《甘味シートづくり の パパ経験値が 一定量を超えました》
《父性クラフト:甘味シート が 次のステージに移行します》
「このスカスカが足りなくなってきたねぇ」
《今後は、【使用者への愛情】をエネルギーに、素材から 即時クラフトすることができます》
マーヤの声と、スキルの声が重なって、(え、なんてなんて?)と一瞬混乱する。
チマチマと作業し、なかなか大鍋の中身が減っていかないライチの様子を見かねて、マーヤが甘味シートづくりを手伝ってくれていたときだった。
(ここでレベルアーップ!)
ありがたいことに、甘味シートづくりは実に単調な作業だったので、あっという間に無になって作業ができるようになっていたところだ。
「あ……ほんとですね。あとは店小屋の方でちまちま作ってきます!お手伝いいただきありがとうございます。店小屋に置いてくるんで、大鍋の中身、別の容器をお借りして移してもいいですか?」
これ以上の手作業は本当に無駄な時間になってしまう。さっくり作業を切り上げると、大桶と一緒に店小屋に移動した。
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店小屋に戻ると、大桶の甘味液と、棚に入れられていた未加工のミズヨリグサを出して並べて、頷いた。
「ミズヨリグサから布オムツはクラフトポンできる。つまり、その一部である布オムツの中身の吸水シートだけだって、ポンできる……はず!
煮沸して数時間乾燥させる……なんて時間は、賞味期限的に残されていない……。頼むぞ、父性クラフトさん!」
「クラフt――」
言いかけて、慌てて口を噤んだ。
いかんいかん。またやるところだった。
「慌てず、後悔しないように、しっかり欲しい完成図を思い浮かべて……」
今から必要なのは、ただの吸水シートではなく、四センチ角の吸水シートである。クラフトポンしてもらうなら、ぜひカットしておいてもらえるとありがたい。
(よし。イメージオッケー!)
甘味をたくさんの人の家にストックしてもらって、たくさんの子供たちをとろける笑顔にしたい!
「我が父性よ滾れ!吸水シート四センチ角に、甘味液を四滴染み込ませた甘味シート!クラフト……ポン!」
《父性クラフト:未乾燥 甘味シート(ミズヨリグサ・クリザ葛 仕様)》
《制作数:一万五千枚 四センチ角》
《即時クラフト 成功》
ぽんっ
作業台に、どえらい量のしっとり湿った甘味シートが現れる。不要なミズヨリグサの外皮がたくさんと、未加工のミズヨリグサがほんの少し残されている。大桶の甘味液は、不純物の粉末葉を残して空になっていた。
「いちまんごせん……?!なんか今まで作業してても全く甘味液が減っていかないなと思ったら、そんなに大量に必要だったのか」
シートを小さくカットしたおかげで、なんとかギリギリ液の方が少なかったようだ。ミズヨリグサがどこに生えているか分からない以上、無事、賞味期限内にシート化できてよかった。
「……って、ちがーーう!!」
自分で自分に大きくツッコミを入れる。
良くない。全然良くない。しまった。またやってしまった。
「うわー……甘味液は少し置いておいて、ティモたちの今日のスイーツにしてやろうと思ってたのに、ついうっかり全部ポンしてしまった……。
まぁできたシートをお湯で戻せばいいんだけどさ……吸水シートも勿体ないし、あー……やっちゃったなぁ」
しっかり考えたつもりだっただけに、しょんぼりである。いつになった見切り発車をしないようになれるのか……。日々精進あるのみである。
ライチはバルゴ家に持っていく甘味シート五十枚をよけて、あとのシートを作業台に簡単に広げる。シート同士がけっこう重なってはいるが、なにせ一枚に染み込んでいるのはたった四滴。多少重なっていようが夜には乾くだろう。
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「マーヤさん、お手伝いばかりしてもらってるのに恐縮なんですが……甘いものを作るのを助けてもらえませんか」
