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第20話 森の探索 後半


「おし、ここらで昼飯にするぞ!しっかり休んどけ!」


 村長の声かけでランチタイムが始まった。


 ライチは身体は洗えたが、服にはしっかり蔓の臭いがついている。

 みんなの輪に入ってランチを食べたかったが、臭すぎて嫌がられたので、川を見ながらのボッチ飯となった。


「マーヤさん……美味しいです……染みるぅ……」


 パンの硬い皮を除いて、中身だけで茹でた干し肉を挟んだサンドイッチだ。野菜も入っている。母の味のような安心感に、ちょっとホロリときそうなライチである。


(あぁ、あと二口で終わっちゃう)


 皆はさっさと食べ終わって手や顔などを洗っているが、ライチは大事に大事に噛み締めて母の味を食べていた。


 そのときだった。


――ビュオッ。


 空から鋭い風が吹き下ろされたかと思うと、ライチに影がかかった。

「みんな伏せろ!!」

誰かが叫ぶ。


「え?」


 情報処理が追いつかず、空を見上げようとした瞬間。


 シュバッ


 何かがすごい速さでライチの手にぶつかって去っていく。

 ライチができたのは反射的に身をすくめることだけ。


「ライチ!大丈夫か?!」


 皆が駆けつけてくれる。

 痛いところ、なし。怪我、なし。


「大丈夫そうです……?何だったんですか、今の当たり屋……」


「中型の鳥のモンスターだ。あいつは肉は美味いぞ」


(鶏肉かぁ……食べたいなぁ)


そう呑気に考えて、ライチはようやく異変に気づいた。


「あっ……あぁっ……そんな……」


「ライチ、どうした?!やっぱりどこか傷めて――」


 崩れ落ちていくライチに、バルゴが慌てて近寄る。


「あんの鳥やろぉぉ!!俺の大事なマーヤさんのサンドイッチ……持っていきやがった!!許さん!!絶対にその肉食ってやる!!下りてきやがれぇぇ〜!!」


 ライチは地団駄を踏んで大暴れを始めた。一同大笑いだったが、バルゴだけは


「うまかったのに、残念だったな」


と、慰めてくれた。



---



 昼食後は、ライチが足をちょっと切ったり、消毒用の草の汁を皆が塗りつけてくれたりしたものの、そこまで難所や大事件もなく進んでいた。


「おい、まだかかるなら、帰るのに夜になっちまうぞ」


 疲労の色を浮かべた男性たちの中から、不安げな声が上がる。


 だが丁度そのとき。


「――着きました」


 ライチは、見渡す限りが、光る木に囲まれた場所で、皆を振り返った。


「……うぉぉ……本当にあった!ベトノキだ!」

「おい……ものすごい奥まで、全部ベトノキだぞ!」

「さっそく瓶を設置するぞ!」


 サーチによる光がふっと消える。光の無くなった森は、本当に何の目印もない。サーチがなければ、ここを見つけるのに、かなり難航しただろう。


「痛かったし、臭かったし、悲しかったし、悔しかったけど……来れてよかった」


 達成感に満ち満ちて、ライチはドサリとその場に腰を下ろした。



---



 皆はナイフのような道具で、ベトノキの幹に斜めの切れ込みを入れた。

 すぐに、切れ目から透明な液体がタラタラ……っと流れ出してくる。こぼれないように葉を丸めて幹から瓶の口へつなぐと、紐で固定する。


「これだけありゃ、しばらくベトノキの樹液には困らないだろう」


 喜ぶ村人の姿を想像してニヤつく探検隊。樹液に触れないように気をつけながら、手際よく複数の木に作業を進めていった。



---



 自分の持参した瓶に樹液が溜まるのを待つ間、ライチは腰に手を当て、辺りを見渡す。


(ベトノキだけあっても、糸は作れないんだ……ネバリダケ。あいつも見つけないと)



《スキル:パパサーチが発動しました》

《探索対象:クラフト素材(ネバリダケ 群生地)》



 足元から光は伸びる。群生地があるにはあるようだが……。


(パパサーチさん、距離がわからないと、今から行って帰ってこれるかが分からないんですよ……地球の裏側……みたいなところだったら、一生歩いてもたどり着かないわけだしさ……)


そう独り言で文句を言うと、しばらくして再度パパサーチからの声が脳内に響いた。



《スキル:パパサーチ が更新されました》

《探索対象との距離 が追加されます》


《検索対象:クラフト素材(ネバリダケ 群生地)》

《対象との距離:八百メートル 徒歩二十分》



(なんか、こころなしかスキル音声さん、イラッとしてるような……気のせいか)


