俺たちがコボルトの魔法の範囲内に戻ると、
「ティル、みてたよ! すごかったねー」
「うんうん。魔木と魔草の伐採も、整地もかっこよかった」
「ミーシャは……まほうじんを描くのがすごかったとおもう」
『ありがとわん! はやく種を植えたいわん!』『炉もつくるわん!』
『土がきれいになったら、すぐ魔法をつかうわんね!』
子供たちとコボルトたちが大喜びで迎えてくれて、褒めてくれる。
「ありがとう。そんなに褒めるな。照れるだろ」
「はっはっは」
俺は褒められ待ちをしているペロを撫でまくる。
「ペロも子供たちを守ってくれてありがとうな」
「きゅーん」
ペロを撫でまくった後、
「よし! お昼ご飯は俺が作るぞー」
「おーどの咖喱ーにするの?」「ティルの咖喱?」
『たのしみだわんね!』『畑仕事が進むわん!』
皆が咖喱を期待しているらしい。
「実は咖喱じゃないんだが」
「咖喱じゃないの? どんなのどんなの?」「楽しみー」
『咖喱ぐらいうまいわんね?』『たのしみだわんね』
「口に合えば良いんだけどね。あまり期待しないで待っていてくれ」
俺はそう言って、作業に戻る子供たちを見送ってかまどのある新居に入る。
付いてきたのはミアとミーシャ、それにモラクスとペロである。
「ねね、てぃる、なにつくるの?」
「そうだな……やっぱりシンプルでわかりやすいものがいいよね」
子供に人気の料理が良いだろう。
「……ここは魔鳥の唐揚げと米の実だな」
「唐揚げ? たのしみー」
「手伝うぞ! 何でも言ってくれ」
「ありがとう。じゃあ、早速タレを作ろう。ミアは米の準備をしてくれ」
「任された!」
俺は魔法の鞄から材料を出して作業を始める。
俺が魔鳥の肉を切る横で、ミアは手際よく米の実を焼く準備をしていく。
「子供たちは沢山食べるからな。多めに米の実を準備しておこう」
エルフの村の家には米の実とパンの実を焼くための専用のかまどがある。
新居を建てるとき、俺はそれを忠実に再現してある。
専用かまどは大きくて、パンの実や米の実を一度に三十個焼くことができるのだ。
かまどにはもう既に燃料の魔木がたくさん入っている。
魔木は燃焼時間が長いため、同じ魔木を数日間使い続けることができるのだ。
冬は火を付けたままにするため短くなるが、それでもニ、三日は持つという。
今は夏なので、使い終わると通気口を塞いで火を消すため、十日近く持つらしい。
「ペロ頼んだ」
「ワフ!」
ミアに頼まれたペロが口から火を吐いて、かまどの中の魔木に着火する。
「ペロは着火がうまいね。助かるよ」
「わうわう~」
ミアに褒められて、ペロは嬉しそうだ。
かまどに火が付いたら、ミアは米の実をどんどん入れていく。
「米の実って、無造作に入れるんだね」
「そう見えるだろう? だが、実は結構難しいんだよ」
ミアがどや顔で、米の実を熱する際のコツを教えてくれる。
沢山の米の実の焼き加減が大体同じになるように、配置を決めるらしい。
そして、焼き始めてからも、油断はできない。
「焼きむらができないよう、火の加減を見ながら実を動かす必要があるんだ!」
「ほほう。今度俺にも焼き方を教えてくれ」
「わかった。……私にも唐揚げの作り方を教えてくれ」
「ああ、もちろんだ」
俺とミアの作業をミーシャとペロ、モラクスが見つめている。
「ミーシャもたのしみー」
『もらくすも』「がうがう」
「お肉だからモラクスは美味しくないかも……」
『じゃあ、もらくす、ごはんたべる』
「モラクスのために、魔ジャガイモのの唐揚げも作っておこう」
『たのしみ』
ジャガイモの唐揚げならば、モラクスも美味しくたべられるだろう。
