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第28話 保存方法

 続いてライチは、できあがった甘みパンチ液を布で濾し、粉末の葉を取り除いた。

 葉は普通に草臭いしザラザラして美味しくないので、家にある濾し布のなかでも目の細かいものを選んで濾した。

 それでも布の質的に、どうしてもいくらかの葉の粉は下に沈殿するが……これはもう上澄みを使えばそんなに気にはならないだろう。


「で……だ。」


 ライチは、濾して綺麗になった大鍋の液体の前で、思案げに眉をひそめた。

 完成したばかりの液体は、見た目も匂いも、本当にただの水のようだ。ちょっと……思ってたのと違う。


「……シロップっていうには、水分が多すぎるような?」


 ライチは頭を掻いた。

 普通、シロップといえば糖度が高くて、水分が少なくて、だからこそ日持ちする。でもこの様子だと、ここは冷蔵庫のない世界。もしかして、すぐ腐ってしまうのでは……



《パパサーチ 起動》


《クリザ葛 甘味抽出液:水に甘味成分が溶け出しているだけなので、防腐効果はなく、暖かい日なら半日で腐る。長期保管の際には、粉末化などの工夫が必要。》



「……やっぱりな」


 今日は、これをバルゴ家のスイーツに使えるだろう。けれど、明日にはもう駄目になってるかもしれない。


(この甘さ、うまく保存できれば、きっとたくさんの人の役に立つのに)


 てっきりシロップができて、瓶にでも詰めれば長期保存ができて、砂糖チートうはうは〜〜になるものだと思い込んでいた。

 できればこの試作品を無駄にせず、明日までに長期保存可能にしたい。ライチは、腕を組んで思案し始めた。


 マーヤは本日二枚目の機織りを開始している。シーラは葉を濾している間に、板間でお昼寝を始めたようだ。


・煮詰めて水分を飛ばす?

 →結晶などが溶けているわけでもない、甘味成分のみの、ほぼ水だ。結晶を取り出すまで煮るには時間がかかりすぎるし、焦げ付いたら取り返しがつかない。少量ずつやるにしても、明日までにこの大鍋ほどの大量生産は不可能だ。


・天日干しで蒸発させて粉末化?

 →薄く伸ばして乾かしても、成分だけが残るなら、ほとんど粉としては取れないだろう。目視できるほどの粉を取ろうとするなら、塩田ばりのかなり広大な土地と、巨大な水槽も要るだろうし、雨が降ればまた振り出しだ。


・瓶詰めにして加熱殺菌?

 →まず密閉できる瓶なんてないし、できたとしても一度開けたらすぐ腐る。とても不便だろう。


・酒や塩などの殺菌成分のあるものを混ぜる。

 →味が変わる。汎用性がぐんと下がり、用途が限定されてしまう。


・炭に吸着させる?布に染み込ませる?木の板に塗る?

 →どれも、現実的ではない。質のいい炭などないし、石炉などの燃えカス炭では量も少ないし味も落ちる。布はそれ自体が無い。木は大きすぎるし、すぐカビて使い物にならない。




「うーーーーん……」


 顎に手をあて、呻くように考え込む。


 せっかく手に入れた甘味。こんなにも人を笑顔にできる可能性があるのに。人に渡ってもすぐ腐るとは……完全に盲点だ。


「炭……布……板……水を吸う……」


 デコボコした表面、水を吸って、乾かすこともできる、そんなやつ、なんか……なかったっけ……


 そこで、ハッ!とひとつの素材が、脳裏をよぎった。


「布オムツ!!そうか!ミズヨリグサだ!!」


「(ライチ!しーっ!)」


 マーヤに鋭く注意される。そうだ。シーラがお昼寝中だった。


 ライチはぺこぺこと動作で謝罪すると、小声で「(ちょっと出ます)」と伝えて、店小屋へ駆け込んだ。


 以前お手製で作ったミズヨリグサの吸水シートの余り。クラフトポンができるようになってから使ってなかったけど、置いててよかった。


 一応改めて匂いを嗅いでみる。ミズヨリグサの吸水シートは無臭だ。


 ライチはお試し用に一枚吸水シートを手に取ると、またすぐにバルゴ家へ戻った。戸がうるさく鳴らないように気をつけて。


 まずは小さく四センチ角程度に切り取って、水に浸け、ミズヨリグサが水に及ぼす影響を確かめる。


 念のため、パパサーチで安全性を確認する。


《パパサーチ 起動》


《ミズヨリグサの内部が浸かった水:無味無臭。栄養はないが、健康上の害もない》


(よしよし。いい調子だ)


 人体実験も大切だ。試しにミズヨリグサ水を舐めてみる。うん。臭くない。味もない。ただの水である。


(よし、これなら赤ちゃんが舐めても大丈夫だ。

 次の問題は……)


 ライチは、吸水シートを目の前に掲げた。

 横幅十センチメートルほど、ワカメのように縦に長いミズヨリグサの吸水シート。見た目はスポンジのようなスカスカした感じ。


(どうやってこのシート全体に、まんべんなく、ほんの少しだけの甘味液を含ませるか、だな)


 シート全体をびちゃびちゃにしたら、保水力により乾かず、かえって腐りやすくなるだろう。かといって、浸す以外に、どうやって均等に染み込ませる……?偏りがあったら、お菓子作りなんかには使い勝手が悪すぎるだろうし……


(霧吹き……があればいいんだけど……)


「(マーヤさん、霧吹きなんてないですよね?こう、水が霧になって飛び出してくる道具なんですけど……)」


「(霧??聞いたこと無いねぇ)」


(だよなぁ……)


 霧吹きがないなら……匙で垂らす?ハケで塗る?

