明日の早朝に拠点を出発することになった。
「我も行くのである!」
「すごくありがたいんだが、ジルカにはこの拠点の防衛を頼みたいかな」
ジルカは飛べるので、同行してくれたらものすごく助かる。
だが、拠点の防衛もないがしろにできない。なにせ魔王種を倒したばかりなのだ。
残党が襲ってくる可能性も考えなければならない。
魔王種が倒れたことをしった、他の魔王種の襲撃もしばらくは警戒すべきだろう。
「むむ~」
「代わりにジルカに頼みたいことがある」
「なんであるか?」
「死の山を治める聖獣の守護者に話しを通してほしい」
「む? ……うーん。見つかるかな? いや大丈夫であるかな」
ジルカは少し考えた後、
「任せるのである! 早速行ってくるのだ! 明日までには帰るのである」
そう言って、建物の外へと出て行った。
「ジルカ、竜になってどしたのー?」『かっこいいわん!』
「うむ。明日ティルたちが死の山に行くゆえな? 我が死の山の聖獣の守護者に――」
竜になった理由を子供たちに尋ねられたジルカが、丁寧に説明している。
「じゃ、行ってくるのである~」
「いってらっしゃーい」『きをつけるわんねー!』
子供たちとコボルトたちに見送られて、ジルカは飛び立ったようだ。
「さて、明日の準備だが――」
「もっも『もらくすもいく』」「ガウガウ!」
外からモラクスとペロが家の中に駆け込んできた。
「モラクスとペロも行きたいのか? でも、あぶないから」
『もらくす、はながいい』「わうわう!」
「確かに……匂いで探すこともできるか……いや、だが魔導具の精度ってどのくらいなんだ?」
カトリーヌの魔導具の精度が高ければ、鼻で探す必要もない。
「もっとも範囲を狭くして精度を高めた状態で半径百メートルになります」
半径百メートルは狭いようでかなり広い。
魔樹と魔草が生い茂る中で、幼子を見つけるのは中々大変だろう。
「……鼻を頼りたくなる広さだな」
『もらくすにまかせて』「わふっわふっ」
モラクスとペロはやる気に満ちあふれている。
本当はモラクス母とペロ両親に来てもらった方がいいのかもしれない。
だが、モラクス母もペロ両親も療養中なのだ。
死の山に連れて行かない方が良いだろう。
「じゃあ、モラクスとペロも一緒に行こうか」
「もっも!」「わふぅ」
「フィロとカトリーヌの準備は済んでいるんだろう?」
「ああ、もう準備をしてやってきたからな。いや、だが食べ物と水の補充はしたい」
「わかった。水は俺が魔法で出すからいいとして……食料は焼いた肉でも持って行くか」
焼いた肉を魔法の鞄に突っ込んでおけば良いだろう。
「基本的に水と食料は俺が運ぶが、念のための非常食はあるんだよな?」
「もちろんだ」
「ならいい。それじゃあ明日のために肉でも焼くか。手伝ってくれ」
俺たちが家の外に出ると、
「あ、ティル。明日のお弁当を作っているから少し待ってて」
外のかまどでリラが料理を作っていた。
リラは防護服を脱いでいる。
緑の長袖の服に薄い茶色の膝丈のスカートの下に黒いぴったりしたズボンを履いていた。
そんなリラを、ミアと子供たち、コボルトたちが手伝っている。
「おお、ありがたいが、よく明日の弁当が必要だとわかったな」
「だから話し合いの結果はわかってるって言ったでしょ? 神のお告げよ」
そういって、リラは笑う。
「それはすごい。ちなみにそのお告げでどこまでわかったんだ?」
「んー。明日の朝、ティルたちがノエルを探しに行くんでしょ?」
そこまでなら推測するのは難しくない。
「向こうに到着するのは……あ、言わない方が良いわね。未来が変わったら困るし」
「そっか。変わって困る未来が待っているなら安心だな」
適当に話しをあわせておいた。
「ティルは本当に信じ……まあその方が良いけど」
「何の話だ?」
「なんでもない! 弁当は私に任せて、ティルは準備しといてよ」
「準備といっても大してやることないからな。ちなみに何を作っているんだ?」
「ご飯の実を使ったおにぎりと魔鳥の唐揚げ。魔猪のハンバーグね」
「おお、おいしそうだ」
「あとはサンドイッチと……。子供たちが多いから子供が好きな料理にすることにしたの」
リラは料理の手を休めずに「卵があれば、もっと色々と作れるのだけど」と呟いた。
「卵は中々難しいな。魔鳥の巣を見つけないとだし。いや、そんな単純でもないか?」
魔物の卵は魔物なので瘴気を纏っている。瘴気が消えるのは死んだときだ。