「唐揚げはうまいし魔鳥の肉もうまいからな。魔鳥のもも肉を使った唐揚げは絶対うまいはずだ」
魔鳥のもも肉は柔らかく、味が濃くて、赤身と脂身のバランスも良い。
唐揚げに最適なはずだ。
「ティル。その黒いのはなんだ?」
米の実の焼き加減を調節しながら、ミアが尋ねてくる。
「醤油だよ。大豆を発酵させた調味料だ」
「ほう? 腐界の外には変わったものがあるんだなぁ」
醤油が使われ始めたのは数百年前。
ミアたちエルフが腐界から出られなくなった千年前には、まだ醤油はなかったのだ。
「ミーシャ、しょうゆの味見したい!」
「いいよ、塩辛いから少しだけね。ミアもどうぞ」
俺は小皿に醤油を一滴垂らしてミーシャとミアに渡す。
ミーシャとミアは指の先に醤油を付けてペロリと舐めた。
「しょっぱい! でも……おいしいかも……」
「うむ。複雑な味だな。うまい」
「そう、ただしょっぱいだけじゃないんだ。深みがあるだろう?」
俺はそういいながら醤油に酒を混ぜていく。
「変な匂いだな。それはなんだ?」
「かわったにおい!」
「お酒だよ。俺は基本的に酒は飲まないけど、料理用に持ってきたんだ」
「それが伝承に聞くお酒というものか」
「ミーシャもきいたことある!」
ミアもミーシャもお酒に興味津々だ。
「ああ、そうか。瘴気があるから酒作りはできないのかもしれないな」
酒造りには時間がかかるが、時間をおけばどんどん瘴気に汚染されていってしまう。
それに肝心な水も瘴気で汚染されているのだ。酒造りは難しかろう。
「大人しか飲んだらだめだし、そもそもあまり体に良い物じゃないからな」
それに酔っていると繊細な魔法の扱いが難しくなる。
いつ魔物の襲撃があるかわからない状態では酒は飲むべきではないのだ。
「体に良くないのか? それなら料理にも使わない方が良いんじゃないか?」
「熱を加えれば酒精が飛ぶからね。料理に使う酒は体に悪くはないんだよ」
「ほうほう。難しい話しだ」
俺は醤油と酒を混ぜ終えると、生姜とニンニクをとりだしてすりおろしていく。
「私が知っているものと形状は違うが、それは生姜とにんにくか?」
「え? 生姜とニンニクは腐界にもあるのか?」
「もちろんだ。魔生姜と魔ニンニクは、咖喱にも使っているからな」
「腐界でも手に入るのは助かるな。生姜とニンニクはいろんな料理に使えるからね」
「魔生姜と魔ニンニク、持ってこようか?」
「凄く魅力的な提案だが……今回は普通の生姜とニンニクを使おう。少しすりおろしたし」
今回は腐界の外の生姜とニンニクを使うことにした。
すりおろしたニンニクと生姜を醤油と酒を合わせた物に混ぜていく。
そうして、作ったタレを一口大に切った魔鳥肉にかけていく。
「ミーシャもてつだう!」
「お、ありがとう。じゃあ、これを一分ぐらい揉み込んでくれ」
「まかせて! ふんふんふん」
ミーシャは楽しそうに魔鳥肉をタレに揉み込んでくれた。
「ありがとう。充分だよ。これはしばらく冷やしながら放置するんだ」
俺は生活魔法でタレに漬け込んだ魔鳥肉を冷やしていく。
「ほえー。魔法って便利だねぇ」
それから俺は魔ジャガイモを一センチほどの厚さに切っていく。
子供たちも食べたいというかもしれないから多めに作ることにした。
切り終わったジャガイモは、先ほど作ったタレの残りの中に入れておく。
次に魔法の鞄から小麦粉と片栗粉を取り出した。
小麦粉も片栗粉も、沢山持ってきていないが唐揚げを作るには必要なのだ。
「ほう? これは小麦粉と片栗粉か」
「なに? 小麦粉と片栗粉も腐界にあるのか?」
「もちろんだ。咖喱のとろみは魔小麦粉や魔片栗粉でつくるからな」
「それは良いな! 料理の幅が広がるよ!」
腐界の食生活はますます豊かになりそうだ。
