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第22話 村での夜

 みんなで咖喱を堪能した後、俺は後片付けを手伝った。

 その後、ミーシャに食後の治療薬を飲ませて、のんびりする。

 すうと、モラクスを抱っこしていた八歳ぐらいの女の子が話しかけてきた。


「ねね、ティルはいつまでいてくれるの?」

「そうだな。とりあえずはミーシャが治るまではいる予定だよ」


 俺は薬を飲んで眠ってしまったミーシャを見ながら答える。

 思ったよりも回復が早い。この調子なら四、五日で全快するだろう。


「ティル。本当に厚かましいと思うのだが、頼みがあるんだ」

「なんだ?」


 ミアがそういうと、お話ししていた子供たちが皆黙って、不安げな表情で俺を見る。

 ミアが何をお願いするのか、子供たち全員がわかっているかのようだ。


「ミーシャが治っても、瘴気病にかかる者は相次ぐはずだ」

「そうだな。この環境ならそうなるだろう」

「瘴気病にかかった者だけでいい。治るまでティルの家に居候させてもらえないだろうか?」

「いいよ」

「わかってる! 厚かましすぎるお願いだと言うことは! だが、私たち……え? いいのか?」

「だから、いいよ。問題ない」


 俺がそう答えるとミアと子供たちはほっとしたようだった。


「ありがとう……助かる。なるべく迷惑をかけないようにするようにするし、食料なども――」

「気にしなくて良いよ。……ミアたちはこの場所から離れられないのか?」

「ああ、水の問題があるからな」

「他には? 先祖代々の土地を守護するとか、この土地に愛着があるとか」

「それは、あまりないな。そもそも水を求めて移り住むものだし」

「それなら、皆で引っ越してくれば良いじゃないか」

「え?」「ええ?」「いいの?」


 ミアと子供たちが驚いて声を上げた。


「奥地より浅瀬の方がそもそも瘴気が薄いし、住むなら浅瀬の方が良いだろう?」

「で、でも水の問題が!」

「ミア。俺が簡単に水を出せることは知っているだろう?」

「いくら簡単と言っても、二十人分だ! ティルの負担が大きすぎる」

「それは気にしなくていいよ。本当に大した負担ではないからな」


 そういって、俺は指先から水球を作り出した。


「それに、これからは人手が欲しくなるかもしれないし。来てくれると俺も助かる」


 実際のところ、今のところ人手は必要ない。だが、そう言ったほうが遠慮しないに違いない。


「だから、遠慮しないでくれ」


 村の子供たちはモラクスとペロと同じ、親を亡くした子供なのだ。

 しかも、凶悪な魔物と病気に怯えながら、力を合わせて暮らしている。

 助けないという選択肢はない。


「ありがとう……助かる」


 ミアはほっとした様子で、目に涙を浮かべていた。

 自身も保護が必要な子供なのに、より年少の子供たちを保護しなければならなかったのだ。

 その重圧は非常に大きなものだっただろう。


「やったー。一緒に暮らせるね!」「うん! 毎日美味しい咖喱作るよ!」

「モラクスとも遊ぶ!」

「ヴォウ」

「ペロともね!」


 子供たちは素直に喜んでくれていた。




 その日は大きな家でみんなで眠る。

 どうやら、大人が亡くなってからは、子供たち全員で大きな家に固まって眠っていたようだ。

 きっと子供たちだけで、別々の家で暮らすのがさみしかったからだろう。



 子供たちは魔物の毛皮にくるまって眠る。


 俺とモラクス、ペロも魔物の毛皮を借りて眠りに付いた。


 みんなが寝静まり、俺も眠りについてから、しばらく経って日付が変わる頃。

 二羽の魔鳥が近づいてくる気配で俺は目を覚ました。


 皆を起こさないよう静かに動きだしたのだが、全員が俺と同時に起き出していた。

 モラクスとペロ、子供たちもである。


「……全員速やかに準備しろ」


 ミアの言葉は静かだが、緊張感が漂っている。


「おお、みんな気配を察知するのがうまいな」

「……奇襲されたら全滅してしまうからな。年少組はこの場で待機。弓の準備は忘れるな」

「「「はい」」」


 皆、小声で、緊張感にあふれている。


「戦闘班はついてこい」


 ミアはそう言って外に出る。ミアに続くのは五人の子供たちだ。

 俺とモラクス、ペロもその後ろをついて行く。


 外に出たミアと戦闘員の五名は、弓に矢をつがえ、緊張した面持ちで空を見張る。


 夜空には二つの月と星が綺麗に輝いており、明かりはそれで充分だ。


 緊張の中に怯えが混じっている。皆、怖いのだ。

 だが、より年少の子供たちを守るために頑張っている。


 待機組の子供たちは窓から上空を見つめている。

 震えながらも、目をそらしはしない。


 魔物に親を殺された三歳の頃の俺や出会ったときのモラクスと同じ目をしている。

 そんな気がした。


「……ティル。申し訳ないが手を貸してくれないか?」

「いいぞ。ミアたちにとって、あいつは強敵か?」


 はるか上空から急降下のタイミングを計っている魔鳥を見つめながら、俺は尋ねた。


「ああ、……全滅を覚悟するほどだ。大人たちがいる頃ならば……」


 大人たちならば楽に対処できたが、子供しかいない今では対処が難しいのだろう。


「そういうことなら、ここは俺に任せてくれ」

「なにを?」

「俺が一人で倒す。モラクスもペロも手を出すな」

「もっも」「わふ」

「い、いや、いくらティルが強くても、相手は一羽ではない! 一人では無理だ!」

「そうだよ、ティル! 二羽が連携して、攻撃を仕掛けてくるから一人じゃ難しいよ!」


 子供たちが騒ぐと、ミアも慌てて言う。


「皆の言うとおりだ。協力は願いたいが、ティル一人に押しつけようなんて思ってない」


 それぞれが、前回倒した魔鳥よりも大きい。

 翼開長は六メートルはあるし、体長も三メートル近い。


 それが二羽。連携して襲ってくるのだ。確かに弱いわけがない。


「大丈夫。俺にとっては難しくないからね。心配はいらない」


 俺は余裕たっぷりに笑って見せた。

 子供たちは怯えながら暮らすべきではない。安心して暮らすべきだ。


「まあ、安心して見ていてくれ」

「だが!」


 次の瞬間、魔鳥が二羽同時に急降下を開始する。

 タイミングは同時だが、方向が違う。同時に狙うことは難しい。


「なるほどなぁ。そういう戦術か」


 急降下する魔鳥を矢で仕留めるのは難しい。

 全員で連続で何本も放って、そのどれかが当たることを願うのだろう。


 同じタイミングで、別の方向から急降下を始めたら、全員で狙うことができなくなる。


魔槍ハスタ


 ――GYA!


 俺は二本の魔槍を同時に放って、二羽を仕留めた。


魔壁ムールス。ペロ」

「ヴォウ」


 俺が魔壁で二羽を空中で受け止めると、ペロが二羽を咥えて持ってきてくれる。

 ペロは巨大な魔鳥の尾羽の部分を器用に咥えて尻尾を振っている。


「ヴォフヴォウ!」

「よーしよしよしよし。ペロ、偉いぞー」


 俺が撫でまくると、ペロは喜びすぎておしっこを漏らした。

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