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第15話 売店への道

 一気に出来上がりすぎて気味悪がられるであろう布オムツは、一旦袋に入れてミズヨリグサと一緒に干して隠しておくことにした。

 そして、ライチは室内に戻って粉ユキミルクの袋詰めに勤しんだ。


「♪ふんふふふ〜ん ふふふふふ〜ん♪」


 商品らしい商品が出来上がっていくにつれ、ついつい鼻歌が飛び出す。ミルクづくりをしているからか、出てくるのは日本の子守唄にもなる童謡だ。


「そういや、このユキミルク、この村ではいくらで売るのが妥当なんだろうな……」


 ボソリと独りごちると、マーヤが返事をしてくれる。

「私は詳しくないけど……村長なら、そういうの得意なんじゃないかい?」


「確かにそうですね。村の中で勝手に商売を始めるわけにもいかないし、いろいろ相談してきます」



 善は急げ。さっそく、ライチは出来上がったフィルム袋入りの粉ユキミルクと、裏手に隠してある布オムツ一枚を抱えて、村長宅を訪れた。


 家の裏手にいた村長が顔を上げて声をかける。


「おう、ライチ。どうした?」


「赤ちゃん用の品が出来上がってきたので、そろそろ皆さんに売ろうと思いまして。価格や場所の相談をさせてほしくて来ました」


 家の裏手にライチを手招いた村長は、顎に手をやり、少し眉を上げた。


「価格? ……ああ、そっか。ライチは他の土地から来たんだったな」


「え?」


「ここらじゃ、金なんてあんまり使わないんだよ。持ってても腹も膨れないし、家に置いてても鍵もかかけないしで、物々交換が基本でな。

 この国の通貨は【グラル】ってのがあるけど、行商人が話してるのを聞くくらいで、村じゃ使う機会はほとんどないな」


「グラル……」


 ライチは思わず小さく呟いた。意気込んで売店の準備までしていたのに、あてが外れて軽くショックだった。


「まあ、金は使ってないが、一応目安としての価格ってのはあるぞ。たとえば野菜なんかは、一掴み十グラルくらいで買い取ってもらえたりする。

 でも、行商人が来たときも、こっちの野菜とか布を、あっちの塩とか酒とかと交換するのが普通だな」


(野菜一掴み十グラルか……本当に大雑把だけど、おおむね円の十分の一だとして……十グラルが、百円くらいなのかな?)


「じゃあ、この粉ユキミルクと布オムツは……売れないとしても……何と交換してもらうのがいいですかね?」


 そう言ってライチは、粉ユキミルクと布オムツを取り出し、どういうものなのかという説明を加える。さらに、みんなが試供品のオムツを使ってくれていた様子も話す。


 村長は袋を受け取り、目を細めた。


「良さそうなもんだな。そりゃもちろん、お前の欲しいもんと交換すりゃいいさ。たとえば小麦粉が欲しいなら、それを条件にすりゃいい。向こうが出せる品も限られているしな」


 あまりにシンプルかつ解の多すぎる答えに、ライチは言葉を失いかけた。


「……なるほど……ありがとうございます。参考になりました」



 価格や通貨について教えてもらったあと、ライチは一呼吸おいてから口を開いた。


「それで、もうひとつお願いがあるんですが……村の目立たないところでいいので、小屋を一つ、建てさせてもらえないでしょうか。簡単なものでいいんですけど……そこでミルクやオムツの販売をして、寝泊まりも、できたらと思っていて」


 村長は少し目を細めた。


「寝泊まりって……バルゴの家が嫌になったとか、そういうことじゃねぇよな?」


「まさか。むしろお世話になりすぎていて……あの若いご夫婦に、これ以上夜の気遣いをさせるのが忍びなくて。ご飯はまだまだお世話にならないと駄目なんですが……」


 村長は、くっと笑い、腕を組んだ。


「なるほどな。……変なところに気のつく奴だな、お前は。あいつらにとっても、それは助かるだろうよ」


「ありがとうございます。実はお恥ずかしながら、村の子に指摘してもらっちゃって。

 右も左も分からない時に、あの家で安心して眠らせてもらった時間は、本当にありがたかったです。でも……いつまでも、ってわけにもいかないですし」


 ライチの言葉に、村長はコクリと頷いた。


「店の件も含めて、小屋の場所と設営は俺が考えておこう。

 資材はあるし、人手もある。台所もなくていいなら、ニ日もありゃ簡素な小屋なら建てれるぞ。寝る場所が板間じゃなくていいなら、の話だが。土の上の藁山の上で寝ることになるが、問題ねぇか?」


