続いて、ちょくちょくマーヤが鍋をつついて潰してくれていた森イチゴのジャムを味見する。
「うん。さらっさら」
予想通り、クリザ葛から抽出した甘味には酸が反応せず、実がぐずぐずになっただけの、イチゴジュースのようなものが出来上がった。これをジャムと呼んでは、各方面から叱られる仕上がりだ。
(でも、甘酸っぱくて、煮詰めてあって味が濃くて、とっても美味しいぞ!)
ライチは気持ちを切り替える。クレープがちょうど、冷めるとカチカチになりそうな素材で作るので、焼き上がりとともにこの森イチゴジャム風ソースを塗っておけば、乾かずに柔らかくてもっちりなイチゴクレープになる……はず!
ライチはできあがった森イチゴジャム風ソースをお椀に移すと、次のお菓子作りに進んだ。
残りはクレープと水団子だ。
(まずはクレープ)
小麦粉がシャバッとするまで水と甘味水を足して混ぜる。油もほんの少し。とても簡単だ。
ベーキングパウダーなんかを入れないと、おそらくふんわりとは仕上がらないが……これも致し方ない。乾くと薄焼き煎餅みたいなものになりそうだと思いつつ、大鍋でクッキーと同様に焼いていく。
できればクレープのように大きく広げたいが、丸底なので、本当にお煎餅サイズに焼くことにした。
匙でくるくると薄く広げて焼いては、イチゴジャム風ソースを薄く塗って、くるくる丸めて木皿に乗せていく。
冷えても美味しいのか確かめるために、冷めたものを選んで一つ食べてみた。
「うん!爽やか!もっちり!しっとり!甘い!小さいけど、クレープだ、うまぁ〜」
ジャム風ソース塗り作戦は大成功で、煎餅化は阻止して、クレープの体裁を保つことができたようだ。
一つ難点があるとすれば、一枚一枚塗るのがけっこう面倒なことである。
(くっ……背に腹は代えられない、か)
マーヤに、できたての甘々イチゴクレープという最強スイーツを賄賂で渡し、手伝ってもらうことにした。本当はご家族一緒に美味しさに震えてほしかったけど……致し方なし。
「んんん〜♡♡♡?!……おいっしい!なんだいこれ、甘酸っぱくて、もっちりで……お、美味しすぎるよ、ライチ!」
詰め寄られるような勢いで、肩をゆさゆさと揺すられる。
砂糖なんて食べたこともない。スイーツは木の実か、たまに食べれるほんの少しのはちみつ入り焼き菓子……みたいなこの村で、イチゴクレープは暴力的な美味しさで脳を爆撃したようだ。
絶対子どもたちにこのスイーツを腹いっぱい食わせるマンに変身してくれたマーヤは、ものすごい速さでライチの作業を奪い取って、自分でさかさかとイチゴクレープ作りを始めた。
ありがたく分業して、ライチは次の作業に進む。
(よし、最後はすいとん、水団子だな)
こちらも、小麦粉に甘味水、そして粗砕きしたハシナッツを簡単に混ぜる。混ぜたあとに筋が残るくらいの固さにしたら、作業中のマーヤに少し横にずれてもらって、中鍋でお湯を沸かす。
「ここからの作業が楽しいんだよな」
ぐらぐらとお湯が沸騰しているところに、匙でぼとん、ぼとん、と生地を投入していった。生地が浮いてくれば、あっという間に水団子の完成だ。
桶に入れた水に団子をポイポイ入れて、ダレないようにしめていく。冷えたら水からあげて、よく水気を切り、木皿に広げておく。
最後にかけるシロップ用に、甘味水を中鍋で少し煮詰めて濃度を濃くすれば……
「おっしゃ。ハシナッツがカリッと香ばしい、甘味水がけ水団子の完成〜」
ライチもマーヤのクレープ作業に加わると、二人であっという間に生地を全て焼いて、イチゴソースを塗って巻き終えた。
---
「いやぁ、甘いもんが好きなのに、家に小麦粉と砂糖しかなかった貧乏学生時代の経験が、こんなところで役に立つとは!人生ほんと、無駄なことなんて一つもないな」
ジュースに、クレープ、クッキーにお団子。
今ある材料だけで作ったにしては、なかなか悪くないパーティースイーツである。
「みんな、早く帰ってきてほしいね。夕方までもう少しあるから、一応村長に報告しておくかい?村にあるもんで作れた料理なんだろ?」
スマホがあれば、写真に残したいわ〜。なんて考えていたライチは、【村長】というワードにすぐに冷静になった。
確かに、村長にクリザ葛のこと……この村の可能性を伝えるには、今のこのパーティーな景色を見て、味わってもらうのが一番かもしれない。
