「ご用件は?」
ようやく順番になった。カウンターに着くなり、受け付けの男性にそう聞かれる。この人は額に魔石のない一般市民のようだ。
これまで雑談には混ざらずに、知り合いと会話をして過ごしていたトルヴェルが、一歩前に出て申請を始めた。
「この旅人が市民権を買うので、その保証人として同行した。代金はギルドカードで払う。処理を頼む」
「市民権ですね。かしこまりました。十万Gが入ったギルドカードのご準備と、用紙への記入をお願いします。文字が書けない場合は、代読と代筆をさせていただきますが、必要ですか?」
事前に文字の読み書きができるかを確認されていたので、トルヴェルがさくっと断った。
「では、こちらにギルドカードのご提出をお願いします」
男性がそう言うと、トルヴェルは首にかけた紐を引っ張り、胸元から無地の金属のドッグタグのようなものを取り出した。何の儀式なのか、カチッと噛んでから差し出している。
「十万Gを、こちらの残高より公金へ移動させていただきます」
トルヴェルのギルドカードが、男性の持ち出したギルドカードにくっつけられる。100000という数字がトルヴェルのギルドカード、男性のギルドカード、と順番に小さな字で光って表示されたかと思うと、すぐにトルヴェルのギルドカードが返された。
「残高をご確認ください。ありがとうございました」
今の処理で送金が済んだようだ。ギルドカードとは、なんとも便利な代物である。トルヴェルがすぐに服の中にギルドカードをしまい込む。
驚きに浸る間もなく、男性から羊皮紙とペンとインクが差し出された。神様翻訳機能が項目内容の翻訳と、これからライチが書きたい言葉の文字を示してくれるので、どうにかこうにかたどたどしく埋めていく。
(名前……ライチ。出身……他国……? 住目的……売買? 技能……なんだろう、ものづくり、かな)
まともに書けるものが名前しかない。その都度、これでいいのかと男性に聞きながら書き進めていく。
お金さえ払えば結構アバウトな仕組みのようで、たいてい『それでいいですよ』と認めてもらえた。
インク壺に浸けすぎたり、インクが足りなくて二度書きしたりで、ミミズがのたくったような仕上がりになったが、読めなくはない字にはなったようだ。トルヴェルがすべての欄が埋まったことを確認してから、続いて保証人欄を書き始めた。
「ありがとうございました。少々お待ちください」
受付の男性は書き終わって提出された羊皮紙を慣れた手つきで確認し、先ほど見ていた深緑の魔石の女性にバトンタッチをした。
魔力持ちの女性は、足元から小さな石板を取り出すと、その上に先程の羊皮紙を置き、スマホのホームボタンのような位置にある球体の薄い緑色の小さな石に指を当てた。石が光るのと同時に、羊皮紙の文字が光りだす。光がおさまってから羊皮紙をどけると、なんと石板に書類が転記されているではないか。
(うおぉ〜!!すごい!魔道具……っていうかもう魔法だ!ただコピーしただけだけど、めっちゃ魔法!すごい!)
さっきのギルドカードはよく分からなかったが、これは完全に光る字のコピーである。初めて生で見た魔法に、興奮が止められない。
「では、最後に、ライチさんと、トルヴェルさんの唾液登録をさせていただきます。指を舐めてから、ご自身のお名前に触れてください」
「えっ?……あ、はい……」
唾液登録? なにそれ? と思う間もなく石板が差し出される。脳停止状態で、言われるがままに“ライチ”の文字の上に唾をつけると、名前の字の光がより眩くなった。トルヴェルも続いて同じ動作をしている。
(個人認証って、指紋とか眼球とか顔認証とか血液とかいろいろあるけど、ここでは唾液なんだ。ペロッと舐めるだけでいいから、痛くなくてありがたいような、なんかちょっとばっちいような……)
あの石板はみんなが唾液を押し当てたやつかぁ……なんて、ちょっぴり思ってしまうライチである。
「ありがとうございます。最後に、ギルドカードの発行に移ります。就労が条件となりますが、証明できる方はおられますか?」
市民権があり、働いていることを証明してくれる人がいれば、あのタグがもらえるらしい。
「オスティア商人組合長の俺が証明しよう。彼は、行商人だ」
特に打ち合わせも打診もなく、しれっと行商人にされてしまった。架空の仕事としては、フェラドたちと同じほうが都合がいいのかもしれないが、納税とかなんかそういうのは大丈夫なのだろうか。
トルヴェルが着けている紋章ボタンを二つ確認して頷いたあと、女性が足元から取り出したのは、紐のついていない例のタグだった。くすんだ銀色をした、三✕五センチメートル程の無地の金属板だ。
「こちらに唾液を付着させてください。本人登録をいたします」
手渡された金属タグを見て、ほんの数秒逡巡する。女性の前で指をぺろぺろと何度も舐めるのも恥ずかしい行為に感じて、ライチは結局トルヴェルの真似をしてギルドカードをカチッと噛んでみることにした。歯についている唾液は少量な気がして、噛んだついでにぺろっと舐めておくことにする。
「ありがとうございます。少々お待ちください」
女性は、先ほどとはまた別の、タグにピッタリ合う形の窪みが彫られた石板を取り出し、そこにライチが舐めたタグをはめ込んで、またもホームボタン位置にある丸い石に触れた。石が光るのに合わせて、タグに
“ ライチ
アゼルシルバ領
カステリナ
行商人
0 ”
と光の文字で表示が現れる。
(二度目の魔法!しかも、今度は手元に残るやつ!これは嬉しい〜)
登録が終わったギルドカードを差し出しながら女性が流れるように説明をしてくれる。
「残高確認や送金時には、事前に唾液を付着させてください。魔道具にて認証が行われます。盗難された場合も、他者には不正使用は出来ない仕様となっております。
ギルドカード同士での送金は、カードとカードを触れ合わせることで行えますが、入金や出金に関しては、銀行の魔道具でのみ行うことが出来ますので、お気をつけください。
また、紛失時の再発行には五千Gが必要となりますので、素材狙いの盗難なども含め、十分お気をつけください」
ご不明な点はございますか? と聞かれ、必死に考えるが、特に思い浮かばなかった。
「お手続きは以上となります。アゼルシルバのカステリナへようこそ」
額の宝石が美しく輝く女性の、柔らかな営業スマイルに、ライチはそわそわとしてお辞儀を返した。
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「よし、さくっと終わって良かったな。約束の商人組合の昼食時までまだ時間がある、ライチはさっき食べたとこだが、早めの昼飯とするか」
トルヴェルがライチにギルドカード用の紐を渡し、伸びをしながらそう提案する。
相談の結果、服装がどう見ても高貴過ぎる、ということで、庶民の屋台での買い食いは諦め、手近な富裕層街の宿の食堂で済ませることになった。
オシャレな店内で、もそもそパンのジューシーなお肉サンドイッチと、甘みが少ないジュースを手早く平らげる。
いよいよ、商界のドンに会う時間が迫ってきていた。