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第19話 ミアの妹ミーシャ

 俺はミアについて大きな家の中へと入る。


「中も広いな」

「も~」「わふ」


 玄関近くは土がそのままむき出しで、それ以外は板の間だ。

 板の間には魔獣の毛皮が敷かれている。


 板の間の中心近くに、ミーシャらしき女の子が毛皮にくるまって眠っていた。


「だいたいどの家も作りは同じなんだ。このあたりに水瓶があって、トイレはこのあたりで……」

「かまどはこのあたりにある!」

「日が暮れたら毛皮にくるまって、みんなでねるの」


 一緒に家の中に入ってきた子供たちが小声で教えてくれる。

 子供たちだけでなく、最初に俺たちを出迎えた少年少女も一緒に中に入ってきた。


 きっと、瘴気病の治療を見学したいのだろう。


「……ティル。ミーシャは眠っているから、靴を脱いで静かにこちらに来てくれ」

「わかった。清浄プリフィカチオ


 モラクスの蹄とペロの足に清浄の魔法をかけると、靴を脱いでミーシャの側まで移動する。


「……おねえちゃん?」

「起こしてしまったか?」

「だいじょうぶ! ミーシャ、ずっと、おきてたからね!」


 絶対寝ていたのに、ミーシャはどや顔でそんなことを言う。


「ならよかった。気分はどうだ? 食欲はある? 何かたべるか?」

「気分はいいけど、お腹すいてない! ふわ! なんかいる! この子たち、だれ?」

「ふんふんふん、も?」「ふんふんふんふん、わふ?」


 ミーシャは、自分の匂いをふんふんと嗅ぐモラクスとペロを、キラキラとした目で見つめる。


「牛のモラクスと、狼のペロだよ」

「かわいいねぇ」


 ミーシャは、モラクスとペロを撫でようと手を出して固まった。

 瘴気に包まれている自分の手で撫でたら嫌がられると思ったのかもしれない。


「もきゅ」

 だが、そんなミーシャの手をモラクスが咥える。


「だ、ダメ! きたないよ」

「もきゅもきゅ」


 ミーシャは手をモラクスの口から取り出そうとするが、モラクスは離さない。

 全く気にせずもきゅもきゅしている。


 別にモラクスは瘴気が好きなわけではないし、ミーシャの手が美味しいわけでもないだろう。

 モラクスは、ミーシャは汚くないよと伝えたいだけなのだ。


 赤ちゃんなのに気が使えて心優しい牛である。


「ミーシャ。初めまして。ミアのお友達のティル・リッシュだ。ティルと呼んでくれ」


 俺は困惑するミーシャに笑顔で自己紹介した。


「ティル? ミーシャはミーシャだよ」


 ミーシャはモラクスとペロに気を取られて、俺には気づいていなかったらしい。


「ミーシャは何歳なの?」

「むー。ティル。人にとしをきくときは自分からだよ?」

「そ、そうか、それはすまない。エルフの風習に詳しくなくてな。俺は三十五歳だ」

「すごい! 長老だね! おじいちゃんだ!」


 ショックだ。おじさんの自覚はあるが、おじいちゃんの自覚はなかった。

 だが、子供の頃は二十歳の青年が凄く大人に見えたし、三十歳がすごくおじさんに見えた。

 幼子の目から見たら、三十五はおじいさんなのかも知れない。 


「えっとね、ミーシャは四歳!」


 少しへこんだ俺に向かって、ミーシャは元気に指を五本立てた。


「む? 四歳? 五歳?」

「四歳だよ。それに歳を聞く前に先に歳を言う風習もない。ミーシャ、ティルをからかうんじゃない」

「ふひひ」


 ミアにたしなめられて、ミーシャは楽しそうに笑う。


「ねね、ティルは何のひと? おねえしゃんのつがいこうほ?」

「こ、こら、ミーシャ、子供がそんなことをいうんじゃない!」


 ミアは少し慌てた後、顔を少し赤らめさせた。


「ミーシャ、ティルは瘴気病の治療薬を作る名人なんだ」

「え? すごい」


 ミーシャは俺のことを尊敬の目で見つめる。


「俺は治療薬を作るのがうまいんだよ。だから病気の状態を調べさせてほしい」

「うん。わかった。でも……どう……」


 そこまで呟いて、ミーシャは黙り込み、いまだにモキュモキュしているモラクスを見る。

 なんとなくミーシャが言いかけた言葉がわかる気がする。


 それは「どうせ助からないよ」または「どうせ手遅れだよ」だ。


「ん? 痛くはしないよ? 薬は苦いけどね」


 俺はミーシャの思いに気づかないふりをした。


「えー、苦いのはいやだなぁ」

「良薬は口に苦し、だよ。モラクス。診察するからそろそろ離してあげな」

「も」


 俺はモラクスの頭を撫でると、魔法を使ってミーシャを診察していった。


「……どうだろうか?」


 ミアが心配そうに尋ねてくる。

 ミアの後ろからは十五人の村人が、真剣な表情で俺を見つめていた。

 きっと、幼い子供を含めて、村人全員が、ミーシャが長くないことを知っているのだろう。


「まあ、ミアの見立て通りだ」


 本人がわかっているとしても、余命一か月ということは本人の前で言うべきではない。

 ミーシャは元気に見えるが、四歳の幼子なのだ。


「ミーシャ。今から薬を作っていくからね。少し待っていてくれ」

「うん。ありがとね」

「もっも」「わふわふ」


 不安そうなミーシャにモラクスが鼻を押しつけ、ペロは体を押しつける。


「ミーシャ、モラクスとペロを撫でてやってくれ。撫でられるのが大好きなんだよ」

「……でも」

「手の瘴気は気にしなくていいよ。移らないからね」

「そっか」


 ミーシャはモラクスとペロを優しく撫でる。


「えへへ。かわいいねぇ」

「もぅもぅ」「ぁぅ~」

「薬を作っている間、水でも飲んでいてくれ」


 俺はコップに水を入れてミーシャに渡し、魔法の鞄から材料と道具を取り出して製薬を開始する。


「ありがと。でもね。ティル。ミーシャ、あんまり水はすきくない」

「ミーシャ! ティルの水は別だよ! すごくうまいから!」

「うん! 騙されたと思って一口飲んでみて!」

「えー、だまされたくないんだけどー」


 そういいながら、ミーシャは水を飲む。


「え? うまっ? え? なにこれ?」

「な、うまいだろ!」「ティルの水はすごいんだよ!」


 ミーシャが水に感動している間も、俺はどんどん製薬を進めていった。

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