門が開かれている建物の中に入る。ひんやりとした石壁の空気がまとわりついた。
「あれっ?なんか凄く……そう!明るい!まさかあれ、ライト?」
入ってすぐにある大広間は、外から見えたあの小さな窓の採光では、とても足りないほどの明るさだった。見上げると、シャンデリアのように、大きな木製の輪が天井から吊り下げられている。輪にはシェードがたくさんぶら下がり、その中に光る小石が仕込まれ、下方を明るく照らしている。
壁の柱には、同じく小石を使った照明がいくつも取り付けられていて、大広間の隅々まで光が届いている。
(一つ一つはものすごく小さく見えるのに、なんて明るさだ)
「明かり用の魔道具らしいっすよ。ここは俺も来たことがあるんすけど、初めて見たとき、ぶったまげたっす」
立ち止まりついでに、フェラドが同意してくれる。
正面の一面に役所らしくカウンターがあり、立ったままやりとりをしている様子がうかがえる。昼食の支度の時間だが、四つのカウンター全てに多くの人が並んでいる。一行もその最後尾に加わった。
列はゆっくりと進むため、しばらく雑談タイムである。
「魔道具……って、魔力を使わないといけないやつだよな? こんな使い方ができるんだ……」
電気のような使われ方に感動を覚える。
「火を着ける、水を出す、風を吹かせる、大地を育てる、なんてのは属性のままなので簡単らしいんですが、光らせるのが難しく、貴族内で長らく研究されていたようですよ。二十年ほど前にここに設置されたときには、庶民は大騒ぎだったそうです」
「そんな難しい魔道具、下町に配置しちゃってもいいんだ。
光らせるための魔力は? 貴族から?」
「貴族は絶対に、下町に来て魔力を差し出すなんてことはしませんね。庶民の魔力持ちが、ここには数名配置されていて、彼らが魔道具を動かしています。市民管理の魔道具があるので、照明はそれを動かすついで、ですね」
「えっ、庶民にも魔力持ちがいるんだ……!」
「ええ。庶民でも、稀に額に魔石を持って生まれてきたり、後天的に魔石を発現したりするんです。詳しい原因は解明されていないようですが」
「基本、貴族街に住んじゃうんで、俺らはほとんど見ることはないっすけどねぇ」
「ですね。そういう魔力持ちの庶民は、貴族や他領に攫われて使い潰されないように、すぐに魔力組合に保護されます。生まれてすぐの場合はまだマシですが、後天的の場合は、家族や友人との別れが辛い……なんてエピソードも聞きますね」
家族との別れ。なんと胸が苦しくなるワードだろうか。
「基本的に、その後は貴族の邸宅で、しっかりと労働環境を監督されながら、無理なく屋敷の魔道具を稼働させる職に就きます。休みの日には下町にも足を運べるので、永遠の別れ、というほどではないんですけどね」
週末婚、みたいな感じということか。
(それにしても、生まれた我が子や、育っていく我が子が貴族街に連れて行かれて、休みしか会わせてもらえないなんて、辛すぎる。俺なら家族が魔力を持っていることを隠してしまいそう……)
「それって……額を隠してみたり、家から出なかったら、ずっと一緒に住める感じ?」
ライチが我が事のように想像して質問すると、メルカトはほんの少し考えて、すぐに首を振った。
「それは……難しいですね。
魔力は、心臓に寄生するようにある魔力器官で生成されるそうなんですが、死ぬまで生成され続けるので、過剰生成は人体に毒になります。血液と共に魔力が流れているのが、濃くなってドロドロしてくる感じでしょうか。そのため、定期的にどこかに放出する必要があり、それができるのが魔道具になるわけですね。隠してしまった人がどうなるか……すみません。心臓が止まりそうなイメージしか持てません」
(心臓に寄生!ドロドロ血液!怖すぎる!)
モンスターの魔石も、額にあったが、あれも同じ現象なのかもしれない。心臓が乗っ取られ、脳が乗っ取られ、もがいているのがモンスターなのかもしれない。
(もしかして、モンスターも貴族も同じ存在……?)
