食!


【ご注意】

・お湯で溶かしたあとは人肌まで冷やすのをお忘れなく。


《パパの育コツメモに自動保存されました》



(ほぼこれ1つで完全栄養食なのか…!でも、消化器がただれるから誰も食べられなかったんだな)


 ユキダマソウの実に触れてみると、皮は厚めで、少し弾力がある。うっすら甘い香りが漂った。

 匂いから、栄養満点だと本能で分かるのだろうか。思わず口に入れてしまいたくなる香りに、顔をぐっと近づけかけたところで、【強アルカリ性】の言葉が脳裏によぎった。


(これを食べるってことは、次亜塩素酸ナトリウムの原液を飲む……みたいな感じってことだよな。人体には猛毒だ!こわっ!)


 内臓が縮こまるようなリアルな想像をしながら、ユキダマソウの実を採集する。念の為、草の汁には触れないように気をつけないといけないので、ティモたちには頼らず集めることにした。


「あぁ!!ライチ、それはダメだよ!!」

「おとうもおかあも、ユキダマソウは危ないから近寄るなって!」


 袋に実をしまっていくのを見た二人が、慌てて制止の声をかける。


「ありがとう。実はこの実は、うまく料理したら、赤ちゃんが病気をしなくなる魔法のご飯になるものなんだ。でも、確かにこのままだととても危ないものだから、ここは俺が一人で集めるな」


 笑顔で二人をなだめると、ティモがゆっくりと近づいてきた。


「…………シーラが食べたら、ネネみたいにお空に行っちゃわなくなる?」


(ネネ、ちゃん か……)


「もちろん!今のままでもとっても元気そうだけど、上手にお料理したユキダマソウを食べたら、シーラも、もっとも〜っと元気になるぞ」


「じゃあ、危なくても気をつけるから、オレも、手伝いたい」


 強い光の宿る目で真っ直ぐ射抜かれる。

(お兄ちゃんだ……。)

 ティモはまだ六歳やそこらだろうに、もう立派に兄としての責任感を感じているのだ。

 なんて眩しくて尊い光だろう。


「ぼくも!ぼくもやる!」


 エルノもついてこようとするが、すぐにティモに止められる。


「エルノが怪我すると、オレが叱られるから、オレがうまく教えられるようになるまで、エルノはまだ待ってて」

「そんなぁ……ぼくだって、おにいちゃんなのに……」


しょんぼりと肩を落とすエルノに、ライチが何かお願いできることは……と探していると、次のパパサーチ情報も、すぐ近くにあったことを思い出した。


 自分の足元から伸びる二筋の光を見やる。

 アルカリ性と酸性で土壌を整えあっているのか、ありがたいことにユキダマソウに寄り添うように群生している細い葉が光に包まれている。


「これは……」


 触れると、しょんぼりとしていたエルノが声をかけてくる。


「それ、スイの葉だね!舐めるとしばらく舌がおかしくなるくらい酸っぱいよ。なんでも酸っぱくしちゃうから、あんまり採ってくるなって言われてる」



《パパサーチ:鑑定結果》

《スイの葉》

 非常に強い酸味を持つ葉。煮出すと強酸性液ができるが、えぐみもあり飲用には向かない。煮汁をアルカリ性のものと中和すると、えぐみはなくなり、ビタミンなどの栄養が豊富な液体になる。



(こっちは強酸性……レモンみたいなもんだな。目とかに入れなければ、小さな子でも大丈夫だろう)


「エルノ。スイの葉も、赤ちゃんのご飯作りに使うものなんだ。この草は、ユキダマソウほどではないけど、汁が目に入ると痛むし、危ないものだ。上手に触れないように集めてくれるかな?」


「できるよ!任せて!ナタで切ってくれたら、上手に集められるよ。ぼく、おにいちゃんだもんね」


 仕事を振られたエルノはさっそく嬉しそうに寄ってくる。エルノはまだナタを持たせてもらっていない。ライチが、ざっくりとナタでその他の草と合わせてスイの葉を刈ると、エルノが器用に選り分けて採集してくれた。


 自分用のナタのあるティモとライチで、ユキダマソウに向かう。


「できるだけ実には触れないように、鈴なりの部分の茎を切り落として……」


とライチが説明する間にも、ティモは素早く安全に採集していく。ライチよりよほど上手に見える。


「二人のおかげであっという間に終わったよ。ありがとう。実は、さらにもう一つ材料が必要みたいで、それはまだ奥にあるようなんだ」



 足元から伸びる細い道標のような線が、森の斜面の奥へと続いている。

(目を凝らしたら、目視する前に鑑定できたり……)


 なんてね!というつもりで目を凝らしてみると、ご都合主義にも目指すものの情報が流れ込んできた。



「……なあ、ティモ。【ムラサキバナ】って、知ってる?」


「ムラサキバナ? うん、知ってるよ。紫の小さい花で、岩のくぼみに咲いてることが多いよ」


「この辺にありそうな場所、案内してもらえるかな」


「うん!あっちの方!」


 ティモとエルノに先導されて、ライチは光の道標をたどっていく。

 小さな沢を渡り、少し湿った斜面のくぼみを登った先に――

 柔らかい陽光を受けながら、淡く紫色に揺れる小さな花々が群れていた。


「……これか」


 ライチは膝をつき、そっと一輪の花を摘み取った。先ほど流れ込んできた情報を反芻する。



《パパサーチ:鑑定結果》

《ムラサキバナ》

 花や葉の煮汁で、酸性中性アルカリ性の確認ができる。



(リトマス試験紙!懐かしいな)


「この花も食べるの?」

「……いや、これは赤ちゃんのご飯にはならないんだ。でも、花も葉もご飯作りに大切な調べ物に使えるから」

「じゃあちょっとだけ採っていこう!」



 ぶちぶちといくつか花をちぎったところで、エルノのお腹が『きゅうぅぅぅ〜』と可愛らしい音を立てる。


「おなかすいた〜 今日は、これくらいでいい?」


「うん、十分。助かった。ありがとう、二人とも」


 エルノがそっと実の入った袋に触れた。


「これで……だれか助かる?」


「きっと助かる。……いや、助けるよ」


 そう言って、ライチはしっかり袋の口を結んだ。

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