ランプを店に置いて、マーヤに大鍋を返したあと、いつもの美味しい昼食をいただいた。
午後はマーヤにユキダマソウ粉砕セットをお借りする。乾燥した実の袋を担いで小屋へと向かった。
一人小屋で、一時間ほどひたすら黙々と実を粉にしていると――
《粉ユキミルクづくり の パパ経験値が一定量を超えました》
《父性クラフト:粉ユキミルク が 次のステージに移行します》
《今後は、【使用者への愛情】をエネルギーに、素材から 即時クラフトすることができます》
「おお〜、ここでレベルアップか。なんとなくだけど、無心でできるくらいになったころにレベルアップするイメージだな」
(よし、ここにある分を全部クラフトポンで……)
と思いかけて、先のポリエ糸のように、ポンした後で苦労することにならないように、事前によくイメージをしておくことにした。
(今までは、全部粉にする→粉をフィルム袋に匙で移す→密閉、だな。
綺麗に潰すところもだけど、意外と、匙でフィルム袋に入れるところが溢れやすいし手間なんだよな。薄いスプーンじゃなくて分厚い木匙だし。あとは、結ぶだけだけど、数あると密閉も面倒……と)
「もし万が一、一撃で梱包済の粉ユキミルクがクラフトポンできたら……スキル性能が良すぎてちょっと神様に感謝しちゃうかも……! よし」
いそいそと、棚からフィルム袋を取り出し、完成形の梱包済ミルクをユキダマソウの実と、先ほど粉にした分と一緒に、作業台に並べる。
「スキルさん、この梱包済みの粉ユキミルク状態でクラフトポン、お願いします!」
天に向かって手を合わせながら、飲んでくれる子たちへの愛情を滾らせる。
(父性エネルギー十分!)
「梱包済み粉ユキミルク、クラフト、ポン!」
《父性クラフト:粉ユキミルク(ユキダマソウ仕様)》
《制作数:五日分梱包 × 十五包》
《即時クラフト 成功》
ぽんっ
作業台に梱包済みの粉ユキミルクが十五個できていた。
(これはかなり楽だ……!父性クラフトさん、ありがとう!)
しかし、作業台を見ると、半分くらいに減ってはいるものの、ユキダマソウの乾燥した実と粉がまだ残っている。そして、フィルム袋だけが全てなくなっていた。
「フィルム袋が足りなくなったのか。こいつはまだクラフトポンできないからなぁ……また頑張って作るしかないな」
あとはこれに、各家庭に一本、ストローを添える予定だ。
もともと手作業で梱包していた十個と、今できた十五個。ボロ布からクラフトポンした布オムツ五十枚と合わせて、商品としては十分な品ぞろえになってきた気がする。
「って言っても、物々交換だから、まだ家族へは仕送りはできないんだけど……。お世話になった村の皆さんに、食べ物をお返しするくらいから始めてみよう」
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粉ユキミルク作りがひと段落すると、ライチは続いて店の奥に目を向けた。
縦糸をたたえた機織り機が、静かにそこで待っている。
バルゴ家でマーヤと一緒に横糸を通したり、ここで縦糸を張ったりしたことを思い出した。
棚から木製のシャトルを取り出す。
マーヤに頼んで、クラフトポンで作った五メートルの短い糸と、マーヤがしっかり長いまま取っていた糸を交換させてもらった。
シュルッ くるくるくる……
その長い糸を、教えてもらった通り、シャトル中央に巻き付ける。そして、上下に分かれた縦糸の隙間を慎重に通して、糸端が動かないように中に折り返して織り込み、固定した。あまり強く引きすぎないように、糸を痛めないように、気をつける。
しゅっ、ぎゅっ。カタン。
しゅっ、ぎゅっ。カタン。
織り機の音が、静かな小屋の中に響く。
単調だが心地よいリズム。布が、一本一本の糸から形を成していく過程が、ちょっと我が子の成長を見守る心地にも似ていて。不意に、ライチの頬が緩んだ。
(……できあがりが、楽しみだ)
機織りはクラフトポンできるようになっても、趣味として続けてもいいかも。ちょっとだけ、そんな事を考えた。
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しゅっ、ぎゅっ。カタン。
しゅっ、ぎゅっ。カタン。
結構な時間、織っている。
こういう単純作業時には、ついついあれこれと思考がはかどるものだ。
あとどれくらいで出来上がるのか?なんてざっくり計算をしてしまう。
(……十、十一、十二……大体平均して、一回横糸を打つのに十二秒くらいかかってるな)
その前に計算したところによると、一センチほど進むのに七、八回打っていた。つまり、二・五メートル進むのに、千九百回ほど横糸を打つわけだ。
(となると……十二×千九百で……おお、この一枚を織るのに六時間半くらいか!)
