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第6話 夜ご飯を食べよう

 俺は魔法の鞄マジックバッグから角魔猪の肉と調味料と食器とフライパンを取り出した。


「モラクス、水をあげよう」

『ありがと、もらくすのどかわいた』


 俺はお皿に魔法で水を出して、モラクスの前に置く。

 自分の分の水はコップに入れる。


『てぃるのおみず、おいしい』

「ありがと。腐界の水は瘴気臭いからな」

『くさくて、まずい』


 水魔法があるからこそ、近くに水場がなくても問題なく生きていけるのだ。

 水魔法を使えなかったら、腐界での水確保に頭を悩ませなければならなかっただろう。


「最初だし、シンプルに角魔猪のステーキ、それも分厚いのにしようかな」


 俺は角魔猪の肉のおいしそうなところを二センチぐらいの厚さに切った。

 重量は、多めに五百グラムぐらいにしよう。魔法を使うと腹が減るのだ。


 両面に塩胡椒を振ってから、フライパンを火魔法で熱して、じっくりと焼いていく。


『てぃる。よわび、うまいね』

「練習したからね」


 魔法の出力操作は非常に繊細な技術だ。

 錬金術師の元で修行したときに、ひたすら練習させられた。


『もらくすは、くさたべる』

「モラクスは生の草でいいの? 焼いたり茹でたりもできるけど」

「もきゅもきゅ『なまがいちばん』」


 モラクスは、本当においしそうに自分で集めた草を食べている。


『てぃる』

「どうした?」

『もらくすがたべるの、みてて』

「いいよ。見てるよ」


 俺は草を食べるモラクスを見ながら、肉を焼いていく。


「モラクス、おいしい?」

『うまい』

「モラクスって、食べられないものはある?」


 草食動物だから、ステーキは食べられないだろう。

 だが、塩はいいのか、胡椒はいいのか、油はいいのかなど、気になることはたくさんある。


『えっとね、ままが、せいじゅうは、ひとがたべられるものは、なんでもたべられるって』

「そっか。じゃあ、角魔猪のステーキ食べてみる?」

『たべられるからって、おいしいとはかぎらないとも、いってた』

「そうか、そりゃそうだな。お、そろそろかな?」


 ステーキに綺麗な焼き色がついたので、皿に移す。焼き加減はミディアムレアだ。


「普通の猪や豚はじっくり火を通した方が良いんだけど……」


 角魔猪は基本的に生でもいける。肉に寄生虫も微生物もついていないからだ。


「多分、身にまとう瘴気のせいで寄生虫とかカビとかが近づけないからかもな」


 普通の生物が瘴気をさけるように、微生物も瘴気を避ける。

 だから、基本的には綺麗で安全なのだ。


 俺はナイフで魔猪ステーキを一口大に切り分ける。

 断面図は赤くて、とてもおいしそうだ。匂いもいい。


「いただきます」


 ステーキを噛んだ瞬間、濃厚な旨みをもつ肉汁が口の中に広がった。


「……うまい……うまい」


 語彙がなくなる。味付けは塩と胡椒だけだというのにおいしすぎる。

 腐界の外で大貴族に振る舞ってもらった高級料理よりもずっとおいしい。


 赤身の旨みの濃厚さは、外界の豚や牛、猪の比ではない。

 そのうえ、舌でも切れそうな程、柔らかい。


 猪は豚に似ているのに、角魔猪の肉は豚よりも高級な牛肉の味に近かった。


「脂身は甘くて濃厚で……しかも、しつこくない。脂だけを塊で食べられそうなぐらいだ」


 赤身と脂身を同時に食べると、旨みの相乗効果で多幸感に包まれる。


「ふわぁ……うまい」


 一般には知られていないが実は魔獣の肉はとても旨い。

 腐界への赴任に、俺が悲観的ではなかったのは、食事の面も大きかった。


「そうだ。わさび醤油も合いそうだな」


 俺は魔法の鞄からわさびと醤油を取り出した。

 醤油というのは、大豆を発酵させて作る調味料だ。

 数百年前の異世界からの転生者を自称する者が伝えたという伝承がある。


 俺はわさび醤油に魔猪ステーキを付けて食べてみた。


「やっぱりうまい」


 わさびのつんとくる辛みと醤油の塩味と旨みと、角魔猪肉の相性は最高だ。


「……いくらでも食べられそうだ」

『てぃる。これもうまい。たまねぎ』


 そういってモラクスは草の山から玉葱を咥えて持ってくる。


「これは……魔玉葱マジック・オニオン?」

『なまでもうまいし、やいてもうまいって、ままがいってた』

「ほう? じゃあ、焼いてみようかな」


 俺はモラクスがくれた魔玉葱の皮を剥いて、薄切りにして火魔法でじっくり焼いていく。


「それにしても魔玉葱なんてよく見つけたね」

『そこらへんに、たくさんはえてる。ほかにもいろいろある』

「おお、モラクスは見つけるのが上手だね。ありがとう」

「もっも」

「モラクスのおかげでご飯がますます楽しみになるよ」


 良い感じに飴色になったので、皿に移す。


「モラクス、半分こしよう」

『うん、ありがと』


 俺はモラクスと分けてから、魔玉葱を口に入れた。


「おお……、これも旨いな!」

『ねー、おいしいね。なまでもうまいよ』


 魔玉葱には、普通の玉葱を越えた甘みと、濃厚な旨みがあった。


「塩と胡椒で味付けしただけなのに……旨みがすごいな」


 薄味の出汁で煮たかのような風味がある。


「魔植物も……旨いのかもしれないな」

『くさも、そとのくさより、うまい』


 モラクスもご機嫌に尻尾を勢いよく振っていた。


「瘴気をまとうことで、おいしくなるのかも? どうしてだろう?」

『わかんないけど、うまい』

「そうだね、おいしいね」


 瘴気をまとうことで微生物や生物に襲われないからだろうか。


「うーん。考えてもわからんな」


 どちらにしろ、美味しいのは良いことだ。


 腐界の美味しいご飯をたっぷりと堪能して、お腹いっぱいになったら眠くなってきた。


「よし、モラクス。そろそろ寝よっか」

『もらくす、ねる』

「風呂に入りたいけど湯船がないから、清浄プリフィカチオの魔法を使うよ」


 実は湯船をお湯で満たすのは俺の魔力があればさほど難しいことではない。

 そのうち湯船を作って、お風呂を堪能しようと思う。


 俺はモラクスの全身に清浄の魔法をかける。


『きれいになった。もらくす、てぃるのまほうすき』

「気に入ってくれてありがとう」


 自分にも清浄の魔法をかけた後、角魔猪の毛皮を敷いて、毛布に一緒にくるまる。

 魔法の明かりを消しても、窓から入る二つの月の光のおかげで充分に明るい。


「夏だから毛布はいらないかな」

『よるひえる?』

「かもしれないなぁ。でもモラクスとくっついてたらあったかいよ」

『てぃるもあったかい』


 そうして、俺はモラクスと一緒に眠ったのだった。

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