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第9話 大糸紡ぎ会 準備

 村人たちがそれぞれの持ち場に散っていったあと、ライチは村長と並んで、広場の端に集められたスピナ麻の外皮の山を見下ろした。


「……さて、これと、あとは収穫してきたものたちを各家庭に平等に分けねぇとなんだが……」


腕を組んだ村長は、難しい顔でうなった。


「俺は数は苦手でな。

こいつをガラガラっと掴んで……適当に分けようと思ったが、あそこまで言った手前、ちゃんとした方がいいよなぁ……」


 そう言うと、村長は山積みに寝かせられている外皮の棒を平らにならそうと動き始めた。

 ライチは苦笑いを浮かべながら、一歩前に出る。


「村長。総数が分からなくても、まず各家庭分の置き場……外皮を結んでまとめるための紐などを最初に置いておけば、あとはそこに同じ本数ずつ置いていけばいいんです。そうすれば、喧嘩になりませんよ」


「ふむ?」


グレゴルが眉をひそめる。


ライチは地面に指でさっと家の形の絵を描き、小枝を拾った。


「たとえば、三家庭に配る時は、バルゴの家、カヤの家、エマの家、と確認しながら紐を用意します。あとは、こうして一本を三回置いて、また一本を三回置いて、とすれば、ほら、それぞれは平等に二本ずつになりますよね」


「なるほど、数は数えなくても、順番に分ければいいってわけか」


 村長が生徒のようにうなずく。


「その通りです。もし最後に少し余って、きれいに分けられない場合は……」


 ライチは、三人に分けきれずに余ったと見える場所に小枝を置いた。


「この余りを、できるだけ折り分けて、三人に平等に渡したりもできます。しなくてもいいものや、話し合いなどで決める方法ももちろんありますが」


「ふむふむ。折った場合は、そいつをまた、順番に置けばいいってわけだな」


「はい、そうです!」


ライチはにっこりと笑った。


(小学校三年生?あたりでやった、割り算の授業がこんなところで役に立つなんて……。二十ウン年前の先生、ありがとう)


「……ライチ、お前……すげぇな。もしかして、商人の出なのか?」


ぽつりと、村長がつぶやいた。


「え?いやいや、俺の住んでたところでは、寺子屋でこういうことを教えてくれていたんです。早く皆にも教えられたらいいなぁと思っていますよ」


 ライチは少しだけ気恥ずかしそうに、頭をかいた。



---



「では俺は次のところを見学に行きますね!一本ずつより、三本ずつとか、いくつかまとめて配ると、早く済みますよ!」


 ライチはそうアドバイスを残すと、その場を後にする。


「おう、任せとけ!」


 村長は豪快に笑い返す。まずは各家庭分の紐を用意するつもりのようだ。

(よかった。さっきの説明でだいぶ要領をつかんだらしい)


---


 ライチは一息つきながら、他の準備隊の様子を見に向かった。


 まず向かったのは、採集隊。

 広場の南端に、子どもたちが集まっていた。 手には小さな採集セット――網や袋、小さなナタなどを持って、今まさに森へ出発するところだ。


 エルノが、得意げに袋をぶんぶんと振り回している。 そのそばでは、他の子どもたちも浮き足立った様子で、背負子の紐をぎゅっと締め直したり、会話に花を咲かせたりしていた。


「わたしネバリダケいっぱい見つける!」 「ぼくはベトノキ探す!」 「オレは両方だー!」


 にぎやかな声が飛び交うなか、エルノがライチに気づき、ぱっと笑顔を向ける。


「ライチ!ぼくたち、たくさん取ってくるよ!」


「うん、頼もしいな。でも――採りすぎ注意、だぞ」


 ライチが笑いながら釘を刺すと、エルノは「わかってるよー!」と元気に返事をする。すぐに、リーダーの年長者に続いて、森へ駆け出していった。 他の子どもたちもわいわいと追いかけていく。




 次に訪れたのは、増設隊。 

 広場の北から煮炊き場に移動した男性たちが、力仕事に取り組んでいた。


 鍋を吊るすための大きな焚火三脚を組む者たち。 石を組んで、かまどを作る者たち。 そして、昨日の成功をもとに、新しい穴あき桶を作っている小さなグループ。


 バルゴは、その穴あき桶のグループに入っていた。 彼は木製の桶を逆さにして、底に細い穴をあける作業をしている。 丸太のような腕で器用にキリをねじ込みながら、周囲と談笑していた。


「しかし、ライチの発想はすげえな」 「この穴あき桶は、女性たちで考えて作ったらしいぞ。よく出来てるよなぁ」 「家族ごとで糸引きするんなら、穴は家族の人数より、注ぎ役の1つを減らした数にしといた方が良さそうだな」「こりゃ、明日の大糸紡ぎ会、楽しみだぞ」


 ライチはそっと近づき、バルゴの横でその手際を見守った。


「バルゴさん、穴の大きさ、ちょうど良さそうですね」


「おう!これは大事なうちの家族の分だ、任せとけ!」


 バルゴがにやりと笑った。



 続いて、相談隊。 少し離れた静かな場所――木立の陰では、年長者たちが輪になって、真剣に話し合っていた。


 マーヤもその輪の中に座り、シーラを膝に乗せて揺すっている。 シーラは小さな手をぴょこぴょこと動かしながら、穏やかに座っていた。


「あまりにかまど同士が近いと、糸が絡みやすくなるぞ」 「かといって、煮炊き場にはもう場所が……」 「村外れの開けた場所を、使えばどうだ?」 「それだと水場が遠くて困るんじゃ……」


