全員にご飯と唐揚げが行き渡って、一斉にお昼ご飯を食べ始める。
「これが唐揚げかー…………おいしい!」
『うん! とてもうまいわんね!』
「外はカリカリだけど、中はとてもジューシーだ」
『ごはんがすすむわん!』
「わふわふわふ」
魔鳥の唐揚げはみんなに好評な様だ。一安心である。
ペロも美味しい美味しいと食べてくれている。
俺も魔鳥の唐揚げを食べてみる。
「おお……美味しい」
腐界の外で食べたどの唐揚げより美味しかった。
衣をカリカリに仕上げられたことだけは、俺がうまくやったところだ。
だが、それ以外は俺の腕とは関係ない。とにかく魔鳥の味がいいのだ。
子供たちがいっていたように、肉はとてもジューシーだ。味も濃い。
柔らかくて、弾力がある。
脂身も旨みがあって、赤身と合わさると幸せな気持ちになる。
それにカリカリの衣と、下味の醤油とにんにくと生姜の組み合わせが最高だ。
「てぃる! すごくおいしいね!」
「ミーシャが手伝ってくれたからだよ、ありがとう」
「えへへー」
ミーシャは、一生懸命、魔鳥肉を揉みこんでくれたのだ。
「ティル。本当に美味しいよ。腐界の外にはこんな美味しいものがあるんだなぁ」
「確かに腐界の外には美味しいものはあるけど、これほど美味しくないよ」
「そうなのか?」
「ああ、魔鳥の味が唐揚げに合うんだよ。腐界の外の鶏肉よりずっとね」
「そっか。腐界も捨てたものではないかもな」
そういってミアは笑う。
「ねね。ティル。生姜とにんにくと……これなに?」
一人の男の子が尋ねてきた。
「お、下味が気になるのかい? 生姜とニンニクに、醤油と酒を混ぜた物だよ」
俺が教えると、
「醤油と酒っていうんだ。へー。美味しいねー」
子供たちは感心している。
『まじゃがいももうまい』
モラクスは魔ジャガイモの唐揚げとご飯をもしゃもしゃ食べている。
「うん! ほくほくで凄く美味しい。魔鳥肉の唐揚げと同じ下味かな?」
「そのとおり、生姜とニンニク、醤油と酒だ」
「醤油は魔ジャガイモにもあうねぇ」
『うまいわん! 醤油もうまいわん!』
魔ジャガイモの唐揚げも好評なようで、ほっと胸をなで下ろす。
俺も魔ジャガイモの唐揚げを口にする。
「……やっぱり魔ジャガイモはうまいな」
茹でたり蒸かしたりするだけでもうまいだろう。下味を付けずに揚げてもうまいに違いない。
「素材がいいから……もしかしたらシンプルな調理があうのかも……」
だが、ミアたちの食文化は瘴気の臭いを誤魔化すために濃い匂いのものが多い。
「腐界産の食材は濃い味と匂いの調理もあうんだよな……」
『うまいねー。かれーもうまいもんね』
「そうだねー。毎日だって食べたいぐらいだ」
俺とモラクスの会話を聞いていた子供やコボルトたちが言う。
「ぼく、咖喱も好きだけど、唐揚げも好き!」
『どっちもうまいわんね』
「ミーシャも! からあげだいすき! ごはんが……なんばいでもたべられる」
「そっか、みんなたくさん食べるんだよ」
「はーい」
そんな子供たちを見ながら、俺は魔鳥の唐揚げに魔檸檬の絞り汁をかけた。
「ティル。それは?」
「ああ、唐揚げはそのままでもうまいが、魔檸檬の汁をかけてもうまいんだよ。好みによるけど」
「ほう? 私も試していいかな?」
「もちろんだ」
俺が魔檸檬を手渡すと、ミアは絞り汁をかけて魔鳥の唐揚げを一口食べる。
「ほう! これは! さっぱりするな」
魔檸檬の酸味が、唐揚げの油を中和するかのようだ。
「魔鳥の旨みを引き出しているな……美味しい」
ミアの感想を聞いて、子供たちも、
「ぼくもかけたい!」「私も!」「ミーシャも!」
『かけたいわん!』
魔檸檬の汁をかけたがったので、
「少しずつだよ。沢山かけたら、いまいちなんだ」
「わかった!」『すこしわんね!』
子供たちとコボルトたちも魔檸檬の絞り汁をかけて唐揚げを食べる。
「おいしいー」「さっぱりするねー」「すっきり!」
『とてもうまいわんね』
『なくてもうまいわんけど、途中でかけると、ますますご飯がすすむわん』