 機械音声のような無機質な声に変化があったような幻聴がしつつ、改めて情報を反芻する。


「徒歩二十分!近いじゃないか」


(次は、道中が安全かも教えてくれ……パパサーチさん……)


 この要望は完全にスルーされるが、気にもとめずに村長のもとに相談に向かう。


「村長。ネバリダケも、わりと近くにありそうです。探しに行っていいですか?」


「……嘘みてぇな話だが……ここのベトノキまで真っ直ぐ来れる才能があるんだ、ネバリダケも本当なんだろうな」


 村長が樹液集めをしているメンツを親指で指す。


「近いなら、ここまでの道にしっかりマーキングしてきてくれてる連中がいるから、そいつらを連れて行ってくれ。樹液集めに人がいらなくなったら、そのマークを追って追いかけるわ」


 中学生コンビが呼ばれて来てくれた。

「マルタとロッソだ。よく動いてくれるぞ」


「マルタ。さっきは蔓から助けてくれてありがとう。ロッソ、前はマルタと一緒に機織り機を運んでくれてありがとう。よろしくお願いします」


「こいつがカヤに気があるから、機織り機を運ぶなら俺ら、みたいになってるだけだよ、気にすんな」


「おい!!お前!マジやめろって!」


 マルタがロッソの首をホールドして強制的に黙らせようとする。


(マルタは熱中系女子が好み……と)


 中学生の初々しいノリに懐かしさを覚えつつ、念の為の護衛で来てくれたバルゴと四人で森の道を進む。


 二人は雑談をしながら、木の高い位置ひょいひょいと色のついた紐をくくりつけていく。

 進行速度に遅れず作業をしているわけだから、大したものだ。


 十五分ほど歩くと、洞窟の入り口のような場所――森の岩肌にぽっかりと空いた暗がりへ、光は続いていた。


「どうくつ……」


 正直、この森の【洞窟】なんて、ホラーワードでしかない。


(痛かったり臭かったり粘ったり襲われたりするんだろ……?)


