朝。
ライチはごそりと藁布団から起き上がり、まだ少し重たいまぶたをこすった。宴の余韻が、頭や身体のあちこちに残っている。
(……楽しかったなぁ。
……でも、さすがに今日は……うん。水浴びしたいな)
鏡は無いが、ワイルド感が増したであろう自分の髪やら股間やらを思い浮かべ、一つ頷く。
家の中を見渡すと、バルゴは頭をマッサージしてるし、ティモとエルノも珍しく起き上がらず布団でごろごろしているし、シーラは寝てるし、マーヤもどこかぼんやりと湯を沸かしていた。
「みんな。今朝は、水浴びに行きません?」
ライチの声に、ティモとエルノが目を輝かせる。
「おっ良いね!」「行く行く!」
マーヤも乗り気で「なら、朝食の前にさっと行こうか」と笑ってくれた。
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心地よい清流に身体を預け、ざぶざぶと身体をこすりながら、皆で笑い合う。
今回は水温が高めなので、バルゴとマーヤが二人で川の中へシーラを連れて行くようだ。
(ちょっとした夫婦の時間……邪魔しないようにせねば……)
前回と同じように、全然落ちない洗浄液ですらスッキリした心地になりつつ、すっかり心も身体も目を覚ました頃。
「ぷーっ!」「ぴーっ!」
ティモとエルノが川辺で草の茎のようなものを咥えて笛のように吹いていた。
「おっ、草笛は万国共通か」
水から上がり、懐かしさに笑顔で二人の口もとを覗き込む。見てみると、葉ではなく、想像より太くてしっかりした茎の端を楽器のリードのように潰して吹いている。
「これは……?」
「これ?そこの背の高いフサフサの草。中が空っぽで、潰したところを吹いてブルブルさせると音が鳴るんだよー!」
渡された笛を受け取り、ライチは中を空に透かして覗き込む。
(ほんとだ!中が空洞だ!この太さと硬さ……もしかしてストローになったり!?)
「これ、どこに生えてた?」
「こっちこっち!」
二人に案内されて少し歩くと、2メートル近くもある、ススキそっくりの草が風に揺れていた。
「ブッシー葦だよ。ふさふさしてて、風が吹くとめちゃ揺れる!」「こんな感じこんな感じ」
エルノがオーバーに揺れる葦の真似をして、ティモがウケて笑うのを見つつ、ライチは合点がいく。
(なるほど、葦か……!)
ライチは枯れて倒れているものを拾い、しげしげと見分する。
「枯れてるのは固いよ〜?笛にするなら、若くて細くてすぐぺちゃんこにできるやつ。はい!」
手渡されたブッシー葦の笛をお礼を言いつつ受け取って、吹く練習をしつつ、目ではストロー向きの茎を探す。
(このくらいの細さなら……赤ちゃんのミルクのストローに使えるかも。匙より、よほど量を飲ませやすくなるぞ!硬いし、赤ちゃんが噛み噛みしてもヘタれにくい感じがいいな)
太いものはタピオカストロー……どころか「キミは若い竹かな?」という太さなので、最高でも直径八ミリ以下の、細いまっすぐな枯れたものを数本集める。
「ライチ、そんなに吹いてるのにぜーんぜんうまくならないね!」「うん、下手!」
二人に笑われ、笑い返しながら、ざっと集めた枯れたブッシー葦を見せる。
「笛も楽しいんだけど、これを使って、飲み物を吸いたいなと考えててさ。どう思う?」
「なんで?コップで飲めるのに、ライチは変なことばっかり思いつくね!」
「吸いたいなら、長すぎるからまず折るといいよ」
硬そうに見えるが、しならないようで、乾いた陸地にあったものは簡単にポキポキ折れる。川に近くて湿っていたものは、一旦乾燥させるためにそのまま持ち帰ることにする。
十五センチほどにポキポキと折り揃えてから咥えるところをイメージして改めて見ると……断面がギザギザしていて、赤ちゃんの口にはとても触れさせられないと気づいた。
「さっきの笛は、咥える時ザラザラしてなかったか?この端のチクチクするところをツルツルにしたいんだけど……」
「岩で削るといいよー!ここにザラザラのがある」
エルノがぴょんと跳ねて、端ザラストローを川辺の岩にゴリゴリとこすってみせる。端は丸まり、滑らかになった。
