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第33話 集会と採集

「村はこれから昼食ってところだな」


 オレウム村との交渉は想像していたよりスムーズに進んだらしく、昼食前に戻ってこられたようだ。

 移動しながら昼食をとった村長とライチで、食後に臨時集会をひらくことを各家に伝えて回る。


 ざわざわ……


 続々と中央広場へと村人たちが集まってきた。集合をかけて回ったライチに、チラチラと視線が集まる。


(またお前、なんかするの?感があるような……)


 あっという間に、広場には二十家庭全てが集まった。



「種まき直前の忙しいなか集まらせて、すまんな」


 村長がそう言って片手を上げ、臨時集会が始まった。


「今日集まってもらったのは、甘い水のことについてだ。

 昨日俺と娘は、とある家でとんでもなく甘い料理をご馳走になった。そいつに、今日の朝、どうやって作ったのか聞いたら、『近くの森にいくらでもあるもので、この【甘味シート】を作った』って言いやがる。

 甘味シートを使えば、あっという間にハチミツのように甘い水が、わんさかできるらしい」


「ハチミツがわんさか……?」「長く住んでるが、森にそんな甘いもんなんてないぞ」「にわかには信じがたいねぇ……」


 村人のざわめきがライチの耳にも届く。


 砂糖が伝説の存在で、ハチミツもそうそう流れてこない村だ。日本で『近くの公園の砂場から、掘っても掘っても金塊が取れるんだよね〜』という話を聞くようなものだろう。冗談か、本気ならちょっと心配になるレベルの与太話だ。


「……まぁ、信じねぇだろうってことは織り込み済みだ。俺だって、実際食べて飲んで目の前で見てなきゃ、信じてねぇだろうよ。

 ということで!今から家族一つでいい、ちょっと走ってコップを持ってこい!ここに甘味水を用意してある。まずは皆で味見だ!」


 村人たちが戸惑いながらも家からコップを持ってきて、村長の前に並び始めた。


 これから配るのは、集会の前に『やっぱ味見が一番だろ』との村長の発案で、鍋に湯を沸かして大量に作っておいた甘味水だ。インパクト重視で、かなり甘めに作ってある。


 アニカと、そのお姉さん?村長に似た女性が、透明な液体を各コップに注いでいく。


 全家庭に行き渡ると、村長が手本を見せるように一口飲み、にやりと笑った。


「飲んでみな」


 促されるままに、村人たちが口をつける。


「……あっっ……まっ?!」 「なんだこれ……水なのに甘い?!」「早くボクにも飲ませて!」「うわっ、本当にハチミツみたいに甘いじゃない」「あま〜い!おいしい〜!」


 驚きと興奮の声が広がる中、村長が満足げに頷いた。


「皆が今飲んだこの甘味水のもと……甘味シートは、ポリエ糸と同じく、ライチが作ったものだ」


 急に一斉に注がれる視線。ライチは居心地悪げに軽く頭を下げた。


「ライチは旅の者だ。その知識を使って、この村にあるもので、この村がもっと笑顔になるものを作りたいと、いつも考えて、試行錯誤してくれているらしい」


 ここから、怒涛のライチ讃え劇場が始まった。


「甘いだけの水だと、すぐ腐っちまう。だが、ライチはそれでは満足しなかった!もっと、みんなが使いやすいものを。この村を飛び越えて、たくさんの人が笑顔になるものを!と考えた!」


 隣のバルゴが『ぴゅう〜♪』と小さく口笛を吹いた。


「甘味水を、この甘味シートにするとな、乾燥シートだから、長期保存もきく。においも栄養もないから虫もつかない。そしてこの小ささでかなりの甘さを出せる。しかも、作業は二日ほどで終わり、難しい工程もない。必要な素材は、森にあり余ってるものだ。小さいから、いくら作っても行商人が街まで持っていける!」


 村人たちは静かに聞き入っている。

 ときおりどこかから『ライチ……』と感激から漏れ出た声が聞こえてくるが、大変気恥ずかしい。こんな大々的に偉業として讃えられるほど、頑張ってもないし、苦労もしていないのである。


(パパサーチが言う通りに、サクッと干して潰してぬるま湯で放置しただけなんです……)


 ミズヨリグサシートの発想はまぁ良かったかもしれないが、それももっといい案もあるのかもしれないし。


「これだけ良いもんだ。街にもお貴族さまにも高く売れるに決まってる。……つまり、森に余ってるもんが、酒や牛なんかと交換できるってわけだ!こいつはポリエクロスと並んで、この村を豊かにしてくれることに間違いはない!」


