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第31話 農業をはじめよう

 夕食後、後片付けを終えると、皆で就寝だ。

 俺とモラクス、ペロは元の家で、子供たちは新しく建てた家で眠ることになった。


「えー、ぼく、ティルさんといっしょにねるー」『ねるわん』


 子供たちとコボルトたちは皆で一緒に寝たがった。

 だが、全員で雑魚寝したら、新しく家を建てた意味がない。


 それに、村人たちには村人たちの生活があるだろうと思ったのだ。


「今日はいろいろあったなー」


 毛皮を敷いて毛布にくるまると、今日の出来事が思い起こされる。


『あった』

『あったわんねー』『いっしょにねるわん』


 コボルトたちは二匹だけ、俺の家で寝ることになった。


「わふ」

「ペロどうした?」


 ペロは毛布にくるまらず、お座りして俺をじっと見ていた。


「……ウゥー」

「あ、すまん。ついうっかり」


 唸るペロを見て俺は大切なことを思い出した。


「いっぱい撫でるって約束したものな」

「ぁぅぁぅ」


 道中、魔法で魔物を倒した後、ペロに運んでもらった。

 そのとき、今は移動中だから後でたっぷり撫でてやると約束したのだ。


 それを楽しみにしていたのに忘れられたら、いくら温厚なペロだって怒るというものだ。


「ごめんね。ありがとうな、ペロ」


 俺が座ると、ペロは顎を俺の膝の上に乗せる。


「ぁぅぁぅ~ぴぃ~」


 そんなペロを優しく撫でる。

 子供の頃の愛犬、先代ペロも俺の膝の上に顎を乗せるのが好きだった。

 違う犬だとわかっているが、ペロと先代ペロは、姿も、そして仕草も似ている。


「よーしよしよしよし」

『ぺろえらい』『もふもふもふだわん』


 モラクスとコボルトにも撫でてもらって、ペロは大喜びだ。

 俺はペロが満足するまで撫でまくった。


 すやすやし始めたモラクスとペロ、コボルトの隣で、今日あったことを思い出していると、

「…………あ」

 土壌改良魔法陣の新理論を思いついた。


「……そうか……魔力と瘴気は同時に重なり合って存在することはできないんだ」


 その性質を利用すれば、土壌改良魔法陣の理論がさらに進む。


 俺は我慢ができなくなって、モラクスたちを起こさないようこっそりと家を出た。

 そして、今稼働している魔法陣を一つ消して、新理論の土壌改良魔法陣を描いておく。


「仮説が正しければ……」


 これまでの魔法陣と比べて、効果が数倍に跳ね上がるだろう。


「これでよし……明日が楽しみだ」


 魔法陣を書き終わってから、新しく建てた家をみると静かだった。

 皆、気持ちよく眠っているようだ。


 空を見る。夜空には綺麗な青い月が浮かんでいる。


「今日は青い月だけの日か」


 いや、正確には青い月と黒い月の日だ。


「……黒は瘴気の月か。何事もなければ良いが」


 黒い月の日。一般的には赤い月が新月の日は良くないことが起こると言われている。

 俺はしばらく月を眺めた後、家に戻ってモラクスとペロ、コボルトたちの間で眠りについた。




 次の日、夜明けとともに起きた俺は、モラクスたちを起こさないように気をつけて外に出る。

 すると、もうコボルトの長が外にいた。


「おはよう。眠れた?」

『ねむれたわん。子供たちが抱っこしてくれて、とても安心できたわん』


 長は俺のひざに手をかけて「はっはっはっ」と言っている。

 こうしていると、可愛い小型犬がじゃれついているようにしか見えない。


 とても頭を撫でたくなる。だが、長にそんなことをしたら失礼かもしれない。

 そんなことを考えていると、

『なでてほしいわん』

「いいの?」

『いいにきまっているわん。撫でられるとうれしいわん』


 俺は、お言葉に甘えて長の頭を撫でまくった。背中や胸の部分も撫でまくった。


「もふもふだなー」

『きもちいいわん』


 しばらく撫でまくって和んだ後、俺は長と一緒に魔法陣を見に行った。


『夜中に魔法陣を描くとは、ティルは働き者だわんねー』

「働き者っていうか、思いついたら試さずにはいられないというか……」


 そんなことを言いながら、魔法陣の効果を確かめる。


「お! やった。うまくいってる!」

『すごいわん! ここだけ大地から完全に瘴気が消えているわん』

「大地の精霊のお墨付きをもらえたら、嬉しくなるな」

『ねね! ティル、昨日、お願いした畑、ここに作っていいわん? お願いだわん』

「もちろんいいよ」

『やったわん!』


 コボルトの長は尻尾を振りながら、四足歩行になって、大地の匂いを嗅ぎまくる。

 こうしていると、完全に犬にしか見えない。

 今にも足を上げておしっこをするのではないかと思えるほどだ。


「……あの、ものすごく失礼かもしれないんだが」

「はっはっはっっは『なんだわん?』」

「犬っぽいっていわれたら、傷ついたり、失礼に感じたりする?」

『なんでわん? コボルトは犬だわん』

「あ、そういう認識なんだ」

『犬は犬でも精霊の犬だわんねー』


 そういいながらも、匂いを嗅ぎまくり、手で、いや前足で穴を掘っている。


『大地を掘るのは楽しいわん! 瘴気が混じっていると掘れないわんからね!』

「喜んでもらえて嬉しいよ。じゃあ、この魔法陣を他のところにも描いておこう」

『お願いだわん! やっぱりティルは天才だわん。まるで大賢者だわん』


 俺は魔法陣を描きながら、長は穴を掘りながら会話を続ける。