バルゴ家に戻ったライチは、一日中お世話になりっぱなしのマーヤに、もう一声お願いをした。
シーラを抱っこしたマーヤと、三人で貯蔵庫に入って思案する。
まず目をつけたのは、よく食卓に並んでいる、一センチメートル以下の実がブドウのように鈴なりになった赤い実。とても酸っぱくて、いつも顔がきゅっと萎む味だ。
「この酸っぱい木の実を絞って、甘味水でジュースにしようかな……」
「お、いつも食べてる赤カラの実だね。それが甘くなるのかい。美味しそうだね。やってみよう」
赤カラの実と聞いて、ピンとくる。
今まで勝手に持っていた酸っぱいブドウのイメージが、急にケーキのデコレーションのレッドカラント:赤スグリに変わる。
(そうか。バラけさせると、デコレーションケーキとかにちょこんと乗ってる、飾りのレッドカラントじゃないか。全然気づかなかった)
リノに「飾りに使いたいからレッドカラント買ってきて」とお使いを頼まれて、めちゃくちゃあちこち駆けずり回ったものの、実際には通販で取り寄せるくらいしか入手経路がなくて、崩れ落ちたのを思い出す。こういうところにたくさん生えてたんだな。
一つ目の甘味は、お子さま大好き!なジュースになった。
普段ごくごく飲むことのない甘い水だ。喜んでくれるだろう。
「あとは……小麦粉と甘味水で何か作りたいな……。マーヤさん、鍋に油を少し塗ってもいいですか?もうちょっともらえるなら生地に練り込んだりも……」
マーヤはしばらく考え、
「いいよ、どっちも試してみよう」
と、笑顔で許可を出してくれた。
「あとは、ジャムができそうな、酸っぱい果物とかがあれば……」
「そこに置いてある森イチゴはどうだい?」
マーヤがカゴに広げている赤いゴツゴツした小さな実を指した。
「こないだ、まだ収穫時期じゃないのに、赤くなってきたからってエルノが採ってきちまったんだ。ほっといても余計酸っぱくなるだけだし、乾かして粉にしたらお腹の調子を整える薬になるから、そのうち処理しようかなと置いてたやつだよ。これはそのまま食べれないくらい硬いし酸っぱいよ」
オレンジの皮もジャムになるんだ。多少硬くてもジャムになる……はず。
「これも使いたいです!全部使ってもいいですか?」
マーヤは快く了承すると、さらに栗のような木の実を渡してくれる。
「ハシナッツもあるよ。不作の年もあるし、秋から次の秋まで大事に使ってるから、そんなに量はないけど。ほらこれ」
手に持ってみても、小さな栗にしか思えない。ナッツとついているからには、割ってみたらミックスナッツの一員みたいな子が入っているのだろうか。
「ナッツ、最高です。よし、レッツ メイキング スイーツ!」
子どもたちの笑顔が楽しみで小さく両腕をシェイクするライチを、マーヤは小さな鼻息で優しくスルーしてくれた。
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食卓に並んだのは小麦粉、甘味シート、油、ハシナッツ、赤カラの実、森イチゴだ。
ここで小麦粉と呼ばれているものは、日本だとライ麦粉の全粒粉のような黒っぽさと荒っぽさがある。日本でやったことのあるお菓子作りのようにはいかないかもしれないが、健康にはとてもよさそうだ。
作る予定のメニューは、
・森イチゴのジャム
・小麦粉、甘味水のクレープ
・赤カラの実のジュース
・甘味水、小麦粉、ハシナッツの水団子=すいとん
・小麦粉、甘味水、ハシナッツ粉、油のクッキー
だ。
「ハシナッツは少し炒ると皮が剥きやすいよ」
マーヤに言われ、甘味シートを甘味水に戻すために、お湯を沸かしつつ、同時にもう一つの鍋でハシナッツを軽く炒る。
ハシナッツの皮がパキッと小さな音をたてはじめたら、木皿に移して冷ます。
その間に、木のお椀にシート五十枚を全て入れて、そこにお湯を注いだ。二十秒も経てば甘みは出切るので、シートは取り出す。
「よし、次はジャムだ」
空になった鍋に、ジャム用の未熟な森イチゴと甘味水を入れ、火にかけ始める。甘味水は後で増やせるので、様子見で少しだけ入れることにした。