定期的に魔力を抜けば、もしかして……?そう思うと、モンスターも魔道具で魔力を吸って、救済してあげたくなった。
「そうか……。庶民の魔力はそんな高くないのかな?」
「そうですね。魔力量は遺伝するため、貴族は魔力が高い者と婚姻したがります。結果、庶民とは比べ物にならないくらいの魔力を持っていることが多いはずです。
魔力量の家庭内平均値と、家族の魔力総量が考慮されて、貴族の格が変わるので、どの家庭も養子と嫁婿取りで魔力量アップに必死だと聞いたことがあります」
「総量と平均値でランクが!……それは、魔力が高い子は奪い合いになるな」
「上位貴族、中位貴族、下位貴族、のたった三つのランクですけどね。それでも、住める邸宅の広さも、入ってくる税収も全く違うので、魔力が高い人は取り合いでしょうね。
庶民の魔力持ちも、魔力が飛び抜けて多ければ貴族の養子に迎えられたりもしますが、それもまずは本人の意向が尊重されるように、組合が保護してくれます」
「えっ?! 庶民の組合が、貴族の要望を却下できるなんてことがあるんだ。すごい組合じゃないか!」
貴族といえば、『あーら? 庶民なんて、路傍の草でしょ? 踏んでもいくらでも生えるじゃない』みたいなことを言ってそうなイメージだ。人を人と思っていなさそうな。
「魔力組合はかなり力を持っていますね。その昔、魔道具を強奪して城に突撃して自爆するという捨て身の反乱をされてから、歴代の領主が、とても大切に扱ってきたようです。
“魔力持ちになれればほぼ貴族”、なんて言葉もあるくらい、良い生活が保障されますよ。シンデレラストーリーを夢見て、毎日額を触っている庶民も多いです」
子を産む道具。魔力総量のための書面上の繋がりで、その実は幽閉。……などなど、ひどい目に遭っていないようで、何よりである。
……どことなくこの世界が全体的に平和なように感じるのだが、それは露骨に神様が、誓いとか神聖力とかで手を出してきているせいなのか?
(リノたちの世界にもしゃしゃり出てくれないかな。あの神様)
「この施設の魔力持ちの人は、下町に住んでるのかな? 保護のために貴族街?」
「ご想像通り、就寝時は貴族街に戻ります。さっき見た門の通用口を通り、貴族街の中でも下町に一番近い、小さな集合住宅に帰るようですね。カステリナ全体が敵に寝込みを襲われても、魔力持ちだけは死守したい!という仕組みなのでしょう」
「……ところで、上級な暮らしについて、詳しすぎない……? メルカトくん。君は一体……」
「あっ、そろそろ順番が来ますよ。
(ああ、ほら、あのカウンター奥にいるのが、魔力持ちの役所勤務の人です)」
またも出自についてははぐらかされてしまった。あまり語りたくなさそうなので、おとなしく小声のお誘いに乗っかることにする。
「(ほんとだ!額に魔石がついてる!すごい、初めて見た)」
前に聞いていた通り、美しいカットが施された宝石のような見た目で、キラキラと照明の光を跳ね返して輝いて見える。
大きさは、ヒンドゥー教のビンディ程度で、縦二センチほど。形は神聖石のような楕円ではなく、縦に長いひし形だ。前にいる若い女性の魔石は、エメラルドのような、透明感のある深緑色をしていた。前に聞いた説明だと、火水風土が赤青黄緑だった気がするので、土属性の魔力を持つ人だろうか。
フェラドがうっとりと女性の額を見ながら話に加わる。
「多面体ってやつが、ほんと綺麗っすよね。
治安が悪いと額の魔石狙いの殺人も多くなるそうで、魔力持ちだと確認されると、必ず魔力組合や領主から守りの腕輪がもらえるらしいっすよ」
なんだかこの知識だけ豊富で、急に語りに入って来たので、『……君、もしかして、貴族の魔石を商品にしようとしたことある?』とジョークで聞きたくなってしまった。
「魔石狙い殺人!怖すぎるだろ……。腕輪が守る? どんな風に守ってくれるんだ?」
「これは噂なので真偽はわかりませんが、『悪意によって害される』と腕輪が判断した場合に、干渉不可の防壁が個人を包み、それが、装着者の魔力が続く限り持続するらしいです。直接的な殺人以外にも、誘拐や毒による暗殺なんかの心配もありますからね。領地の収穫量を守るためにも必要な装備です」
(おお!それはつまり……バリアだな?!夢のバリアだ!……世の中に危険が多すぎて、子供たちには特に張りたかったやつだなぁ……)
あらゆる人々の憧れ。鬼にタッチされるときに誰もが出したことのある、あの“バリア”だ。是非一度包まれてみたいものである。襲われるのは嫌だけども。
「人質を取るなど、何らかの方法で動けないようにして、魔力が切れるまでその場で待たれれば、その時は、ジ・エンド、ですが、腕輪の使用魔力がほぼゼロなので、他の何かに魔力を吸わせないと、持久戦は犯人にかなり分が悪いですね。
また、防壁ごと運んで誘拐しようにも、干渉不可でその場から動かすこともできないので、ほぼ安全が保証されてる……とかなんとか。
遠方から別人狙いで狙撃しても、認知していない者から毒を飲ませようとしても、毒の粉塵を風で流そうとしても、毒や武器そのものに込められた悪意に反応して守られる……まぁ、全て噂なんですが」
メルカトの発想が怖い。貴族たちも日々命がけそうで、少し同情してしまった。