「ちょっと、呼んできます!」
ライチはダッシュで村長宅に向かった。
---
「村長ならいないよ。すぐ裏で豚の餌やりしてるから、来て」
村長の末娘、十歳くらいのアニカが戸口で対応してくれる。
「ぶよぶよの水筒。あれいいね。触り心地も気に入って、結構水筒としてだけじゃなく、触って遊んだりして使ってるよ」
村長が家族分買っていったフィルム袋は、お気に召してくれたようだ。何よりである。
村長には本当にすぐに会えたのだが……なんとなくの流れでアニカがバルゴ家までついてきている。
おそらく、ライチが村長に言った「甘いお菓子がたくさんできたんで」の一言のせいだ。
「マーヤさん、村長たちに来てもらいました」
マーヤに声をかけて家に入ると、さっそく二人は食卓についた。豚小屋から出発だったので、来る途中の水場でいそいそと手を洗ってきている用意周到ぶりである。
「見たこともない食べもんばかりだな。ハチミツの匂いもしねぇし、本当に甘いのか?全部食べてみたらいいのか?」
アニカが目をギラギラさせながら皿を見ている。
「すみません。それは、ティモやエルノたち用に作ったお礼のお祭り用の料理なんです。お二人には今回は味見だけの、ほんの小さな一口でお願いしたいです」
ライチは頭を下げてはっきり依頼をした。マーヤがちょっと壊れるような甘味である。いくらでもどうぞ、なんて言ったら悲しい結末になるのは目に見えている。
二人の分として、全種類を小さく皿に取り分けて差し出す。
「森にあるものから作った甘味成分と、この村にあるものでできた料理です。この村の可能性として、お試しください」
気分はちょっとした品評会だ。お口に合いますように……とドキドキする。
二人はまず見慣れたジュースと、焼き菓子で慣れているクッキーから手を付けた。
「あ、あまい!なんじゃこりゃ?!」「なにこれ……お、お、おいしい……」
二人は慌てた様子で次の料理に手を伸ばす。意外と、先に水団子に手を伸ばした。
「甘ぇ……もっちりで、カリッと香ばしくて……もっちりだ……」「この団子も甘いのに、上の汁はもっと甘い」
最後に、マーヤを狂わせたイチゴクレープに手を伸ばす。
マーヤがそこに、割って入った。
「待って。気をつけないと……暴れ出したくなるよ」
およそ料理に使う言葉ではなさそうな注意をされて、二人はごくりとツバを飲み込んだ。
そう……っと、最後の一品を口に運ぶ。
「う、う、うま、う、うま……うまい!うますぎる!」「おいしいぃぃ〜!こんな味のものがこの世にあったなんて!」
二人は口内から脳天に突き抜ける酸味と食感と甘さの暴力に、その場でもんどり打った。
「おい!!ライチ!!この甘いやつは、どうやりゃ作れるんだよ?!糸や布も強烈だったが、こんなにやべぇもんも隠してたなんて!」「おとう……家でもぜっっったいにコレ食べたい。なんとかして……なんとかして!!」
(そうだよな。スパイスで戦争をしてるくらいなんだから、これだけ甘いものがポンと簡単に作れたら、『お前、それ、ほいほいポッケから出してるの、金塊だからな?!わかってんのか?!』みたいなテンションになるよな……)
美味いものへの欲は、たくさんの人を狂わせる。マーヤが一度二人をクールダウンさせたのも納得だ。
「……一旦この話は明日に持ち越しましょう。今夜はこの甘い料理と、今から作る夕食でお祭りなんで……。わざわざ来てくれてありがとうございました。作りたてを食べてもらえてよかったです」
にこやかに締めの言葉を吐いて、戸口に案内する。明日になれば、この興奮ももう少し落ち着くことだろう。
ものすごく言いたいことがたくさんある……という顔で、二人はしぶしぶ帰って行った。
---
日が傾き、畑の方からにぎやかな声が近づいてきた。
「たっだいまーーっ!」「いまー!」
泥だらけのティモとエルノが、戸口から勢いよく飛び込んできた。肩に農具を担いだバルゴが苦笑いを浮かべて外から二人を連れ出しに来る。
「おいおい、ちゃんと泥払って、手ぇ洗ってから入れよ、泥んこ兄弟。もう食卓に料理が乗ってんだろうが」
『はーい!』
二人は外の水桶に駆け寄り、腕や足、顔まで洗いながらも、先ほどチラリと見た、見慣れない料理のことが気になるようだ。水を払ってすぐに飛んで戻ってくる。
「ねえ、ねえ、これなに?新しいごはん?ジュース?」
