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第17話 ミアの事情

「……え? いいのか? 私はあれほど無礼な態度をとったというのに!」

「それについては、互いに謝罪とお礼を済ませただろう?」

「そうだが、……いや、そもそも何をしてほしいのか聞かなくていいのか?」

「俺にできることなら、かまわない」


 俺がそういうとミアは「ありがとうありがとう」と繰り返す。

 師匠からも「もし腐界で困っている人がいたら助けてあげてほしい」と言われている。


 助けない理由がない。


「も?」「わふ~?」


 そんなミアにモラクスとペロが近づいてふんふんと匂いを嗅いだ。


「まぁ立ち話も何だ。家で話そう。モラクスもペロもそろそろ寝る時間だからな」

「もぉぉぉふ」「ふわぁぁぁふ」


 ちょうどよく、モラクスとペロが大きくあくびをした。

 二頭とも赤ちゃんなので眠いのだろう。


「ミア。付いてきてくれ。っとその前に……」


 俺はあとで処理するために魔鳥を魔法の鞄に入れる。


「い、今、何を? 魔鳥が消えたんだが……」

「ああ、魔鳥を魔法の鞄にしまったんだ」

「魔法の鞄? とは? なんだ?」

「そうだな、その説明も必要だな。魔法の鞄というのは――」


 俺は簡単に説明しながら、家に向かって歩いて行く。


「魔導具の一種、ああ、魔導具の説明からしたほうがいいな」


 魔導具というのは魔法が苦手な者でも使えるようにした便利な道具というところから説明する。


「つまり、魔法が使えない私は、魔導具を使えないのか?」

「魔法を全く使えないなら、魔導具は使えないな。どうにかしようという研究はあるんだが」


 その研究はうまくいっていない。


「それで、魔法の鞄の説明だが、見た目よりずっと内容量があって――」

「ふゎぁぁ」

「どうした? 悲鳴みたいな声をあげて」

「しょ、瘴気がない」


 俺たちの後を追って、結界内に入ったミアは瘴気がないことにやっと気がついたようだ。


「ああ、これまでミアはずっと結界の外にいたものな」

「な、なぜ瘴気が……すぅーはぁーすぅーはぁー……空気が美味しい」


 ミアは感動した様子で何度も何度も深呼吸をした。


「……死んだ両親にも、……この空気を吸わせてあげたかった」


 まるで瘴気が含まれない空気を吸ったこと自体初めてのような口ぶりだ。


「ティル。どうして、ここには瘴気がないんだ?」

「それは俺の作った瘴気除去結界発生装置、略して結界装置の効果だ」

「……………………ティルは大賢者だったのか?」

「違うぞ?」


 そんなことを話しながら家の中へと入る。

 板の間のへりに、角魔猪の毛皮を敷いてそこに座ってもらう。


「ゎぅ」


 ミアが座ると、眠そうなペロが、ミアのすぐ近くで横になる。

 モラクスは少し離れたところで横になった。


「お茶を出せたらいいんだがな。茶葉は持ってきていないんだ。そのコップを貸してくれ」


 ミアは腰に木のコップをぶら下げているのだ。


「貴重な水を……ありがとう。村を出てから水を飲めてなくてな……」

「水だけじゃなく、肉やパンの実もあるが、お腹は空いてないか?」

「水だけで充分なもてなしだよ。本当にありがとう」


 俺はミアのコップに、魔法で水を注ぐ。


「これが魔法で出した水か。ありがとう――ふぉぉぉぉ」


 水を一口飲んだミアが変な声をあげ、早くも眠りかけていたペロがビクッとした。


「水が美味しい……瘴気の含まれていない水がこれほど美味しいものだったとは……」


 先ほど、瘴気のない空気を吸ったときよりも感動している様子だ。


「……死んだ両親にも飲ませてあげたかった」


 ミアはもう一口水を飲もうとしたが、手を止める。


「ティル。妹にも飲ませてあげたい。これを水筒に移して持ち帰っても良いだろうか?」

「それはミアが飲め。お土産の分は別に出そう」

「いや! いやいやいやいや! これほど貴重なものを、いただくわけには――」

「気にするな、いくらでも出せる。魔法でな」


 俺はそういって、ペロの餌を入れる大きめの器に水を出して見せた。


「ぁぅ~」


 半分眠っていたペロはもそもそと動いて、ピチャピチャと水を少し飲んだ。

 それから板の間に上がると、ミアのひざに顎を乗せて「ぷしゅー」と息を吐く。


「な? 俺にとっては、水を出すことは本当に大した労力ではないんだよ」

「………………やはり、大賢者様」

「だから違うぞ」


