次の日、朝ご飯を食べた後、皆で俺の家に向かって出発した。
ミアとミーシャを含めた十七人の子供を連れた大移動だ。
ミアに先頭を歩いてもらい、俺はミーシャをおんぶして、最後尾をついて行く。
最後尾がもっとも全体を見るのにちょうど良いからだ。
子供たちは全体的に身軽とはいえ、年少組は体力も少なく歩く速度も遅いだろう。
はしゃいで大変かと思ったのだが、子供たちは皆緊張感を持って歩いていた。
子供ながらに腐界の危険性を充分に理解しているのだろう。
「疲れたらいいなね? おんぶしてあげるから」
「うん! でもだいじょうぶ!」
年長の子供は自分より幼い子供の手をつなぎ、面倒を見ながら歩いてくれている。
「モラクス、ペロ。子供たちがはぐれないように、よく見てあげてね」
『まかせて』「わぅ」
いつも、はしゃいで遊ぶことが多いモラクスとペロも真剣だ。
守るように子供たちの列の左右を行ったり来たりして、様子を見てくれている。
「みんな、疲れたら遠慮なくいうんだよ。長丁場だからね」
「わかった!」「はーい」
歩き始めて一時間がたち、まだ子供たちは元気に見える。
「一回休憩するよー」
「はーい。あ、直接座ったらダメ。ヒルが付くからね。これ敷いて」
「わかった!」
年長組が年少組の面倒を見ながら休憩に入る。
「おやつとお水を配るから、ゆっくり食べるんだよ」
「ありがとー」
「あ、魔苺だ」「魔苺すきー」
「ただの魔苺じゃないぞ。砂糖をまぶした魔苺だぞ! それと塩を振った魔鳥の肉だ」
「やったー」
疲れたときには甘い物がとてもうまいのだ。酸っぱいものもいい。
それにしょっぱい物も欲しくなる。
俺は子供たちにおやつと水を渡しながら様子を観察した。
「疲れてない? 足が痛いとかないか?」
「大丈夫! 走れるぐらいだよ!」「でもくさいねー」
「みんな元気だなぁ。疲れてないか?」
「つかれてない!」「くさいけど」
結界の中で一日暮らしたおかげで、瘴気の臭いを特に感じるようになったのだろう。
「無理はしなくていいからね。痛いとか疲れたとかあれば、いつでも言うんだよ」
「わかった!」
そして、ミーシャとモラクス、ペロの番だ。
「ミーシャ、モラクス、ペロ。お待たせ。おやつだよ」
「ありがとー。でも、ミーシャ、手がふさがってるからね?」「も」「ヴォゥ」
「わかってるよ」
俺は手を使えないミーシャの口に甘い魔苺を入れてやる。
「あまくておいしい!」
「も」「ヴォゥ」
モラクスとペロも口を開けて、俺に食べさせて欲しそうにしている。
「……モラクスとペロもか。はい」
「もっも」「ぁぅ」
「水も飲むんだよ~」
「あい!」「も」「わふ」
そして、俺は先頭を歩くミアにもおやつと水を渡す。
「ティル、ありがとう。ね、子供たちは元気でしょう?」
「ああ、そうだな。俺が思っていた以上だ」
俺は昨夜、ミアと相談した時のことを思い出した。
◇◇
夕食後、子供たちが寝た後、俺とミアは向き合って座り話し合う。
「何か、そうだな。荷車のようなものを作って小さい子を乗せて運ぼうか?」
「いやいや、山道だからな。荷車など余計大変だろう?」
ミアは隣で眠るミーシャを撫でながら言う。
「それは、まあそうだが、ここから俺の家まで二十キロだぞ。しかも歩きやすい道でもない」
平坦な道でも小さな子供に二十キロはかなりきつい。
俺とミア、モラクスとペロだけならば、三時間で走り抜けることができた。
だが、子供たちの足ならば、十時間はみた方が良いだろう。
「そもそも、一日で移動するってのが無理がないか? 途中で野宿することも考えた方が……」
「そうだね。そうしないといけないかもしれないけど……私は大丈夫だと思うよ?」
ミアは撫でていたミーシャを見て、
「ミーシャ以外の子たちは、自分で歩けるよ。腐界のエルフは強いんだ」
「それには異論はないが、いくら強いといっても、子供だからな」
