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第31話 村長と甘味シート

 ライチはゆっくりと目を開ける。


(そうだ……スイーツパーティーの余韻のまま、ここで寝たんだった)


 久しぶりにバルゴ家で過ごす朝だ。周りには、ティモとエルノがもぞもぞと起きかけている音や、シーラの寝息が静かに響く。


(やっぱり家族っていいなぁ……)


 ライチは思わず微笑み、布団を押しのけて静かに起き上がる。


 土間では、マーヤとバルゴが朝食の準備をしているところだった。ライチは、普段の習慣のように手伝いを始める。


「おはようございます、マーヤさん。パン、出してきたらいいですか?」


「おはよう、ライチ。そうだね、お願い」


 マーヤは鍋の火加減を見て、バルゴは刻んだ根野菜の葉を鍋に足している。


(家族で一緒に食事が食べれるって、本当に幸せなことだったんだなぁ……)


 こういう光景を見る度に、これまで自分は宝物に囲まれて生きてきたのだと再確認する。


 外では鳥のさえずりが聞こえ、朝の風が窓を通り抜けていく。とても温かな気持ちでそれを感じていると――


 穏やかな朝のひとときは、予想外の訪問者で途切れた。


「おぉい!ライチ!!」


 突然、戸が勢いよく開き、村長が顔を突き出してきた。ライチは驚きながらも、村長の荒っぽい登場に思わず苦笑いだ。バルゴ夫婦は驚いているし、子どもたちも目をこすりながら起きてくる。


「朝になったぞ!昨日、あんなに甘くて美味いもん食わせておいて、放り出すなんてどういうつもりだ?!アニカがおかしくなっちまってんだ、早くなんとかしてくれ!」


 村長家の朝は早かったらしい。


「すみません、村長。昨日は主目的が家族のお祝いだったんで……。でも、今日は朝食を食べた後にでも、ゆっくりとお話しできる時間を作りますから」


 村長は少し不満そうに眉をひそめるが、ライチの落ち着いた態度に納得した様子だ。


「ふん、朝食後だな。今回はしっかり話を詰めるまで帰さないぞ」


 ライチは笑顔を浮かべ、村長を宥める。


「もちろんです。では、朝食を済ませてからお伺いします」


 村長はうなずき、ふんっと鼻を鳴らして出て行った。ライチはほっと一息つくと、バルゴたちに簡単に事のあらましを説明し始めた。



---



 その後、起きてきた子供たちと一緒に、美味しく朝食を楽しんだ。ティモとエルノは昨日のスイーツの話をして盛り上がり、


「♪まちにち〜たべた〜い おかしのぉ〜 やま〜」


などと歌っている。シーラもパン粥を食べさせてもらいながら、ご機嫌そうににこにこしている。


(太りもしないし虫歯にもならないから、いくらでも食べさせてやれるんだけど……バター、牛乳が……

 いや、その前に、ここは圧倒的に油が足りないんだよなぁ……)


 小麦粉と甘味水だけではバリエーションにも限界がある。

 また、油は、料理にも照明にもなるのはもちろん、量が取れるならシャンプーにも石鹸にもできるはず。父親として、是非子どもたちに届けてあげたい素材だ。


 次の課題として、いい方法を考えておくことにした。



---



 店小屋で作業台に広げておいた甘味シートを回収する。ちょこちょこ重なっていたが、無事乾いたようだ。がばっと一掴みほど、袋に入れて持っていく。


 村長宅に着くと、中に通してくれた。アニカも不在らしく、家には村長しかいない。


(内緒話をしやすくしてくれたのかな)


「……で、これがその、“甘味シート”ってやつか?」


 村長が、机に置かれた一枚の小さな四角いシートをつまむ。厚さは三ミリメートル程度。スポンジ質で色もほとんどついていない。


「はい。お湯に少しの間浸ければ、中身が溶け出して甘い水ができます。シートの部分は不要なので取り出します。乾いたまま舐めても、多分唾液を吸われるだけで、甘い味はしないと思います」


 村長に湯を沸かしてもらう。その間に性質についても説明する。


「軽くて持ち運べて、保存性も高いです。でも、この甘みだけでは腹は膨れません。この水だけを飲ませても、元気のない子が元気になったりはしません。ただ、甘いだけです。煮詰めたらどろっとするとか、焦がすと固まるとかそういう性質もなく、甘くする以外の使い方はありません」


