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第34話 畑拓き


 採集を終えたライチは村へ戻ると、バルゴ家の鍋を借りて、採ってきたミズヨリグサを煮沸脱水していく。


 厚さ一センチメートル、太さ十センチメートルほどのワカメ風のミズヨリグサだ。今回は見本用なので、鍋に入る量だけを処理して干すことにする。

 残りはクラフトポン用として、加熱せずそのまま別の物干し竿に広げておくことにした。


 湯で脱水していれば、晴れた日は数時間でカラカラに乾く植物だ。夕食前には、回収できるだろう。



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 今日できる分の実演会の準備を終えたライチは、川向こうの畑へと戻った。道中、草の匂いと、土を掘り起こす土煙のにおいが風に乗って届いてくる。


 広がる畑は、五分の一ほどが耕されていた。地面を覆い隠していた背の高い雑草はほとんど刈り取られ、黒く湿った土が顔を出している。村人たちが、クワやスキを手に時折談笑も交えながら、生き生きと作業を続けていた。

 土を掘り起こすたびに虫が跳ね、草の根がちぎれて飛ぶ。畑が、息を吹き返すさまがよく分かる。


「ライチ、おかえり。クリザ葛、みんなが分けてくれてたぞ」


 見ると、畑の外のマーヤがいる辺りに、クリザ葛が積まれている。マーヤがシーラと遊びながら、葉だけをちぎり取ってくれている。ライチの視線に気づくと『こっちは任せとけ』のウインクを送ってくれた。製造過程を一から十まで見守ってくれたマーヤだ。安心してお任せできる。


 バルゴが、使い込まれた大きなクワを一本を手渡してくる。受け取った瞬間、想像以上の重量に、ライチの腕がズンと下がった。


「重い!護身用にしてたのとは、また違うんですか?」


「ありゃ、身軽に動ける軽量のやつだ。あんなもんで耕してたら、何日経っても畑が出来上がらねぇよ。掘り返すのはこっち。重てぇ方が、振り下ろすときゃ楽なんだぜ」


 バルゴがマーヤの真似をしてウインクを送ってくれる。スルーという形で大切に心にしまいながら、さっそく、ちょっと構えてみた。


「へっぴり腰だなぁ!腰の高さくらいで、柄の真ん中よりちょい手前を持つんだ。力入れすぎんなよ、最初から張り切ると手と腰をやっちまうぞ」


 言われた通りに構えて、バルゴに見守られながら、耕されてない平地畑の一角に立つ。呼吸を整えて、勢いよく振り下ろした。


 ガインッ!!


 クワの刃先が石に当たって跳ね返り、ビリビリとすべての衝撃が腕へ流れる。腕が痺れて、柄が手のひらに食い込んだ。


(重っ。痛っ!)


 なるほど。石とかもゴロゴロある体で振り下ろさないと駄目だった。

 もう一度。今度はアドバイス通り力を抜いてみる。


 ザクッ


 なんとか土に刃は入ったが、慣れない手つきのせいで変な角度になり、クワの持ち手が親指の付け根を擦っていく。


(こんなの……秒でマメができるぞ)


 数回の作業でもう手のひらがじわじわと火照ってきた。見ると、指の付け根に赤い線が浮かんでいる。皮が薄く剥け、じんわりと滲むような痛みが広がる。


「ライチ、無理すんなよー」


 ものすごい勢いでガッツンガッツンと土をひっくり返している若者が、苦笑しながら声をかけてくる。ライチも苦笑いで頭を下げた。


「はい、ありがとうございます。少しずつ慣れてみます」



---



 少し慣れてきて、石に跳ねっ返ることもなく、ライチのペースで土をゆっくりと掘り返していると、


 ゾロリ


突然、足を何かが這い上ってきた。ライチは木靴の底はつけているが、靴擦れをするので皆と同じ木靴は履けない。足の甲は紐だけのサンダル状態である。


「……っ!?」


 細長くて、茶色くて、脚がわんさかと生えたムカデのような虫が、クワの衝撃で土中から這い出し、足を上ってきている。


「うぎゃ、ひっ、わぁ」


 隣の男性が、暴れるライチを見つけて、ムカデもどきをペイッとはたき落としてくれる。落とされたムカデもどきは大急ぎで逃げていった。男性が笑っている。


「はははっ、いい大人なのに、虫なんかが怖いのか?

 ありゃスコルゲジンだな。畑じゃ普通に出るぞ。そんな足出して……噛まれんなよ。めちゃくちゃ腫れるぞ」


「……そう、ですか……」


(そんなこと言われても……)


 試したが、どうやっても木靴は履けなかったのである。


(せめて、靴下があれば……)


 そう思いかけて、今度試しに木靴の中にグミバックを仕込んでみるのはどうだろうかと考えた。シリコンの中敷き作戦だ。多少不便な点があっても、ムカデ……スコルゲジンとやらに噛まれるよりかは百倍マシである。


