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第11話 詰問


 翌日。朝一番に鈴姫すずひめ華凛かりんとななを引き連れ、陣屋の裏手門から風のように飛び出した。


 ずんずんと足を踏み鳴らして空堀の橋を渡る鈴姫の後ろを、華凛は複雑な気持ちで、ななは澄ました顔でついていく。


 昨日と同じ道を進んで土蔵の前にある鳥居をくぐると、鈴姫はそこから駆け出し、討ち入りのごとく扉に身体ごとぶつかり、けたたましい音を立てて突入した。


 旧式御霊機おんりょうき秋水しゅうすい〉の側にいた蓮太郎れんたろう、そして公文くもん寅美とらみが虚を突かれたように振り向いた。


 蓮太郎は鈴姫の姿を認めるとすぐさま膝をついて頭を下げた。鈴姫は真っ赤な顔でずかずか進み、蓮太郎の正面に立ち、後頭部を見下ろした。華凛はどぎまぎしながらななと共に後方で成り行きを見ていた。


「何で黙ってたん……!」

 いきなり、鈴姫が震える声で言った。


 蓮太郎は遠目にも分かるほど動揺した。沈黙の後、やっと口を開いてかすれた声で言った。

「……何を、でございましょうか……」


「二十一年前のこと‼ 蓮太郎と、ななと、……お母様が‼ 三人で脱藩したこと‼ 誰もが志を遂げられる世の中にするために、色んな藩に行ったこと‼」


 鈴姫の威光が拡散し、土蔵の窓をびりびりと揺らしていた。蓮太郎は依然かすれた声で、

「……そのことで、ございますか」


「当たり前やろ‼ 他に何があんの⁉」


 妙なことに、蓮太郎はそれを聞いてほっとしたように見えた。一度肩を上下させ、

「……誰から聞かれました」


 と言いつつ、蓮太郎は明らかにななに対して冷たい怒気を発していた。華凛は思わずつばを飲み込んだが、ななは力のこもった目で怒気を受け止めていた。


「そんなんどうでもええやろ! なんで隠しとったんかを訊いてんの!」


「……御為おためよろしからず」


「またそれ⁉ ええ加減にしてよ! 隠さなあかんような話ちゃうやろ!」


「わざわざお話し致すようなことでもございませぬ。……もっとも、主上しゅじょうが私に罰をお与えくださるのなら、喜んでお話し申し上げたでしょうが」



 鈴姫は思いがけない言葉にたじろいだ。

「罰って……そりゃ黙っとったことはあれやけど……そんな、そこまでのことじゃ……」


「私の軽挙妄動で、御母君に多大な苦労を負わせてしまったことに対してでございます」

 蓮太郎は不自然なほど淡々と言った。

「子供の浅慮でございました……。血気にはやり、愚にもつかぬ夢想をし、御母君とななを、いたずらに艱難辛苦かんなんしんくの道に引き込んだのでございます。挙句、何を成すこともできずに……」


「いや! そんなことはありません!」

 突然、公文が拳を握り締めて声を張り上げた。


「お三方は、西国の武士達に志という炎を再び灯してくださったのです! 旧幕の動乱より百数十年、誰もが回天の目は潰えたと思っていました! 幕府はこのまま永遠に存続し、世の旧弊は改められることはないと! そこに現れたのが、撞賢木つきさかき冬姫ふゆひめ様、巻島まきしまななさん、そして穂積ほづみ蓮太郎さんでした! お三方が斗佐とさに初めてお越しになられた時のことを、僕ははっきり覚えています! 当時の僕は取るに足らない小僧でしたが、あの時のご活躍をこの目で見たからこそ、僕もまた志士になろうと決意したんです!」


 鈴姫は息せき切って、

「そ、そんなにすごい活躍をしたのですか⁉ お母様は……!」


 蓮太郎が低く「寅……」と呟いたが、公文は興奮のあまり耳まで赤くし、

「活躍したのは穂積さんですよ! 各地の今人神いまひとがみや有力者と渡りをつけ、それを後ろ盾に徐々に藩の上層部に取り入り、利益を説き道理を説いて藩論を動かし、刹摩さつまでは御霊機おんりょうきの操縦を一から習い、ある時は江戸にまで飛んで工作活動――まさに縦横無尽、旧幕時代の志士達もかくやという大活躍です!」


「待って、待って、それじゃ……!」

 と、今度は華凛が上ずった声で、

「十六年前の倒幕騒ぎ……あれって、大名持おおなもち貴彦たかひこ様じゃなくて、この人がやったってこと⁉」

 鈴姫に向かって跪いている蓮太郎を驚きの目で見下ろしながら言った。


 公文は我が意を得たりとばかりに笑み、

「大名持様は名目上の盟主です。実際には撞賢木冬姫様の名の下に全てが行われ、さらに事実上、その先陣に立ったのは穂積さんなのです! その甲斐あって刹張斗飛さっちょうとひが百数十年ぶりに再び手を取り合い、そして十六年前! 西国諸藩が連名で幕府に改革の嘆願書を提出し、それが容れられぬとあれば、刹張斗飛が上洛の軍を挙げようかという所まで漕ぎつけたのです!」


