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第25話 引っ越し作業

 次の日、俺は日の出と共に目を覚ました。


「……懐かしい昔の夢を見た気がする」

 どんな夢を見たか具体的には思い出せないが、師匠が出てきていた気がする。


「……ふみゃ」

 近くで寝ていたミアが寝言を呟く。ミーシャや他の子供たちも皆眠っている。


 俺は皆を起こさないように静かに家を出た。


「……子供はよく眠らないとだめだからな」


 朝早くから働くのは大人の役目だ。

 俺は村を出て、モラクスが食べる草を刈りつつ、周囲を見てまわる。


「お、パンの木があるな。魔トマトもある」


 適当に収穫していると、魔兎が襲ってきたので倒しておいた。

 浅瀬で戦った魔兎と大きさは変わらないが、纏っている瘴気が濃くて動きが速い。


「やっぱり、浅瀬より魔物は強くなるよな」


 数も多いのかもしれない。

 しばらく散策した後、村に戻ると、子供たちが朝ご飯の準備を進めてくれていた。


「ティルさん! 今朝は猪咖喱だよ!」

「おお、猪咖喱とな。美味しそうだな」


 どうやら、エルフの村は朝昼晩、三食咖喱が基本らしい。

 水と空気のせいだろう。


 猪咖喱を美味しくいただいた後、ミーシャに薬を飲ませて塗り薬を塗り直す。


「ねね、ティル。あまりいたくなくなった!」

「おお、それは良かった。ミーシャは回復が早いね」


 この調子なら三日ぐらいで治るかも知れない。想定よりずっと早い。


「ティルのおかげ、ありがと!」

「お礼は治ってからでいいよ」


 そういって、ミーシャの頭を撫でておく。



 それから、皆で引っ越しの準備をした。


「持って行きたい物があったら言ってくれ。魔法の鞄に入れれば持ち運びが楽だからな」

「ありがと、ティル」

「でも、そんなに持って行く物はないんだよなー。服とー、弓矢とー」

「パパのナイフも持っていかないと!」

「香辛料の瓶もいるよ! 咖喱作るからね」「あと米の実も!」

「溜めてた水……はいっか。持って行かなくてもいいよね? ティル」

「ああ。水は持って行かなくていいぞ。瘴気が混じっているし」


 子供たちが各家を回って、持って行く物を運び出していく。


「もっもー」「わぉぅわぉう」

「まてまてー」「きゃっきゃ」


 年少組は特に準備が無いらしく、モラクスとペロと遊んでいた。

 木の枝を投げたり、引っ張りっこをしたり、追いかけっこをしたりだ。



 その様子を椅子に座ってミーシャが見つめている。

「きょうはいい天気だね」

「そうだね。ミーシャもすぐに走れるようになるよ」

「うん。お日様を見るのもひさしぶり! だから、きもちいい!」


 瘴気病になってからは、なるべく瘴気に触れないよう室内にこもっていたのだろう。


「ああ、今日は良い天気だな。そうだ。ミーシャ、魔法を見せてあげよう」

「おお! みたいみたい!」


 俺は昨夜倒した魔鳥の処理を、魔法ですることにした。


「まず、魔鳥を魔法で吊るす。これは魔法の中でも時空魔法って言われるものだ」

「おお! すごい! ういてる!」

 ミーシャが目を輝かせた。


「ねね! ミーシャのことも飛べせる?」

「飛ばせられるよ。高速移動は難しいけどね」


 俺は椅子に座るミーシャを浮かせて、すーっとゆっくりと動かした。


「おお! すごい! ミーシャういてる! ねえねえ! おねえちゃん、みてみて」

「ああ、見ているぞ。すごいな。って、本当にすごいな。ティル、本当に大賢者じゃないのか?」

「違うぞ」


 すると、子供たちがみんな集まってきた。


「すごい、ミーシャと鳥が浮いてる! 魔法って何でもできるんだねぇ」

「何でもはできないよ」

「僕も飛びたい!」「私も! 私も!」

「いいぞー」


 俺はミア以外の子供たち合計十六人を宙に浮かせて、動かしてやる。

 既に浮いている魔鳥の分を含めたら十八の魔法の同時行使だ。


 十八の同時行使は、俺にとっても少しだけ難度は高いが、問題はない。


「すごいすごい! ふおー」「楽しい!」


 子供たちが喜んでくれたようで良かった。


「ティル、あの」

「ああ。ミアも飛びたいのか。いいよ」

「ふわぁぁ。浮いてる!」

「もっも」「わふわふ」

「モラクスとペロもか。いいよ」


 俺は追加でミア、モラクス。ペロも浮かせてゆっくりと動かした。

 五分ほど遊んであげて、空中魔法体験は終了だ。


「ティル、ありがとう! 楽しかった」

「うん! すごかったねー」「魔法って強いだけじゃなくて、たのしいんだねー」


 地上に降りると、年少の子供とモラクスとペロはまた遊び始めた。

 走り回って、元気で楽しそうで何よりである。


「ティル。羽むしるの手伝うね!」


 年長の子供たちは魔鳥の羽を、手際よくむしり始めた。