「ミアたちにも大賢者っていう凄い魔導師の伝説が伝わってるみたいだね」

『大賢者は偉大だわんねー。会ったことはないわんけど』

「大賢者ってどんな人か聞いてる?」

『人族じゃないわんね。半分神様みたいなものだわん』

「へー」

『この土には……魔トマト……いや、魔米……。いやパンの木がいいわんかね?』


 長は土に夢中だ。


『どれも植えたいわん! いい土すぎて、決めるのが難しいわん! はっ!』

「どうした?」

『大事なことをわすれていたわん。ティルにも水やりをお願いしたいわん』

「もちろん、いいよ」

『やったわん!』


 喜ぶ長を見ていたら、一つ気になった。


「そういえば、魔草と魔木って魔物だけど……瘴気のないところでも育つの?」

『育つわん。むしろ瘴気がない方がいいわんね?』

「そうなの? 瘴気の中で育って瘴気を纏っているから、美味しくなるのかと思ってた」

『そんなわけないわん。そもそも――』


 長がいうには、魔草も魔木もいわば瘴気病にかかった植物のようなものらしい。


『神が瘴気と戦える植物を作ったわん。その子孫だわんね。元々は聖獣みたいなものだわん』

「……なるほど。そうだったのか」


 聖獣であるペロが瘴気病にかかったように、聖なる草木も瘴気病にかかるのだろう。


「そうそう、精霊たちは結界の外には出られないんだろう? 正確には顕現できないか」

『そうだわん』

「かわりに種をとってくるよ。どうしたらいい?」

『えっとー。種類ごとに取り方が違うわんねー。説明が難しいわん』

『もらくすがおしえる』


 地面にひざをついて、魔法陣を描いていた俺のお尻を、起きてきたモラクスが鼻で突っつく。


「モラクスおはよう」

『だいたいのたべものの、たねのとりかたは、かあさまにきいた』

「モラクスの母様はすごいな? 何でも知ってるな」

『うん。かあさまは、なんでもしってる』


 モラクスは、自慢げにむふーっと鼻から息を吐く。


「じゃあ、あとで一緒に種の採取にいこう」

『いく』


 そう言ってモラクスも長と一緒に穴掘りを始めた。

 牛はあまり穴を掘っているイメージはないが、モラクスは好きらしい。


「わふわふわふ」

「お、ペロも行くか。いいよ。行こうね」


 ペロが起きてきて、

『なでてなでてわん!』『あ! いい土だわん!』『ほるわん!』

 コボルトたちが起きてきて、

「ティル、おはよう。朝ご飯の準備をしよう」

「おはよおはよ!」

 ミアやミーシャ、子供たちも起きてくる。


「みんなおはよう。今日も良い天気だな」


 俺も朝食の準備を手伝おうと思ったのだが、ミアが言う。


「ティルは魔法陣を描いているのだろう? ならそれを続けてくれ」

「いや、魔法陣は後でも描けるからな」

「いやいや、役割分担だ。子供たちに手伝ってもらうよ」

「手伝う!」「ぼくもー」


 子供たちがぴょんぴょん跳びはねてはしゃいでいる。

 子供たちは朝から元気だ。素晴らしい。


 昨日沢山歩いたというのに、疲れを感じさせない。


「そうか。じゃあ、お願い」

「うむ、任された!」

「まかされたー」


 俺はミアと子供たちに朝ご飯の準備を任せて、魔法陣をどんどん描いていく。


『すごいわんねー』『魔法陣はきれいだわん』

「ありがとう」


 暇そうなコボルトたちに見守られながら作業する。

 魔法陣を描いている間、コボルトたちとペロは穴を掘ったり、俺のとこに来たり楽しそうだ。


「夜ご飯は俺が作ろうかな」

『ティルも咖喱作れるわん?』『咖喱はうまいわんね』

「咖喱も凄く美味しいけど、腐界の外の料理も美味しいんだよ」

『たべたいわん』

「みんなの口に合うかわからないけどね」


 そんなことを話している間も、コボルトたちとペロは楽しそうに走り回っている。

 穴掘りや魔法陣製作見学にも飽きたのだろう。


 好奇心が抑えきれないのかも知れない。


 コボルトたちは、子犬、いや子狼であるペロと行動がそっくりだ。

 もしかしたら、コボルトたちも皆幼いのかもしれなかった。


『てぃる、てぃるー、金属がいっぱいだわん』


 昨日作った倉庫を覗いていたコボルトがそんなことを言う。


「そうだよ。エルフの村から持ってきたんだ」


 倉庫からコボルトが、四足歩行で走ってくる。

 どうやら、コボルトたちは急ぐときは二足歩行から四足歩行に変わるらしい。


『金属、ぼくも使いたいわん。いいわん?』

「一応みんなに聞かないとだけど、いいと思うよ。でも何に使うの?」

『いろいろだわん。ぼく、大地の精霊わんね? 大地の精霊にも得意分野があるわん』

「ほうほう? みんなが農業が得意なわけじゃないってこと?」

『そうだわん。ぼくは金属が得意分野だわん』


 そういって、コボルトは自分たちのことを教えてくれた。


 大地の精霊は、大地由来の色々な物の精霊でもある。

 土から生える草木だけでなく、土そのものや岩石などもそうだ。


『金属鉱石は岩石にふくまれるわんね』

「なるほど。そう言われたら確かにそうだね」

『いろんな物を作るわん。農具とか武具とか、道具とかー。何でも作るわん』

『土と岩を使って炉も作れるわん! だから場所が欲しいわん。作っていいわん?』

「もちろんいいよ」

『やったわんやったわん』『がんばるわん!』


 どうやら、コボルトたちの得意分野は多岐にわたるようだった。

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