 村長は少し驚いた表情を見せる。


「……腹に溜まらん?ハチミツは滋養にいいが……味だけ、か」


「でも、ものすんごく甘いです。そして、作るのがとても簡単で、原料が大量に森にあります」


 湯が差し出される。ライチは、村長が見る前で、そこに一枚の甘味シートを沈めた。


 十秒。匙でシートを持ち上げ、皿に取り出す。


「どうぞ」


 村長は慎重にコップを持ち上げ、熱さに気をつけながら一口すする。すぐに目を見開いた。


「……これは……甘い……!昨日食べた甘さだ。うちの森に、こんな甘いものがあったなんて……」


「シートも、甘みの素も、たくさんあるし、増やすのも簡単そうです。液体だとすぐに駄目になりますが、乾燥状態なら一年以上保存できるはずです。小さくて軽くて割れない。湯に入れるだけで、すぐにこれだけの甘さが出ます」


 村長が唸る。甘みの抜けたシートをつつきながら言った。


「量が作れて、行商が運べて、甘い……。街で売れるし、貴族の間でも流行るかも、ってことか……」


「俺はお貴族様より、たくさんの子供たちに届けたいですけどね。……まぁまずは偉い人に高くで買ってもらって、それを資金に量産体制を整えて、最後は製法をバラまいて、安くで広く普及させる……なんてのが理想ですかね」


 その理想を聞いて、村長が驚いたような顔でまじまじとライチを見つめる。


「糸のときも思ったが……お前、無欲すぎやしないか?独り占めして、自分だけ貴族に売れば、さぞやいい暮らしができるだろうに、製法をバラまく気だなんて……」


 確かに、儲けて儲けて家族への仕送り額を増やす。それも一つの道だろう。しかし、ライチの父性は、異世界の家族にお金を送るだけでは満足しないのだ。やっぱり、目の前で子供たちが笑ってくれないと!


「みんなの笑顔が見たいだけなんで。本当にみんなに必要なものなら、儲けなんてあとから付いてきますよ」


 『すげぇやつだなぁ、お前みたいなのが大成していくんだろうな……』と村長がしきりに感心してくれる。元しがないリーマンには、勿体ない評価である。


「製造には二日から三日。原材料はすべて、森で日常的に刈られる雑草です。これから暑くなってどんどん量も採れるでしょうし、さっそく村全体で作り始めましょう」


「行商にウケなくても、村で消費すりゃいいわけだし、刈ってる雑草からできるなら、早くやるに越したことはねぇな」


 ライチは大きく頷いた。


「ライチ。今回も、儲けが安定してくるまでは、村人が作り方を勝手に外に広めないように、神に誓うぞ。おそらくとても高価なものになるからな。揉め事はご免だ」


「そうですね、外部から貴族の使いとかが来て、『製法を売れ!』とか、『材料を根こそぎ持っていくぞ!』とかいうことになったら、それこそ独占になって、貴族の私腹が超えるだけで、俺の目指すところには遠く及ばなくなりますもんね。

 『神に誓いを立てているので、門外不出です』って言えるのは、自分たちを守るためにも必要でしょうね」


 二人で頷き合う。


「利益の分配はどうする?あんまりタダで良い思いをしない方が、村のためになるんだが……」


 村長の提案に、ライチはしばらく考える。


「それなら、分かりやすくポリエ糸とポリエクロスと同じ二割で揃えますか。村に納めて、村人のために使う、ってことで」


「おいおい、確かに以前もそうしたが……本当に良いのか?もうちょっと村からもお前に返さねぇと、示しがつかねぇよ」


 『いえいえ、みなさんにはよくしてもらってるので……』と言いかけて、少し困ってる現状を相談してみた。


「俺、実は、自分だけの特技がありまして、ものづくりがとても早く終わるんです。それで、このシートもすでに山のようにできてるんですが……」


 村長が『なんだぁその特技』と半笑いになりながら続きを聞いてくれる。


「ポリエ糸のときのように、村で協力して材料を採るようになったら、俺が作るスピードに対して材料が入ってくるのが間に合わなくて。なので、俺が製法をお伝えしたものに関しては、材料を採集したらちょっと多めにいただくことはできますか?それで十分ありがたいです」