エルノが食卓の皿を覗きこむ。
そこには、取り合いにならないように一人分ずつ分けられた各スイーツが、「イート ミー!」とばかりに、今か今かと食べられる時を待っていた。
「おとうが座ったら、うちの中だけの、小さなお祭りを始めるよ」
マーヤが、今から見られるとろける笑顔が待ち切れない様子で、ニコニコと笑って言った。
「おまつりー?!」「なになに?いいことあったのー?」
確実に良いことが起きそうなそのワードに、二人はバネでもついたかのように、ぴょんぴょんと跳ね回る。
二人は早く早くと、農具を片付けて手を洗っているバルゴを急かし、皆でいそいそと食卓についた。
「えーっと、この間、日ごろの感謝だと卵やハチミツ、お酒なんかを持って帰ってきたんですが、今日は「甘い水」を作ることができたんで、そのお祝いをしたいと思います。ティモとエルノに言っていた“いいもの”の正体は、これです」
甘い、と聞いて、スイーツを見る目が一気にキラキラしたものになる二人。味見ができてないスイーツがあるマーヤも、そわそわと楽しみにしている様子だ。
シーラも、水でぐちゃぐちゃにしたクッキーを前に、興味津々で手を伸ばそうとしている。
「では、食べ始める前に、本日のメニューをお伝えします。まずは――」
・森イチゴソースのクレープ
・赤カラの実のジュース
・ハシナッツの水団子
・ほろほろハシナッツクッキー
ライチがメニュー名を伝える度に、ティモとエルノが食器を強く握りしめて、食べたい衝動をこらえる。
「みなさん、俺を迎え入れてくれて、本当にありがとう!ではさっそく、ジュースで乾杯したら食べましょう!コップを持って……せーの!」
『かんぱーい!!』
もちろん想像通り、いや、想像以上に、子どもたちは大喜びだった。シーラも大喜びである。ティモとエルノなんかは、美味しさにテンションが上がりすぎて、どこで覚えてきたのか、「もう、ライチ、結婚して〜!」なんて言い始める始末だった。
バルゴには甘味はそこまで響かなかったようだが、食べたこともない美味いもの、として、物凄く楽しんでもらえた。「酒が欲しいなぁ」なんて言っていたが、父性で酒をクラフトする日は、当分来ないだろう。
マーヤはずっと食べたい気持ちを我慢していた分、子供たちと、わずかにお楽しみで置いておいたおかわりを大人気なく奪い合うような素振りを見せるほど、喜んで食べてくれた。もちろんノリだけで子供に譲っていたけど。
---
その後出してもらったマーヤの夕食もみんなで美味しく平らげて、お腹がいっぱいで、久しぶりに板間にみんなで横になった。藁布団のこの感触、この天井。もうすでに、懐かしい感じがする。
「ライチ、どれもめちゃくちゃくちゃくちゃ!美味しかったよ。ありがとう」「ライチ、だーーいすき!」
ティモとエルノが両脇で笑っている。ライチも二人を見て微笑む。
「この子も、物凄く喜んでたよ。一生懸命作ってくれて、ありがとう、ライチ。あんたはいつも、恩返し恩返しって言うけどさ、よくしてもらって、恩を感じてるのは、あたしたちも同じなんだよ」
マーヤも、シーラの胸を優しくとんとんと叩きながら、笑っている。
「お前が来てくれてから、良いことと驚きの連続だ。ライチがいてくれたら、この村がどんどん良くなって、どんどん面白くなる。それが分かるんだ。あの時、森でお前に出会えてよかった。今日はありがとな」
バルゴが、あの日の森での出会いを、よかったと言ってくれた。『お前が来た』じゃなく、『来てくれた』と言ってくれた。
「俺も、この家に来られて、みなさんと出会えて、本当によかったです。俺も皆が大好きです!」
皆が「甘いものを食べさせてくれたお礼」をしているのではないことが、しっかりとライチに伝わってくる。
ライチの「皆を笑顔にしたい」という想いと行動に、礼を言ってくれているのだ。こんなに嬉しいことはない。
その後も、暗くなった部屋で、あれが美味しかった、あれも美味しかった、このように美味しかった、なんて話をして笑い合う。
気づけば、だんだんと、一人、また一人と、声を発しなくなり、部屋に静寂が訪れた。不思議と、店小屋に向かおうという気は、起きなかった。
すー…すー…と、耳に心地よい寝息が聞こえてくる。
「(おやすみなさい)」
ごくごく小さな声でそう囁くと、ライチも、深く夢の世界へ沈んでいった。