「大丈夫です。というか、ものすごい速さで建つんですね」


「ここの奴らは、納得したら動くのは早いからな」


「ありがとうございます!」


 心から頭を下げるライチに、村長は笑って背を軽く叩いた。


「礼なんていらねぇよ。お前が村のために動いてくれてること、皆もわかってる。……一緒にこの村、面白くしていこうぜ」


 にっこり応援していた村長だったが、急に真顔になる。 


「……で?オムツとミルクと小屋が欲しいのはともかく……これは……なんだ?」


 村長が不思議そうに袋の素材を指でつまんだ。


「グミバッグって名前です。柔らかくて水や空気を通さないので、密閉して持ち運びや保存ができます。粉ミルクに虫とかがわかないように作りました。その……企業秘密ってやつで、あまり詳しくはまだ言えないんですけど」


 ライチは苦笑しながら手を振った。


「はは、そういうことか。お前の脳みそには、いろんな知識がつまってんだな」


 村長は感心したように頷きながら、グミバッグを手のひらで軽く弾いた。


(知識が詰まってるのは俺よりもスキルさんなんだけど……)


 そう正直に言うわけにもいかず、愛想笑いで村長の言葉を受け取った。


「忙しいところ、お時間を割いてもらってありがとうございました。お礼にはなりませんが、これ、よかったら一つずつ差し上げるので、いろいろ試してみてください。使い方は――」


「おぉ、いいのか?この袋がちょっと気になってたんで、ありがてぇよ」


 こうして相談を終えたライチは、頭を下げて村長宅を後にした。



---



 帰宅すると、鍋にティモたちに採集してきてもらったユキダマソウの実とスイの葉を放り込み、さっそく火にかけた。この作業ももう四度目。慣れたものだ。

 マーヤが機織りをしつつシーラと遊びながら見守ってくれている間に、手早く進めていく。


「今回も二鍋同時に使わせてもらいます」

「いいよいいよ、頑張ってね」


 鍋の中で、ユキダマソウとスイの葉がふつふつと揺れている。一時間ほど煮つつ、待ち時間には丁寧に家の掃除をした。

 しっかり煮た煮汁をムラサキバナの試験布に数滴垂らしてみる。色の変化は見られない。


(中和完了。あとは冷まして剥いて、と)


 ライチはふぅと息をついた。火から鍋を下ろし、しばらく冷ますために石炉の脇へ置く。


 そろそろ昼食の時間だ。二人は慌てて昼食の準備を進めた。


 そこへ、ちょうど畑仕事から戻ってきたバルゴとティモ、エルノがバタバタと家の中へ入ってきた。


「ただいまー!おなかすいたー!」


「はいはい、もう支度できてるよ」


 マーヤが笑いながら用意していたメニューを並べていく。パンと春野菜の旨味と干し肉の塩気が溶け込んだスープ。スープ入りパン粥。美味しそうだ。


 フライパンで木の実とともに炙ったパンには、実の甘みが移り、香ばしい香りが立ちのぼる。


「おかあの料理はいつも美味しいよ!」


 ティモが大きな口で頬張り、エルノも負けじとパンにかじりついた。


「このパン、カリカリで甘くて好き!」


 その様子に、ライチも笑顔を浮かべながら食べ始める。マーヤが、パン粥をシーラに食べさせ始めている。


「ティモもエルノもよく働いたぞ。さすが、俺とマーヤの子だ。午後の糸紡ぎまでには収穫した春野菜を持ってくるからな」


 それぞれが料理を手に取り、ほっとした表情で頬を動かす。午前中の作業で汗をかいた身体に、塩気と甘みがじんわりと染み込むようだった。



 ライチは、石炉のそばの鍋に目を向ける。


(午後から、ユキダマソウの実を剥いて干して、それから家族みんなで糸紡ぎか)