試しに咥えて舌で触れてみる。痛くない。これなら赤ちゃんの口に入れても問題なさそうだ。
ライチは感心して頷き、もう一度手にしたブッシー葦の中を透かして見た。
(……でも、内側がけっこう汚いな。泥とか、埃のような繊維が入ってる)
「ストロー用ブラシなんてないしな……これ、中を掃除するにはどうすれば……」
ふと、後ろから、シーラを抱いたマーヤが声をかける。水浴びも片付けも終わったらしい。
「ブッシー葦の中を綺麗にしたいのかい?だったら、家に帰って灰水で洗えばいいよ。汚れとかぬめりはよく落ちるよ」
「灰……なるほど!」
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朝の光が差し込む食卓に、焼いたパンと干し肉の薄切り、昨夜のスープの残りが並ぶ。
皆で席についたころ、バルゴがパンを手に取りながら言った。
「今日は、夕食の前、昼下がりには煮炊き場に集まって、家族で糸紡ぎをするか。機織りするには、まだまだ足りねぇからな」
「うん!」「やろう!」とティモとエルノ。
マーヤはスプーンでパン粥をすくいながら頷く。
シーラはパン粥をべーっと出して、了承の返事?をする。
ライチが、子供たちに頭を下げた。
「午前中は水汲みだよな?そのあと午後には採集のついでにユキダマソウの実とスイの葉を採ってきてもらいたいんだ。これからのために、次々干していきたくてさ。採り方は、覚えてるか?」
「実を潰しちゃったら、汁には絶対に触らないようにする!」 「潰さないように気をつける!」
「いいね。もし気をつけてても汁に触れてしまったら?」
「顔とかに触らないように気をつけて、水でヌルヌルがなくなるまで洗う!」
「そう!それと、スイの葉な。それも、ミルク作りの時に使うからさ。」
二人がしっかりと頷く。
「俺はちょっと、さっき取ったブッシー葦でやってみたいことがあるんだ。午前中は、葦の処理とユキダマソウの粉作り。午後は早めに煮炊き場に向かって、実験の続きもしながら糸紡ぎの準備するよ」
「ブッシー葦……あの背の高いやつか。あれ、何に使うつもりだ?」
「秘密。……ってほどでもないけど、うまくいったら、きっと便利なものができると思う」
ライチがにやっと笑って言うと、ティモたちが「便利かな〜?」「コップで飲めるのにね〜?」と茶々を入れる。
マーヤが笑いながら言った。
「それじゃ、今日も一日、がんばろうね」
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朝食の片付けの後。
ライチは、さっそく端の面取りをしたブッシー葦のストローを、鍋に入れた。そこへ灰と水を注ぎ、ゆっくり振り洗いする。
しゃばしゃばと水を揺らすと、さらに、一本一本素早く振り洗いをする。濁った液の中から、ふわふわと繊維や埃が浮かび上がってくる。
「うわ、こんなに入ってたのか……」
そう呟きながら、さらに念入りに振る。すると、いつの間にかマーヤが隣に立っていた。
「うまくいってる?」
「はい、見てください。かなり綺麗になってきました。内側の繊維がとれて、光が通るくらい!」
ライチは水から一本取り上げ、マーヤに差し出す。 マーヤは手にとって、ストローをじっと透かして見つめた。
「ほんとだ……いいね。ツルツルで、これは気持ちよく使えそうだね」
「子供たちとマーヤさんのおかげです。灰で洗うなんて、発想はなかった。ありがとうございます」
ライチが素直に頭を下げると、マーヤは少し照れたように微笑んだ。
「ふふ。生活の知恵ってやつかな」
そばでは、シーラが長いまま折れなかった葦に興味津々で手を伸ばしていた。
「シーラちゃん、それはこれから乾かすから、なめなめしないでくれ〜」
ライチの声にマーヤがやさしく抱き上げると、シーラはむーっとした顔でストローを見つめながら、仕方なさそうに指をしゃぶりはじめた。
ライチは笑いながら、ストローをすすいでザルに上げ、続けて煮沸用の鍋に移して十五分ほど火を入れた。
(ミルクに使うとなれば、赤ちゃんの口に触れるものだから、安全第一でいこう)
