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第18話 エルフの村

 次の日の早朝。

 起床した俺は皆を起こさないように静かに家の外に出る。


 そして、昨夜ミアが来る前にセットした土壌改良のための魔法陣を確認した。

 昼間に描いた魔法陣は予想通り失敗している。



 だが、真夜中に描いた魔法陣は理論通り動いて、魔石ができていた。


「……よしよし。魔石の質も……悪くない。小さいが一晩ならこんな物だろう」


 上出来だ。充分実用に耐えると判断して良いだろう。だが、まだまだ完璧ではない。

 大筋の理論はあっているとおもうが、まだ充分に改良の余地がある気がする。


「とはいえ、ひとまず成功だ。あとでモラクスにお礼を言わないとな」


 俺は失敗した魔法陣を消して、うまくいった魔法陣を新たに描いていった。


「魔法陣だらけになったな。よしよし」


 俺は結界の範囲内を、ほぼ魔法陣で埋め尽くした。


 その後、俺は結界の外に出て瘴気病の治療薬の材料となる草を集めて魔法の鞄に入れておく。


「この草は奥地には少ないらしいからな」


 ついでにモラクスのご飯用の草も刈っておいた。


 そして、昨晩仕留めた魔鳥も魔法の鞄から取り出して処理をする。


 内臓を取り除き、血抜きをして肉を解体していった。

 羽と嘴、爪などは、装備や薬、魔導具の素材になるので捨てずに魔法の鞄に入れておく。

 内臓もペロが好きなので、捨てはしない。


 作業を終えて、家に戻ると、

「もっもー」「ぁぅぁぅ」

「こらこら、なめるな、なめるな。そんなことするとこうだぞ!」

「もも~」「わぁぅ~」


 ミアがモラクスとペロと遊んでくれていた。


「みんな、おはよう。朝ご飯にしよう」

「もっもー」「わふわふ」

「おはよう、ティル。それなら、私が……」

「遠慮するな。ミアはお客様だからな」


 俺は朝ご飯の準備をする。


「まあ大した物は作れないんだが、昨夜の魔鳥を焼いて食べよう」

「がうがう」

「ああ、ペロのために内臓もとってあるよ」


 ペロには生の内臓と生の肉。モラクスには草。

 そして俺とミアには焼いた肉だ。


 朝ご飯の肉を食べながら、ミアが言う。

「瘴気がないところで食べると、美味しいな」

「たしかにな。瘴気は臭いからな」

『くさいくさい』「わふぅわふぅ」


 朝ご飯を済ませると、ミアの村へと出発することになった。


「食後すぐに動いて、ペロは大丈夫なのか?」


 犬は食後すぐに動くと胃捻転になって命に関わる事がある。

 狼もきっと同じだろう。


「がふ」

『せいじゅうだからね?』


 ペロもモラクスも大丈夫だという。


「そうか……凄いな聖獣って」

『まりょくがたかいからね?』

「そうなのか、魔力が高いと大丈夫なのか」


 知らなかった。

 だが、大丈夫なら何よりである。


「ミア、案内してくれ」

「うむ! 速かったら言ってほしい」


 ミアは草木がうっそうと茂る道なき道を、駆けていく。


「ミアは身軽だな」

「ティルこそ……って、狼のペロはともかく、モラクスも速いんだな」

「もっもー」


 モラクスは小さいのに跳ねるようにして、元気に付いてきた。


 俺たちは会話しながら、うっそうとした森の中を駆け抜けていく。

 山を越え、崖を越え、川を越える。


「腐界の中を長距離移動すると、瘴気も一様ではないって実感するな」


 腐界の中にも瘴気の濃いところと薄いところがあるようだ。

 書物で読んで知識としてはあったが、実際に歩いて見ると実感できる。


「ああ、厄介な瘴気だまりなどもある。風向きが変わって瘴気だまりが移動することもあるし」


 奥地に住むミアたちは、瘴気だまりの位置を見て、村を移動させることもあるらしい。



 俺の家を出立してから三時間ほど経ったとき、ミアが足を止める。


「見えてきたぞ。あれが私たちの村だ」


 俺の家からミアの村までは二十キロぐらい離れていた。


「……木の壁で囲まれているな」

「ああ、魔物と瘴気除けだ。瘴気は重いから下に溜まるから、壁を作ると瘴気除けの効果がある」


 むらは高さ三メートルほどの木の壁で村全体が囲まれている。

 壁には一つの扉が付いており、そこから出入りするようだ。


「ようこそ、我が村へ」


 ミアの後ろについて俺たちは村の中へと入る。


 壁に囲まれた村は綺麗な円形で、だいたい直径百メートルほどの広さだ。

 建物は三十軒ほど。屋根や壁には魔獣の革が張られている。


 村の中心にはひときわ大きな建物が一軒あった。

 村の中は静かで、家の外を出歩いている者は一人もいない。


「誰もいないな」

「瘴気が漂っているんだ。必要が無ければ外には出ないよ」

「そうか。そうだよな。屋根と壁に貼られた魔獣の革は何のために?」

