家を建てるならば、まずは建材を確保しなければならない。
「じゃあ、魔木を切っていくよー」
『もらくす、てつだう』
「大丈夫だよ。魔法を使うからね」
俺は魔力で作った刃で周囲の魔木を切っていく。
魔木は魔物の木だ。
魔木の特徴として、切り倒した直後から木材として使えるというものがある。
そのうえ、軽くて鉄より頑丈なのだ。
表面こそヘドロの様な瘴気に覆われているが、切り倒せばその瘴気も消える。
本当に便利で、俺にとって都合の良い木だ。
『もらくす。くさ、たべる』
「おお、たくさん食べな」
モラクスが元気に周囲を駆け回りつつ、草の匂いを嗅いで根元から草を噛みちぎる。
その草を積み上げて山にしていく。
そうしているうちに瘴気が消えるので、もしゃもしゃするのだ。
魔草も、魔木と同様に死ねば瘴気が消えるのである。
「美味しい?」
『うまい』
どうやら、外の世界の草より、腐界の魔草の方が美味しいらしい。
俺は二十本ほど魔木を切り倒しつつ、魔法で加工し、魔法で組み立てていく。
それを見ておいしそうな草を咥えて山を作っていたモラクスがはしゃいでいる。
『はやい。きがういてる』
「な~。魔法を使うと、家を建てるのも速くて簡単なんだ。釘とかネジも使わなくていいし」
極めて精確に切断すれば、釘を使わず組み合わせるだけで家を建てられる。
『すごい。れんしゅうしたの?』
「めちゃくちゃしたよ」
宮廷魔導師になる前のことだ。
腐界に行きたいと言う幼い俺に、師匠は色々な職人の元に手伝いに行くよう指示したのだ。
魔法を使って、役に立ってこい。腐界に行くにはそれが必要だと師匠は言っていた。
そして俺は職人の元で、数か月住み込みで働いたのだ。
「大工さんのところでは木材加工とか組み立てとか。あと子守とかもやったなぁ」
師匠の知り合いの大工の元で、師匠と大工に厳しく指導されたものだ。
木材加工も組み立ても最初は失敗して怒られたものだ。
だが、コツを掴んでからは、お役に立てたと思う。
『ほかには、なにれんしゅうしたの?』
「大工以外? そうだね。錬金術師とか鍛治師とか狩人、あとは金属細工師とか」
錬金術も鍛冶も狩りも師匠は一流の技術を持っていた。
加えて、師匠の知り合いだという職人も一流だった。
そんな彼らから厳しく指導してもらったおかげで、苦労することなく腐界で暮らせそうだ。
ちなみに宮廷魔導師も、推薦状を持ってきた師匠に試験を受けさせられたのだ。
戦闘力を鍛えるには実戦が一番だと言っていた。
「…………あれ? 師匠はなんで宮廷魔導師試験の推薦状を持っていたんだ?」
宮廷魔導師の試験を受けるために必要な推薦状は、高名な魔導師か大貴族しか出せない。
その割に宮廷魔導師団では俺の師匠のことを誰も知らなかった。
魔物討伐で仲良くなった大貴族たちも師匠の名を知っている者はいなかった。
「……わけがわからないな」
師匠は親を亡くした三歳の俺を、実の子供のように大事に育ててくれた。
宮廷魔導師になってからも手紙をくれたり、たまに会いに来たりもしてくれた。
それに魔法の知識も実力も凄かった。それなのに俺以外の誰も師匠のことを知らないのだ。
師匠のことは本当によくわからない。何を考えているのかもわからない。
もしかしたら人族じゃないのかもしれないと思わされるほどだ。
「うーん。わからん」
「も~『わからん』」
モラクスと一緒に悩みながらも、俺は作業を進めていく。
「よし! できた」
魔木の伐採を始めてから一時間後。俺は家を建て終わった。
『かっこいい』
「なー、良い感じにできたな」
建てた家は木造の平屋で一辺は八メートルほど。屋根は三角にしておいた。