 入口でまごつくライチに、三人が声をかけてくれた。


「ここの中なのか?」「入らないのか?」「どうした?」


「この中なんです……が、暗くて怖くて」


 お化け屋敷に入る前の怖がりさんのようなセリフを吐くと、バルゴがクワを構えながら言う。


「なら、後ろついてこい。行くぞ」


 異世界の父に「パパ待ってぇ〜」と言いたくなりながら、ライチはバルゴの後ろにピタリとついて行った。



---



 洞窟の中はひんやりと湿っていた。空気が重く、足音がやけに響く。


「ひぃっ!」


 コウモリのようなものがバサバサバサっと飛び立つ音がして、悲鳴を上げる。まったく、また痛い何かかと思ったじゃないか。


 光は足元を流れるように続き、さらに奥へと導いていた。計算上は五分ほどで着くはずである。


「そろそろ奥が見えにくいな……」


 洞窟に入ってから五分。ギリギリ外からの明かりが届くか届かないか、という時になって、


「見つけた……!これ、ネバリダケですよ!」


 光るキノコの群生地が、洞窟の奥の方まで広がっていた。


「はぁぁ……ライチにはすごい能力があるんだなぁ」


 指でツンとネバリダケに触れて確認したバルゴが、しみじみと言う。


「村長に報告して、みんなで松明を持って採集に向かおう」


 ロッソがそう言う頃には、サーチの光が消えていた。

 サーチの光は周りを照らさないので、暗いことは分かっていたが、こうして光のない暗闇で見ると、ネバリダケがどの程度奥まで広がっているのかはさっぱり見えない。

 四人はいそいそと元来た道を引き返した。



---



 陽はすでに傾きはじめていた。昼には新緑が眩しかった森も、今はやや色を落とし、斜めに影を落としている。


 ライチは背中の荷物を持ち上げ直した。

 ずっしりと重い。

 瓶詰めされたベトノキの樹液と、あのあとたっぷり皆で回収した袋詰めのネバリダケ。帰り道の疲れた体にのしかかる。


「……よし、あと少し」


 森を歩くのにも朝よりは随分慣れてきた。

 足元のぬかるみに気をつけつつ進む。人が踏んだ安全な場所に足を出せば沈まない。後ろはなんて気楽なんだ。重心が傾く度に瓶が揺れ、肩紐が食い込んだ。


 ライチはそっと鼻から息を吐く。

 背中の瓶が「ちゃんとみんなに届けてくれよ」と重みで語りかけてくるようだった。


 足を取られそうになりながら、必死で踏ん張る。村長の後ろ姿も、なんとなく疲れて見えた。


 それでも、村が近づくにつれて、靴から伝わる地面の感触が、少しずつ乾いた土に変わってくると。


「もうすぐ、夕食だぞー!」

 誰かが言った。その一言に、一同の背筋が少しだけ伸びた。


 空が赤から群青に変わりかけるころ、村の屋根屋根が遠くに見えてきた。



---



「あっ!帰ってきたよ!」

 ソワソワと広場で待ち受けていた子供たちの声を聞いて、ぞろぞろと村に残っていた人たちが出てきて迎えてくれる。


「おかえり!どうだった?」


 探検隊はニヤリと笑いながら、樹液の瓶を揺らし、袋の中を開いて見せた。村長が拳を掲げる。


「探索、大成功だ!」


 村中がワッ!と歓声に包まれた。




 もうひと頑張り!と、重たい瓶と袋を、皆で保管庫に預ける。ようやく肩が軽くなった。

 陽は傾き、村の家々からは夕餉の煙が立ちのぼっている。


 バルゴの家に戻ると、食卓には湯気の立つ煮込みと、香ばしく焼かれた根菜が並んでいた。

 マーヤがシーラをあやしながら、食卓に食器を置く。


「おかえりなさい。お疲れさま」

「おう、ただいま。今日はすごかったぜ、なあ、ライチ」

 バルゴが笑いながら、腰を下ろす。


「こいつ、ぬかるみにはハマるし、痛い草には触れるし、臭い蔓には絡まれるし……くくっ」

「だから臭いんだー!」「ライチ、すごく臭いよ」


(これが……全国の煙たがられるパパたちの気持ちか……)


 ライチは家の入口でシュンとしてしまった。

 マーヤが笑いながらバルゴの服を手渡してくれる。


「ほら、着替えなよ。バルゴの冬用だからちょっと暑いかもだけど、その服よりは……ふふっ、マシだろ」


 ありがたく即着替えさせてもらう。臭い服は明日洗濯するまで、外に置いておくことになった。


「それから、森の奥でな、空から鳥が降ってきてよ。狙いはライチの弁当だったんだが」

「ええっ、ライチ鳥モンスに狙われたの?」「こわいー!」

 子どもたちが目を見開く。


「こいつ弁当持ってかれて、こ〜んな感じに大暴れで鳥モンスターにキレまくっててよ。おかしいったら」


 バルゴが大げさに地団駄を踏んで暴れる。

 ティモとエルノが「アハハ!」と吹き出した。


「美味しかったんですもん……あの鳥やろうめ……」

 ライチはマーヤを見てまた怒りを蘇らせる。

 マーヤが珍しく大笑いをする。


「そりゃ、残念だったね!ほら、座って。鳥モンスターに持ってかれた分も、食べな!」


 笑い声の中、マーヤが煮込みの鍋を火からおろした。湯気の向こうには、日常のぬくもりがあった。


「あう」


 ふいに、板間の方からシーラの声が聞こえた。布にくるまれた赤ちゃんが、眠そうに体をくねらせている。帰りがいつもより遅くなったから、赤ちゃんはもう寝る時間だ。


(起きて待っててくれたのかな。がんばったね、お疲れさまって言ってくれた気がする。シーラちゃん、ありがとう)



---



 帰宅したときはからかわれまくったライチであったが、夕食中はものすごく褒められた。


「こいつがいなけりゃ、ベトノキもネバリダケも見つからなかったぞ。こいつの目には妖精でも見えてるんじゃないか?」


 バルゴに手放しで言われ、自分の実力ではないライチは困ったように頬を掻く……なんて場面が見られた。



 そして、夕食後のバルゴ家裏。

 ライチは簡素な便壺小屋に入る。地面の穴に入れられた便壺に向かって、柔らかい葉で拭き拭きポイしながら、ふぅとため息を吐いた。


「……さて」


 トイレに持参した手桶の水で手を洗いながら空を見上げると、星がひとつ、またひとつと瞬き始めている。


 家の中に戻ると、スーツと革靴を持って、バルゴ家のみんなに向き直った。


「今日までお世話になりました。明日からもお世話になります。おやすみなさい」


「すぐそこだけど、夜道、気をつけろよ」「朝寝坊したら朝食食いっぱぐれるからね」『おやすみ〜。ふわぁ〜〜』


 それぞれに声をかけてもらって、全員に一礼して家を出た。月明かりの夜道を歩き、店小屋の扉を開ける。

 真っ暗で、冷えてて、誰もいない、新しい木の匂いの空間。だけど、ここがこれからの自分の場所だ。


 藁山の布団に倒れ込む。今日はとても疲れた。

一人になると、どうしても家族のことを考えてしまう。

「ロク、レント、ルノ、リノ……」

 思わず名前を呟く。


「稼ぐぞ、パパは……」


 それでも、前を向くしかない。

 静かな夜が始まった。

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