 ああでもない、こうでもないと議論が続き――  やがて、まとめ役の老人が、手を打った。


「よし決めた!今ある六つのかまどに加え、煮炊き場には二台増設する。さらに、村の外れの草地に、かまど十二台を新設。 穴あき桶も二十個作る!これで、各家庭に一つずつかまどと三脚と桶が割り振れる!」


(数が分からない人は、なんのことやら…?だろうな)

 決定が下ると、すぐさま年少者が走り出し、増設隊へ伝達に向かった。




 最後は、機織り隊。

 保管庫の前では、女性たちと子どもたちが、大きな機織り機を外へ運び出していた。カヤが中心になり、きびきびと指示を飛ばしている。


「今日は、もっと長い縦糸をセットするよ!ちゃんと長さをそろえて切ってね。子供たち!絡まないように、途中をひもでゆるく結んでおくこと!

 それから、縦糸はこの機に張れるだけ目いっぱい張るよ!村一番の大きさの機織り機だ!端から一本ずつ枠に通していって!」


 女性たちや子どもたちも、それを手伝っている。切りそろえられた糸の束を持ち寄っては、順に枠へと通していく。

 ティモも真剣な表情で糸を並べたり、結び目を整えたりしていた。


 機織りはゆくゆくは布クラフトをしたいライチにとってとても気になる存在だ。じっと穴の並びを見つめた。


「この穴、全部使うってことか……」


 思わず声に出して、穴の数を指で追いながら数えていく。


「……ひゃく、にひゃく……これ、五百本はあるぞ?」


 さらに、切って整えられつつある糸束を見比べる。


(あっちで今切ってる糸は……十メートル、いや、十二メートルはあるな。

 そんな長い糸を、一本一本並べて、全部この穴に通すなんて……とんでもない手間だ)


 気の遠くなるような作業としか思えないが、糸が絡まらないように元気に声を掛け合いつつ、年長者が年少者を助けつつ、実に楽しそうに作業をしている。


 どこを見ても、明るい声が飛び交い、どの隊も、驚くほどきびきびと動いている。


(すごいな……みんな、本当に頑張ってる)


 その光景を胸に刻みながら、ライチは小さく息を吸い込んだ。


「俺も、できることをしよう」


 自然と、そう口にしていた。




 ライチは、まだまだ数が足りなそうな焚火三脚作りを手伝うことにした。


「悪いな、ライチ。支え頼む!」


 手渡されたのは、男性の腕ほどの丸太。 中身が詰まってて燃えにくい、そしてしっかりと丈夫な木の重さがずしりと肩にのしかかる。


(重っ……!)


 必死でふらつきを抑えながら、丸太を立てる。 男性たちが踏み台を登り、上からしっかり組み合わせ、縄で固定していく間―― ライチはひたすら、ぷるぷると足を震わせながら支え続けた。



 しばらくして、村長の指示で、ある程度作業を終えた機織り隊のメンバーたちも増設隊に合流してきた。


 少年たちが数人がかりで丸太を運ぶ様子は、見ていて微笑ましい。 こうして、足りない場所に臨機応変に人を移動させながら、村全体の準備は着実に進んでいった。



---



 やがて、日が傾き、村に夕暮れの気配が満ち始めたころ――最後のかまどが完成し、道具もすべて出来上がった。


「これで、全部……!」


 最後まで働いた誰かの小さな呟きに、広場中から小さな拍手が起こる。


 村長が一歩前に出て、皆に向かって高らかに宣言した。

「よくやった!おのおの、明日への英気を養おう!」


 集まった村人たちは、疲れた体を引きずりながらも、誇らしげな顔で頷いた。 明日―― 村の未来をかけた、『大糸紡ぎ会』が、始まる。



---


  作業を終えたライチは、広場を後にしながら、ふと思い出した。


(あ、ユキダマソウの実、取り込まないと……!)


 干し場に急いで向かうと、バルゴ家の面々もいつも通り手伝ってくれる。


「よっしゃ、さっさと回収して、晩めし作らないとな!」 「うん!」「はーい!」


 子どもたちも、手早くカラカラに乾いた実を集め始める。 ライチも急いで布を広げ、乾いた実をまとめて袋に移していく。


 太陽はほとんど地平線に沈みかけており、干し場には影が長く伸びている。


 袋を結び終わると、今度は家に飛び込んで、夕食の支度を始めた。



  バルゴが鍋に火をかけ、干し肉と乾いた野菜をざくざくと刻む。 ティモとエルノがテーブルに皿を並べ、貯蔵庫に食べられるものを見繕いに行く。 ライチはパンを手早く切り分け、スープに合わせる準備を進めた。


「エルノ、スプーン取ってきて!」 「はーい!」


 小さな足音が家中を跳ね回る。 マーヤは授乳を済ませ、シーラを背負ったまま、素早くパン粥の準備をしている。


 家中がバタバタと動き回りながらも、どこか笑い声に包まれていて――


(こういうの……いいな)


 ライチはそんな風景に、心からほっとするのだった。



 楽しくも慌ただしい夕食を終え、片付けもみんなで一気に済ませると――


「明日は大糸紡ぎ会だ。しっかり休もうな」


 バルゴの声に、皆それぞれ元気よく返事をした。

 ライチも、藁布団に潜り込む。


(……明日もきっと、賑やかな一日になる)


 胸いっぱいにそんな予感を抱きながら、静かに目を閉じた。

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