 うーむ。どちらもシート全体を均等に仕上げるのは不可能そうだ。


「うぐぅぅ……もう少しで思いつきそうなのに!」


 もどかしさに頭を抱えて、つい大きめの声でジタバタと地団駄を踏んでしまった。


 物音に、シーラがパチリと目を覚ましてしまう。


(やっちゃった……)

とライチがその後の様子を見守っていると、シーラはしばらく目をしばたかせた後、おもむろにはいはいで土間に下りてきた。

 いつも通り、寝起きがものすごくいい子だ。


「……あーっ」


 頭を抱えたライチの足元にきたシーラ。彼女は、テーブルの上に興味を示しているようだ。


「おはよう、シーラ。ねんねが上手だったね。

 ライチが何をやってるか気になるみたい。この小さいの、借りてもいいかい??」


「どうぞどうぞ。噛んだりしても大丈夫かは分からないんで、見てあげてくださいね」 


 四センチ角に切った吸水シートを渡されて、さっそく遊ぶシーラ。言ったそばから大きな口を開けて、咥えようとするのをマーヤがさっと止めに入る。


 それが、急にスローのように見えた。


 あーー…ん


 ぽ…と…り…


 シートに一滴、シーラのヨダレが落ちるのが、ゆっくりと見える気がする。



――その瞬間、ライチの脳内で、すべてが繋がった。



「……そうか!もともと小さく切っておけば、平等に数滴ずつ垂らせるんだ!なんで思いつかなかったんだろう。湿らない程度で一気に染み込ませて、一気に乾かす想像ばかりしてた」


 たった数滴なら、さすがの吸水力を誇る吸水シートでも、すぐに乾く。腐ることはない。

 甘さ以外の邪魔な味もしないし、湯で甘み液を排水する。小さければ用途によって分量も調節できる。持ち運びも保存も簡単だ。


 ライチはさっそく新たにシートを小さく切って、四角に一滴ずつ垂らして乾燥させてみた。

 乾くまでの間に、一番小さな鍋でお湯を沸かしておく。


 ぱたぱたぱた……


 ライチがパタパタとシートを振って乾かしていると、シーラが真似をして、手持ちのシートをふりふりした。うん、とっても可愛い。


 水蒸気がぽこぽこと音を立てる。お湯が沸いたようだ。

 シートを指で挟んで湿気具合を確認する。さすがの吸水力でまだ湿ってはいるが、実験ではこの程度でいいだろう。


「では……投入!」


 コップ半分ほど入れたお湯に、ぴらりと小さな甘味シートを投入した。

 布オムツの場合はしばらく排水するまで漬けておかないといけないが、これだけ小さなシートだ。排水もすぐだろう。


 匙でお湯をすくって、投入から十秒ほど、一分後、三分後、と、なんとなくで計りつつ、味見をしてみる。


「うん、甘い!」


 やはり予想通り、一枚に対したった四滴では、時間を置いても味に変化はなかった。湯につけて十秒も待てば十分だ。


(甘さは、体感で言うと、シート一枚で、スティックシュガー一本、五グラムくらいの甘さ?かな?)


 クッキーづくりなら、百グラムの小麦粉に、半量の五十グラムの砂糖を使う。つまり、このシートを十枚、用意するような感じになるわけで。


「う〜む。計量もしやすくて完璧だな」


 調理の度にお湯で戻さずとも、ひとたびお湯で戻せば、半日は甘味水として使えるので、クッキーなどの、できるだけ冷やしながら作る菓子などにも使えるだろう。


(水分厳禁の生クリームなんかは……)


 シートを水以外で戻して使ったらどうだろうか。煮沸排水する必要があるので、固まってしまう卵液などで排水させるのが無理なのは分かるが、生クリームは……なんか一度加熱したら、あとから冷やしてもホイップできなさそう。


 糖分がないため、カラメリゼ、飴なんかの調理法も不可能だ。それも逆に、サトウキビ農家さんとかとの棲み分けができて、いいかもしれない。


 ライチは台所育児レベルのお菓子作りしかしたことがないので、ぜひこの世界の料理人さん達に頑張って色々と研究してほしいところである。



 ……とにかく、砂糖よりは使い勝手は悪いかもしれないが、工夫次第で可能性は無限大だ。きっと大量に砂糖が必要な料理人たちにも、大いに喜ばれることだろう。


「ふははは!これは、甘味業界の革命になるに違いなーい!」


「おぉ〜」

 あれこれと考察した結果、ライチが拳をあげて自分の功績を讃える。そのほとんどはパパサーチの功績だが、それはそれ、これはこれ。シーラとマーヤがノリよく拍手を贈ってくれた。


 いつか、もっと布が普及すれば、ミズヨリグサが無くても甘味布で使われていくかもしれないし、広く乾燥させるような天日干し施設ができれば、今は叶わない粉末化もできるかもしれない。水気を嫌うお菓子作りもやりやすくなるだろう。


 ミズヨリグサは水喰らいですぐ根付く雑草だし、クリザ葛は森中に生えてる雑草だし。どこでも誰でも育てて甘味シートを生産できるかもしれない。


(みんなの暮らしが豊かになるといいな)


 そんなことを考えながら、ライチは、腐る前に急げや急げと、甘味シートづくりにいそしんだ。

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