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第42話 夫婦のお願い

 互いの自己紹介と拠点の説明終えた後、建物の中でフィロの頼みを聞くことになった。

 建物に入るのは俺とフィロ夫妻、それにジルカだ。


「ミアとリラは?」

「ん? 子供たちを見てやらないとな」

「私も子供たちからお話を聞いているわ」

「そっか」

「もし私の力が必要ならいってくれ。何でも手伝うよ」


 そういってミアは微笑んだ。


「私は、話し合いがどうなるかわかってるし? 神のお告げで」

「へー。リラは凄いな」


 リラはきっと話しが退屈になりそうだから結果だけ教えてもらおうと考えているに違いない。


「じゃあ、子供たちを頼む」

「うん。みんなは、いつもは何しているの?」

「えっとね、えっとね! お手伝いしたり遊んだりー」

「もっもー」「わふわふ」

『おいかけっこするわん? するわん?』


 リラは神官で、神殿には親を亡くしたこの保護施設もある。

 だから、子供と遊ぶのは手慣れているようだ。


 モラクスとペロ、コボルトたちは遊ぶ気満々で尻尾を振っている。

 それをモラクス母とペロの両親は優しく見つめていた。


 リラならば大丈夫だろう。

 子供たちをミアとリラに任せて、俺たちは家の中で話し合いを始めた。


 靴を脱いで板の間に上がるとフィロ夫妻は防護服を脱いだ。


「防護服は暑いからな。重たいし」

「やはり瘴気がないと快適ですね」


 防護服の中に、フィロもカトリーヌも動きやすそうな服の上に革鎧を身に付けていた。

 服を脱いだフィロとカトリーヌに、コップに入れた水を渡す。


「ありがとう。ちょうど喉が乾いていたんだ」「ありがとうございます」

「それで頼み事とは何だ?」

 ジルカにも水を渡し、俺も水を飲みながら問いかけた。


「俺たちの子供を探すのを、ティルに手伝ってほしいんだ」

「わかった。手伝おう。それで――」

「ちょっと待て、まだ何も――」

「そうです! 兄弟子! 詳しい話しを聞いてから判断してください」


 なぜかフィロ夫妻が慌て始める。


「フィロと妹弟子の子供がいなくなったんだ。それだけで充分だろ」

「いや、……そうだな、ティルはそういう奴だった」


 そう言って、フィロは笑う。


「詳しく説明させてくれ」

「ああ、聞こう」

「五年前、当時生後八か月だった俺たちの子ノエルが誘拐された」


 それは国境防備を任された辺境伯家と王家の離反を狙った敵国の犯行だったらしい。


「ノエルにはカトリーヌが作った結界発生の魔導具がつけられていたのだが……」


 その魔導具には現在地を知らせる機能もあったようだ。

 誘拐した次の日には、その魔導具が壊れたらしい。


「非常に強力な、それこそ竜であっても壊せない結界を発生する魔導具だったのですが……」


 カトリーヌは師匠が認めるほどの魔導具師。

 そのカトリーヌがそういうならば、そうなのだろう。


「それで、魔導具が壊れた場所は?」

「死の山とされる地域です。兄弟子もそこがどのような場所かご存じでしょう?」


 フィロの話しを大人しく聞いていたジルカが「うぅむ」と唸った。


「死の山か。それは……また……なんと言えばよいのであるか……」


 ジルカがそう言う理由はわかる。

 死の山とは腐界の奥地。瘴気も極めて濃く、生息する魔物も凶悪なものばかりだ。


「もう一度聞くが、誘拐されたのは五年前なんだよな?」

「そうだ。五年前だ」


 俺はフィロの子が魔物に殺されたと噂で聞いたことがある。

 死の山に連れて行かれたのならば、当然、その子供は死んでいる。


 生後八か月の赤子が死の山の濃い瘴気の中で生き延びられるわけもなし。

 もし瘴気に耐えても、凶悪な魔物が跋扈するなか生存できるわけがない。


「ティルはノエルが死んでいると思っているんだろう?」

「いや、それは……」

「いい。普通ならそう思う。だが生きているという神託があった」

「神託? ってなんであるか?」

「星見の神の聖女の神託だ。それによって、ノエルの生存が確実となったんだ」

「そもそも星見の神ってなんであるか?」


 ジルカの問いに、フィロは嫌な顔一つせずに、丁寧に説明していく。


「星見の神というのは、神々に愛される末の娘と言われる神で――」


 一般的には占いの神と思われている。


「だが、神に祈っても知りたいことを教えてもらえるわけではないんだ」


 何を知らせるか、知らせないかは神のご意志次第。

 王であっても、占ってもらえるかどうかはわからないのだ。


「だが、幸運にも星見の聖女がノエルの現状を占ってくれたんだ」


