俺が走ると、子供たちも付いてくる。
付いてくるなと言おうかとも思ったが、この状態で離れる方が危険だと判断した。
何が起こっているかわかっていないのだ。
「みんな、慎重にな」
「うん! わかってる!」
俺の家の近くまでやって来て、異変の様子が見えてくる。
結界の中が植物であふれていた。
「俺がいいと言うまで中に入ったらだめだよ。何が起きているのか調べないといけないからね」
「はい!」「外から観察する!」
「も」「ぁぅ!」
子供たちに結界の中に入らないように言いいながら、俺は異変の観察を始めている。
結界内を探ってみても、聖獣や魔物、動物がいる気配はない。
異変は植物が生い茂っていることだけだ。
「……ミア。魔木や魔草って、こんなに早く伸びるものか?」
「ちょっと早すぎると思う。しかも結界内には瘴気もないわけだし」
瘴気の濃いところほど魔木や魔草の成長は早いらしい。
結界内には瘴気が無いので、魔木も魔草もほとんど生えないはずなのだ。
「じゃあ、何が起こったんだ?」
『くさ』「わふわふ」
結界内と結界外でくっきりと境界線が引かれている。
異変が起こっているのは、結界の中だけだ。
結界の外はいつも通り。瘴気まみれの魔草、魔木が生い茂っている。
「二泊しただけなのにな」
少し家を離れただけだというのに、草木は高さ三~五メートル程まで成長していた。
「ティルの家がみえないねー」
「ねー」
子供たちは楽しそうだ。
「そうだなぁ。こんなに草木だらけだと家に近づくのが大変だな、魔法で刈るしかないか」
切り開かないと家に近づくことも難しいほど、草木がぎっしり生えている。
そのとき、結界の外から草の様子をじっと見ていた少女が声をあげた。
「あ! ティル」
「どうした?」
「パンの木が生えている! あっちにあるのは魔檸檬で……魔メロンと魔西瓜もはえてる!」
少女は、見えにくい生い茂った草の奥を観察してくれたようだ。中々に目が良い。
少女の声で、子供たちも嬉しそうに声を上げた。
「やった! 魔檸檬好き!」「魔メロンも美味しいよねー」
「魔西瓜もね!」「私、パンの実だいすき!」
「ミーシャはぜんぶすきー」
子供たちの歓声を聞きながら、俺は慎重に観察する。
「外から見てても異変の原因がわからないな。少し見てくる。みんなはここで待機してくれ」
『もらくすもいく』「わふ」
モラクスとペロも一緒に付いてくるつもりらしい。俺は少し考えた。
「よし、モラクスだけ付いてきてくれ」
「わふ!?」
「そんなショックを受けたような顔をするな。ペロはここで子供たちを守ってくれ」
ペロは俺を見て、そして子供たちを見る。
「……ヴォフ」
「ありがとう。頼りになる。ミア、みんなを頼む」
「わかってる。気をつけて」
俺はペロの頭を撫でると、モラクスと一緒に結界の中へと入った。
草木をかき分けて、三メートルほど歩く。
「……なんと」
「……もぉ」
すると、あれほど生い茂っていた背の高い草木が一瞬で消えた。
先ほどかき分けた草木も含めてだ。
残されたのは、地面を覆い尽くす膝下ぐらいまでの高さの草木だけだ。
かき分けた草木で見えなくなっていた子供たちがよく見える。
だが、外の子供たちの表情は変わっていない。
子供たちから見たら、結界内の様子は変化していないらしい。
「……なんだこれは? 魔法か?」
存在しないものを見せる魔法はある。精神操作系の魔法と光魔法だ。
だが、魔法が使われている気配はない
『まれもんはえてる。これぱんのき、これはまめろん』
「そうなのか? 実もなってないのによく判別できるな」
『はっぱをみればわかる。ままがおしえてくれた』
「モラクスのママは凄いなぁ」
「も~」
どうやら、生えているのは魔檸檬やパンの木などの若木らしい。
他にも魔メロンや魔西瓜、魔トマトなどの若草もあるようだ。
『これ、もらくすがすきなくさ』
人族が食べられるものだけでなく、牛が好きな草もあるようだ。