「ちょっと多め……ね。半分くらいよこせって言ってもいいんだぞ」


 村長は快く了承してくれた。また森の中にぼろぼろになりながら採集に行かなくて済んで、ありがたい。


 居住まいを正して、二人で唱える。


『ライチは、 この甘味水・甘味シートを 作ることに関して、 村に寄与すること。

 村は、 甘味水・甘味シートの 作り方を教える際、 商品の売り上げから 発展費を 二割徴収する 決まりとし、 村の発展に 役立てること。

 ライチと、 現村長:グレゴルとが、 神に対し、魂に誓う』


 前回と同じく、胸の奥がふわりと温かくなった。とても不思議な感覚である。


 二人で軽く頷く。


「——原材料は、クリザ葛です」


「……あの、木に巻きつくツル草のか?」


「はい。あれの葉を一日半干してから粉砕し、ぬるま湯で半日抽出します。そして、葉を濾し取って、ミズヨリグサの中の吸水体に四滴垂らす。たったそれだけです」


「……ミズヨリ……あの一回根付くと村中の水を吸っちまうやつか」


「中の吸水シートだけを使います。煮沸して、数時間乾燥させてから開くと出てきます。あれには、水を吸っても、煮ることで逆に水分を放出する性質があるんです。オムツとかの再利用にも向いていますね」


 村長の目が、少しずつ確信に満ちたものへと変わっていく。


「本当に、みんなで必死に刈ってる邪魔な草じゃねぇか……なんて勿体ねぇ」


「ですよね」


 きっと、日本のあった世界にも、こんな風に転用法が見つかってない物なんて、山ほどあるんだろうなぁ。金が動かないと研究は進まない、なんて、よく言ったものだ。


「ポリエ糸のときもそうだったから、おそらく村全員が誓いを立てるだろう。集会でまとめて誓わせよう。村の連中の前で実演、また頼むな」


 となると、早めにクリザ葛の葉を一日半乾燥させておかないと。『乾燥したものがコチラです』のクッキングができない。

 ライチは了承しつつ、準備について思案した。



---



「話はこれで終わりだな」


 村長は、残った甘味水をごくごくと飲み干す。


「甘ぇなぁ、ほんと。アニカのやつが、帰ってからずっと、甘い食いもんを作ってくれ作ってくれって、うるさかったぞ。自分で作れるようになるなら、静かになるだろう」


「それはよかったです」


 アニカの期待に微笑みかけて……ライチは朝の懸念を口にした。



「でも……アニカには申し訳ないけど、甘い料理って、油を使うものも多いんですよね……照明にも料理にも薬にも使うから、ほんと貴重ですよね」


「油か……」


 村長が顎をさすりながら、ゆっくり腰を上げる。


「ちょうど今、麻の種まき前でな。うちのスピネラ村は糸用のスピナ麻を育ててるが、隣のオレウム村は、油を搾るためのオレド麻を育ててる。代々、用途に合わせて交配してきたんだ」


 この村の名前を初めて聞いた。近くに他の村があることも。

 糸巻きに特化したスピンなスピネラ村と、油に特化したオイルなオレウム村か。オレド麻……オイルシード麻。めちゃくちゃ油が搾れそうである。


「なるほど……それなら、そのオレド麻を分けてもらえたら、うちでも油を作れるようになりますね」


 ライチの目が輝くが、村長は首を振った。


「いや、それぞれの村の種は、どこでも門外不出だ。代々改良を重ねた先祖の苦労の結晶。命の種ってやつでな。そう簡単には分けてもら……え……」


 村長は語尾が吸い込まれるように、甘味シートへ目を落とす。


「……この甘味シート、美味いし、儲け話でもある。まさにこれも秘伝の“村の命”になるもんだ。これが作れるってなれば、種をもらうのも話の持っていきようがある……かもな?」


「なるほど!それなら、交渉の余地はあるかもしれませんね」


ライチは笑みを浮かべた。村長は手をパンと叩く。


「よし、相談って体で、オレが話をつけに行ってやる。お前も一緒に来い。実物があった方が早ぇ。甘味シートもいくつか持ってけ」


「向こうの種が手に入るなら、うちの畑のスピナ麻を少し減らして、試しに育ててみてもいい。こっちもあっちも、本当に種まき直前だ!急ぐぞ!

 オレウム村までは道が通ってるが、そこそこ歩くぞ。念の為に自衛の農具、水筒と、昼飯の用意だ。急いで準備しろ!」


「はい!」



---



 バルゴの家に飛んで戻ったライチは、マーヤに昼ご飯のお弁当の用意を丁寧にお願いすると、店小屋とバルゴ家を往復してすぐに荷物をまとめはじめた。


(甘味シートは……二十枚で足りるか……?いや、念のため三十枚にしとこう。農具は村長にお借りして。水筒は、フィルム袋を試してみようかな)


 あれこれ入れた袋を肩にかけてバルゴ家に戻ると、マーヤが包みを手渡してくれた。


「またなんか忙しくしてるね。はい、歩きながらでも食べられるようなのを包んでおいたよ」


「ありがとうございます!楽しみだなぁ」


 異世界の母、ありがとう。本当にマーヤには頭が上がらない。

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