思ったより早くできる。明日には完成だ。
手を止めないまま、カヤがどれくらいの速さで織っていたか思い返してみた。
――トンカシャン。トンカシャン。
しばらく見させてもらったから、なんとなくは覚えている。
(たぶん……横糸一回、二秒くらい)
ライチは一人で笑ってしまった。
カヤが織っているのは足踏み式だし、自分が今織っている二・五メートルの布と違って、六メートルくらいのもっと長い布だが、もしライチと同じ大きさの布をカヤがあの足踏み式で織ったとしたら、なんと一時間ほどで一枚出来上がるということだ。
(半日で四枚!それは楽しいな!)
きっと今頃、糸が足りない足りない!と大騒ぎしていることだろう。
「糸巻きが自動化できれば良いんだよなぁ……」
こう、水車の軸にゴムベルトなんかをつけて、リグナスに頼んで歯車を作ってもらって加速して。その回転力を伝えて、たくさんの糸巻きを同時に回しちゃったりして……。
ベトノキの樹液だけは注ぎ続けないとだけど、どでかい木の樽とかを作って浮かせれば、そんな頻繁に入れなくてもいいだろうし……。
「ゴムなぁ……。シリコンバッグみたいなのならできちゃったんだけど、代用できないかなぁ」
耐久性はあるし、伸縮性もゴムほどではないが結構ある。あとは、摩擦力だ。シリコンバッグもどきは、サラッとしているので、おそらくゴムベルト代わりにしてもするすると滑ってしまうだろう。
(滑らない加工とかができたらかぁ……。夢が広がるな〜)
そうして、ライチの楽しい機織りタイムが進んでいく。
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「そろそろ夕食準備か」
三時間ほど織っていただろうか。日が傾き始めている。
ライチは少し考えて、トントからもらったばかりのランプをバルゴ家へ持っていくことにした。
我が小屋では、ランプをつけようとしても、油もなければ、火もおこせない。もらえるかはともかく、まずは相談だけでもしてみることにした。
「バルゴさん、マーヤさん、今日、トントさんからこのランプをいただいたんですけど、油と麻紐をほんの少しでいいんでいただきたくて……」
夕食後にライチはそう切り出した。
「家のことでも、ポリエ糸と交換でも、畑の手伝いでもするんで、お願いします」
頭を下げるライチに、二人は笑った。
「ライチのおかげで、この村でたくさんのポリエ糸を作れる目処が立ってるんだ。
糸や布を売ることが軌道に乗ってきたら、村で牛なんかも飼えるようになるかもしれん。そうすりゃ、ライチ、お前よりよく働いてくれるだろうよ。
だから気にせず、持っていきたいだけ持っていきな」
どこから来たか素性も分からず、食い扶持も増やして、急に居候して、出ていったかと思ったらまだ食事は食べに来て、貴重品を使いまくる迷惑な他人に、こんなに良くしてくれる人たちがいる。
「いつも何から何までお世話になっちゃって……ありがとうございます」
毎日たくさんの人にお礼を言えることの、ありがたさ、だな……。
ライチは、頭の先から爪の先まで洗われるような気持ちになった。
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店小屋へ向かう道。
トントとバルゴとマーヤに分けてもらった明かりで、夜道がほんのり明るく照らされている。オレンジがかった明かりが、心を温かくしてくれる。
道中は月明かりで明るく、ランプは無くても歩けるのだが、真っ暗な部屋に戻ってから火を付けるすべがない。このまま風で火が消えないように守りながら店まで火を連れて帰るしかない。
――ギィ……
(おお、夜に部屋に明かりがあるって、こんなに見やすいのか)
ほんの小さな火の明かりだが、それでもあるとないとでは全く違う。真っ暗だと、布団をめくって中に入るのが怖かったのだ。もちろん、オバケとかではなく、巨大な虫とか爬虫類とかの意味で。
布団の安全性をよく確認してから、ふぅっと火を消す。
ちょっと家族での誕生日会を思い出しかけて……切なくなるので、やめた。
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朝食後、ティモとエルノと水汲みに来ている。
水汲み場は、朝はいつもにぎやかだが、今日のざわめきは様子が違った。
井戸の水を汲もうと腰をかがめたライチの耳に、妙に黄色い声が届く。
(なんだろう。少し離れた場所で、人垣ができてる)
「あ!ライチ!」
元気な呼び声に顔を上げると、人垣の中心からカヤが手を振っていた。
水を汲んでから近づいてみると、彼女の姿を見て思わず足を止める。
柔らかな真っ白の布が風をはらみ、自然な光沢を帯びた一枚布が、肩から裾までゆったりと流れている。
(白い……ワンピース)
袖は七分袖くらい。襟元と袖口には、ムラサキバナの汁のような、自然な紫色で染色されたポリエ糸で、素朴な模様が刺繍されていた。
「今見せに行こうと思ってたんだよ!」
カヤがくるりと一回転して見せる。
「どうだい!あたしが仕立てたポリエクロスの、ワンピース!」
ライチは息をのんだ。
ここの服は、日本なら、邪馬台国で「卑弥呼さま〜」と言ってそうな感じの、分厚くてゴワゴワで茶色くなった服だ。それも一生でほんの数枚しか手に入らないものを、大切に着ている。
しかし、今のカヤのワンピースは、真っ白で、シワもなく、風でふわふわと揺れている。
……これは、女性への感想で失礼極まりないが、髪がごわごわボサボサで、ものすんごく日焼けして肌がガサついていることを見ないようにすれば、まるでリゾート避暑地に、涼しげでラフな格好で来ている、どこかのお嬢さんだ。
(急にカヤが可愛く見える……!)
