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第42話 村見学

「よし、革製品屋と、村長さんとこに声かけっすね。せっかく大きい村だし、ついでに少し見て回りましょ」


 道の両側には、まだ市の名残を感じさせる荷車や、小屋から商品を運び出す村人たちの姿がある。


 その奥、少し歩いていくと、木の梁がむき出しの建物の中から、甲高い金属音が響いていた。


「ここっす」


「おぉ、鍛冶屋だ」


 フェラドが案内してくれたのが店舗らしく、商品が並んでいる。音はその隣の工房から響いていた。真っ黒に煤けた顔の男性が、火ばさみで赤熱した鉄を取り出し、かちん、かちんと打っている。

 店舗を見ると、包丁や、小さな鎌がずらりと並べられていた。蹄鉄やクワの先もある。


(すごいな。こういう施設が村にあると、行商人を待ったり、いちいち街に行かなくて済むのか。便利だな)


 別の棚を見ると、革製の鞄や手袋のようなものも並んでいる。

 建物の奥の勝手口が開いており、裏手が見える。ずらりと皮が干してあるのが見えた。

 どうやら、鍛冶屋と革細工職人が同じ場所にあるらしい。


「なんで革靴なのに鍛冶屋?と思ったら、一緒になってるんだな」


「そうなんす!仲良しの鍛冶屋の奥さんが、革細工ができるんで、この店はダブルで取引してくれるんす。何がすごいって、靴底を縫って留めない革靴だから、靴底が硬くて厚いんす!どうやって縫わずに留めるかって? それは……」


「おお、うっせぇのがいるなと思ったら、フェラドじゃねぇか。オヤジさん元気でやってるか?」


 フェラドが、何やら熱く語っているところに、カンカン打っていた男性が工房から出てきた。煤だらけで汗だくの姿がかっこいい、四十代らしき男性だ。


「シドさん!こんちはっす〜。オヤジも、元気にキレまくってるっす!今日は革靴をもらいに来たんすよ」


 店舗に入ると、店内や店の裏手から、皮をなめすにおいなのか、独特の臭さがむわっと漂っている。


「革靴ならこないだ点検してやっただろ」


 足元を見るシドに、フェラドは慌てて首を振った。


「あっ、俺のじゃなくて、この人のっす!ニューフェイスのライチさんっす。山歩きもできる、かっちょいい革靴を探してるっす」


「ライチです。街の交渉で、足元を見られたくない……じゃなくて、足元を見せつけてやりたくて。いい靴、よろしくお願いします」


 ライチの日本語を元にしたジョークは、神様翻訳でも通じたようだ。シドがガハハと笑ってくれた。


「それなら、こいつはどうだ? 靴底にはかってぇ木を使ってあるから、岩場でも破れねぇ。そこに嫁が丁寧になめした革靴を、俺が打った金属ビスで打ち込んであるから、軽くて丈夫で留め具がてらっと光を跳ね返す、イカした靴だぜ」


「それそれ!それを自慢したかったんす。金属ビス、かっちょいいっしょ?」


 確かに、露店で見た靴下の延長のような革靴より、ロック=岩場可で、パンク=光るビス な感じが、めちゃくちゃかっこいい。これにしよう。


「これにします」


 一目惚れで即決したライチに、メルカトも含め、三人が笑った。


「ガハハ!値段も聞かずに即決たぁ、男前だな!メルカトがじろじろ見張ってんだ、変な値段はつけねぇけどな。油も塗り込んで、防サビ、防水加工もしてあるんだぜ。こんくらいでどうだ、メルカト?」


「……さすが、妥当ですね。こちらが値引き交渉を躊躇するくらいのお友達価格。いつもありがとうございます」


 さくっと交渉が済んで、塩での支払いが終わる。


「足のサイズに合わせて詰めもんで微調整してやるよ。ほら、来な」


 あれやこれやスケールで測ったり、試し履きをしたあと、


「しばらくしたら帰ってこい」


と、店を追い出された。 


「よし、いい買い物ができたっすね!続いて、村を見て回りましょ」



 また少し進むと、小さな物置小屋のような建物が見える。

 屋根の下、台の上に並ぶのは、布の束、藁の縄、乾き物の袋。

 けっこうなお年の女性が椅子に座り、縫い物をしながら客と話している。


「手縫い屋ですね」


「なるほど。市じゃなくて、こういう小売の形があるんだな」


 彼女のそばには、木の箱に並べられた釘や縫い針もある。


「破れものはないかい? 縫い物があれば、声かけな」

 女性がにやりと笑い、ライチに声をかける。


「ありがとうございます。またお世話になるかもです」



 もう少し歩くと、軒下に積まれた袋と石臼の並ぶ建物が見える。


「粉屋です。施設は領主のものですが、村の水車のように水力ではなく、粉屋が人力で粉を挽いてくれます。小麦はゆっくり挽かないと熱で駄目になるので、自分の仕事をしながら、粉屋に時間をかけて挽いてもらうのが一番なんです」