 昼の一息の時間、家族の団欒を味わいながら、これからの段取りを改めて胸の中で整えるのだった。



---



 五度目のユキダマソウの実の中和煮込みをしながら、並行して先に煮て冷ましておいた実の皮を剥いて、種を除く。

 念の為、再度中性になっているかも調べた。


「よし、今回も問題なし」


 中身を丁寧に干し台の干し布の上へ並べる。

 太陽の光が白く淡い果肉に差し込み、ゆっくりと水分を奪っていく。


(よし、あとは乾くのを待つだけ。ミルクも、そのうちクラフトポンできるようになるぞ)


 ライチは一息つき、次の鍋が中和できたかを確認しに行く。

 風にゆれる干し布の列が、背中を押してくれているように感じられた。



---



(――干し終えた。)


 最後のユキダマソウを干し布に並べ終えた瞬間、ライチはふうっと息をついた。腰を伸ばしながら見上げると、日の傾きはじめた空が眩しくて、ちょっと目を細める。


「……なんとか、糸紡ぎまでに間に合ったな」


 そのときだった。元気な声が三つ、交じりあって響いてくる。


「おう、穫れたぞー」「いっぱいとれたー!」「ほら見てライチー!」


 泥だらけの全身を跳ねさせて、ティモとエルノが背負子を揺らして駆け込んできた。あとからゆっくりと、バルゴが大きなかごを肩に担いで歩いてくる。


「お、もう子供たちの採ってきた実を干し終わったのか、早かったな」


「そっちも、お疲れ様でした」


 ライチが笑いかけると、三人はうれしそうに背負子を床におろした。ぱらぱらと落ちる土くれと一緒に現れたのは――春野菜だ。


「これは、ラサ人参!」

 オレンジより赤の強い人参だ。細い。先が二股に割れているものも多い。


「こっちは、ユリカブ!」

 握りこぶしほどの小さなカブで、虫食いの跡がちらほら見える。


「ヴェル豆と」

 グリーンピースのようなさやは、ところどころ茶色くなっていて、虫にも食われている。


「スロタマね」

 玉ねぎのように見えるが、小さいし土がこびりついて形もいびつだ。


「あとはハルリーキ」

 ネギだ。長くまっすぐ伸びているが、それも何本かは途中で折れていた。


 どれも、小さいしボロボロで、日本のスーパーで見たような“立派な野菜”とはほど遠い。


 けれど。


「すごい!すごいです!!美味しそうだなぁ!」


 自然と歓声がこぼれた。


 毎日、汗だくになって畑に出ていたバルゴたちの姿が思い出される。

 水道も機械も肥料もないこの村で、早朝に水を運び、草を抜き、泥にまみれながら黙々と鍬をふるう日々。その手で育てた作物が、今こうして目の前にある。


 どれも、まっすぐじゃなくても。小さくても。不恰好でも。心が、こもっている。

 なんだか胸があつくなる。


「ライチ!この豆、オレがとったやつ!」「ぼくのラサ、ほら、おっきいでしょ!」


 子どもたちは嬉しそうに野菜を掲げ、ライチのまわりをくるくる回る。バルゴはというと、玄関先で服の泥をぱんぱんとはたきながら、少しだけ、誇らしそうな顔をしていた。



---



 収穫物は一旦家の土間に置いておいて、さっそく煮炊き場での家族糸紡ぎを始めた。


 ティモとエルノはそれぞれ膝の上に巻き芯を乗せ、真剣な顔で糸を回している。マーヤがそれを手伝い、バルゴは煮汁の様子を見つつ、桶に樹液を足している。


 ライチは、黙々と。ひたすら手を止めず、指先に集中して、糸を巻き続けていた。


――そして、その時。




《ポリエ糸づくり の パパ経験値が一定量を超えました》

《父性クラフト:ポリエ布 が 次のステージに移行します》


《今後は、【使用者への愛情】をエネルギーに、素材から 即時クラフトすることができます》




(……きた!)