(多分、クリザ葛抽出液は糖度ゼロだから、いくらレモンなしでオッケーなくらい酸味の強い未熟森イチゴだとしても、ゲル化ができなくて、ジャムみたいにドロリとはしてくれないだろうな……)
イチゴジャムというより、イチゴソースを目指して煮詰めていく。果肉が甘くなって、ぐずぐずに潰れていれば、クレープなどにかければきっと美味しいはず。
「はい、木槌と布。ハシナッツの皮ごと包んで、優しく叩いて皮を剥いて、皮は先に取り出すよ。粗潰しならそのまま布に入れて叩いてもいいし、細かい粉にするなら、前使った摺り石と棒を持ってくるね」
マーヤの指導を受けつつ、ハシナッツの皮を木槌で叩いて剥く。見た目通り栗のようなものが出てくるかと思ったら、中からヘーゼルナッツのような実が出てきた。
(あー!ハシナッツのハシって、ハシバミのハシか。ヘーゼルナッツの!神様の翻訳機能は、ほんと独特の訳し方をするな)
感心しながら、五分の二はそのまま叩いて粗潰しにして、残りは摺り石で粉末になるまで潰しておく。
粉を払った摺り石を軽く洗うと、続いて赤カラの実を潰してジュースを作る。
平たい摺り石のくぼみでゴリゴリと実を潰すと、ラズベリーのような鋭い酸味の匂いが広がる。水を足しながら摺り石についた汁ごと、木のお椀にジュースを注いでいく。
そこに甘味水を足せば――
「うん!めっちゃジュース!うまい!」
軽く味見をしたら、バッチリの味だ。皆がごくごくと飲めるように、今より酸味は減るが、水と甘味水を足して、量を増やしておこう。
マーヤがチラチラと味を気にして見つめてくるが、「美味しくできたので、あとの乾杯までのお楽しみで」と企み顔を返しておいた。「おいしー!」は、ぜひご家族で共有していただきたい。
次は冷めた方が美味しいクッキーだ。
お椀に小麦粉とハシナッツの粉、甘味水、油を少し入れて、さっくり混ぜる。
消化によくはないが、ほんの少しだけ生のまま味見をしてみる。少し甘みが足りなかったので、甘味水を足すことにした。
クッキー生地が塊になったら、一口サイズに丸めて木皿に並べておく。
ジャムの鍋を横にずらし、石炉に大鍋をセットした。欲を言えばオーブンやフライパンが欲しいが……贅沢は言えない。くっつき対策で、小さめの布を使って油を薄く敷く。
「油で鍋を磨いて、何してるんだい?」
料理のほとんどがスープ料理で、貴重な油を使って炒めるときも、塗るというより「油入れたところに具材を入れる」やり方を取っているマーヤが、布で鍋を磨くライチを不思議そうに見ている。
「こうすると、油で鍋に物がくっつかないようにするのに、まんべんなく無駄なく塗れるかな、と。さらに、小麦粉を少し振りかけておくと、くっつかなくなる……はずです」
へぇ。と、ライチの手元をじっと見るマーヤ。
油を塗り終わると、宣言通り、鍋に小麦粉を薄くふりかけた。手速く鍋に一口大のクッキー生地を押しつけていく。
「おっ、いい焼き色」
長め木べらを巧みに使いながら、均等に焼き色がつくように加熱していく。丸底鍋なので中央に集まってくるが、こまめに移動させて焼いていった。
小麦粉とナッツの焼ける香ばしい香りがあたりを包みこむ。
「これだけでも、十分ごちそうだね」
とマーヤが笑う。
マーヤのガードにより火から離れたところで待機させられているシーラが、手をばたばたさせながら、ふいに「あうー」「ばっ」と喃語を発した。
「二人とも石炉にいたら、気になるよなぁ。夕方まで待っててくれな」
焼き上がりを植物製のザルに乗せていく。一つだけ手に取ると、フーフーと急ぎで冷まして、味見をしてみる。
さくっ ほろほろ……
「おお〜!粉っぽさがちょっと気になるけど、スノーボールクッキーだ」
無理やり生で味見しただけあって、十分甘くできている。クッキーといえばバターがぜひ欲しいところだが、代わりに入れたハシナッツが香り高くて、十分美味しい。ライチは続けてどんどん焼くことにした。
「あたしも味見を……」
と、手を伸ばしかけたマーヤに、「これはしっかり冷ましてからが美味しいんですよ。あと少しで皆が帰ってくるんで、それから揃って食べましょう!」とまたも素敵笑顔を向けて我慢してもらった。