 鈴姫が、華凛が、地面に跪いている蓮太郎を見た。


 しかし当の蓮太郎は冷厳と、

「時勢の力でございます。旧幕の動乱は過ぎたりとはいえ、数十年に一度は幕威の衰える時期というものがやって来るのです。幕府の失政、経済の低迷、外国からの圧力など……。そうなれば当然、反幕の機運も高まり、敬神けいしん派が息を吹き返したように活動し始めるのでございます。私はその機運と、大勢の後押しに乗っただけに過ぎませぬ。……結局それも、いたずらに世間を騒がせたのみの結果に終わりました」


 公文が語勢を落として言った。

「ええ、それは確かに……。あと一歩で挙兵という所だったのですが、その……不測の事態が起こりまして……。それを機に各藩の反対派が勢いを盛り返し、藩論を覆して次々に離脱……。結果としては、時期尚早ということで立ち消えに……」


 鈴姫はまだ赤い顔をしていた。

「でも……でも、たった三人から始まって……! それが天下を動かすほどに……!」


 蓮太郎が冷や水を浴びせるように言った。

「畏れながら主上、過去の出来事よりも、現在の事態に目をお向けください。事情を把握なされたのであれば、いま出雲いずも松江まつえ藩にいる連中が何を求めてここを攻めようとしているのか、ご推察いただけるはず」


「え……」

 鈴姫は目と口を丸くし、視線を徐々に下げて考え込み、やがて白い顔で言った。


「じゃあ……敬神派の、浪士の人達が狙ってるのは……うち、ってこと……?」


 蓮太郎は黙って頭を沈みこませた。


 公文が代弁するように、

「……そうです。僕は連中と連絡を取り合っていた頃、その計画の一端を耳にしました。敬神の象徴たる冬姫様の忘れ形見を奉じ、十六年前の挙を今こそ実行せん、と。すなわち鈴姫様を攫って倒幕の旗頭として掲げ、さらに京になだれ込んで天下に号令しようとしているのでしょう。この国で乱を起こすなら、それがお決まりの流れですから」


 鈴姫は自身を抱くようにして身体の震えを止めようとした。


 華凛はその隣に進み出、蓮太郎に向けて言った。

「……護るんでしょ」


 求めていた答えは、磐根いわねのように確固とした言葉で返ってきた。


「無論」


 鈴姫の身体の震えが止まった。腕を下ろし、蒼白ながらも引き締まった表情で、

「……どうやって戦うん? その人らが、ほんまに御霊機をいっぱい持ってるんやったら……」


「実はそのことを穂積さんと話していたんです……」

 公文が口を挟んだ。

「対抗するにはもちろんこちらも御霊機を揃えるしかありません。それで……」


 その時、土蔵の通用口が開く音がし、皆が一斉に振り返った。


「こらまた大勢やな……。あら御宮おみや様。これはこれは……ここにおいでとは、また何とも……」


 それは蓮太郎の上役の、将監しょうげんとかいう小柄な老武士だった。


「あ……井宮いのみやさん、こんにちは……」


 鈴姫は礼儀正しく腰を曲げ、井宮将監は気まずそうに禿頭を下げた。

「いや、どうもどうも……」


 そして公文の方に顔を向け、

「あんた、公文はん言うたの。ちょお御殿まで来て、パソコン見たってぇな。年寄おとな連中が雁首がんくびそろえて何ややっとうけど、あんなんどうもあっかい……」


「……いや、僕は別にパソコンに詳しくはないんですが……でも、どうして?」


「それがの、姫路ひめじの御藩庁から、松江藩のことで知らせがあったんや。昨日あんたが言うとったあの今人神様が、なんや声明動画いうんか、そんなん発表したんやと」


「え……⁉」

 鈴姫が即座に反応した。

「声明動画って……待って、松江藩を占領したのは、今人神なのですか……⁉」


 井宮将監はしまったという風に自分の頭を叩いた。が、

「……いずれはお知らせせなあかんか。他ならぬあの御方のこっちゃ……」

 と言って鈴姫に向かって腰を曲げ、

「御宮様、ええですかの。その声明を出したっちゅうんは……」


 一度ちらりと鈴姫を見上げてから、一気に言った。


「御父君の、大名持貴彦様ですわ」


「――――!」

 鈴姫と華凛が愕然として声を失い、


「…………」

 公文とななと、そして蓮太郎は黙然と表情を硬くした。




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