 心の中で、ライチはがっつりガッツポーズを決めた。

 使用者への愛情なんて常時みなぎっている。村中の赤ちゃんたち用のオムツだけではない。シーラちゃんにこの糸で柔らかい服を作って、着せてあげたりもしたい!あれもこれも着せたい!


(よし、これでポリエ糸はポンできる!次は布だ……布もポンできるようになりたい!)


(そのためには、機織りの実践しかないな。マーヤさんに頼んで死ぬほど織らせてもらうぞ……!)


 しかし、顔には出さず、手は止めず、ただ淡々と糸を巻き続けた。



---



「……ん?煮汁がずいぶんさらっとしてきたな」


 バルゴのつぶやきに、皆の手が一瞬止まる。


 彼は柄杓ですくった煮汁を光にかざしてから、小さくうなずいた。


「繊維がもうあまり溶け込んでない気がする。たぶん、この煮汁はこの辺が限界かな?……次の糸巻きの時には、また最初から材料を煮るとこから始めるか」


 それを合図に、今日の作業はおしまいになった。



---



 春野菜たっぷりの夕食を終え、夜。

 家族が眠りに落ち、家の中がしんと静まりかえったころ。


 ライチはそっと起き上がった。


 布団の縁を静かに抜け出し、音を立てないように歩を進める。土間から続く貯蔵庫へと滑り込んだ。


 月明かりが差し込む中、ライチはバルゴ家の分として大糸紡ぎ会で配られた、スピナ麻の外皮、ネバリダケ、そしてベトノキの樹液の瓶に手をかざす。


(ポリエ糸、クラフト、ポン……!)


 子供たちへの愛情を胸に、意識を込めて念じると、あの定型文が脳内にすうっと流れ込んできた。


《父性クラフト:ポリエ糸》

《制作数:大鍋二杯分 五キロメートル×二》

《クラフト 成功》


 ぽんっ。


 音も控えめに、しかし確かな手応えとともに、床の上に糸の山が現れる。

 太さが均一で、艶のある、滑らかな糸。巻き枠にはまだ巻かれていないが、いつもの……いつもよりも美しい糸ができあがった。


(大鍋一回でだいたい五キロメートルも糸が取れるのか!

 試供品は村の機織り機にセットされるのに使ったし、ビニール袋づくりにかなり中の繊維を使った気がする。今回繊維を使い切った鍋からどれだけ取れたかは参考にならないな)


 ライチは貯蔵庫の素材の残量を確認した。

 スピナ麻の外皮は大鍋三回分はありそうだ。

 ネバリダケは二回分。

 だが、ベトノキの樹液だけは瓶を残してきれいさっぱり消えていた。


(樹液を足さないと、クラフトポンもできないか)


 この量で、果たしてどれくらいこの村が潤うのだろうか?


(一家庭には大鍋二回分の樹液しか配られていないから、取れるのはどこもうまくいって十キロメートル。

 村一番の大きさの機織り機で縦糸五百本で一回の機織りに六千メートル……六キロメートルの糸を使うはずだと計算した。

 各家庭にある横幅小さめの機織り機が例えば縦糸三百本とかだとして、三・六キロメートルを一回に使うとすると……出来上がりの布は三本弱ずつとか……か)


 三本弱の布で何が得られるのだろうか?子供たちの生活は良くなるのだろうか?ライチには分からない。


(とにかく、村全体のためにも樹液を足さないと。それに、ネバリダケも)


 スピナ麻のように自分たちで育てているものはともかく、自然に生えているものには限りがある。


(素材探しをしに、探索……かな)


 明日以降にやるべきことが見えてきた。


(夜なべして、樹液がなくなるまでの分だけ、全部糸にしちゃった、って明日言おう)


 そう心中で呟いて、できあがった糸の束を持ち上げる。音を立てないように注意して、食卓の上にそっと置いた。


 静かに戸を閉め、布団に戻る。


 ライチの顔には、かすかな微笑みが浮かんでいた。

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