卵を割ったら瘴気が消えるのだろうか。それとも焼いたり茹でたりしてからだろうか。
今度試してみたい気がする。
「あ、そうだ。俺も手伝おう」
「大丈夫。子供たちとコボルトたち、ミアがてつだってくれているからね」
「手伝ってる!」「おいしそうだね! 夜に食べるの!」
『たのしみだわんね!』『よだれがとまらないわん!』
リラはお弁当だけでなく、今日の夜ご飯も作ってくれるらしい。
「リラの料理は勉強になるな。これが腐界の外の料理か」
「そうよ。ティルより料理は得意なんだから! 今度咖喱の作り方を教えてね」
「ああ! それは任せるといい」
「咖喱もうまいよ!」『咖喱もだいすきだわん!』
リラはミアや子供たち、コボルトたちと仲良くなったらしい。
「俺も手伝おう」
「手は足りているから大丈夫。暇ならこの護符を使って魔導具を作っておくと良いわ」
そういって、リラは新しい護符をくれた。
「おお、新しい護符か。ありがとう。助かるよ」
「そ、そう? お役に立てて良かったわ」
「本当にリラは凄いなぁ。これリラが作ったんだろう?」
「そうよ? 私ってばかなり優秀な神官なんだから」
「……神官? ……いえ、なんでもありません」
フィロが何かいいかけたが、リラに睨まれて黙った。
「でも、ノエルは五年も死の山で暮らしていたんだろう? 今更結界が必要かな?」
「使わなかったら持って帰ってくればいいだけでしょう? あって困る物でもなし」
「それもそっか。魔導具を作っておくよ」
実は俺が持っている護符は、今リラから受け取った分を入れて三枚だ。
一枚は拠点に展開する魔導具のコアに使っているが、もう一枚は使っていない予備だ。
だから、予備を使えば、三枚目はいらないと思ったのだが、
「あ、予備にしている二枚目を貸して。改良しておくから」
「お、おう? 改良? できるの?」
「任せて。ちなみに今渡したのは改良済みの奴。それで魔導具を作って持っていくと良いわ」
「ありがとう」
「改良済みの護符で作った結界が必要になるかもしれないからね?」
「お、おう。そうなのか」
リラは笑顔だ。
まるで、全部見透かされているかのような感覚に陥る。
「まあ、魔導具を作っておくよ」
「兄弟子、見学させてください」
「もちろんいいよ」
「もっも」「わふわふ」「……も」
カトリーヌと、モラクスとペロ、そしてなぜかモラクス母に見つめられながら作業を進める。
「まず、この魔導具は核である護符の力を弱めずに拡張させるためのもので――」
「なるほど、増幅を担うのがこの部分ですね」
「そうだ。有機的に子機を連結するために――」
説明しながら、いつもよりもゆっくりと魔導具を作っていく。
「……リラ、本当に護符の機能があがっているな」
「ふふん。でしょう? 結構頑張ったんだから」
「ありがとう、本当に助かるよ」
親機と子機、子機と子機の距離は三十メートルが限界だったが、五十メートルまで延長できる。
延長しなければ、結界の強度自体が強まっている。
「兄弟子。これって弱いですけれど防護結界の機能もありますよね」
「……護符の力だな。本来の魔導具に防護結界の機能はない」
防護結界とは物理攻撃や魔法攻撃、そして魔物の侵入を防ぐ機能を持った結界だ。
「兄弟子。この部分をこうすれば、防護機能を強化できます」
「おお、確かに防護機能が高まるな。だが、それだと人族も……いやこうすればいいのか」
「あと、ここをこう変更すれば……」
カトリーヌは天才だけあって、魔導具作りの腕は非常に高かった。
おかげで、魔導具の性能がどんどん上がっていく。
「カトリーヌは凄いな」
「いえ、我が子を守るために結界を作っていただけです。守れませんでしたが……」
明日探しに行くノエルにも結界魔導具を持たせていたと言っていた。
「普段はオフにしていたのが仇になりました」
おしめを替えたりミルクを与えるたびに結界をオンオフするのは大変だ。
いつもはオフにしておき、魔物の気配や強い衝撃でオンになる仕様だったのだろう。
「魔法攻撃と魔物だけ弾くようにするなら、こうすれば……」
「おお、人捜し魔導具の応用か」
「はい。人捜しには人を特定する必要がありますから」
人を特定する機能を応用すれば、魔物だけ弾くようにすることもできるだろう。
「よし! できた! 勉強になった、カトリーヌ」
「私こそ、とても勉強になりました!」
俺とカトリーヌが新型の結界装置の開発を終えたとき、既に日が沈んでいた。