ポリエクロスの布が、これほど美しく、軽やかな服になるなんて――しかも、糸作りから合わせてたったの数日で。
「……すごく、似合ってる。まるで森の光をまとう妖精みたいだよ」
気取った言葉でもなく、ただ自然に口をついた。
周囲の村人たちが次々に寄ってきて、カヤの服に手を伸ばす。
「わあ……」「軽い!」「ほんとにこの村で作ったの?」「街の人よりいい服じゃない?」「なんて滑らかな布……」「私も早く着たい!」「カヤはほんと早織りよね」
子どもたちまでもが、まるで魔法の布でも触るかのようにそっとなでていた。
カヤは肩をすくめて笑った。
「最高でしょ? 次の行商が来るまでに、織って織って織りまくるわ! 糸ならいくらでももらってあげるから、売り上げ折半の約束でどんどん持ってきな♡」
まるで市場のやり手の女主人みたいに宣言すると、周囲がどっと笑いに包まれた。
ふと、その輪の外れで、マルタがぽかんと立ち尽くしているのを見つけてしまった。
バケツを持った手が止まったまま、目を瞬きもせず、カヤだけを見つめている。時が止まったようだ。
気づいたカヤが軽く手を振ると、マルタは、バケツを落としそうになりながらも、とてつもなく照れくさい笑顔を浮かべた。
う〜ん、甘酸っぱい!
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午前中は、マーヤから大鍋や匙類と、煮炊き場のバルゴ家ブースを借りて、フィルム袋と、ついでにグミバッグ作りに勤しんだ。今日は煮炊き場が大賑わいである。カヤのワンピースに、老若男女みんな触発されたせいだろう。
ライチは一人、せっせせっせとストローで膨らましていく。フィルム袋は十枚ほど、グミバッグも十枚ほど作った。
(ふっ……もはや職人技だぜ……)
ストローを格好良く構えて、小さな決めポーズをしたその瞬間。
《フィルム袋・グミバッグづくり の パパ経験値が一定量を超えました》
《父性クラフト:フィルム袋・グミバッグ が 次のステージに移行します》
《今後は、【使用者への愛情】をエネルギーに、素材から 即時クラフトすることができます》
(おーし、きた!やっぱり、自分的に「ちょっと俺極めてきたぞ」って思ったくらいがレベルアップだな)
正直グミバッグの方は、育児にどう活用していけばいいかまだ見つけられていない。しかし、父性クラフトさんが作ってくれるんだから、きっと何かいい感じに使えるのだろう。
周りを見回すと、煮炊き場の皆は、自分の家用の糸に夢中で、誰一人こちらを見ていない。あつあつの煮汁を店まで運ぶのも手間だし、ここでこっそりクラフトポンさせてもらおう。
(えーと、糸にもしたいから……)
必要そうな量をなんとなく概算して、腰のあたりで隠しながら素材に手をかざす。
(フィルム袋を、あと二十枚、残りをグミバッグ十枚、更に残りを全てポリエ糸に。
長さは、俺が持ってる横糸のシャトルに巻ける限界くらいで十本、糸ごとに分けて丸めておいてほしいな。更に余れば、残りは五メートルの糸にして、まとめて山にしといて)
使ってくれるお子さんたちへの父性を滾らせて……
(クラフト、ポン!)
《父性クラフト:フィルム袋・グミバッグ・ポリエ糸(スピナ麻 仕様)》
《制作数:フィルム袋(二十枚)、グミバッグ(十枚)、ポリエ糸 三キロメートル(五十メートル × 十本、五メートル × 五百本》
《クラフト 成功》
………………ぽんっ
(なんか、いつもよりちょっと時間がかかったような……「ちっ、注文多いな……」感を少しだけ感じた気が……いや、気のせいだな)
思い込みとは恐ろしいものだ。
足元を見ると、注文のすべてができあがっていた。
(クラフトポンさん、ほんと優秀すぎる!これからもよろしくお願いします)
スキルにもお礼をして、ライチは空になった大鍋と、樹液が残ってる水瓶、クラフト物などなどをせっせと片付け始めた。