「しかも、瘴気を纏ってないから……魔木や魔草ではないんだよな」
『もらくす、あじをたしかめる』
「たしかに食用できるか、調べる必要はあるな。俺が試して――」
『てぃるがたおれたら、おくすりつくれないでしょ』
モラクスが怒って俺を睨む。
「それはそうだが」
『くさたべても、てぃる、わかんないでしょ!』
「それも……そうだが」
魔檸檬や魔メロンには、まだ実がなっていないのだ。
『もらくすがためす』
「……すまない。もしおかしいと思ったらすぐはきだすんだよ?」
『わかってる』
モラクスは近くに生えていた草を、少しかじった。
「もしゃもしゃ」
「どうだ?」
「もしゃもしゃもしゃもしゃもしゃ」
「モラクス?」
「もしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃ」
モラクスは近くの草をどんどん食べていく。
「待て待て待て」
俺は慌ててモラクスを抱き上げて、それ以上食べられないようにする。
そして魔法で体内を調べていく。
「毒だったらどうするんだ。そんなに一気に食べて」
『つい』
「ついじゃないよ?」
『ごめん』
魔法での診察ではモラクスの身体に異常はなかった。
「本当にびっくりしたんだからね?」
『うん。でもおいしすぎてとまらなかった』
「……そんなに?」
『あじがこくて、あとあじがすっきりしている。うまみがつよくて、あとをひくおいしさ』
「そ、そうなのか」
ただの草にしかみえないのだが、牛にとってはとても美味しい草らしい。
「魔草よりもずっとうまいの?」
『うまい。しかもまりょくもかいふくする』
「ふむ? 害が無いのならいいのだけど、異変の原因がわからないんだよな」
『わからないね』
結界内部を魔法で探ってみたが、誰もいない。
「しかも外から見たときの光景と、実際の状態も全然違うし」
『ねー』
「とりあえず、危険はなさそうだし……中に入ってもらおうか」
『そとはくさいからね』
「そうだね」
瘴気の中にいてもすぐにどうこうというわけではないが、体には悪い。
それに瘴気病のミーシャも外にいる。
俺とモラクスは外に出た。
「わふわふわふ」
ペロは十年ぶりに再会したみたいに甘えてくる。
「ペロ、みんなを守って偉かったな」
俺はペロを撫でながら、結界の外から中を窺う。
相変わらず草木がうっそうとしているようにしか見えない。
「ティル、中はどうだった? 誰かいたか?」
「草凄いねー。おいしげりすぎてて、ティルが一瞬でみえなくなった」
「ねー、すごかったねー」
やはり俺とモラクスの様子は外からほとんど見えなかったらしい。
「説明が難しい。中に入ってもらった方が早い。付いてきてくれ」
「わかった!」「ナイフで伐採しないとだね」
「切り開くのは私がやるよ!」
そんなことを言っている子供たちを連れて、俺は結界の中へと入る。
そして、草木をかき分けて、だいたい三歩ぐらい進むと、
「ふえ?」「きえた!」「どういうこと?」
「ティル、何が起こったんだ?」
やはり、ミアも知らない現象らしい。
「俺もわかってないんだ」
『わかってない』
「だが、モラクスが教えてくれたんだが――」
俺がわかったことを説明していると、ミーシャが叫んだ。
「あ、てぃる! そこに、なにかいる!」
「え?」
ミーシャが指さした方を見る。何も気配はない。
「え?」「犬だ」「ちっちゃい」
「わぅ」
そこには確かに犬がいた。
だが、全員に見られた犬はビクッとすると、すぅっと消えていった。
「小型犬? いや二足歩行してるように見えたが……」
その犬は後ろ足で立っているようにみえた。立った状態で五、六十センチほど。
ちょうど小型犬ぐらいだ。
『こぼるとだ』「コボルトだな」
「ぁぅぁぅ!」
モラクスとミアが同時にコボルトと言う名をあげる。
ペロはわかってなさそうだが、とにかく嬉しそうに尻尾を振っていた。