煮沸が終わったら、丁寧に水を切り、干し場に出てストローを並べていく。陽の光に照らされたブッシー葦は、ツヤツヤとした焦げ茶色をしていて、清潔感があり、とても美しかった。
「……よし。きれいだな。きっと、赤ちゃんの口に入っても大丈夫なはず」
《パパサーチ 発動》
──《ブッシー葦のストロー。
端が滑らかに削られており、洗浄、消毒済み。乳幼児噛んでも長持ちする硬度がある。洗浄と乾燥を欠かさなければ、安全に使用し続けられる》
情報が、脳の内側に直接響いたような感覚があり、ライチはホッと胸を撫で下ろした。
(ありがとうパパサーチ、安全性もチェックしてくれる鑑定屋さん)
ライチは手を洗い、ユキダマソウの実の山へと向かった。 昼までの時間を、粉砕の作業に当てるつもりだ。
(うし、やるか)
今日も、少しずつ、未来へ前進している。
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昼食を終えて、午後。
全てのユキダマソウの実を粉砕し終えたライチは、ビニール袋の実験に使うため、まだ乾いていない葦ストロー一本を手に、煮炊き場のかまどへ向かった。
村長に声をかけ、保管庫から煮汁の鍋とベトノキの樹液を取ってくると、バルゴ家のかまどに三脚と桶と鍋を設置する。他のかまどでもあちらこちらで楽しそうに糸が引かれている。
ライチは火起こしはできないので、自宅から持ってきた火のついた薪を、鍋の下にくべた。
弱火でゆっくり温め、煮汁がもったりとしてくるのを待つ。
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そして、いよいよビニール袋づくりの実験開始。
ライチはいろいろな実験を試みた。
・匙で樹液を掬って煮汁にボトッと落としてストローで吹くテスト
→失敗。匙から落とす時に、どうしても線状になるため、吹くどころではなく、かなり引き伸ばされたスライムのような形のものが出来上がった。手触りはシリコンのよう。
・匙から樹液を一気にボトンと落とし、ストローを落とした先の樹液に差し込み、吹くテスト
→失敗。ストローが液の中のぷにぷにに刺さらないため、ボコボコと吐いた空気が鍋から出てくるだけ。膨らまない。
・鍋に入れる前の匙にストローを刺しておいて、匙ごと鍋に入れて、鍋の中でストローから息を吹き込むテスト
→失敗。空気に触れることで硬化するものだから、鍋の中ではぷにぷには流動体。息を吹きかけたことでかきたま汁の卵のようにぷにぷにが散り散りになった。ザルで漉す。
何度も繰り返して、ついに奇跡が起きた。
匙に掬った樹液に、葦ストローを差し込んだまま、匙ごとそっと鍋の煮汁へ下ろす。
そのまま吹かずに、まずはストローにくっついた部分がを空気に触れるように鍋から少し出す。同時に静かに、そして均一に息を吹き込む。
(子どもたちとやった……シャボン玉の感覚で)
丁寧に吹きつつ吹きつつ、ストローだけをそっと引き上げ続けると、煮汁の表面から――
半透明の大きなシャボン玉が、ぷるり、と顔を出した!
(まだだ……まだ……)
ガッツポーズしたい気持ちをこらえ、ストローに指で蓋をして、シャボン玉に入れた空気を閉じ込めると、ザルでシャボン玉にくっついた匙ごと煮汁から引き上げる。
熱いので木の枝を使って匙からぷるぷるをこそげ取る。シャボン玉はストロー先端にだけくっつき、ふよふよとぶら下がった。
しばらく乾燥を待って、テカテカとした光がなくなって、マットな様子になったころ。恐る恐るストローに着いた部分を引き剥がすと――
ぷしゅ〜!っと空気が抜ける。
(内側は乾いていない可能性もあるが、どうかな……)
指を入れて広げてみると、ありがたいことに内側の生地同士は貼り付かなかった。よく伸びて、丈夫で、水も通さなさそうなこれは……
(……この感触、まさに、シリコンバッグだ!)
「折り方を工夫すれば、かなり密閉できそうだし、これは大成功!と言っていいのでは……?!」
想像通り?の、用途無限大のシリコンバッグの完成に、我慢していたガッツポーズを、高らかに決めたライチであった。