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第3話 始末


 華凛かりんはヤロカ水を背後から貫いた物の正体を、横転した大権現だいごんげん型四番機の中で見上げた。


御霊機おんりょうき…………?)


 辛うじてそう思えたのは、その物の右手が祓御霊剣ふつのみたまのつるぎを持っていたからだ。そうでなくてはとても同じ御霊機には見えない。


 色は塗装なしの鈍色で、大きさは我が機の三分の二か、あるいは半分ほどしかないのではないか。何しろ、その機械には頭部が無かった。本来それがあるべき場所には数本のアンテナがあるのみで、その下は鉄箱のような操縦席である。


 そこからシリンダーや配線の剥き出しになった手足が伸び、武器は右手に持っている祓御霊剣のみ……いや、持っているとも言い難く、それは右腕に直接固定してあるようだ。右腕は手首から先が無かった。とはいえ、それは紛れもなく人型の兵器だった。


 得体の知れない御霊機はどうやらこちらをじっと見下ろしているらしい。鉄箱の正面上部には縦長の穴が何本か並んでいる。まさか、あれがあの機体の『眼』なのか。


「え……え⁉ ちょっと!」

 華凛は新たな危機に気付いた。その不明機体はなんと華凛の機体の上に乗っかっていたのだ。そのせいで四番機はずぶずぶと沼に沈み、せっかく開けた視界がまた泥に埋もれようとしている。


 驚きが敵意に変わろうとしたその時、上から蹴られたような衝撃を感じ、不明機の姿が消えた。


(跳んだ……⁉)


 右側から地面をえぐるような音。慌てて頭部を動かし、その姿を追う。


 不明機は右腕の太刀を沼の中に深々と突き刺していた。どうやらそこに泥田どろた入道にゅうどうの目玉があったらしく、華凛と郁之助いくのすけの機体はそれ以上沈まなくなった。


 華凛は左腕を横に伸ばして沼からの脱出を図る。その間も頭部は不明機から目を離さない。


 今度は土石つちいわの大蛇おろちが動いた。郁之助の三番機よりもあの不明機の方が脅威であると思ったらしく、岩の鎌首をもたげ、あっという間に囲みを解き、不明機に飛び掛かった。


 不明機は避けられなかった。土石大蛇は勢いそのままに長大な土石の尾を引いて突き進み、華凛の視界外へと消えてしまった。


 華凛が必死に仰向けの機体を移動させている合間に、地響きと金属が何かを削る音が断続的に聞こえ、やがて岩が崩れるような音がした後、急に静かになった。


 レーダーに目を移すと、すでに三体の禍獣かもの反応はどこにもなく、自機と三番機と、そして不明機の反応があるのみだった。


 華凛は機体を横這いに進ませ、比較的固い地面の場所まで移動させた。三番機の方に頭部を回すと、泥だらけの機体は腰まで沼に沈んでしまっていたが、操縦席は無事のようだ。


(助……かった……)


 安堵の気持ちがあふれかえり、華凛は無線に呼びかけた。


「隊長! 私達助かったのよ! 誰か分からないけど、あの人にお礼を言わないと!」


 返事は帰ってこない。華凛は血の気が引いた。

「隊長……? 隊長! ねえ、返事をして‼」


『動かねぇ……機体が……完全にオシャカんなっちまった…………』


 沈みきった口調だったが、ともかくも声が聞けて華凛は今度こそほっと息をついた。


「びっくりさせないでよ……命は助かったんだからよかったじゃない……。ねえ、扉は開く?」


 郁之助は無言だったが、三番機の半分埋まった胴体部が上に開き、郁之助の座っている操縦席が露わになるのが見えた。


 華凛は固定ベルトを外し、開閉レバーを引いた。ところが上に開くはずの開口部は、苦しげな機械音を発するのみで開いてくれない。水が浸入したことで不具合が発生したのだろうか。試しに手で押してみたが、やはり開かない。