 そして生存が判明したという。


「ふむ~? その占いって信用できるのであるか? 我にはとても……」


 ジルカには赤子が死の山で生存できるとは思えないのだろう。


「ああ、信用できる。占いというが、神託だからな。しかも未来視ではなかったからね」


 未来視に関しては、このままだと起こりうることを教えてくれるだけだ。

 そして、未来は人々や魔物等の行動によって変化しうる。


 だから、星見の神の神託でも外れることはある。


「だが、星見の神の聖女は現在のノエルの姿を教えてくれたんだ」


 つまり、星見の神が地上を覗いて教えてくれたということ。

 その神託の時点で、ノエルが生存しているのは間違いのないことだった。


「ちなみにその神託はいつのことだ?」

「三年前だ」

「……なるほど。二年生存したのなら、五年生存している可能性も高いな」


 俺がそういうと、ジルカも「たしかに」といって頷いた。


「あ、だけど、死の山は広いのである。かの地の聖獣の守護者に協力を求めたとしても――」


 人族の幼子一人を見つけだすのは容易ではないとジルカは言う。


「そのためにこの魔導具を開発しました」


 カトリーヌが、見たことのない魔導具を取り出した。


「拝見しても?」

「もちろんです」


 許可を取って、魔導具を調べさせてもらう。


「お師様と星見の聖女様のご助力を得て、なんとか開発した魔導具になります」

「ほう? これは新しいな」


 見たことのない構造をしている。使われている理論も知らないものだ。


「……人定の魔導具に少し似ているか? いや、だいぶ違うか」


 最初に思ったのは特定の人を選別する魔導具だ。

 機密を扱う建物の入口などに稀に設置されることがある。


「さすがは兄弟子です。これは特定の人物の魔力波を感知して居場所を見つける魔導具です」

「ほう? それは画期的だな。おお、なるほど。こういう仕組みか。いや本当に凄い。斬新だ」


 師匠が認めるだけのことはある。カトリーヌは天才だ。


「五年もかかってしまいましたし、お師様と聖女様のお力が大きいので……」

「五年なら充分短いさ。それに師匠が弟子として認めたんだから、自信を持っていい」

「ありがとうございます」


 カトリーヌは少し嬉しそうに微笑んでいる。


「ということは、この魔導具があればノエルの場所がわかると?」

「そうだ。そして本題だ。ティルに頼みたいことは、一緒に死の山に行って欲しいんだ」

「わかった。一緒に行こう」

「……ありがとう。ティルはノエルと……俺の命の恩人だ」


 俺が即答すると、フィロは目に涙を浮かべて頭を下げる。


「そんな大げさな」

「大げさではない。俺単独では死の山までたどり着けない。ティルだって……」

「いや、俺なら単独でも行けるぞ? 多分な。魔導師だからね」

「まあ、いけるであろうな」


 ジルカがそう言って頷いている。


「じゃあ、死の山には俺とフィロで向かうとして、魔導具の使い方を教えてくれ」


 あまりにも斬新すぎて、使い方を習得するのに少し時間がかかりそうだ。


「いえ! 私も参ります!」

 そう言ったカトリーヌの言葉は力強い。


「…………カトリーヌは強くないだろ? ここで待っていた方が……」


 優れた魔導具師であることは、戦闘力が高いことと同義ではない。

 そして、向かうのは危険極まる死の山だ。命の保証はできない。


「我が子が死の山にいるのです。一刻も早く抱きしめてあげたいのです。それに人に任せて私だけ安全な場所にいるわけにはいきません」

「……だが」

「ティルがいれば大丈夫であろ、なにせ、ティルはめちゃくちゃ強いのであるからな?」

「そうはいうが、瘴気だって濃いだろう?」

「それは問題ありません。護符がありますから」


 先ほどフィロも護符で瘴気を防ぐことができると言っていた。


「だが、完全ではないんだろう?」

「そうだが、防護服と組み合わせれば、ほとんど防げるぞ」

「それに、この魔導具は微調節が難しく、正確な操作は私でないと難しいのです」


 カトリーヌは「ほんとは改良しなければいけないんですけど」と呟いた。


「そりゃあ、改良する時間も惜しいよな」


 死の山で子供が待っているのだ。


「俺が調節の仕方を習うにはどのくらいかかる?」

「お師さまは三日かかりました」

「師匠で三日なら、俺なら一週間はかかりそうだな」


 さすがにそんなに待たせるわけにはいかない。


「仕方ない。三人で行くか」

「ありがとう、よろしく頼む」

「はい!」


 そういうことになった。

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