「魔獣の革は瘴気を通さないからな。家に入り込む瘴気がましになるんだ」


 生活の知恵なのだろう。


 村の中心近くまで進むと、一斉に十人ほどのエルフの住民たちが姿を現した。

 家の影に身を隠したり屋根の上に立ったりして、俺たちを完全に包囲している。


 姿を見せた全員がミアよりも年下、つまり子供にみえた。


 年長の者でも十代前半、十歳ぐらいに見える者すらいる。

 全員が弓を持かまえて、いつでも戦えるように備えていた。


「ミア、後ろの人はだれ?」

「ティル・リッシュと聖獣牛のモラクスと、聖獣狼のペロだ。敵じゃない」

「ティル・リッシュだ」「もっ」「わふ」


 紹介にあわせて、俺たちも挨拶する。


 ミアが敵じゃないと言った瞬間、村人たちの警戒が一瞬で解けた。

 弓をおろし、建物の影から出てきたり屋根から降りてきたりして、近づいてくる。


 かわりにミアを責めるような目で睨む。


「こんなとこに、そんな装備のひとを連れてきたらだめだと思う」

「武器ももってないし。ミア、だめだよ?」

「それに牛? 牛っておじいちゃんが話してくれた、あの?」「かわいい」


 村人たちからは、冬の高山に軽装でやってきた無知で無謀で観光客に見えるのだろう。

 魔法を見たことがないのだから、そう見えても仕方がない。


「ティルは巨大な魔鳥を一撃で倒すほどの凄腕の魔導師だぞ?」

「魔導師?」「実在したの?」

「大賢者様と同じ、魔導師、ってことは魔法を使えるってこと?」


 村人たちからキラキラした目で見つめられた。


「ティル、モラクス、ペロ。よろしくね。魔導師ははじめてみた! 僕は――」


 村人たちは順番に自己紹介してくれた。


「牛って可愛いね」

「狼も可愛い」

「もっも」「わふわふ」


 モラクスとペロは村人たちに撫でられて、ご満悦だ。


 村人たちの見た目は少年少女だ。

 老化が遅いエルフなので実年齢はわからないが、俺には子供に見える。


 子供がモラクスとペロを可愛がっている姿を見ると、つい笑顔になってしまう。


「ねね、ティル。魔法ってどういうものなの? 凄いとは聞いているのだけど」


 一人の少年がそういうと、全員がキラキラした目で俺を見る。


「凄いかどうかは、感じ方次第だけど便利だよ。見せようか?」

「え? いいの?」

「もちろんだよ。そのコップを貸してくれ」

「はい!」


 俺は少年が腰にぶら下げていたコップを借りると、指先から水を出して注ぐ。


「すごい! 水が出た!」「うおおおおお」

「その水、飲めるから飲んで良いよ」

「いいの? いただきます! ――うまい! すごいうまい!」

「私にもちょうだい!」「私にも!」「僕にも!」

「いいよ! 順番ね、少しずつだよ!」


 少年が水の入った自分のコップを隣の少女に渡そうとしているので、

「まてまて。全員コップを出してくれ。皆に水をあげよう」

「いいの?」「ありがと!」

「いや、だめでしょ。水は貴重なんだよ? 遠慮しないとだよ」

「……でも」

「安心しなさい。遠慮しなくていいよ。俺は凄腕の魔導師だからね。水ぐらい簡単に出せる」


 俺が遠慮するなと言うと、皆、おずおずとコップを差し出した。

 そのコップに水を入れていく。


「うまい! すごい、なにこれ! 水じゃないみたい」

「おいしい!」「ふおおおお」


 騒ぎになると、ひときわ大きな家から六歳から八歳ぐらいの子供が五人出てきた。

 全員が手にコップを持っている。


「……僕ものみたい!」「わたしも!」

「こら! 子供は外に出たらだめ! 病気になるでしょ!」

「でも……」

「水は、あとでお姉ちゃんのをあげるからね」


 子供たちもとても美味しいと評判の水を飲みたいらしい。


「ああ、子供たちのためにも水を出そう」

「いや! そこまでしていただくわけには!」

「流石にそれは悪いよ! こんな貴重なものを……」

「何度も言うが、本当に遠慮しなくていいよ。俺にとってはたいしたことじゃないからな」


 俺は子供達のコップに水を入れてあげた。


「えへへ、ありがと! ふわぁ。おいしい!」

「おいしいねぇ」


 笑顔で喜ぶ子供たちはとても可愛かった。


「みんな、ティルにはミーシャの治療をお願いしているんだ」

「え? ミーシャの治療って瘴気病の?」

「魔導師ってそんなことまで、できるの?」

「……大賢者」「……大賢者だ」

「おじさんは大賢者じゃないよ~」


 そんなことを言う俺の腕を掴んで、ミアが言う。


「こっちに来てほしい。まずはミーシャを診てほしい」


 歩き始めてすぐにミアは止まる。


「ここが皆で住んでいる家だ」


 それは村の中ではひときわ大きな家だ。

 縦横の一辺が二十メートル近い正方形で、高さ三メートルほどもあった。

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