 その言葉に、あちこちから感嘆の声があがる。

 酒はともかく、今はあれだけ広大な畑を手作業で管理しているのだ。牛は本当に欲しいものだろう。


(俺も、牛乳やバター、生クリーム……欲しいです)


「今後はポリエクロスづくりに並んで、この甘味シートづくりも村全体でやっていく。ライチの思いを受け取って、みんなで協力して、おもしれぇ村を作っていこうじゃないか!」


 村人中から『おう!』などの威勢のいい返事が轟いた。


「この集会のあと、前回のように各家庭ごとに誓いに来てもらう。

 ポリエクロスのときと同じく、作成方法を教える代わりとして、外部への売り上げの二割を村に納めてもらう誓いだ。ライチに、ではなく、村の発展に回して欲しいと、ご本人の希望だ。

 代わりに、素材を採集したときは、多めに分けて欲しいとのお望みだから、皆、採集の際は、よろしく頼んだぞ」


 みんなが温かい目でこちらを見てくれる。ほんと、よろしくお願いします、とライチは無言で頭を下げた。


「誓いには、外部に製法を漏らさないことも入れてもらう。傲慢なお偉いさんがこの村に来て『甘味シートの製法を教えろ!』と言った場合にも、この誓いを立ててさえいれば、神様相手だ。相手も無理を言えなくなる。これは皆を守るための誓いでもあるんだ」


 村人はうんうんと頷いている。


「詳しい作り方は、後日実演会で見せる。この話はここまでだ!」


 村に解散の気配が広まり始めたとき。



「そして――もう一つ!」


 村長の声が再び広場に響いた。


「オレウム村から、オレド麻の種をもらってきた!」


 その名を聞いた途端、場が一気にざわついた。


「オレド麻の種だと?!」「そんなまさか」「本当に……?」「代々繋いでいる村の命だぞ、種は……」


「そうだ。ライチが『村の皆にもっと油を使えるようになって欲しい』という願いを持って、この甘味シートの製法と引き換えに、オレウム村から譲ってもらった!」


 村長の声に、どよめきが広がる。


「俺も、まさか貰えるとは思っていなかったから、正直驚いた……。やはり、無欲なもんこそが、一番多くを持つんだろうな。

 向こうの村長は、育て方も親切に教えてくれたぞ。オレド麻は、どうやら水はけの悪い土地でも丈夫に育つらしい。今は使えていない、川向こうの畑があるな!あれを種まきまでに急ぎで耕し直して、そこをオレド麻の畑にする!

 落ち着くまでは手作業で水まきをするが、そのうち道を掘って水路もつくる予定だ!大がかりになるぞ?やれるか?!」


 村人たちの表情が変わる。驚きは、やがて興奮に、そして前向きな意志へと変わっていく。


「油が増えるなんて!最高だ!」「やろうぜ!」「久々にでっかいことやれるな!」「油だって高級品だぞ!」「ライチ、お前すげぇよ!」「ライチ!」「ライチ!」「ライチ!!」


 いつの間にかライチコールが起こっている。畑を耕して、麻の世話をするのはライチではなく村人だ。自分はただ種をもらってきただけ。しかもパパサーチで出来たものと交換で、だ。


(完全に過大評価だ……ひぃ)


 引きつり笑いでなんとかコールを受け取ると、『わー!!』っと声があがり、更に広場が活気づいた。隣でバルゴ一家も自慢げに立っている。


「感謝の気持ちは、畑にぶつけろ!まずは大急ぎでオレド麻の種まきまで持っていくぞ!もちろん、スピナ麻も例年通りまいていく。甘味シートは、それからたんまり作るぞ!村人総出で取り組むんだ!」


 村長の号令に、誰一人文句を言う者はいなかった。甘さへの驚きと期待、油麻収穫への期待と使命感が、村の空気を熱くしていた。



---



 村長は、さっそく各家庭ごとに呼び出しては誓いの儀式を執り行い始めた。例の結構な時間がかかるやつである。



 ライチは両村で行う実演用のクリザ葛などの準備をする前に、まずは新しい畑の様子を軽く見に行くことにした。


 村人たちは、北部の橋を渡り、村から見て川向こうの畑へと続々と集まっていた。村から西を見ると、川、街道、畑、森の順に並んでいるような感じだ。


 手つかずの雑草畑。そこに、さっそく七十人近い村人たちが散らばっていた。

 還暦ごろの先輩も、畑仕事に慣れた屈強な農夫も、やる気がみなぎっている若者も、赤子を背負った女性や、子供も。全員が手に手に農具を持ち、それぞれの場所でできることをして、畑と向き合っている。


(広い、な)