(粉屋!そんな仕事もあるんだな)


 すでに挽かれた粉を袋に詰めている女性たちの姿が見えた。人が多いと仕事が細分化するのは、どこも同じようだ。大変興味深い。




 歩いていくと太いマグナラ川の川辺に着いた。後ろを振り返ると、少し遠いところに、スピネラ村へと続くレニス川も流れている。山では岩場の間を縫っていた清流は、ここでは砂と小石の川原の間をのっぺりと流れている。


 市が終わったばかりの川辺は、せわしない空気に包まれていた。


「川向こうにも宿屋があるので、そちらで寝泊まりしたい人たちが並んでいますね。」


 マグナラ川の川幅はゆうに百メートルはありそうだ。その手前に設けられた木の船着き場には、市に来ていた人たちが列をなしている。


 これくらいの川幅になると、橋をかけるのは困難なようで、太いロープが杭に通されたイカダのような船が行き交っている。よく見ると、舟は、まっすぐ渡るのではなく、川の流れに斜めに乗るようにして対岸へと渡っていく。


「明日の朝、ここを渡ったら、オスティア河港街まであと少しっす!

 さて、ここにいる、市の許可と宿泊の許可を取ってる人たちと違って、俺らは村長のとこの村役人に宿泊の許可をもらわねぇとっす。行きますか」


「ここは役人さんがいるんだね」


 歩き出しながら反応する。

 役人。いよいよ文化的な響きである。


「大きな村や街は、それこそ無法地帯になってしまうので、しっかり役場で管理していますよ。数が多いので、村長だけでは管理は難しいですしね。

 ここではっきり決まってるのは、三泊以上不可。宿の無断使用不可。夜間外出禁止。ですね」


(夜間外出禁止!治安良さそう!)


となると、おそらく夜のトイレは夜壺になりそうである。

 普段は外の便所小屋で穴の中の便壺に用を足せるが、夜中、特に子どもは、真っ暗闇の外には出せないので、室内の夜壺という便壺に用を足すのだ。エルノが夜壺ではなく布団にオネショしたときに、マーヤが「あんた用だよ!」とライチ特製の大きめ布オムツを履かせていたのは記憶に新しい。


(同姓でも、ひと間の小さな小屋で用を足すのは、抵抗があるんだよなぁ……)


 できるだけ不満は考えないようにしているが、トイレだけは日本人として譲れない気持ちがある。

 いつか、父性クラフトを極めたら、子供たちの衛生管理的にも、絶対上下水道とトイレをなんとかしたいものだ。便が水に流れて浄水場に運ばれるなんて、なんて素晴らしいシステムだろう。考えた人、実行した人、天才!


(昔の水道管は鉛で出来ていたが、あまりの硬水によって水道管の内側がコーティングされたおかげで、みんなで鉛中毒にならずに済んだ……みたいな記事を見たことあるなぁ。安全安心なライフラインづくりって、大切だな。もしそんなことができるくらい偉くなったら、気をつけよう……)


 そんな突飛な空想をしながら、三人と一匹で役人のもとへてくてくと歩く。道中にさっきの革製品屋があったので、出来上がった靴を受け取って履き替えた。


「さすがです!ピッタリで最高です!」


 足丸出しの草履より、かなり文化的でイカしている。ライチはテンションマックスでお礼を言った。




---




「規模が大きくなると、ほんと色々変わるっすよね〜。ここでは、どの家の戸にも鍵があるっす。それだけよそ者が多くうろつくのは危険ってことっすねぇ。……まぁ、物取りが狙うのは、金目のものがしまってある倉庫とかっすけどね」


 フェラドが小屋にしっかりと閂をしながらそう言った。


 村役場で簡単に許可をもらって、船着き場近くの宿小屋ゾーンに入る。


 小屋に到着すると、荷物をおろし、ムリーナを繋いで、餌をやる。自分たちも買っておいた夕食を食べ始めた。

 今日の宿小屋は、板間ひと間に、大きめの藁袋マットレスが一つ広げて置いてあった。この大きさだと、きゅっとくっつく狭めの三人川の字になりそうだ。


「今日もよく歩きましたね。明日はいよいよオスティア河港街ですよ。照明を使うと勿体ないので、まだ日は落ちてないですが、さっさと寝ましょうか」


 食後に、メルカトがそう言って、さっと布団に入る。いつも通り、一番居心地の悪い真ん中で寝てくれるようだ。


「あの、朝に水浴びして身なりを整えてもいいかな?ヒゲも……」


 ライチが、おず……と申し出る。


「あぁ、最初に話していたやつですね。ヒゲも、任せてください。水は、山ほどは綺麗ではないですが、ここでも下流に向かうと水浴び場があります。少し濁りはありますが、水に混ざっているのは基本砂なので、乾いてから軽く払えば落ちますよ」


 いよいよ街風に身なりを整えて、グレゴル村長から預かった晴れ着を着る時が来た。

 ライチは今日の市や、明日以降のことに思いを馳せながら、さっさと眠りに落ちていった。

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