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第13話 ビニール袋 お披露目

(う〜ん。シリコンバッグもいいけど、もっと薄く……できれば、ビニール袋みたいにしたいな。めちゃくちゃ便利だもんな、ビニール袋)


 このゴミ処理場もない世界で、例えライチ作のビニール袋が普及しまくったとしても、元は天然素材だから、いらなくなったら家の家事のついでに燃やせば、有毒ガスも出ないわけだし……


 そんな考えを巡らせつつ、色々な吹き加減を試す。

 小さい膨らみのものは、ボコボコの形の空気入りスーパーボールといった風情で、今のところあまり用途は無さそうだ。大きいものは試したいが、息が続かない。


 何度も試しているうちに酸欠になったのか、途中で吹き続けられず、息が止まってしまう。


 これ以上大きくするのを諦めて、ストローを外してみると、ぷしゅうっと空気が抜け、内側の膜同士がくっついて固まってしまう。


(……待てよ)


 シャボン玉、シャボン玉、と思い込みすぎて、『一息で入れ続けなければそれで終了』と強迫観念にかられていたが、今ぷしゅうっと空気が抜けるまで、少しタイムラグがなかったか?


(水泳ばりに急いで息継ぎをすれば……もしかして!)


 息継ぎバージョンを試してみる。


(ふはははは!やった!やったぞ!いくらでも大きくなるぞ!)


 空気が抜け始める間に息継ぎをする作戦は非常にうまくいき、酸欠にならずに、いくらでも膨らませ続けることに成功した。


そして――


「……できた」


 出来上がった袋は、これまでで最も大きく、最も薄い。 

 シリコンのぶにぶにとした強度は保てておらず、感触はビニール袋のそれに近くなった。冷凍とかができる、密閉チャック付きのポリ袋くらいの強度である。水も、風船のように少し広がりながら、たっぷり入れられる。


(いいね、いいね、お次は、と)


 試作品なので強度の限界を試してみた。

 結構な強さで引き延ばしても、カリカリと引っかいても破れないが、土の上に置いて棒でガンと突くと、ぷすりと穴があいた。


(加工もしやすいし、結びやすそうな、悪くない強度!)


 ライチは目を輝かせた。

 ポリエクロスほどの熱への耐久性があるとすると、燃やせば燃えるが、煮沸はできるということだ。

 布でもない、革でもない。 

 糸とは同じ素材なのに、手順の工夫と吹き方ひとつで、まったく別の新素材が生まれた。


(う〜ん、加工の夢が広がる!父性クラフトスキルさん、また助けてね!哺乳瓶とか、作れたら最高だな!)


 現状のライチが作れないものには反応してくれないらしい父性クラフトスキルは、無反応を貫くが、今はまずは……


「粉ミルクの梱包、販売、ようやくできるぞ」


 まず売りたいのは価格的にも高すぎず、栄養満点な効果があった場合に分かりやすい、五日分の粉ミルクだ。

 今作った大きすぎる袋は今のところ梱包には不要なので、元の樹液の量を半分に減らすなどして、ミルク販売にちょうどいい大きさと薄さの袋作りに取り組んだ。




---



 何度目かの試作で、ついに安定した大きさと薄さのビニール袋もどきが作れるようになり、ライチは完成品を麻袋にしまいながらそっと息を吐いた。


(ふぅ……販売までもう少しだ……)


 半透明の袋たちは、ポリエ糸と同じく淡い乳白色を薄めた色で、見た目にも清潔感があった。


(これが……あの“廃棄物”からできたなんてな……やり方によってはペットボトルとかも作れちゃったり……う〜ん、楽しい)