 使われていない畑は、思っていたよりも広大だった。村の北東の畑の半分くらい。東京ドーム一個分くらいに見受けられる。

 そこに、丈の高い草やツル性の雑草がびっしりと生えている。


「まずは草刈りだ!」


 ナタやカマを手にした若者たちが、草に分け入りながら根元を刈っていく。ザク、ザクと一定のリズムで刈り込まれ、地面が少しずつ顔を出していく。刈られた草は、女性や子どもたちが紐で束ね、堆肥置き場へと運んでいた。


 ある程度刈り終えると、次はクワやスキの出番だ。二人一組でスキを引いて土を起こす者。三つ又のクワを振るって固い地面を砕く者。叩き返された土からは、細かな根や石が顔をのぞかせる。

 土くれを広げるように、ふるいに土をかけて不要物を取り除く作業も行われていた。肥溜めから汲んだ肥料を桶に分け、柄杓で手際よくまいていく。発酵臭が土に混じり、掘り返された地面はしっとりと黒く変わっていく。


「すみませーん!」


 それを見ていて、はたと気づく。あの駆除されてるの、クリザ葛さんじゃないか。ライチは慌てて、畑の端から声を張った。

 農具を止めた何人かが、顔をこちらに向ける。


「クリザ葛が生えてたら、根ごと抜いて、取っておいて欲しくてー!お手間取らせますけど、お願いしてもいいですかー?」


「根ごとだな、了解だー!」「見つけたら置いておいてやるよ!」


 陽に焼けた顔が笑い、また土に向き直っていく。


 返事にお礼を言ってから、ライチは実演会の準備のために、森へ向かって歩き出した。



---



 森に入ってすぐ、クリザ葛の葉をいくつか採集する。説明用だから量はいらないし、今後は村全体で大切にされていく草だ。取り過ぎは遠慮しておこう。


 持ち帰ったそれらを干し布に広げて、天日で乾燥させる。


(あとは、ミズヨリグサがもうあまり無いんだよな……)


となると、森の探索からになる。村の周囲には厄介者だからないだろうし、転移二日目に誰かがうっかり水場近くに落として、わさわさに増えていたのを思い返すと、きっと近くには生えているはずだ。


 ライチは何のために探すのかという父性をしっかり確認したあと、スキルに念じた。



《パパサーチ 起動》


《検索対象:ミズヨリグサ 群生地》

《対象との距離:七百メートル 徒歩二十分弱》



 光の筋が森へと向かって伸びていく。前にベトノキやネバリダケを探して歩いた時と同じ方向だ。

 二十分という距離と、ミズヨリグサが水分が大好物なことから考えて、おそらく以前、ぬかるみに思いきり足を取られた、一つ目の難所のあたりだろう。


 ライチは近くを忙しく歩いていた村人に声をかけて、村の採集用のナタと袋を借りた。足元には、念のため以前履いた木靴の底を貸してもらい、いつも履いている草履サンダルにしっかりと結びつけておく。


「よし……行くぞ」


 近くまでとはいえ、初めての一人探索である。モンスターとか、怖い虫とか、出ませんように……と祈るのみである。


(ぬかるみまでは、なんてことない道だったんだよな)


 やがてたどり着いたのは、やはり以前来た斜面にある、ぬかるんだ道だった。地面はぐっしょりと水を含み、じっと立っているだけでも靴が沈みそうだ。そこに、ミズヨリグサがサーチの光を放って気持ち悪いくらいに群生していた。


(こんなにあったんだな。……そうか。前は足を踏み入れた瞬間、ズボリと泥に沈んで、そのまま転んで泥だらけになったんだよな……)


 今回はまったら、助けてくれる人はいない。『誰かと来ればよかった……』と森の脅威に怯えつつ、慎重に足を運びながら、周囲のミズヨリグサを一つ一つ採集していく。


「おぉ……これは確かに……気持ち悪いくらいの速さで増えるな……なんとも異世界ファンタジー」


 ワカメのような見た目のこの植物は、周囲の水分をどんどん吸収する厄介者だ。しかし、ここでは水を吸っても吸っても、沢から新たに流れ込んでくるせいか、ぷりぷり活き活きと繁茂していた。

 ライチがいくら刈っても、すぐに次が顔を出す。まるで意思があるかのようだ。バルゴたちがわーわーと大騒ぎで駆除していたのも頷ける。


(雨後の竹の子も、ものすごい速さで伸びるらしいもんな。あんなうぞうぞワカメくんがいても、おかしくない、おかしくない)


 ちょっと夢に見そうな感じの光景だったので、ライチは必死にそう言い聞かせながら森をあとにした。

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