昼食前。
準備を手伝っていると、食事が待ち切れない様子の子どもたちの歌声が届いた。
即興のメロディで歌っている。
「♪あ〜まいものが〜 いっぱ〜いたべたいな〜!」
「♪やきがしのやま〜 ハチミツたっぷり〜!」
二人の横では、シーラが意味もわからず手を叩いている。
(空腹でめちゃくちゃ甘いものが食べたいときって、あるよなぁ……)
ライチは笑いながら心中で同調した。
(小麦粉も卵もあるなら、ホットケーキもどきでも……いや、ハチミツもほぼ無いし、ベーキングパウダーもないか……。普段食べてるあのカチカチパンには、天然酵母とかも使ってないだろうなぁ)
(せめて砂糖があれば、クッキーは焼けそうなんだけどな。子供って、甘ければ正義!だよな〜)
この村、いや、この世界?では、砂糖は超高級品だ。
村人からすると、「なんかそんな物があるみたいな噂は聞いたことがある」くらいの、都市伝説のような存在らしい。
(森に砂糖がとれる植物が運良く生えてないかなぁ……)
甘味を頬張ったときの、子どものとろけるような笑顔が大好きで。
ライチは、我が子に食べたいと言われれば、ドーナツ、ケーキ、クッキー、アイス……甘いものをどんどん渡してしまう、まさに「甘やかし」系パパだった。
(可愛くてたまらない一人目の女の子ルノの、現金で賢い「パパだーいすき♡」と、ルノの後ろから、「(ご飯前にまたそんなハイカロリーなものを……!あとでお説教だからね)」と無言の般若の顔でこちらを見ているリノの顔が……懐かしいな)
あの顔が見たいなぁ……郷愁とともにそんな風に心で呟いた瞬間。
ここでできることを示してくれるかのように、足元から光が伸びた。
《スキル:パパサーチ 起動》
光は森の方角を向いている。そして脳裏に情報が一気に流れ込んできた。
《クリザ葛》
広くどこにでも生えている、ツルを這わせる植物。
キク科のようなギザギザした葉をもっているが、葛である。
・葉から甘味成分が抽出できる。
・根から葛粉が精製できる。(デンプン成分を沈めて抽出するのに二週間。乾燥に二ヶ月ほどかかる)
[新規項目追加]:甘味シロップ《クリザ葛 仕様》
【クラフト方法】
・葉を一日半ほど天日干しで乾燥させる(成分が変化する)。
・乾燥葉をすり潰して粉末状にする。
・四十度程度に保たれたお湯に入れ半日間、成分を抽出する。
・布などで濾して葉を取り除く。
・抽出された甘味液を煮詰めることで、子どもでも安心して口にできる天然の甘味シロップが完成する。
【基本仕様】
・砂糖の四百倍の甘さを誇る!
・時間をかけて蒸発乾燥すれば、粉末にもできる。
・栄養もカロリーもほぼ無いため、子どもがいくら食べても(シロップのみの要因では)太らない。
・(シロップのみの要因では)虫歯にならない。
【ご注意】
・砂糖のつもりで同様量を口にすると、甘味が飽和して逆に苦味を感じるので注意。砂糖とは若干風味が異なる。
・カロリーも栄養もないため、これ単体では血糖値を上げたり、満腹感を得たり、栄養失調防止に使うことはできない。
《パパの育コツメモに自動保存されました》
(甘味シロップ!ほんとこの森、何でも出てくるな。
サトウキビみたいにもともと甘い汁を絞るのではなく、葉から甘味成分を抽出するのか。作り方が、ステビア抽出物に似てるな)
かつて赤ちゃんのおやつに書かれていた、初めて目にする成分名「ステビア抽出物」。
検索すると「昔は安全性が分からず、認可されていなかった」や、「発ガン性はあるのか?」などいろんな話が出てくる。
しかし結局、キク科アレルギー以外の赤ちゃんが食べても安全で、砂糖よりも、肥満や虫歯などの健康への悪影響が出ない成分であることがわかったので、安心して一人目のルノに食べさせたことをライチもよく覚えている。
「わ〜!美味しそう!」「ライチも早く食べよ!」
昼食が出てきた二人が大喜びしている。ライチも席に着く。
(甘味シロップを皆に届けられるかもしれない)
ライチは手速く、かつ味わって、昼食を食べ始めた。
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マーヤから麻袋を借りたライチは、さっそく光を辿って森の入口へと向かう。
(これは……すごいな)
森に入らずとも、森じゅうが光っているのが分かった。既にそこここに見えている木に、絡みついた蔓植物が見えている。
「……これが、クリザ葛?」
近づいてみた。どこにでもある雑草、という風情だ。なんなら、むしろ森の入り口を塞ぐ邪魔者として、いつも刈られているやつだ。
葉を数枚摘んでいると、通りすがりの村人が笑いかけてきた。
「雑草刈りかい?通りやすくしてくれて、ありがとよ」
――誰も気にも留めない草が、子どもたちの夢に変わるかもしれない。
ライチは、手を振って返すと、手近な葉から大量にむしって、袋に入れた。
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(ぷるぷる葛粉ゼリーも食べたいけど、根を掘ると葉が増えなくなるし、乾燥に二ヶ月もかかるなら、葛粉に関しては一旦保留だな)