「わざわざむしらなくても、羽は燃やそうと思っていたんだが……」

「そんな! もったいないよ!」

「うんうん。この羽をね、袋に入れたら、あったかい布団になるんだ」

「へー。あ、確かにそういう布団あったな」


 上級貴族の屋敷に泊めてもらった時に使わせてもらった布団の中に羽毛が入っていた。

 確かにあれは暖かくていい。


「手際が良いな」

「子供の頃から何度もやっているからな」


 ミアの手際のなかなかなのもだった。


 俺は子供たちが羽をむしっている間に、水魔法で血抜きをしていく。


「ティル。空を飛べるなら戦闘でも有利になりそうだな」


 羽をむしりながら、ミアがそういって俺を見た。


「それがそうでもないんだよ」

「そうなのか?」

「ああ、魔法には戦闘魔法と生活魔法ってのがあるんだが――」


 俺は簡単に魔法の説明することにした。


「簡単に言うと威力と速さを重視した魔法が戦闘魔法。それ以外が生活魔法だ」


 魔導具や魔法陣は、戦闘魔法とも生活魔法とも異なる別枠だ。


「みんなを浮かせたのは生活魔法。この血抜きの水魔法も生活魔法だ」


 生活魔法はゆっくりでいいし、威力もあまり必要ない。

 だから、基本的に戦闘魔法より簡単なのだ。


「時空魔法は生活魔法でも難しいからな。戦闘魔法で扱うとなると中々難しい」


 戦闘で浮かぶならば、速さが必要だ。

 地面や木々にぶつからないように高速移動するとなると制御も重要になる。

 集中力も使うし、魔力消費も激しい。


「浮かぶかわりに、攻撃魔法を三つ四つ出して手数を増やした方が戦術的に有効な場面が多い」

「なるほど。魔法を使った戦闘は奥が深いんだなぁ」

「そもそも、魔法で空中移動するより、足で移動した方が速いし疲れないからね」


 飛行を効果的に戦術に組み込むならまだしも、安易に使うのは避けた方がいい。


 俺とミアの会話を、子供たちは興味深そうに聞いていた。

 そうしながらも、羽をむしる速さが落ちていないのだからたいしたものだ。


 羽をむしり終わると、子供たちが肉を解体していく。


「魔法で――」

「ティルはみてて! 吊るしてくれてるんだから、解体ぐらい私たちがやる!」

「おお、頼んだ。……うまいもんだなぁ。そのナイフは黒曜石か?」


 子供たちは黒いナイフを魔力で強化して、器用に鳥を解体していた。


「ああ、金属の製錬ができないからな。基本は黒曜石のナイフを使っているんだ」


 ミアがそう言って自分のナイフを見せてくれた。


「ナイフだけでなく、矢尻も金属の方が強いんだけどな……」

「なるほどなぁ。矢尻は特に消耗品だものな」

「本当の強敵にしか使えない。まあ金属のナイフと矢尻は今となっては家宝みたいなものだ」


 命中して倒すことができれば回収できるが、当たるとは限らない。

 当たっても弾かれたり、逃げられることもあるだろう。


「金属の鉱石はあるんだが、加工ができないから死蔵している状態だ」

「あとで、それも見せてくれないか?」

「もちろんいいぞ。良かったら、好きなだけ使ってくれ」

「ありがたい」


 鉄鉱石や銅鉱石などはいくらあっても困らないものだ。


 あっという間に魔鳥の処理が終わる。すると年長の男の子が、

「ねね、ティル。このお肉、お昼ご飯に使っていい?」

 と期待した様子で尋ねてきた。


「……今朝の猪咖喱に使った分でお肉がちょうどなくなっちゃって」

「もちろんいいよ」

「やった! 新鮮な肉は美味しいからね!」

 そういって肉をひとかたまり抱えて、大きな家へと走って行った。


「足りなければ言ってくれ。肉にはかなり余裕があるからね!」

「ヴォウヴォウ」


 楽しそうに村の中を走り回っていたペロが肉と聞いて戻ってきた。


「ペロ。まだご飯じゃないよ」


 そういうと、「わぉう」と悲しそうに鳴いて、また走りに行った。


「……昨夜や今朝の肉は、保存食だったのか?」

「ああ、肉はすぐに食べるもの以外は燻製にしている」

「……燻製もうまいよな」


 俺は外の世界で食べた燻製肉の美味しい味を思い出した。

 魔獣や魔鳥の燻製肉ならば、とてつもなく美味しいだろう。 


「そうか? 新鮮な肉の方が美味しいだろう?」


 ミアがそういうと、子供たちもうんうんと頷いている。


「もちろん、新鮮な肉もうまいが、燻製肉も……あ、そうか。瘴気か」


 大気が瘴気に汚染されているのだから、いぶす煙の中にも瘴気が混じる。

 ならば、当然味は落ちるだろう。


「なるほどなぁ。瘴気なしの燻製肉も今度試してみよう」

「わかったが……」


 ミアはあまり気乗りしていないようだった。

 俺がふとミーシャを見ると、暖かい日陰で気持ちよさそうに眠っていた。

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