子供たちもコボルトたちも、魔鳥と魔ジャガイモの唐揚げをおかずにご飯を沢山食べてくれた。
沢山食べ過ぎたせいで、昼食が終わった後、子供たちはみんなお昼寝したほどだった。
モラクスとペロ、そしてコボルトたちも、子供たちと一緒に気持ちよさそうに眠っている。
「すーすー」『もー』
ミーシャはモラクスを抱きしめながら眠っているし、
「むにゃむにゃ……からあげ」『おなかがいっぱいわん』
子供たちとコボルトたちは互いにくっついて眠っている。
「ぁぅ……ぁぅ……」
ペロはみんなの真ん中で眠っていた。
俺とミアは皿洗いと後片付けを済ませて、しばらくゆっくりしたあとに外に出た。
「ふぁー。お腹いっぱいだ」
俺も少し眠くなり、あくびしながら全身で伸びをする。
「おいしかったなぁ」
ミアはしみじみという。
俺は子供たちとコボルトたちが午前中にやっていた作業の結果を観察する。
「お、もうこんなに耕したんだな。さすがは大地の精霊ということか」
旧結界内の半径三十メートルの敷地内の半分以上が既に耕されていた。
「あの辺りは植え付けも済ませてあるぞ」
「おお植え付けまで。凄いな。…………これは炉か」
コボルトたちの作った炉は高さ一メートルで縦横二メートルほど。大きな煙突が付いていた。
「なんだこれ……みたことない技術だ……なるほど?」
構成する壁や天井は、腐界の外では見たことのない構造をしていた。
「素材から魔法を使って変換しているのか。ものすごい技術だな」
俺でも同じ事をしようとしたら、かなり大変だ。
「それに地面部分にも放熱を防ぐための工夫が色々とされているな」
全てに精緻な地属性魔法による工夫が施されている。
「ただ、燃料が難しいな。鉄とミスリル程度ならいけるけど……」
オリハルコンは難しかろう。
「ティルは見ただけで、そこまでわかるんだな」
「昔、師匠に鍛治師の工房に連れて行かれて、色々教えてもらったからね」
師匠の弟子だという工房主の鍛冶師は一流だった。
そして魔導師のはずの師匠も、鍛冶の技術と知識はすさまじい物だった。
「だけど、炉の構造がいいから、俺とペロの火魔法があればオリハルコンもいけるかな」
たまになら俺とペロで充分だが、俺とペロが忙しいときもあるだろう。
炉の燃料問題は解決すべき問題だ。
「……やっぱり魔樹を炭に加工したほうがいいか。む? これはなんだ? ああ、暖房か」
煙突の横にあるレバーをひねると、排煙を家と新居の床下に流すようになっていた。
「床を暖房にするとは……コボルトたちは頭良いな」
「床があったかいほうがお昼寝できるわん、と言っていたな」
ミアはコボルトの耳に模した両手を頭の上でパタパタさせながら、そんなこと言う。
「そっかー。本当にコボルトたちが来てくれて良かったな」
「…………ティル。ありがとう」
「どうした? 急に」
「ティルが来てくれなければ、きっと私たちはあと数か月も持たなかったと思う」
大人たちが全滅し、水が汚染されていたのだ。
もしかしたら、そういう未来もあったかも知れない。
「改めてお礼を言わせてくれ。ミーシャをみんなを私を助けてくれてありがとう」
「お役に立てたのならよかったよ。だけど、気にしないでくれ。俺も助かったし」
「助かったのか? ティルは一人で何でもできそうなのに」
ミアは驚いた様子で俺を見る。
「俺がしたかった腐界の浄化は何年もかかる。ずっと一人だとつらい」
もちろんモラクスとペロのおかげで俺は救われていた。
それでも、何年も経てば、さみしさを感じたに違いない。
「だからありがとう。ミアに出会えて、俺も救われた」
「そんな……。私は最初めちゃくちゃ失礼なことを言ったのに」
「それも俺とモラクスを心配しての言葉だってわかっているさ」
「……ティル」
ミアはじっと俺の目を見る。なぜかミアの頬が赤い。
「……あの……私、ティルが……」
「ん? なんだあれは?」
ちょうどそのとき、俺は上空を高速で飛んでいる何かに気づいた。
「でかいな?」
「え? ……竜?」