サーチ結果の【葛粉】というワードに、美味しそうなゼリー菓子をイメージしながら、ライチはバルゴ家に戻った。
玄関先にマーヤが干した洗濯物が、風に揺れている。戸をそっと開けると、シーラはお昼寝。マーヤはすごい速さで機織りをしているところだった。
「マーヤさん、またちょっとだけ干し場、借りてもいいですか」
顔を上げたマーヤは、いつもの穏やかな笑顔を向けてきた。
「もちろん。……また何か作るのかい?」
「はい。今回は……子どもたちに、甘いものを作ってあげたくて」
その一言に、マーヤの目がふっと和らいだ。
「それはいいねぇ。あの子たち、甘いものなんて滅多に食べられないから。さっきも歌ってたよ、“♪やきがしの〜やま〜”って」
「可愛い歌ですよね。なかなか心に刺さりました」
「ふふ。私も最初は『一生懸命食事を作ってんのに、子どもってすぐ甘いもんを欲しがるんだから』って思ってたけど、笑顔で食べてる顔を見るとね……こっちまで嬉しくなるんだよね」
ライチが笑ってうんうん、と力強く頷く。
「作るのは大変なのかい?手伝おうか?」
「ありがとうございます。はじめは乾かすだけなんで、大丈夫です」
ライチは干し場に出ると、布袋からクリザ葛の葉を取り出し、ユキダマソウでお世話になった干し布いっぱいに葉を広げた。重ならないようにちょいちょい触っていく。
次の工程に進むのは、完全に乾いた明日以降だ。今はただ、天気が崩れないことを願うだけである。
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昼下がり。
店に向かったライチは、フィルム袋とユキダマソウをクラフトポンして粉末梱包し、さらに十五袋、在庫を増やした。
「よし!いよいよ、開店だ。
オムツを待ってくれてる人もいるし、明日の朝からお店をやります!って、宣伝しに行こうかな」
おそらく、こんな村外れの室内で店を構えても、「店舗」というものがない村では、なかなか見向きもされないだろう。
作業台は簡単に木を組んだテーブルなので、力を入れれば持ち上がる。これを、明日の朝食どきくらいから中央の広場に運んで、プチ露店にすることにした。
試しに室内のまま作業台に商品を並べてみる。
「布オムツ、フィルム袋に入った粉ユキミルク、おまけの葦ストロー……よし」
美しく並べると壮観だ。
「あとは……値段だな」
物々交換だとしても、一応店として値段は決めておきたい。
以前村長からは、野菜一掴みは十グラルの買い取りだと教えてもらった。買い取り価格としては、ちょうど日本の十分の一くらいだ。
「なら、日本円を十分の一にすればいいのか?
粉ミルクは日本だと八日分で三千円くらいだったけど……それなら十分の一にして、ちょっと減らして、百八十グラルくらい?……やばい、全然分からない……」
これに関しては、村長にも、村の誰にも頼れない。行商人を待つしかないのか……。
(助けて!スキルさん!!)
もうこうなったら祈ってみるしかない。鑑定で、適正価格、とか出てくるかもしれないし。適正な値段が分からないと、ちゃんと仕送りもできないぞ!神様!
祈りに呼応するように、脳内に情報が入り込んできた。
《スキル:ATM が クラフト品の販売に際し 適正価格を計算しています…………》
「ATMさん!キミは世界を超える送金機能がある……はず、だもんね。お金に強い……はず。どうぞよろしくお願いします!」
《……計算結果を提示します。
農夫の日当……百G(グラル)
※プラス 家族の機織り品など
ここから、一日分の一家四人の食費を概算します。
黒パン四個……ニ十G
野菜一日分……ニ十G
干肉一日分……三十G
薪など雑費…… 十G
八十Gを四人で割った結果、子ども一人あたりの食費は一日 ニ十Gです。
母乳の重要度から、粉ユキミルクの価値が下がるとした場合、
粉ユキミルク 一日分……十G、
五日分の包装……五十G が妥当です。
また、日当の余剰分のニ十Gから、金属加工品の購入費などを貯蓄すると仮定し、
さらに今回は原料の布を村から無料提供されたものだとした場合、
布オムツ一枚は 五G が妥当です》
「………………」
ポカン、としてしまう。なんか今ものすごい多弁な方が脳内でお話していったような……。
不思議と脳内に刻み込まれているのか、たくさん話されても内容は忘れない。
「とにかく、粉ユキミルクは五十Gで、布オムツは五Gだな!ありがとう、ATMさん!」
送金機能だけでなく、懇切丁寧に村の生活の価格事情まで教えてくれるATMさん。有能すぎる。
今後は、行商人に布を売るときや、買い取りをするときなんかにも、是非お世話になろう。
新能力に感謝して、物々交換の際にも、今の情報をおおいに活用させてもらおうと思ったライチであった。
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カンッ カンッ
「明日の朝、広場で育児用品の販売をします〜!
