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第8話 師匠からの手紙

 俺とモラクスが気持ちよく眠っていると、

 ――コンコンコン

 玄関の扉を固い物が叩く音で目を覚ました。


「……モラクスに出会ったときのことを夢に見ていた気がする」


 ――コンコン


 まだ扉を叩く音が聞こえる。


「いったいなんだろう? 腐界の新築の家に一体誰が……」


 俺は玄関まで行くと、扉を開けずに外を魔法で窺う。


「なんだ、オルか。よく来たな」


 そこにいたのはオルという名の大きなミミズクだった。

 俺は魔法で部屋に明かりを灯すと、扉を開けてオルに中へと入ってもらった。


「お疲れさま。オル。師匠からのお手紙を運んできてくれたのか?」

「ほーほー」


 オルは師匠の使い魔である聖獣の鳥である聖鳥のミミズクだ。

 ちなみに聖獣は獣も鳥も魚も竜も、まとめて聖獣だ。聖獣の小分類が聖鳥や聖魚なのだ。

 オルは茶色で体長七十センチ、翼開長は百八十センチもある。


 オルは師匠の手紙を運んできてくれる伝書鳩ならぬ伝書ミミズクだ。


「返事を書くから少し待っていてくれ。水とご飯をあげよう」


 俺はオルが胸に付けている小さなポシェットから手紙を取り出す。

 それから、角魔猪の肉と水を出して、オルの前に置いた。


「オル。魔物に襲われなかったか?」

「ほ~」


 オルは「余裕だった」とどや顔している。

 普通のミミズクも音と気配を消して飛ぶ。

 オルはその能力が普通のミミズクの比ではないぐらい優れているのだ。


 角魔猪の肉を食べるオルを撫でると、俺は師匠の手紙を開いた。


  ◇◇◇◇


 敬愛する我が弟子にして息子ティルへ


 腐界への赴任おめでとう。

 ティルは子供の頃からずっと腐界で研究したいと言っていたものな。


 師としても嬉しく思う。

 私はずっとティルの腐界行きに、まだ早いと反対していたね。


 腐界は厳しいところだ。力が無ければあっさりと死んでしまう。


 本当のところをいうと、ティルが充分強くなったと頭では理解していた。

 戦闘力だけでなく、魔導具や魔法陣の製作技術、製薬等の力量は世界でも随一だろう。


 反対していたのは、それでも心配だったからだ。

 ティルの腐界行きが決まり、私の中でティルは未だ幼子だったと気づかされた。


 親バカならぬ、師バカと笑うが言い。

 だが、もう大丈夫だろうね。人の子の成長の早さには驚かされるよ。


 とはいえ、赴任が決定した経緯は許せないので、けじめは付けておく。任せておくといい。



 先ほども書いたが、腐界は厳しいところだ。

 いくら力量が充分でも、さみしさや辛さを感じるかもしれない。

 そのときは、すぐに戻ってくるがいい。


 ティルは我が弟子の中でもとびきりに優秀だ。

 ティルは天才なので、将来的には私よりも凄い魔導師になるだろう。


 そんなティルだから、腐界でも、きっと楽しく過ごすと思っているよ。



 もし腐界から戻ってきても心配はいらない。

 宮廷魔導師団に戻るもよし、別の職に就くもよし。

 昔から希望していた魔物退治を続けたいなら、それもよし。


 私がどうにかしよう。どうにでもできるから安心してほしい。


 ティルは信じてくれないが、こう見えても私には権力があるのだよ。


 定期的にオルを送るので何かわからないことや聞きたいことがあったら、いつでも言いなさい。


 私も行きたいのだが、呪われているため腐界には近づけない。

 それはとても残念だ。


 風邪をひかないように、暖かくして眠るようにね。


  ルカン・ローレル・ルーベル


 追伸

 もし腐界で困っている人がいたら助けてあげてほしい。無理のない範囲でかまわないから。

 追加でリラが作った護符も送っておく。結界発生装置の足しにしてくれるとうれしい。


  ◇◇◇◇



 師匠の気遣いがありがたかった。


「でも、けじめはとかは別に付けてくれなくてもいいんだけどな」


 何もしなくても、どうせ宮廷魔導師長たちは、魔物退治で苦労しまくるのだ。

 それに師匠には権力は無いと思う。誰も師匠の名前を知らなかったし。


 俺は師匠への返事を書く。


 腐界の暮らしは快適だと言うことや、師匠のくれた魔法の鞄が役に立ったこと。

 護符も凄く助かること。そんなことを書いておく。

 リラに感謝を伝えることもお願いすることも忘れてはいけない。


 ついでに、腐界にたどり着いたときに原住民のエルフの少女に出会ったことも書いておいた。


「あ、俺が抜けた穴を何とかしてほしいってことも書いておこう」


 宮廷魔導師団には、魔物とまともに戦える者がいない。

 そうなると、俺がやってきた仕事を代行できる者がいないのだ。


 宮廷魔導師団が困るだけなら、いくらでも困ればいいと思う。

 だが、魔物の討伐が滞れば、辺境の民が困る。


「もし、穴埋めできないようなら、いつでも戻るのでいつでも言ってください……っと」


 いや、そんなことを権力者じゃない師匠に書いても仕方がないかもしれない。


 でも、師匠は謎が多い。宮廷魔導師団への推薦状を持ってきたぐらいだ。

 権力者とも裏のつながりがあるかもしれなかった。


 返事を書き終わったとき、

「もぅ?」

「ほぅほぅ?」

 モラクスはオルの匂いを嗅いで、オルもモラクスのことを優しく見つめていた。


「モラクス、起きちゃったか。この子はオルだよ。俺の師匠の使い魔なんだ」

『おる。せいじゅう?』

「そうだよ」

「ほ~」


 オルは俺の手紙を受け取ると、すぐに師匠の元へと旅立っていった。


「休んでいけば良いのに」

『ねー』


 オルを見送った後、数体魔物が襲ってきたので倒してから、俺たちは眠りについたのだった。

 そして真夜中、俺は接近する何者かの気配で、再び目を覚ました。

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