片栗粉と小麦粉をそれぞれ器に入れると、次は油の準備だ。
「ミアたちは食用油にはどんなのを使っているんだ?」
「魔菜種油や魔オリーブ油、魔ひまわり油なんかもあるな。あとは魔猪の油を使ったり」
「なるほどなー。醤油と酒以外は腐界でとれるものでも代替できるか」
俺が今度は醤油と酒以外は全て腐界の材料で唐揚げを作ってみたいというと、
「それは私に任せてくれ。見て覚えよう」
とミアが胸を張った。
「お、頼もしいな。お願いするよ」
話しながら、油を大鍋に入れて魔法でじっくり熱していく。
そうしながら魔ジャガイモも漬けていた汁を捨てて、片栗粉をまぶしていく。
魔ジャガイモの衣を付け終わると、次は魔鳥肉に小麦粉をまぶしていく。
「つけすぎないようにして……」
魔鳥肉は小麦粉をまぶした後に、片栗粉を表面に薄くまぶしていった。
「ティル、小麦粉と片栗粉をまぶす順番に意味があるのか?」
「よくわかんないけど、この方が表面がカリッとする気がするんだよね」
「ほほう。覚えておこう」
魔鳥肉に衣を付けている間に、油の温度がちょうど良くなった。
「まずは魔ジャガイモから……」
油の中に魔ジャガイモを入れていくと、揚げ物の美味しそうな音が響く。
「うんうん。良い感じだ」
『おいしそ』
「うん。モラクスも一杯食べるんだよー」
『たべる』「わう」
魔ジャガイモにどんどん焼き色が付いていく。
「……うまそうだ」
「おいしそうだねー」「ぁぅ」
『ミーシャもぺろもたべようね』
「うん」「わぅ」
俺は魔ジャガイモをどんどん揚げていく。
モラクスの分だけでなく、子供たちやコボルトたちの分もあるので大量だ。
魔ジャガイモの唐揚げが山のように積み上がっていく。
「なんか! いいにおいしてる!」
『よだれがとまらないわん!』
外で作業していた子供たちとコボルトたちが新居の中に入ってきた。
「お、良い鼻をしているな。もう少しでできるから少し待ってね」
「わかった! 手伝うことある?」『なんでも手伝うわん』
「大丈夫。手を洗ってきなさい」
「わかったー」『手を洗うわんね』
魔ジャガイモを揚げ終わると、俺は魔鳥肉を揚げていく。
「やっぱり揚げ物の音っていいよね。美味しそうで」
「その感覚はわからないが……」
「ミアたちはあまり揚げ物をしないのか?」
「あまりしないなー」
ミアたちの食文化には揚げ物は少なめらしい。
俺はどんどん油の中に魔鳥肉を突っ込んでいく。
「基本は温度が下がるから一気に入れたらだめなんだけど、魔法を使ってるからな」
俺は魔法を使って油鍋を熱しているのだ。繊細な魔力コントロールで温度管理は完璧だ。
「魔法ってべんりだねー」
「料理するにはとても便利だよ」
「よし! 米の実もそろそろ良い頃合いだ! みんな手伝え」
「はーい」『手伝うわん』
ミアは子供たちとコボルトたちに指示をしながら、米の実をかまどから取り出していく。
取り出した米の実は子供たちが器用に割って、中のご飯をお皿に盛っていくのだ。
子供たちは手慣れたものだし、コボルトたちは手先がとても器用だ。
「よし! 魔鳥の唐揚げも完成だ!」
「やったー。手伝うね!」
「助かる。ありがとう」
子供たちが手分けして、魔鳥の唐揚げと魔ジャガイモの唐揚げを皿に盛っていく。
「モラクスは魔鳥肉食べないから、ジャガイモ沢山持っておくね」
『ありがと』
モラクスは嬉しそうに尻尾を揺らす。
『たのしみだわんねー』『いいにおいだわん』
「ぁぅぁぅ~」
コボルトたちもペロも、尻尾を元気に振っている。唐揚げを楽しみにしてくれているようだ。
期待してくれているが、果たしてみんなの口に合うだろうか。俺は少し緊張していた。