こちらの布オムツと、粉ユキミルクです〜」
紐で商品を首から下げて、木を打ちながら宣伝して回る。
「オムツの追加、待ってたよ!明日だね。朝食が済んだら向かうよ」「粉ユキミルク試したよ!すごい食いつきで、次が欲しかったんだよ〜」
「布オムツは、赤ちゃんの排泄物を受け止めるので、布団や部屋が汚れません〜!洗って再利用できます〜!」
「粉ユキミルクは、母乳のような完全栄養赤ちゃんご飯です〜!新しい袋により、長期保存が可能です〜!
夜はよく寝て、粥に混ぜればバクバク食べる!栄養がとれなくて辛い思いをすることもなくなるでしょう〜!」
やいのやいのと宣伝して回る。
「おう、ライチ。やかましくやってんな」
騒音を聞きつけて、村長が様子を見に来てくれた。
「村長。この間はアニカに村を案内してもらって。とてもお世話になりました。ありがとうございます」
すぐさま思い出して礼を言うと、あぁ、と村長が頷いた。
「末娘だが、我が子ながらしっかりしてるだろう。できる娘だ。伝言も聞いたぞ。スピナ麻の中身があるままで煮ると、中身も残るし、糸は小麦粉を納めてる分くらいの量が増えるんだってな。また村中に広めとくわ。ありがとな」
伝言は無事伝わったようである。さすがアニカ。
「明日、広場で店を構えるんだって?」
改めて突っ込まれて、ハタ、と気づいてライチは顔を青くする。
(村の広場なのに村長に断りもなく勝手に使ったら駄目だよな……!)
「勝手に決めてしまってすみません!」
慌てて謝るライチに、村長は、そんなことはどうでもいいもばかりに手を振ると、粉ユキミルクの袋を指さした。
「その袋も売るのか?中身じゃなくて、袋」
ライチが「へ?」と言いながら首に下げた袋を持ち上げる。
「その袋。
中身のミルクを使った後、何かに使えねぇかなと思って、水を入れてみたんだよ。漏れねぇし、獣臭くならねぇし、軽いのに丈夫だし。こいつはいい!ってなってな。今は水筒に使ってんだ。嫁や子供の分も売ってくれたらありがてぇ」
以外な活用法に驚きである。
「たくさんあるんで、明日並べておきます。これより分厚いやつもありますよ。村長自らみんなに宣伝しておいてもらえると、ありがたいです」
商品も揃えた。値段も決めた。買ってくれそうな人もいる。
物々交換でATM送金ができないこと以外は、異世界初めての商売として、良い滑り出しである。
ライチは意気揚々と宣伝して回った。
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夕食までの残り時間は機織りに使った。
この布を織り終わるまではもう少しかかりそうだが、横糸はかなり無心で打てるようになっている。問題は縦糸だが、一度目に三百本を通している身だ。レベルアップも近いだろう。
バルゴ家に戻り、夜露を避けてクリザ葛の葉を梁に吊るすと、夕食の準備を手伝う。
夕食時、一家に、明日の朝食は早めに食べさせてもらって、皆が畑や水汲みに動き出す前に、広場で開店しておきたいことを伝えた。
「それと……これ。遅くなりましたが、出来上がりの商品です。皆さんにはお世話になりまくってるので、もらってください。
布オムツは、黒パン一個くらいの価値で、
粉ユキミルク五日分の袋は、一家の野菜と干し肉一日分くらいの価値で、皆さんに届けようと思ってます。
もし物々交換してもらえたら、また食材を渡しに来ますね」
ライチが布オムツ五枚と、粉ユキミルク三袋をバルゴに手渡す。
「たくさんお手伝いしてくれたティモとエルノとシーラには、今、めちゃくちゃ良いものを作ってるんだよ。あの上に干してる葉っぱがそれになるはずなんだ。楽しみに待っててくれ」
大人の話としてボーーっと聞いていた二人が、目をキラキラさせてライチに飛びつきに来る。
「なんだろう?!めちゃくちゃいいもの!」「たのしみ!たのしみ!」「うーーだーー」
シーラも、それを見守る夫婦も、どこか嬉しそうだった。
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ランプの火を揺らしながら店に向かう夜道。
(いよいよだな……明日の開店、うまくいきますように……!)
ライチは、流れ星に祈った。