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第20話 ミーシャの治療

 製薬を始めて十分後。


「よし、治療薬ができたぞ」

「すごく、はやいね!」


 ミーシャが驚いている。

 ミーシャだけでなく、ミアも村人たちもみな驚いていた。


「ミーシャ。これが飲み薬。苦いから丸薬にした。朝、昼、晩の一日三回、三粒を飲みなさい」

「わかった。ティル、ありがと」

「今から三粒飲んでみて」

「……うん」


 ミーシャは一息で丸薬を飲み干した。


「おお、上手に飲めて凄いな」

「ミーシャ、偉いね。さすがは私の妹だ」


 ミアが笑顔でミーシャの頭を優しく撫でる。

 四歳なら丸薬を飲めない者も少なくないのだ。


「えへへ。がんばった」

「次は塗り薬だ。手と足を出してくれ」

「……ん」


 ミーシャは手と足を、くるまっていた毛皮の外に出す。

 ヘドロのような瘴気に覆われている部分に薬を塗っていく。


「ティル、塗る際に気をつけることはあるか?」


 俺の手元をミアは真剣な表情で見つめている。

 ミアが自分で塗る際の参考にしようとしているのだろう。


「そうだな。塗れば塗るだけ効果がでるってものでもないから、厚さはこのぐらいで――」

「ふむふむ」

「あと、乾燥しやすいからなるべく手早く塗らないとだめなんだ」


 説明しながら薬を塗っていく。


「ひんやりして、きもちいい。かゆいのがましになる」


 そういってミーシャは笑顔を見せる。


「効いている証拠だよ。ベタベタするけど、直ぐ乾燥するからね。しばらく待ってね」


 塗り終わったら、風魔法で乾燥させる。


「風魔法を使わなくても二、三分で乾燥するよ」

「乾燥したら固まるんだな。ふむふむ」


 手足に薬を塗って乾燥させた後、俺はミーシャの頭を撫でた。 


「手が使えなくて、不便だけど、とったらダメだよ」

「わかった、ミーシャ、とらない」

「塗り薬の方は、一日一回交換すればいいからね」

「ありがと」


 俺は治療をしている間もミーシャのことを魔法で診察し続けていた。


「ミーシャ、なんか、ねむくなってきちゃった」

「ああ、飲み薬の副作用で眠くなるんだよ。寝ちゃっていいよ」

「……うん。……おやすみ………………ありがと……すぅ」


 ミーシャは静かに寝息を立て始めた。


「……ティル。どうだろうか?」


 ミアが小声で尋ねてくる。


「少し離れようか、起こしたらかわいそうだし」


 俺が移動すると、村人たちが付いてくる。

 モラクスとペロは、ミーシャに寄り添ったまま動かなかった。



 少し離れたところで、俺は皆に向かって言う。


「ミーシャの状態をみんなに説明しても良いのか? 腐界の外では家族にしか説明しないんだが……」

「赤子の頃から村の皆で協力して育て、一緒に暮らしているんだ。皆は家族のようなものだ」


 ミアがそういうと、村人たちも真剣な表情でうんうんと頷いている。


「わかった。説明しよう。まず病状はミアが見立てた通りだ」


 余命一月だと言わなくても村人には伝わるだろう。


「だが、薬はよく効いている。二週間、いや、もしかしたら一週間で良くなるかもしれない」

「そんなに早く?」「す、すごい」

「……大賢者さま」


 村人たちが小声で驚いている。


「……ということは、ティル。ミーシャは助かるのか?」


 そう震える声で言ったミアは涙ぐんでいた。


「治療がうまくいけばな。そして、今のところはうまくいっている」

「……おお……おお……ありがとう」


 ミアはボロボロと涙を流した。


「ありがとう……ありがとう……本当にありがとう。もうダメかと思って……」


 ミアだけでなく村人たちも涙ぐんでいる。

 特に小さな子供たちは嬉しそうに笑顔になって、無言でぴょんぴょん跳んだ。

 無言なのはミーシャを起こさないためだろう。


「お礼は完治してからにしてくれ」

「もちろん、完治しててもお礼はする。ミーシャのために手を尽くしてくれてありがとう」


 ミアは俺の手を握り、ありがとうを繰り返した。


「よし、今日はご馳走を作ろう」

「ああ、前祝いだ」


 そういって、村人たちが食事の準備を始めた。

 俺たちが今いる大きな家のかまどで、料理をするらしい。


「俺も手伝おう。それに角魔猪と魔鳥の肉が――」

「それはいい。ティルはお客さんなんだ、もてなされてくれ」


 立ち上がろうとしたら、ミアに止められた。


「ティルも私に何もさせてくれなかっただろう?」

「……そういうことなら、ありがとう」

「ああ、とはいっても、ここは腐界の奥地だ。口に合うかはわからないがな」