 固く心に誓って、うんうんと頷く。元々ゆっくりペースだったが、スコルゲジンが怖すぎて、おっかなびっくりと、更にゆっくりになってしまう。



 近くで作業していた村の子どもたちが、先ほどのライチの悲鳴を聞いていたのか、にやにやと笑いながら駆け寄ってくる。


「ライチ〜!近くにスコルゲジンいるよ〜!」「よかったね〜!さっき大きな声で喜んでたもんね〜」「ほら、そこ、近いよ!足のぼってくるよ〜!」


「はいはい。大人をからかうんじゃありませ……えっ……あ、ほんとに?どこ?どこどこどこ??」


「そこそこそこー!」


 子どもたちがキョロキョロするライチに大笑いしている。足元には、確かにスコルゲジンがいたので、ちょっと本当に助かったけど……


「ありがとう!!しぁかし!……人が慌てふためく様子を笑った、君たちには……」


 ライチがクワを地面に置いて、怪獣のポーズで子供たちをロックオンする。


「ライチゲジンがお腹や背中を這い回ることでしょう!!コラーー!待て待て待て〜!」

「きゃー!!」「やだー!!」「きゃはははは!」


 怪獣のポーズと、待て待て〜に大興奮するのは、津々浦々、どこの世界の子供も同じようだ。

 逃げ足が速すぎて、全然こちょこちょの復讐は叶わなかったが、大いに喜んでもらえたようなので、良しとする。


 すでに結構ボロボロなのに、更に体力を使ってしまった。

 もう一度クワを持つ。手のひらはすでに熱を持ち、マメには小さな裂け目がいくつかできていた。痛みをごまかすように柄を握り直し、もう一度ゆっくりと土を掘りはじめた。



「そろそろ今日はしまいにするぞ〜」


 途中一度、村長に呼ばれて、バルゴ家の誓いの儀式があったこと以外は、淡々と時間が流れていった。

 終わりの声がかかるころには、空には、すこしずつ夕暮れの赤が滲みはじめていた。



---



 バルゴ家の皆で、使い終えたクワやナタなどを家の裏の物置小屋に戻しながら、手慣れた様子で服についた泥をはたき落とす。そのまま、あらかじめ桶に汲んでおいた水で、腕や顔を洗い流し、ひと息つくと、家の中へ入っていく。


 ライチは、重い体にむち打ちながら、干し場へと向かう。


 クリザ葛の葉は、明日もう一日しっかり乾かす必要がある。ライチが干した時より量が増えているから、おそらくマーヤが、いつの間にかここに来て、畑にあったクリザ葛の葉を干しておいてくれたのだろう。

 そんなことを考えていると、家の中から「手つだうー!」とティモが出て来て、少し遅れてエルノも走ってやってきた。

 皆で協力して、布ごと丁寧に持ち上げ、バルゴ家の梁に折って吊るす。風通しも日当たりもいいこの家の構造がありがたい。


 煮沸脱水して干してあったミズヨリグサは、しっかりと乾いており、いつでも外皮を開いて中の吸水シートを取り出せそうだ。煮沸してない方は、まだいきいきと水分を保っている。このまま地面に下ろしたら、あちこちに根付きそうな勢いだ。ミズヨリグサは夜露を避けて小屋へ運ぶことにする。


 家に入ると、シーラが床で遊んでおり、あとの皆で夕食の支度を急いでいた。昼からずっと畑に出ていたはずなのに、疲れを見せずに動く姿にライチは驚きつつ、作業中にずっと考えていた提案をする。


「今日も甘い飲み物、欲しくないですか?」


「ほしい!」「ジュースのみたい!」

「いいね、甘い飲み物」

「この赤カラを使えよ。元々夕食でこのまま食う予定だったやつだ」


 甘い飲み物を飲まないとやってられないほどへとへとなのは、ライチだけかもしれない。そう思って聞いてみたが、みんなノリノリだった。

 貯蔵庫から摺り石と摺り棒を出し、さっそくすり潰し作業に入る。


 潰してる間に沸かしてもらったお湯で、特別甘い甘味水を少量作りながら、出来上がった赤カラペーストを水に溶かし、各コップに入れていく。

 最後に水の中にぬるい甘味水を少しだけ入れれば、ほぼ常温の赤カラジュースの完成だ。お湯の甘味水で作ったわりには、冷たくできたほうだと思う。


 夕食も完成し、皆で「おつかれさま!」と木のカップを掲げ、乾杯する。


「っか〜!!しみるぅ〜」


 ライチが、思わずビールのようなリアクションをして飲む。キンキンに冷たかったら最高だが、常温でも、酸っぱ甘さが疲れた身体に染み渡り、疲労感を軽減してくれる気がする。美味い!


 みんなも、昨日飲んだばかりのジュースだが、うまいうまいと飲んでくれた。


(あの畑仕事が日常なんだもんな……。昨日も泥だらけで帰ってきてたし)


 普段食べている作物を作る人の苦労。今日はそれを少しだけ体験して、本当に頭の上がらない気持ちになった。


(人は一人でも生きていける、なんて、とんでもない。今元気に生きていることに、どれだけの人の努力が隠れているか……)


「いただきます」


 夕食の食べ物たちに手を合わせて、たくさんの人や物への感謝の気持ちを言葉に乗せた。




「ライチ、今日は畑の手伝い、ありがとな。集会はちょっと面白かったがよ……相変わらず、自分へのうまい話が一つもないやり方で突き進んでるな、お前は」


 馬鹿にしたような物言いの裏で、バルゴは誇らしげに笑っている。


「おかげさまで、この調子なら、あと三日もあれば、オレド麻も種まきまでいけるぞ」


 バルゴが満足げに呟く。


 たった四日で、あれだけの広さの畑をひっくり返して整える、農夫たち、農村の人たちのパワーに驚かされてばかりだ。


「夏の終わりには油がたくさん取れているといいね」

「ライチがもらってきてくれた油の種でしょ」「油は、スープに入れても、パンにかけても美味しいもんね」



 マーヤたちがニコニコと笑っている。

 ライチの気持ちが確かに届いたようなその様子に、胸がほっこりと温かくなった。



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