 そのとき――背後から元気な声が飛ぶ。


「ライチー!来たぞー!」


 振り返ると、ティモとエルノが駆け寄ってくる。マーヤはシーラを抱き、バルゴがゆっくりと後からついてきた。


「おう。ちょっと遅くなっちまったが、畑仕事が一段落した。今日も、家族で糸引きやるぞ」


「うん、薪もユキダマソウの実もスイの葉もたくさん拾ってきたよ!」「それと、木の実もおやつに取ってきた!」

「二人とも、怪我は……なさそうだな。ありがとう!」

「高い高いさせてあげてもいいよ」「いいよ!」


 そんな可愛いことを言う二人に、ライチはありがたく、空に飛ばす勢いで感謝の高い高いをさせてもらった。


 子供たちが満足した様子になると、ライチは汗をぬぐいながら、笑顔で言った。


「こっちはこっちで、ちょっと袋の試作をしてた。……見てください、これ」


 半透明の袋を見たマーヤが目を丸くする。


「これが……さっき言ってた、葦と……ベトノキの樹液で作ったもの?なんだか不思議なものだね」


 バルゴもじっとそれを手に取って感触を確かめた。


「おお……何とも言えない感触だな。しなやかで柔らかいのに、丈夫だ。瓶は使わずに、これに砕いたユキダマソウを入れたいんだろ?」

「はい!」

「あたしも、粉ミルクがみんなに届くの、楽しみにしてるよ」


 大人の会話に、もちろん子供二人も寄ってくる。


「それなに?」「ぶよぶよしてる」

「ふっふっふ……これに水を入れるとな……」


 大きめになりすぎて、今回のミルクの包装には向かなさそうな袋を一枚手に取ると、ライチはそっと桶から水をすくい、袋の口を広げて中に注いでいく。端を風船のように引っ張って縛れば……


 ――ぷるん。


 袋がふくらみ、重みで手のひらに沈み込むように形を変える。


「なにこれ!」「すごっ……!」「あー、だっ!」


 大きな水風船に、子供たちと赤子が大喜びで飛びついた。

 マーヤの腕の中のシーラが手を伸ばすのに触らせであげながら、二人に見えるようにしてライチの手の上で跳ねさせてみる。


「わー!ボヨンってした!」「触ってもいい!?」


「いいけど、つつくと割れるから、びしょ濡れになるぞ。破れないように気をつけてな」


 ライチがそっとティモとエルノの二人の手を導いて、水風船を持たせる。


「へんな感覚ー!」「土に下ろしてもいい?」


 重力で落ちていこうとする水風船に、エルノが従おうとする。


「うーん、たぶん、石でゴツゴツしてるから、すぐ破れちゃうと思う。糸引きが終わったら、濡れてもいい場所で試してみようか」

「うん!」「たのしみ!」


「これはこれで、楽しそうなもんができてんじゃねぇか」


 バルゴも感心したように覗き込む。


 ライチはもう一度、子どもたちに向き直って真剣な声で告げた。


「でもな、この袋は水も空気も通さない。

 もし破れてしまっても、その後遊ぶときは、絶っ対に!顔にかぶせたり、口をふさいだりしないこと。息ができなくなって、命に関わるからな?守れるか?」


「わかった」「絶対やらない!」


 子どもたちがしっかりうなずいたのを見て、ライチはにっこり微笑む。


「よし。じゃあ、試作品遊びは一旦ここまでにして、糸を引くぞ〜!」


「おー!」


 家族そろって、それぞれの持ち場につき、和気あいあいとした糸引きが始まった。



---



 夕方、空が茜色に染まりはじめる。

 家族みんなで今日の糸引きの道具を片付け終えたころには、空気がすっかり涼しくなっていた。


「今日は、ここまでだな。よくがんばった」


 バルゴがにっこり笑い、ティモとエルノの頭を撫でると、ふたりは「おなかすいたー!」と声を揃えた。二人の手には、片づけの途中から散々遊ばれた水風船が揺れている。

 土の上で跳ねさせても、よほど尖った石などがない限りは、破れずに遊ぶことができた。




 夕食は、いつものメニュー。

 それに加え、マーヤが作ったパン粥に、今日はミルクを混ぜてみてもらった。


「だっ、だー!」


 シーラが大興奮でスプーンにかぶりつきながらもぐもぐと食べている。


「ミルク、よっぽど美味しいんだね。パンも一緒に口から出さないで飲み込んでくれるから、これは助かるわ」


 マーヤがものすごく感動してくれていた。




 ライチも、出来たてのスープをすすりながら、今日一日を振り返っていた。


(粉もできた、ストローもできた、袋もできた……あとは、明日詰めて、売る準備を整えるだけだな。赤ちゃんの口に入るものだし、親御さんにはまず試供品を配りたいな……)


 温かな食卓と家族の声に包まれて、ライチは準備が整ってきたことに、ふっと肩の力を抜く。



 夜――。


 ふかふかとは言いがたいが、慣れてきた心地よい布団に倒れ込むと、どっと疲れが押し寄せてきた。

 だが、それ以上に、明日への期待が心を軽くしてくれる。


「おやすみ、ライチ」「おやすみ」


「……うん。おやすみなさい」


 そう呟いて、ライチはすぐに深い眠りへと落ちていった。

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