 そういうと、ミアは村人たちに「モラクスは草が好きで……」等と説明しにいった。

 説明が終わるとミアは俺の隣に戻ってくる。


 客人を放置しないという気遣いだろう。


 俺は忙しく料理を始める村人たちを眺めた。

 全員が子供に見える。小さな子供が大きな子供を手伝っているようにしか見えない。


「ミア、村人は全部で何人なんだ?」

「ティルが出会った村人で全部だ。私とミーシャを入れて十七人だな」

「ずいぶんと少ないな」

「……少し前に魔物との大きな戦があってな。大人は皆死んだ」


 どうやら戦死したらしい。

 モラクスやペロの親も、魔物との戦いで最近亡くなっている。

 もしかしたら魔物が一斉に活動を活発化させる何かがあったのかもしれない。


「私が最年長で、今の村長だ」

「ちなみにミアはいくつなんだ?」

「十九歳だ」


 十九歳は、まだ子供だ。

 それなのに、村の子供たち全員の親代わりとなっているのだろう。


「……それは大変だな。エルフの年齢はわかりにくいから、もう少し大人かと思っていた」


 するとミアは悲しげに眠っているミーシャに目をやった。


「そうか。外の世界のエルフは、今も長命なんだな」

「ということは、腐界のエルフは違うのか?」

「ティル。腐界の中では人は長く生きられない。魔力が衰えた順から瘴気にやられて死んでいく」

「そうか……ん? ミーシャの魔力は少なくないが……」


 ミーシャの魔力は四歳とは思えないほど潤沢だった。

 今まで見たことがないほど、四歳の魔力量としては破格なものだ。


 ミアの魔力も村人の魔力もそうだ。外の人間より相当大きい。


「魔力が多くとも怪我や病と重なれば、あっさりと瘴気病にかかってしまうんだ」


 そのとき、一人の少女が、かなり木製の大きな器を持ってやってきた。


「お客様のティルに頼むのは心苦しいのだけど……水を入れてほしいの」

「おお、いくらでもかまわないよ」


 俺は器に水を入れていく。かなりの量が中に溜まった。

 水の入った木の器は、重さは成人男性ぐらいになるだろう。


「入れすぎたな。運ぶのを手伝おう」


 魔法を使って器を運ぶのを手伝おうとしたのだが、

「ありがとう。でも大丈夫! 子供じゃないんだから、このぐらい一人で運べるよ!」

 そういって、どう見ても子供にしか見えない少女は軽々と器を持ちあげる。


「最近は水が美味しくなくて……その水を使ったらどうしても料理もね」


 そういって、もう一度お礼を言うと、水を持って行った。


「……身体強化か」


 腐界のエルフは、狭義の魔法を使えないが、身体強化は得意なのだろう。

 去って行く少女を見送りながら、俺は結界発生装置の製作を開始した。


「ミア。最近水がまずくなったのか?」

「ああ、瘴気に汚染されていない水を確保するために井戸を掘るのだが――」


 ミアは俺の手元を興味深そうに見つめながら説明してくれる。

 井戸水は使っているうちに、どんどん瘴気による汚染が進むらしい。


「まあ、掘ってすぐでも、多少は瘴気に汚染されている。ましってだけだ」


 だから、俺の出した清浄な水にみんな感動していたのだろう。


「井戸水の汚染が進んだら村の移転だ。そうやって数年から十数年おきに引っ越すんだ」


 そろそろ引っ越すというときに、大きな戦で大人が全滅してしまった。

 そのせいで、人手が足りず、引っ越すこともできなくなったという。


「短命だと言ったが、昔はそうでもなかったらしい」


 瘴気のせいで短命になっても、二百年ぐらいは生きていたという。

 寿命が急激に短くなったのは最近、ここ百年ぐらいだと。


 魔物が強くなり戦死者が増えた。瘴気が濃くなり、水の汚染も進んだ。


「今はもう飲用に耐えない水を無理矢理飲んでる。だから……」


 ミアはミーシャを見た。ミーシャは汚染された水を飲んだから瘴気病にかかってしまったのだ。

 ミーシャだけでなく、村の子供たちの全員がいつ瘴気病にかかってもおかしくない状況なのだろう。


「……大気だけではなく飲み水も瘴気に汚染されているんだ。当然寿命も短くなる」


 長命のエルフだというのに、ここ数十年のミアたちの一族の平均寿命は十代だという。


「子供は十歳までに半分死ぬ。大人まで成長できた者も、ほとんど四十歳までは生きられない」


 魔物と戦いで大人が全滅する前、村の最年長は四十歳だったとのことだ。


「なるほどな。だから、ミーシャは俺をおじいちゃんと言ったのか」


 平均寿命が十代で、最年長が四十歳の村ならば、三十五歳の俺はおじいちゃんだ。


「ああ、すでに長老だな」


 そういって、ミアは微笑んだ。

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