それは真っ赤な竜だった。
全身を覆う鱗は深紅で、四枚ある翼の翼開長は十メートルはある大きな竜だ。
力強い手足と大きな尻尾も持っている。
竜に気づくとすぐにミアは駆けだして、子供たちが寝ている新居の前に立つ。
「……戦闘中か? こっちに気づいてないな。コボルトたちの魔法のおかげか」
竜の鱗は何枚も砕けており、血が流れて、羽も所々破れている。
竜の周囲には瘴気を纏った魔竜が五匹ほどいる。
魔竜は一匹ずつが翼開長十メートル以上あり、赤い竜より大きいぐらいだ。
どうやら赤い竜は、自分より大きな魔竜五匹と戦っているらしい。
「やり過ごそう。ティルがいくら強くても魔竜五匹とやり合えば、こっちも無事では済まない」
ミアの声は静かだ。子供たちを起こさないように配慮しているのだろう。
今更、子供たちをたたき起こして逃げだそうと、間に合うわけがない。
ならば、怯えさせないよう、起こさない方が良いと考えたのだろう。
「ミアの言うとおり、厄介な相手だが……」
「グアアアアアアアア!」
赤い竜は苦しそうな大きな声で咆哮すると、口から強烈な火球をいくつも放つ。
追い詰められた赤い竜の残りの力を振り絞った渾身の攻撃に見えた。
だが、渾身の火球が当たったのは一発だけ。
流石の威力でその一撃で魔竜は悲鳴をあげて落下していく。
だが、火球をかわした残りの四匹は、赤い竜に向かって雷のブレスを同時に放つ
「ギャアアアアアア!」
全力で攻撃した直後の隙を突かれた赤い竜は雷のブレスをまともに食らう。
悲鳴をあげて、こちら目がけて墜落し始めた。
「ま、まずい!」
そういいながら、ミアは弓を構える。だが、弓矢でどうこうできる問題ではない。
確かにまずい。赤い竜は重たいだけでなく、全身を魔力で覆っている。
しかも高速機動していたその勢いのまま墜落してくるのだ。
このまま落ちれば、それだけで全身に魔力を纏った竜に全力で体当りされたような状態になる。
建物も畑も炉も、全て破壊されるだろう。
「だけど、心配ない。なんとかするよ。
落ちてくる竜を魔力の壁を五重で展開して受け止める。
「流石に重いし、魔力密度が濃いな!」
「グアアアアアア……?」
「と、とまった?」
ものすごい衝撃で、俺が展開した五重の魔壁のうち、二枚が破られた。
それだけでは勢い止まらず、竜の尻尾が俺の家を破壊する。
誰も中に居なくて良かった。だが、結界が解除される。
結界装置のコアは俺の家の中に設置してあるのだ。
「子機との連結が壊れただけなら良いんだが――」
――GUAAAAA!
――GYAAIAAIAIA!
結界が壊れたことで、コボルトの魔法も壊れたのだろう。
俺たちの集落を見つけた魔竜たちが嬉しそうに吠え始めた。
「ひっ!」「こわい」
大きな音で目覚めた子供たちが新居の玄関から顔を出して悲鳴をあげる。
「家から出るな! ティルがいるから安心しなさい」
ミアが玄関を塞ぐように立ち、
『もらくすがまもる』「ガウウウウ」
モラクスとペロは家の外に出て、子供たちを守るように身構える。
「モラクス、ペロ、ミアも。子供たちを頼む」
『まかせて』「がう!」「ああ。ティル頼む」
――GUAAAAA
子供たちを見て、魔竜は四匹同時に、大きく裂けた口をにやりと歪ませる。
獲物を見つけて喜んでいるのだ。魔竜は人を食らうのだから。
――GUAAAAA!
――GUOOO!
魔竜たちは子供を怯えさせるためだけに無意味に吠える。
「ひぅ!」『こわいわん』
子供たちが怯える。コボルトたちは尻尾を股に挟んでプルプル震えている。
「そなたら! ここは我に任せて、早く逃げるのである!」
傷だらけの赤い竜が叫ぶ。
「おお、凄いな。人の言葉を話せるのか」
極めて高位の竜は人の言葉を話せると師匠に聞いたことがある。
だが、話せる竜に実際にあったのは初めてだ。
「色々と聞きたいことはあるんだが――」
――GOOOOO
「うるさい! お前らは調子に乗りすぎだ!」
俺は嬉しそうに威嚇してくる魔竜を怒鳴りつけた。