 華凛が開閉扉と格闘しているうちに、機械の駆動音と土を踏みしめる音が近づき、あの不明機が二機のもとに戻ってきた。土で汚れてはいるが、大した損傷はないらしく、三番機の正面に距離を開けて立ち止まった。


 一方、郁之助は開かれた操縦席で項垂れ、歯の間から絞り出すように言った。

大樹公たいじゅこう(将軍)から拝領した、大事な御霊機を、軍務の始まる前からぶっ壊すなんて……! それも、穢れた禍獣なんぞのためにだ……‼ もう、顔向け出来やしねぇ……‼』


「た、隊長……?」

 胸騒ぎがした。


 郁之助は正面にいる不明機に向けてヘルメットをかぶった頭を下げ、

何某なにがし殿……我が配下を救ってくれたこと……お礼申し上げる……』


 力ないその声は、果たして相手に聞こえただろうか。不明機は何の反応も示さなかった。


 郁之助はヘルメットを脱いだ。いつもの剽軽ひょうきんな明るさはどこにもなく、蒼白な顔に暗い意志を宿した目が光っている。ヘルメットを外に放り投げ、四番機の方を、つまり華凛を見た。


『華凛、この責は全て俺が負う……あんたは無事、江戸に帰ってくれ……いいな……』


 郁之助は機乗服のチャックを下ろし、中のシャツを引き千切って腹を露出した。さらに、ズボンに挟み込んであった棒状のものを取り出し、両手に握った。


 鞘の中からぎらりと現れる刃……短刀だ。


 華凛は戦慄した。まさか、と思った。そんなことが現実にあるわけない。いくら武士だからといって、このご時世にそんなことをする人間がいるはずがない――


「何してるの⁉ 何を考えてるの⁉ 馬鹿なことはやめて‼」


 いくら叫んでも、ヘルメットをしていない郁之助に無線の声が届くはずがない。華凛は半狂乱で操作盤をあちこち叩き、外部スピーカーをオンにした。


「隊長‼ ねえやめて‼ お願いやめてよ‼ しくじったのは私でしょ‼ あなたは何も悪くない‼ 江戸に帰ってから申し開きすればいいだけじゃない‼」


 木々の葉をざわめかすほどの大音量が辺りにこだました。しかし郁之助は表情を変えず、剥き出しの腹を手のひらでさすりはじめた。


 華凛は不明機の方を見た。鈍色の歪な人型は相変わらず置物のように佇んでいた。


「ねえ、そこの人‼ お願い‼ 隊長を止めて‼ あの人は私の上官なの‼ 私に優しくしてくれた、唯一の人なの‼ ねえ止めてよ‼ お願いだから‼」


 聞こえていないはずはなかった。四海に響き渡りそうなほどの大音量がスピーカーから拡散され、不明機の薄い装甲をびんびんと打っていた。


 郁之助は短刀を逆手に握り、切っ先を己が腹の左側に向けた。


 華凛は無我夢中で席の上に立ち、身体全体で開閉扉を押し上げようとした。


 目の前の半周型モニターに、不明機の姿がノイズ交じりに映っている。その棺桶のような操縦席に向けて、華凛は懇願するように言った。


「ねえ、助けて……‼ やめさせてよ……‼ さっきは私達を助けてくれたんでしょ……⁉ どうして見殺しにするの……⁉ ねえ、お願いだから、彼を助けてよ……‼」


 ―――― ◇ ――――


 暗雲のような双眸を持つその男は、ただ見ていた。


 粗末な蛍光灯に照らされた檻のような操縦席で、若い女の叫び声が反響している中で、古びて傷んだ神棚の下で、大小様々の操縦レバーが林立する間で――


 正面にある二つの窓の隙間から、若い武士が御霊機の中で腹を切らんとする姿を、その男はただ、じっと見つめていた。


 ―――― ◇ ――――


 ついに郁之助は切っ先を腹に突き刺した。


「いやああああ―――――――っ‼」

 華凛は全身で叫んだ。

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