 ミアはペロを撫でながら俺を見つめた。ミアの視線に尊敬が混じっている気がする。


「水については遠慮しないでくれ。それで頼みとは何だ?」

「ああ、そうだった。ティル様に頼みたいことがあって」

「様はやめてくれ」

「いや、だが、しかし」

「やめてくれ」

「……わかった。ティル」


 少し強めに言って、ミアは渋々様付けをやめてくれた。


「それで頼み事というのは?」

「瘴気病の私の妹を治してほしいんだ」

「いいぞ。もっとも治せるどうかは進行度によるけどな」

「ありがとう」


 お礼をいったミアはほっとしたようだった。


「それにしてもどうしてミアたちは腐界から出ないんだ? 言いにくいなら言わなくていいが」


 魔法を使えないと腐界で暮らすのは難しいと思う。


「話そう。いや、ティルには聞いてほしい。……全ては呪いのせいなんだ」


 そういってミアは語り出す。

 千年前、ミアの一族は大賢者と共に魔物を率いる邪神の使徒と戦いを繰り広げていたという。

 邪神の使徒は腐界を拡大させようとし、大賢者は腐界を消し去ろうとした。


「我らの先祖も大賢者も強く、強力な魔物を屠り、ついには邪神の使徒を倒したのだ」


 勝利を手にしたと思ったその瞬間のことだ。邪神の使徒は死の間際に呪いをかけた。


「私の一族は魔法を封じられて腐界から出られない呪い。大賢者様は腐界に近寄れない呪いだ」


 ミアの言う魔法とは狭義の魔法のことだ。

 それからミアの一族は千年間腐界の奥で、魔物を殺して暮らしてきた。


「ミアたちが外に出たらどうなるんだ?」

「大量の強力な魔物が追いかけてきて、外に出た者を殺す」


 その後、役目を果たした魔物はその場で大量の瘴気を出し、広範囲が腐界に沈むという。


「数百年前、一族の者が外に出た際は、三十キロ四方が腐界に沈んだと伝えられているんだ」

「奥地で暮らしている理由は、万一にも外に出ないようにか?」

「それよりも水の問題だな。ましな水は奥地の地下の方が多いんだ」


 奥地で暮らしてきたことが、ミアが魔法を見たことがなかった理由だろう。

 魔物を倒しに魔導師が腐界の中に入ったとしても、奥には入らないから出会うことが無いのだ。


「……私が浅瀬に来たのは、これを採るためにやむを得ずだ」


 そういって、ミアは腰に付けたポーチから草を取り出す。

 初めて会ったときも、ミアは、あふれそうなぐらいポーチに草を詰めていた。


「……瘴気病の治療薬の材料だな」

「ああ、奥地にはもうこの草はほとんど生えていないんだ」


 ミアは妹を助けるために草を探して浅瀬まで来て、俺に出会ったらしい。


「ちなみに、この草をどう使うんだ?」

「すり鉢で擦って、ペースト状にして患部に塗る」


 俺は魔導図書館で読んだから知っている。それは千年前の治療法だ。

 効果は雀の涙ほどしかない。


 俺が作った治療薬は千年かけて、改良され効果が高まったものだ。


「そうか。ちなみに妹さんの症状は?」

「二の腕の半ばと太ももの半ばまで瘴気に覆われてしまった」


 少なくともペロよりも症状が進んでいる。


「発症したのはいつだ?」

「ニか月前だ。……このままだと一月も持つまい」


 二の腕の半ばまできたら余命一月というのは俺の読んだ論文にも同様の記述があった。

 だが、塗り薬と飲み薬を併用すれば、恐らく治せるだろう。


「なるほど。わかった。俺も眠たいからな。眠って明日の朝、出発しよう」

「……感謝の言葉もない」

「ミアも眠るといい」


 そういうと俺は横になってモラクスを抱っこする。


「わかった。だが、妹の病が治るかもしれないと思ったら、興奮して眠れそうもない」

「じゃあ横になって目だけ瞑っておけ」

「うむ。…………ティルは本当に大賢者様ではないのか?」

「違うぞ」


 そう答えながら、師匠とミアの家名が同じ事が気になっていた。

 師匠は、呪いで腐界に近寄れないとも言っていた。


 もしかしたら師匠は大賢者なのか?


「……まさかな。何を馬鹿なことを」


 エルフは長命で知られているが、その寿命は三百年程だ。

 千年前の大賢者が今も生きているわけはない。


 師匠と大賢者に関係はあるのかもしれないが、子孫の一人とかだろう。


「すぅー」


 横になって一分も経たずに、眠れそうもないと言っていたミアの寝息が聞こえてきた。

 よほど疲れていたに違いない。

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