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「師匠! 魔法をおしえて! 僕も使いたい!」
「……ティル。それは魔法を使いながら言う台詞ではないぞ?」
両手の先に火球を纏ってぶんぶん振り回している幼い弟子をみて、大賢者が呆れたように言う。
ティルの愛犬ペロは、その火球を見て尻尾を元気に振っていた。
「そなたも、十六歳だというに、元気なことだな」
大賢者はペロの頭を撫でる。
ペロはティルが魔法を使うと喜ぶのだ。
きっと、高齢のペロはもう自分が長くないことを知っている。
だからこそ、ティルが立派な魔導師として成長するのが嬉しいのだろう。
「こんな簡単な魔法じゃなくて! もっと魔物を倒せる魔法がいいの!」
「……両手で火球を操るのも簡単か。しかも生活魔法でそれほどの火球を操るとは。才能がおそろしいな」
そう呟いてから、大賢者は弟子の頭を撫でた。
「ティル、そなたはペロのために錬金薬も作っているだろう?」
「うん! ペロには長生きしてもらいたいからね!」
滋養強壮の薬、関節痛の薬、白内障の薬などだ。
大型犬の十六歳は、人族の百二十歳前後といわれている。
それでも、ペロがまだ元気なのはティルが頑張って作った薬のおかげだろう。
「ティル。そなたはまだ四歳だろう?」
「よんさい!」
「なぜ四歳と言いながら指を三つ立てるのだ。その場合は四つ立てよ。しかも炎でみにくいし」
「ふひひ」
「よいか。ティル。四歳の子供は戦闘魔法など使えなくともよい。生活魔法で充分だ」
「えー」
生活魔法に加えて、治療薬の作成までできている時点で異常な才能だ。
不満そうな四歳のティルをみて、大賢者は真面目な表情になって言う。
「ティル、どうしてそんなに戦いたがる? 戦いは怖いのだぞ?」
「知ってる。でも……戦えないと守れないし。父様も母様も……」
そういってティルは目に涙を浮かべた。そんなティルの顔をペロがベロベロ舐める。
「何度も言っているが、そなたの責ではない」
「……うん」
「責があるとしたら、私にある。そなたの父母を守れなかった」
「師匠のせいじゃないよ!」
ティルの父母は、大賢者の孫弟子で、とても優秀な魔導師だったのだ。
辺境に滞在し腐界から侵入してくる魔物を討伐し、人族の生存圏を守護する魔導師だった。
凶悪な魔物が大量に押寄せたとき、ティルの父母はティルと犬のペロを逃がして戦った。
そして全ての魔物を倒したが、自身も亡くなった。
大賢者がティルの元に駆けつけたのはその直後だ。
「私が間に合えば……だから、そなたの父母を守れなかったのは私の責だ」
呪われた大賢者が腐界に近づくことにはリスクが伴う。
リスクを冒してでも助けに行けば良かったと、大賢者は今でも悔いていた。
「……あのね、師匠。僕はもう逃げたくないの」
「うん。わかるよ」
そして、ティルは大賢者の目をじっと見た。
「魔物に殺される人がいなくなるようにしたいの」
「そうだなぁ。そうなればいいね」
「腐界におびえなくていいようにしたいの」
両親と共に腐界の近くに住んでいたティルは腐界に怯える人々を見て育ったのだ。
「……魔物は全部たおして、腐界を全部なくしてやるんだ」
「そうなったらいいがなぁ」
「今でも腐界の中に取り残されている人もいるんでしょう?」
その人たちも助けたいとティルは言う。
「ティル。なぜそれを?」
「母様が言ってた」
「……そうか。もし、助けられたら良いなぁ」
「ね、だから、僕に戦闘魔法をおしえて?」
真剣な表情のティルを大賢者はぎゅっと抱きしめた。
「あ、危ないよ! 炎をだしてるんだから!」
慌てて火球を消すティルの頭を大賢者は優しく撫でる。
「今のそなたの扱う炎程度で、私が傷つくものか」
「ぷー」
「……もし。もしだぞ? ティルが大きくなってとても強くなってからの話しだぞ?」
「うん」
「もし腐界で困っている人を見つけたら助けてあげてほしい」
「まかせて」
「私はかつて……」
そこまで言って、大賢者ははっとする。
「これは、幼子に聞かせることではないな」
「えー、聞かせて聞かせて!」
ねだるティルに、大賢者は笑顔で優しく諭すように言う。
「だがな。そなたは無理をしなくていい。腐界と関わらずに暮らしていってもいい」
それは私の責なのだからと、小さな声で呟いた。
「なになに? どういうこと? おしえておしえて」
騒ぎ出したティルに、大賢者はにやりと笑う。
「ティル。そんなことより、生活魔法を戦闘に応用する方法を教えよう」
「おおー! おしえておしえて!」
「まずはだな――」
夢中になっているティルをみて、ペロは嬉しそうに尻尾を振り、大賢者は微笑んだ。
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