十歳から十三歳ぐらいの子供が十人。六歳から八歳の子供が五人。
それに十九歳のミアと、四歳のミーシャだ。
「ミーシャのことは心配しなくていい。私が背負っていくからね」
「いや、ミーシャを背負うのは俺がやろう」
「だけど……」
「ミアには先頭に立ってもらって、道案内と警戒を頼みたい。警戒は身軽な方が良いからな」
「わかった。ミーシャをお願い」
「任された。だが、やはり一日では難しいんじゃないか?」
「大丈夫、大丈夫。まあ、無理そうなら野宿すればいいんじゃない?」
そういって、ミアは笑った。
◇◇
ミアは最後まで子供たちが歩けると考えていたし、俺は無理だと思っていた。
だが、この調子なら、子供たちは一日で、最後まで歩ききるかもしれない。
「でも、まだ油断はできない。先は長いからな」
「そうだね。まだ魔物は襲ってきてないけど……」
「魔物に関しては俺に任せてくれて良いよ。近づけさせない」
「ふふ、頼りにしているよ」
それからも一時間ごとに休憩しながら歩いて行った。
子供たちは六歳ぐらいの子供を含めてみんな元気に歩き続ける。
「……みんな子供なのに、魔力による身体強化が自然に馴染んでるのかな?」
「そうかも? あんま気にしたことない」
そう答えた俺の近くにいた少女は、一昨日、重たい水瓶を持ち上げていた。
「身体強化のやり方は誰かに習ったの?」
「うーん、特にはそういうのは教えてもらってないかも」
「戦い方は小さいときから、それこそ三歳ぐらいから教えてもらうけど……」
「ミーシャもならってる!」
俺に背負われているミーシャが元気に言う。
「おお、じゃあ、戦い方を練習している間に自然と身につくのかもな」
ミアは大人になる前に、ほとんどの子供が死んでしまうと言っていた。
もしかしたら、身につかなければ死んでしまうと言うことなのかもしれない。
魔力は瘴気から身を守るのにも有効なのだ。
「お、
「ヴォウ」
魔物が近づいてきていたので、子供たちが気づく前に魔槍で倒す。
すると、ペロが走っていって、倒した魔物を持ってきてくれるのだ。
それを魔法の鞄にしまって、ペロを撫でる。
「ペロ偉いぞー」
「わふわう~」
「ペロ、今は仰向けになるのはやめておこうな。移動中だからね」
「わふ」
ペロはすぐに喜んで仰向けになろうとするので止めておく。
「あとで、たっぷり撫でてあげるからな」
「わふわふ~」
何度か魔物が襲ってきたが、全部子供たちに近づく前に魔法で倒しておいた。
魔鳥が二羽、魔猪が三頭、魔熊が二頭、魔兎が四匹だ。
今回倒した魔猪は角のない普通の魔猪だ。角魔猪より弱いが、それなりに強い。
「狩りが楽だ」
なにせ、獲物からやってきてくれるのだから。
小さい頃、手伝いに行った狩人のおじさんが聞いたら、ものすごくうらやましがるだろう。
「もう、しばらくは狩りをしなくていいかもな」
「ヴォウヴォウ」
「ふふ、ペロが一杯食べるからすぐなくなっちゃうか。そうかも」
「わぅ」
村を出てから休憩すること七回。八時間近く歩いて、俺の家の近くまで来た。
朝の八時ぐらいに出発し、もう夕方近い。
「みんなよく頑張ったな! あと五百メートルぐらいだぞ」
「おおー、いがいと近かった!」「でもつかれたねー」
「ねー」
子供たちは文句もわがままも言わず、最後まで歩ききったのだ。
「本当に、みんな偉かったぞ」
「ぅーにゃ」
ミーシャは俺の背中で気持ちよさそうに眠りながら、何か寝言を呟いていた。
先頭を歩くミアが、結界の範囲まであと三百メートルまで近づいたとき、俺は異変を察知した。
具体的に何が起きたのかはわからないが、家の方で何かが起きたということは確かだ。
「何か起きたな。少し見てくる。ミア、ミーシャを頼む!」
「わかった」
俺は背負っていたミーシャをミアに預けると、家に向かって走り始めた。