「中を案内しよう、モラクスついてきて」
「も~」
俺はモラクスと一緒に中へと入る。
「入ってすぐは土間なんだ。あとで石を加工してかまどを作ろうと思ってる」
『ねるのはこっち?』
「うん。靴を脱いでそっちの板の間で寝るんだよ。モラクスは蹄をきれいにしてあがろうね」
『もらくす、きれいにしてあがる』
聖属性の魔法である
家の中は、土間と板の間で別れているが、壁で仕切られてはいない。
魔木は建材として非常に優れているので、この程度の広さなら柱などもいらないのだ。
『かいてき。でも……くさい』
「そうだね、問題は瘴気臭いことだ」
ここは腐界なので瘴気が漂っている。
「俺もモラクスも魔力がたくさんあるから瘴気は問題ないとはいえ……」
体内の魔力は瘴気に対する抵抗力となる。魔力さえあれば、低濃度の瘴気は恐ろしくない。
『くさいのはいや』
「だよな。臭いものな」
平気とはいえ臭いのは、俺もモラクスも嫌だ。
「それに平気と言っても、体に良くないのは間違いないしな」
一部の貴族が嗜む煙草のようなものだ。
煙草を吸ったからといって死んだりしないし、すぐに病気になったりもしない。
愛煙家の貴族の中には長生きする者もいる。だが、体に良くないのも間違いない。
「そこでこれを使う! 俺が開発した瘴気を除去する結界を展開する瘴気除去結界発生装置!」
「もっ!?『ながい』」
「略して結界装置!」
俺は二十年間、魔物を討伐し続けてきた。
街を襲った後、討伐隊が来る前に腐界に逃れる魔物を追って腐界に入ることも珍しくなかった。
一緒に魔物を追って腐界に入ってくれる騎士や兵士、冒険者の中には魔力の少ない者もいる。
そんな彼らのために、俺が開発したのが結界装置だ。
核の部分にリラからもらった護符を使っているので、全て俺一人で開発したとは言えない。
だが、護符と魔導具を組み合わせるというのは俺独自の発想だ。
それに護符だけだと瘴気を払う効果は限定的だ。
護符と魔導具を組み合わせることで広い空間の瘴気を払うことができるようになる。
「これまでは、護符が持たなくて、短時間で壊れてしまったんだけど……」
リラがくれた新しい護符のおかげで、半永久的に瘴気を防げるようになった。
「まず、部屋の真ん中に、この正八面体の結界装置の親機を配置する」
親機には核としてリラからもらった護符を組み込んである。
『そこにつけるの?』
「そう。梁にくっつけておくんだ。それから四か所に正四角錐の子機を配置するんだよ」
親機と子機はそれぞれ手のひらに乗る程度の大きさだ。
子機に囲まれた球形の範囲に結界が展開され瘴気が入らなくなる。
俺とモラクスは家を出て、魔木を伐採した範囲を覆うよう子機を配置していった。
親機と子機との距離は三十メートルぐらいが限界だ。
つまり、半径三十メートル球形の範囲に結界を展開できる。
「子機をつなげて中継すれば範囲を広げられるんだけど……」
今は子機に余裕がない。あとで子機を作ってどんどん範囲を広げていこう。
「結界で覆うと、魔木は生えてこないからね」
『はえてこないの? すごい』
魔木は成長が早いので、結界で覆わないと切っても切っても生えてくるのだ。
「よし、配置完了。結界装置を作動させるよ!」
装置が作動し、結界が展開すると同時に嫌な臭いが消え去った。
「すぅぅぅぅはぁぁぁ」
「もぉぉぉぉ~もぅぅ」
俺が深呼吸すると、モラクスも深呼吸する。
『おいしい』
「うん。空気がおいしい!」
瘴気がないと本当に快適だ。
「空気がおいしくなったら、食欲がわいてきたな」
『もらくすも、おなかへった』
「少し早いけど夜ご飯にしよう!」
俺はモラクスと一緒に夜ご飯を食べることにした。